2024年02月18日

死者は語りの中で蘇ってゆく

 死と生にまつわる考えを探る連載の第6部は、最近の葬儀事情を取り上げる。ということで「死と生を見つめて」弔いの諸相その1として、2月14日の読売が「死者 語りの中で蘇ってゆく」「時代、当事者により儀礼の形選択」という見出しで興味深いことが書かれていたので書いておく。

 母親を家族葬で送った国学院大学教授の上野誠さん(63)によれば、日本や韓国、中国などの東アジアでは古来、死者を手厚く弔うことを重視する「厚葬思想」と葬令を簡素化すべきだという「薄葬思想」が、あざなえる縄のように繰り返し登場してきた。

 葬儀や儀礼を否定する立場ではないとし、今は、薄葬思想が強くなっている時代であるが、大きな葬儀、家族葬など残された者が必要に応じて選べなくてはいけないとする。
 
 死者の最大の供養は、語ること。災害では、一瞬にして死者と生者が分かれる。我々は、どちら側になるかわからないという感覚で、日々の生活を大切にしてゆく必要もある。

 上野さんは家族葬で集った人には、母親が好きだった折り紙を折ってもらい、棺に入れた。出棺のときは、インターネットで般若心経のページを開いて、みんなで唱えた。
 葬儀や墓参りの後、会食するなどして故人の話をしてほしい。死者は語りの中で蘇っていくものだそうな。

 
 父親は東京五輪の翌年だったから1965(昭和40)年8月に病死したが、在職中であったため大きな葬儀だった。
 
 あれから50年、2015(平成27)年の8月の父親の命日の翌日、母親が旅立った。
 家族葬を選択したが、僧侶の読経はなく、長男で喪主の自分が「手向」をお経の代わりに吹いた。
 連れ合いの箏で「千の風になって」、箏と尺八で「故郷」を合奏し、フィナーレは森進一の「おふくろさん」を尺八で吹いて旅立ちを見送った。
 その後、近くの日本料理屋で精進落としというか会食をし、母親のことを語らった。

 というわけで、上野さんの「死者は語りの中で蘇ってゆく」ということを理解していただけでなく、死者は残された者の心に生き続けると考えているので、父や母のことを家族で話題にするようにしてきた。

 2020年に始まったコロナ禍では語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚ができなくなってしまったが、葬儀の知らせが少なくなったのは家族葬になったことがその理由かもしれない。

 後期高齢者まで生きられるとは思わなかったが、もう何時旅立つかという年齢であることから、自分の葬儀は家族葬でと遺言をしていることもあって、よほどお世話になった人は別にして、もう葬儀に出るつもりはなくなった。
 ただし、先般、鶯谷の西蔵院に墓参りしたように世話になった人には墓参りし、尺八を吹き、個人的に偲ぶことはやっている。

2024年02月14日

弱者とともに信念 92歳映画監督山田火砂子さん

 国連が定めた国際女性デーが3月8日で、それまでの期間、女性にまつわる記事を届ける。と2月10日の読売(大石由佳子記者)が暮らしの紙面で「国際女性デー」というタイトルで92歳の映画監督山田火砂子さんが新作『わたしのかあさん―天使の詩―』を完成させたことを伝えている。

 ご自身の家族に知的障がいがあることから障がい者疎外に疑問と憤りを持ち、福祉が充実した社会に変えたいと映画作りに情熱を燃やしてきた山田さん「母親が母親らしい愛情と優しさを子どもに向けられるように。経済的に不安なく、のんびりと子育てできる世に」と女性解放の願いも込めて新作に取り組んできたそうな。


 山田監督の作品では『大地の詩 留岡幸助物語』『山本慈昭 望郷の鐘 満蒙開拓団の落日』『母 小林多喜二の母の物語』を観てきたが、『一粒の麦 荻野吟子の生涯』『われ弱ければ 矢島楫子伝』は残念ながら見逃してしまった。
 コロナ禍でもあったし、メジャーな作品ではないので、注意していないと上映されていることがわからないからでもある。

 社会福祉の先駆者で感化院、つまり教護院の創始者である留岡幸助のことは知らなかったので大いに勉強になった。
 中国残留孤児の父と呼ばれた山本慈昭のことは語り継ぐ戦争だから当然知っていたので、信州の阿智村にある満蒙開拓平和記念館に行ったとき、近くの寺にある望郷の鐘を撞いてきた。
 小林多喜二は『蟹工船』は読んでいるが、母親のことは知らなかったし、小林が娼婦の足抜けに尽力したことを知り、娼妓解放、人身売買に反対という自分の立ち位置と同じだったから嬉しくなった。

 映画を観る人はいろいろで所謂メジャーなエンターテイメント作品、有名な俳優が出演し、製作費がかかっている映画が好きな人が一般的で、観客も動員される。
 ところが、天邪鬼だからか、このような作品はほとんど観なくて、所謂マイナー作品、ドキュメンタリーであるとか、考えさせられるような作品を好んで観てきたから、山田火砂子監督の作品は波長が合っているのかもしれない。

 自由のために発信していることから、自由を奪われたり、発信できない弱者の代弁をするような形で発信することが少なくないことも山田監督と考え方が近いからかもしれない。

 92歳で新作「わたしのかあさん―天使の詩―」を完成させたとのことで、何としてもこの作品は観なければならない。

 山田火砂子監督にエールをおくりたい。

2024年02月13日

アイヌ民族は先住民族で差別は許されない

 NHKETV特集「二風谷に生まれて 〜アイヌ 家族100年の物語〜」を視聴することができたのでアイヌ民族差別に反対する立場から書いておく。

 「北海道平取町の二風谷には、アイヌ民族にルーツを持つ人が多く暮らす。貝澤太一さんもその一人。祖父と父は「二風谷ダム裁判」を提起し、初めてアイヌを先住民族と認める判決を勝ち取った。あれから30年近くがたち、何が変わり、何が変わっていないのか。太一さんは祖父と父が歩んできた過去を振り返ろうとしている。太一さんの視点から3代にわたる家族とアイヌの歴史をひも解き、日本社会とアイヌ民族の現在と未来を見つめる。」と㏋にコンセプトがある。

 アイヌ民族の畠山敏さん(77)が北海道紋別市の川で、サケ漁は先住民族の権利(先住権)だとして、道に許可申請をせずに伝統儀式用のサケを捕獲し、道警の取り調べを受けた。先住民族が伝統的に行ってきた漁などは国際的に権利として認める流れにある。しかし日本ではアイヌを法律で「先住民族」と明記しながら先住と権を認めず、畠山さんの行為は「違法」に。捨て身ともいえる畠山さんの行動が先住民族とは何かを問いかける。と2019年9月17日の東京新聞が伝えている。
 ETV特集では、無論、このことも取り上げていた。


 語り継ぐ戦争ではあるが、アイヌ民族の話で満蒙開拓団のことが出てくるとは思わなかった。
 太一さんのご先祖はアイヌ民族というわが国における先住民族であるが、その先住民族であるという事実も「二風谷ダム裁判」の判決で勝ち取ったものである。
 
 アイヌ民族に生まれたことで子どもの頃から差別を受けてきた。
 そんな貝澤さんの祖父は満州に渡り、満蒙開拓団など日本人が中国人(満人)を差別する姿を目撃し、中国人寄りの立場をとると、「おのれアイヌ!」と言いながら、日本兵に小銃を向けられ、危うく撃ち殺されるところだったという。

 アイヌ民族の畠山敏さんを逮捕した和人の国家権力検察は恣意的にとしか言いようがない不起訴にした。
 裁判で先住権が争われ、国際的な流れから、国家権力が敗れる可能性が高かったからだと推察されている。

 米国でも先住民族である所謂インディアンたちは二枚舌の白人に騙され、戦いに敗れて居留地に追いやられた歴史がある。

 ウポポイ(民族共生象徴空間)、国立のアイヌ民族博物館が作られたが、元維新で自民党の比例で当選した女の議員がアイヌ民族を差別する発言などを繰り返しているように、差別主義者が跋扈している。

 番組ではアイヌ民族だと公表している詩人で絵本作家アイヌ解放運動家の宇梶静江さんの息子で俳優の宇梶剛士さんがナレーションを受け持っていたが、この人たちの活躍で偏見と差別がなくなることを祈っている。

 同じ人間が同じ人間を差別する。LGBTの人たち、性暴力被害者の女性、朝鮮民族、そしてアイヌ民族のことを蔑視した発言を繰り返し、自民党から何らお咎めを受けないということで、自民党は差別される側ではなく差別する側に立ち位置があることが証明されている。

 日本をダメにした自民党政権には退陣してもらい、差別をなくそうとする人たちが中心となった政権ができることを願う。

2024年02月10日

JAの自爆営業内部告発 取材源守れず、放送倫理違反

 JAの”自爆営業”問題を取り上げた放送で、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は1月11日、「取材源の秘匿を貫くことができず、放送倫理違反があったとする意見書を公表した。内部告発者が特定される恐れのあるインタビューを放送したこの事案はTVの調査報道のあり方に警鐘を鳴らしている。と放送評論家鈴木嘉一さんが2月8日の読売「アンテナ」で論じている。

 1月11日のJIJI.COMによれば、問題のニュースは2023年1月12日に放送された。地方の農協で、共済営業の過大なノルマを達成するため、職員自身や家族が契約を結ぶ「自爆営業」が横行していると伝えた。内部告発する職員3人のインタビューを顔にぼかしをかけ、声も変えて伝えたが、本人の服装をそのまま映すなど措置が不十分で、放送後、発言者が特定されて退職に追い込まれたなどと週刊誌が報じていた。

 同委は、取材したディレクターが、内部告発者から身元が分かるのを恐れて使わないよう求められた映像を放送する「重大な失策」を犯すなど、安易な取材姿勢や配慮不足があったと指摘。編集やプレビュー段階での局内のチェックも機能せず、身元特定が疑われる状況を招いたと判断した。
 
 アサリの産地偽装を追い続けたCBCTVが22年ギャラクシー賞の報道活動部門大賞を受けたこと。東京八王子の滝山病院を舞台にして”精神医療の闇”を暴いたNHKの「ルポ死亡退院」などは2023年の新聞協会賞をはじめ多くの賞に輝いた。
 意見書が最終章を「失敗から学び、前へ!」と題したように、鈴木さんは、各局は今回のエラー調査報道の糧としてほしい。と結ぶ。


 戦争に敗れて79年。いつの頃からか日本がだんだんダメになっていく。

 2001年に発覚した雪印食品、2007年には船場吉兆など相次いで明るみになった食品偽装、2005年に発覚した1級建築士と不動産会社長らによる耐震偽装、今お騒がせしているダイハツの検査データ捏造、さらには、検察による小沢一郎さんと陸山会や厚労省の村木厚子さん冤罪事件での調書捏造、そして財務省が何と公文書を書き換えたという事件まで起きている。
 自分さえよければいいという新自由主義、功利主義が跋扈しているからで、倫理観の欠如はこれが日本人のやることかと驚かされた。
 法律を作る政治家は政治資金を集めるパーティ収入を政治資金規正法に記載しなかったというではないか。
 最早、自民党に舵取りという政権を任せていては日本丸は遠からず沈んでしまいそうだ。

 偽装事件が公になるのは、そのほとんどが内部告発であり、検察での調書の捏造などでも内部告発というか、見るに見かねて心ある人が良心の呵責に耐えかねて情報を提供することが始まりだが、告発先を間違えると握りつぶされてしまう。
 そこで、告発者は文春砲など秘密を守ってくれ、かつしっかり裏付けを取り、報道してくれる機関に情報を提供することになる。
 だから,TBSの番組デイレクターが犯した罪は万死に値する。
 内部告発者が委縮してしまえば、日本丸はますます沈みゆく太陽の如くということになってしまう。

 告発する人の勇気が世界を救うと言っても過言ではない。
 米国で、著名な映画プロデューサーのセクハラ、性暴力を告発した女性、応援したニューヨークタイムズの記者、日本では元TBS記者の性暴力を告発した伊藤詩織さん、自衛隊のセクハラを告発した五ノ井里奈さん。芸能事務所の創業者の性暴力を告発した英国のBBCなどの記者、そして、文春砲とまで呼ばれて権力者を告発するジャーナリストなどの力で世の中は明らかに変わりつつある。

 JAの内部告発について、自分は組合員であり、所有している自動車をJAの自動車共済に、自宅などは火災共済に加入しているから、共済の職員がわが家にやってくる。
 ノルマという表現は使わなかったが、自動車の任意保険は車を購入する店で加入することが多いので、なかなか新規の自動車共済加入は見込めないので、上から、檄を飛ばされているようなことは言っていた。
 そのこともあって、2023年に軽トラを東京海上からJAの自動車共済に変えたらとても喜ばれた。

 自爆するような営業は長続きするわけがない。
 日本に蔓延る新自由主義はよくない。日本をダメにしてしまう。

2024年02月07日

米国の自由民主主義が死ぬ日

 読売が1面で連載する「地球を読む」の2月4日、フランシス・フクヤマ米国政治哲学者が11月に行われる米大統領選で共和党のトランプ候補が勝ったら、米国の自由民主主義そのものの運命と、世界秩序の未来を左右することになりそうだと警鐘を鳴らす。

 トランプ候補は20年の大統領選で明白にバイデンさんに敗れた。しかし、選挙結果に納得せず、21年1月6日、支持者を煽り、暴徒となった彼らに連邦議会議事堂を襲撃させた。結果、トランプ候補と連邦と州レベルの共犯者たちが刑事訴追を受けた。
 仮に当選したら、米国を独裁国家、ヒトラーのナチス同様の独裁主義に押しやるのではないかという懸念が生じている。
 何しろ、中露や北朝鮮などの独裁者が「自国の社会を制御する」能力を称賛しているのだ。

 当選すれば、北大西洋条約機構(NATO)からの脱退を明言している。ウクライナにも支援せずロシアが勝利することになる。
 対外的な防衛義務を回避するため、同盟国を犠牲にし、中露に進んで譲歩することを意味する。日韓両国にも該当しうる話だ。

 リンカーン大統領を誕生させた南北戦争につながった1860年の選挙並みに重大な大統領選挙となる。


 毎日、「自由」のために書き続けている。
 理由は独裁者が大嫌いだからである。
 米国大統領選は自分には直接関係ないと思われる向きもあるかもしれない。
 しかし、自分にとっては、トランプ候補はプーチン、金一族、習近平などと同様の独裁者としか思えないので、絶対に当選させてはならないと考えている。

 移民を「米国の血を汚す害虫」と呼ぶトランプ候補。
 お前たちの祖先で移民として欧州からやってきた者は、米国の先住民をインディアンと呼び、二枚舌で騙し、武力で滅ぼし、残った民族は居留地に追い込んでいるではないか。
 「お前こそ害虫それも毒虫だ」と滅ぼされた先住民族に代わって声をあげてやりたい。
 移民の国で、先に移民したからと言って、後から移民する人間を害虫と呼ぶのは普通ではないぞ。

 フクヤマさんに米国の自由と民主主義の危機だと教えられれば、黙っているわけにはいかない。

 そもそも選挙の結果を認めない人間に選挙に出る資格はない。
 こんな人間が大統領選挙に当選するようでは、米国はヒトラーのドイツと同じで将来はない。

 独裁者同士は仲がいいように見えるが、利害関係が一致しているからで、トランプ候補が税金をきちんと納めていないということが報道されたように、まともでない候補者にポピュリズムというか扇動され、洗脳されるバカばかりだとヒトラーのドイツみたいになってしまう。

 米国のぽちを続けているといつか痛い目にあうはずだ。

2024年02月05日

大石晃子衆議院議員 橋下徹弁護士からの訴えに勝利

 カミソリの切れ味は健在――。れいわ新選組の大石晃子共同代表らが元大阪府知事で弁護士の橋下徹氏から名誉毀損で損害賠償を求められた裁判で、大阪地裁は1月31日、橋下氏の訴えを棄却した。大石氏の代理人は“無罪請負人”の異名を持つ弘中惇一郎弁護士が務め、弁護士トップ対決の第1ラウンドを制した形だ。と2月1日の東スポWEBが伝えている。

 大石氏は衆院選で初当選した直後の2021年12月に日刊ゲンダイにおいて、大阪府知事時代の橋下氏について「気に入らないマスコミをしばき、気に入らない記者は袋叩きにする」「アメとムチでマスコミをDVして服従させていた」などと発言。橋下氏が「社会的評価を下げる内容」と名誉毀損で、翌月に大石氏らに合計300万円を求めて提訴していた。

 大石氏は自費で弁護団を結成し、団長に就任したのが弘中氏だ。ロス疑惑の三浦和義氏(故人)や陸山会事件の小沢一郎氏、郵便不正事件の村木厚子氏など多くの著名人の無罪判決を勝ち取った辣腕で知られる。

 弘中氏は「(大石氏の発言は)一つの意見、論評。『しばいた、DVした』というのは比喩的な表現」と主張し、橋下氏の過去のツイートやテレビ報道などを証拠に立証した。小川嘉基裁判長は橋下氏の発言は事実として、それに基づく大石発言は「意見や論評の域を逸脱せず違法性はない」とした。


 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で大阪を訪れる前は、暴力団が闊歩する怖い街というイメージが先行していた。
 されど、大阪が大好きで黒岩重吾の小説が好きだという知人がよく大阪に行っているのを知っていたので引き付ける何かがあるのかもしれないと興味は持っていた。
 語り継ぐ戦争で、初めて大阪城を訪れた時、ボランティアガイドをしていた植野雅量師に大阪空襲の話を丁寧にしていただき、爾来、語り継ぐ戦争の大阪におけるわが師と仰いでいた。
 その大阪では件の橋下徹さんの維新が大阪都構想をしきりに訴えていたが、当初から自分は橋下徹さん率いる維新が大嫌いだった。
 理由は簡単である。
 首都圏の田舎町に生まれ育ったから、自分は幕末に関しては新選組の支持者だったからだ。
 維新といえば、明治維新がすぐ連想され、薩長軍、勝てば官軍に酷い目に遭った幕府軍、その傘下にあった新選組支持者としては維新ということにアレルギーがあったうえに、橋下徹さんの独裁者的な態度が大嫌いだった。
 選挙で首長に当選したら早速、公務員を詰り、虐めることを始めた橋下さんに物申したのが、当時職員だった大石晃子さんである。
 橋本さんは自治労に庁舎は使わせないと言い出し、労働者である職員を団結させないようにして、徹底的に虐めたのである。
 そこにれいわ新選組から大石晃子さんが衆議院議員選挙で当選し、早速、職員時代に見てきたことをコメントしたというわけだ。
 爾来、大石晃子さんを尊敬し、この人こそ表現の自由、言論の自由のために欠かせない人だと認識したのである。
 今回の裁判では、著名な弁護士である橋下徹さんに対抗し、著名な弁護士である弘中惇一郎さんが弁護団長となって戦ってくれたことから1審では勝利を得ることができたが、相手は著名な弁護士だから、このまま引き下がるわけがないので、弁護団は引き続き油断することなく、返り討ちにすべく準備をしていただきたい。

 名誉毀損だと訴えた橋下徹さんは裁判で一度も出廷しなかったそうな。
 この一事で、この人の人間性が証明されている。
 名誉棄損で訴えておきながら、自らは出廷しないのだから信頼できない、信用できない人間であることを自ら証明しているようなものではないか。
 考えてみれば、朝日新聞の記者を恫喝したように己を批判する人の言論を封殺するのが目的だから、裁判の結果は関係ないし、すぐに訴えられれば、一般人なら委縮してしまう。
 大阪の人はいい人が多いことがわかったが、維新に騙されてはだめだ。
 カジノも万博も維新が主導することは怪しいと思っていた方がいい。
 れいわ新選組の大石晃子さんが言っているのだから、もう少し、れいわ新選組の話に耳を傾けた方がいい。

2024年01月21日

九死に一生 北陸トンネル列車火災事故

 2015年に亡くなった母親が甘いものが大好きで、料理の味付けも他所の家と較べて甘かったからか、すっかり甘党になってしまった。
 甘いものといえば、餡それも粒餡が好きで、きんつばを筆頭に最中、どら焼きなどが好物である。
 そのことも影響してか、歯がダメになってしまい、母親と同じく入れ歯を装着するようになってしまったが、人生で悔いが残るのは、せっかくの歯をダメにしてしまったことで、しかも、入れ歯が合わないのか、ストレスになっている。
 歯がダメになる前は夏ともなれば、よく食していたのが井村屋のあずきバーである。

 その井村屋グループのCEO中島伸子さんが「九死に一生 社員の幸せ大切に」という見出しで「leaders経営者に聞く」という読売の連載その1月16日の朝刊に登場していたので読んでみたら、どうしても書いておきたくなった。

 1972(昭和47)年、死者30人を出した北陸トンネル列車火災事故に遭った。20歳の誕生日を実家で過ごすため、夜行列車で帰省しているときのことだった。
 3人の小さな男の子を連れた母親と4人がけのボックス席に座っていたとき、突然、トンネル内で列車が止まり、隣の食堂車から炎が迫ってくるのが見えた。
 子どもの母親から「3人の子どもがいて、逃げられないので、跡継ぎの子どもだけ連れて行って」と頼まれ、列車から飛び降りたが真っ暗で子どもとははぐれてしまい、自分は意識を失ってしまった。
 母親と子どもの4人家族は亡くなったが、自分は奇跡的に助かったけれど、一酸化中毒で2年間はほとんどしゃべれなかったという経験を持つ中島さん。子どもを救えなかった後悔と無念の気持ちを抱く。
 失意の中島さんを立ち直らせるきっかけは父親からの手紙で「声がでなくとも生きていける。自分だけのプラス1を探せ、「辛」に一本足せば「幸」になる。亡くなった人のためにも一生懸命に生きることが使命だ」と諭されたことで。人生の支えとなったそうな。

 井村屋の福井営業所の経理事務の募集を見つけ、アルバイトとして働き始め、やがて井村屋グループのCEOとなって経営トップとして活躍するサクセスストーリーは紙面に紹介されている。
 CEOとして掲げているのは「一人の100歩より100人の一歩」である。
 ニーズが多様な時代は経営陣のアイデアだけでは乗り切れない。若い人たちが自由に考えたことの中から、いいものをつかみ取る。そうした力が大事になる。
 経営者は社員の人生に関わっている。一緒に働く社員を大事にしなきゃいけない気持ちは強い。社員に幸せになってほしい。それがあの鉄道事故から生き残った者としての社会への貢献だと思っている。と結ぶ。


 語り継ぐ戦争だから、九死に一生という経験をした人達のことを知っているが、古希を過ぎ、後期高齢者の齢まで生きてきて思うのは、人というものは生かされているものではないかということ。
 その人生の軌跡が何と北陸トンネルの列車火災事故から始まり、井村屋での仕事はアルバイトから始まったという中島さん。
 北陸トンネルの列車火災事故で30人が亡くなった中で奇蹟的に助かったことからして、ただ運がよかっただけではないような気がするのである。
 2012年12月の中央道笹子トンネル天井板落下事故で女性が一人だけ逃げ出し、奇蹟的に助かったはずだが、この人はその後メディアの取材などを受けていないようだ。助かった者の使命として、事故のことを語るべきだと思う。生かされたということはその後の生き方で明らかになるのではないか。

 トンネル列車火災事故で九死に一生を得た中島さん。
 あの鉄道事故から生き残った者として、一緒に働く社員を大事にしなきゃいけない気持ちが強いそうだ。
 企業経営者にどれだけ、社員を大事にと考えているひとがいるだろうか。
 米国からやってきた新自由主義に毒された経営者には一緒に働く社員を大事にするという発想はない。
 社員の首を切ることばかりにうつつを抜かし、無理な労働で検査数値をごまかさないとやってこれなかった社員の責任はトップの責任であるが、このことがわかっていない経営者が少なくない。

 戦争で生き残る。事故で生き残る。病気で生き残る。
 九死に一生というのは誰でも経験することができるわけではない。
 それだけに、生き残った命を社会に貢献する形で役立ててもらいたい。

2024年01月19日

人権のない中国で突然拘束6年余り2279日も

 過去、時の人になって月日が流れ、忘れられようとしているとき、「あれから」というタイトルで現在どうしているのか取材した結果を伝える読売の連載、1月14日(南部さやか記者)、そのVol.43「日中『友好人士』スパイ扱い」で日中青年交流協会の理事長だった鈴木英司さん(66)=当時59歳が2016年7月15日に拘束されてから6年有余2279日に及ぶ長期間拘束されるという人権無視の非友好的な仕打ちを中国政府にされたことを伝えている。

 取り調べ中、部屋にはベッドと机にソファが二つ。監視役2人が交代で24時間ソファに陣取り、居場所はベッドの上だった。壁に時計はなく、カーテンは開けられず、電灯を消すことも許されない。時間の感覚は失われ,正気を保とうと、高校の同級生の名を一人ずつ思い返した。

 最終的に7か月続いた監視生活の原因は、3年前の旧知の中国外交官との会食だった。北朝鮮の金日成の娘婿張成沢氏の処刑を話題にしたことが、中朝関係の秘密の情報を探ったとして「間諜罪」に問われた。

 頭が変になりそうだった。ただ一つ分かったことは、日中交流に携わって30年以上、自分が目を向けてこなかった中国の現実だということ。
 拘置所、刑務所へと場所を移して続いた2279日間の拘束生活は中国の裏側をみる思いだった。

 父親から「中国は危ないから、ほどほどにな」と忠告されていたが、自分は「友好人士」、中国の理解者だと耳を貸さなかったことが頭を過った。「おやじのいうとおりにしていれば・・・」
 とにかく生きて帰ろうと、体を動かし健康に気をつけた。

 刑期を終えたのは22年10月11日、体重は96`から68`まで落ちていた。その日のうちに帰国便に乗せられた。
 ぶかぶかのスーツで実家に戻ると「よく帰ってきた」父から責める言葉はなかった。

 
 中国ではアステラス製薬社員が拘束され、鈴木さんのもとには講演依頼が相次ぐ。習近平政権の14年に反スパイ法が施行され、拘束された邦人は鈴木さんを含め17人に上っている。

 過去、親しくしていた女性の連れ合いが医療関係の設備の会社を作り、中国に支社なのか、移転したのか詳しいことは承知していないが、中国に行っていると耳にしたことがある。
 会社は息子さんに世代交代しているが、中国は危ないからやめた方がいいとは自分も考えていた。

 近所で耳にした話であるが、若い中国人夫婦と小学生の子ども2人の世帯が近くの家を購入し、将来日本に帰化する予定だとのこと。
 彼らは賢明な人たちだなと感心しきりである。
 中国で何をして住宅資金を手に入れたのかは知らないが、中国には自由がないし、いつ逮捕されるかわからないので、機会があれば、亡命というか移住を願っている人が少なくないのではないか。

 語り継ぐ戦争で、満蒙開拓団と中国残留孤児のことを調べていくとき、井手孫六『終わりなき旅』(岩波現代文庫)を読んでいる。
 信州出身の著者が満蒙開拓団は信州出身者が一番多い。当然、中国残留孤児も一番多い可能性があるとしたら、信州出身者として、傍観してはいられないと書いていたような気がする。
 満州で土地を奪われ、日本人に痛めつけられた中国人が貧しくて嫁の成り手がない、労働力が欲しかったという理由があったとしても敵国の子どもを育ててくれたことに中国人の器の大きさをみる思いだという著者。
 日本人だったら敵国の子どもの面倒をみられるか疑問であるとも語っていた。

 満州で斃れた人たちの慰霊碑を建立したいという日本人の願いを偉大な指導者周恩来さんは、聞き入れてくれ、黒竜江省方正県には慰霊碑がある。
 経済力が増した中国政府は本性を現したのか、周恩来さんや張香山さん、趙紫陽さん、胡耀邦さんのような立派な指導者が退場してからは、独裁色を強め、市民を弾圧する政治を続けている。
 だから、中国に投資することはロシアに投資して失敗したように後悔することになるだろう。
 スパイ容疑で拘束されても鈴木さんの胸中は複雑で「それでも交流は人生」だと自分の過去を否定はしていない。

 しかし、中国の砂漠化を防止するための活動をしていた鈴木さんをスパイだとして6年有余も拘束していた中国には距離を置くよりない。
 生きる自由を弾圧するような政府が長続きするとは思えないが。

2024年01月18日

街のお手洗いDXの波

 炎症性腸疾患クローン病で小腸が数か所狭隘になってしまい、食べたり、水分を摂ったりすると腸閉塞で腹痛を起こすことが続いている上に、加齢でトイレが近くなっていることから、目下の一番の関心事はトイレである。

 先日、『ビヨンド・ユートピア脱北』を観に行った時も、映画館に着いてトイレを済ませたのだが、管内での待ち時間にコーヒーを飲んだら、上映開始前にトイレに行く始末。しかし、これで一安心と思っていたら映画の途中でトイレに行くことに。映画終了後、心配になってまたトイレにという情けないことになっている。
 連れ合いが一緒だから許されるが、これでは他人と一緒に出掛けることはできない。
 汗をかく季節になれば、こんなことはないはずだが。

 Newニュースの門で「街のお手洗いDXの波」というタイトルで1月13日の読売(生田ちひろ記者)が清潔さとハイテクで海外にも知られる日本の公共トイレにDXの波が押し寄せていると伝えている。
 DXとはデジタルトランスフォーメーションのことだそうな。便器やペーパーホルダーにセンサーを内蔵し、掃除や補充が必要になると、清掃員のタブレット端末に通知されることなどハイテク機器が導入されているというのだ。
 JR西日本は大阪駅北側の開発区域「うめきた2期」地下に2023年春開業した新ホームのトイレであらゆるモノをインターネットにつなぐ「IoT」のシステムを導入した。
 駅の公衆トイレは不特定多数が使用するから便器の詰まりがよく起きるが、便器の溢れをセンサーで検知すると給水が止まり、同時に端末で通知することで清掃員がすぐに対処できる。


 2023年の年の瀬にトイレ清掃員の男性の日常を描いた『PERFECT DAYS』を観ることができた。
 日本財団の企画「THE TOKYO TOILET」で東京渋谷区内の17か所のトイレが建築家らにより大胆に改修されており、主人公の男性もこのトイレの清掃を仕事にしているのだ。
 驚いたのは、トイレがガラス張りというか人間が入れば、姿が隠れるという優れものがあったことで、トイレに潜んでの性犯罪を予防できるなと感心した。

 いつもお世話になるトイレだから、清掃とか経費が掛かるだろうから、一部有料化してもいいくらいだと思っている。カネがない人がほとんどだから、有料化で差別化するだけで、これまで通り、そのほとんどは無料でなければ困るだろうが、一部は有料化しても何ら問題はないだろう。ただし、使用料をいくらにするかは議論があるかも。

 さて、DXなんて言うからデラックスなんておかしいなと思っていたら、Ðとはデジタルのことで、時代遅れの人間にはとてもついていけない。
 それでも、トイレの詰まりを検知して、水を止め、清掃員がすぐに来てくれて対処してくれるようになるならデジタルトランスフォーメーション結構なことである。

 トイレに一番求めたいのは清潔さで、温水洗浄便座は今や必需品で、これがないトイレは不合格である。
 語り継ぐ戦争で全国を周る前から、旅が好きで家族でもよく出かけていたが、トイレに温水洗浄便座がついているか調べてから宿泊施設を決めていたほどだから、旅先ではこれが装備されているホテルに宿泊することが少なくない。
 まあ、現在では大概の所は温水洗浄便座がついているようになったからTOTOやLIXIL INAXの開発担当者にお礼を言いたい。
 最後に、男性のトイレにも人権があるという考え方が広まりつつある。
 サニタリ―ボックスの設置や女性同様個室があって、後ろに立たれて催促されるようなことをなくそうという動きである。
 加齢は実に悲しいことで、トイレが近くなるばかりでなく、出るものがでるのに時間がかかり、勢いがなくなってしまうのである。
 尿を漏らしてしまうことだって起こるかもしれない。
 だから、サニタリーボックスが必要になるのかもしれない。

 とにかく、生きている以上、トイレが重要アイテムであることは断言できるのである。

2024年01月12日

シニアグループが育てた野菜 子ども食堂に届ける 

 40代早々に3か月入院。炎症性腸疾患クローン病だと診断された。
 退院してからかなりの年月、食事制限して頑張ったおかげで普通に暮らしてきたが、小腸数か所が狭隘になって、腸閉塞を起こしやすくなり、2回入院し、今日ではよく腹痛に見舞われる。

 今朝、通院日で病院に行くと、自分を含め相変わらず高齢者ばかりだった。主治医の診察を受け、処方箋を書いてもらい、帰宅しようと病院を出たら100bあるかないかくらいの歩道上に男性が倒れているではないか。
 よく見ると、高齢の女性が自分の前を病院の車椅子を押していて男性の所で立ち止まった。
 通りがかって知らん顔というわけにはいかないので、声をかけ、小太りの体躯のわきの下に手を入れ、起き上がらせながら車椅子に座らせた。
 連れ合いであろうご婦人は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げていた。

 さて、高齢者といえば、支えられる側―そんな決めつけは、もう古いのかもしれないと1月10日の読売が社会保障の紙面で「長生きにエール」というタイトルに「子ども食堂に野菜届ける」「シニア男性ボランティアグループが農業」「定年後の社会とつながる」という見出しで、長生きの時代、誰かのためにという思いがあれば、活躍の場はまだまだありそうだ。と子ども食堂へ届けるために野菜を育ててきたシニアグループのことを伝えている。

 大阪市鶴見区にある約500平方メートルの畑で龍神正則さん(81)が代表を務める「アグリ」のメンバーが区内の子ども食堂に届けるための野菜を収穫している様子が紙面に写真で紹介されている。
 アグリの活動をサポートしている同区社会福祉協議会の安藤美希さん(50)に託された野菜は「今年も美味しい食材をありがとうございました」という子どもたちからの感謝の声となって届き、メンバーたちの表情は晴れやかだそうな。
 代表の龍神さんは、幼くして父を亡くし、母が一人で働いている姿を見て育った。その頃の「手助けしたい」という思いが、「誰かの役に立ちたい」という今の活動につながっている。


 わが家にあるパジェロと軽トラの燃料、灯油を買い求めるGSの隣にはコメダ珈琲店があり、朝9時過ぎには駐車場には車がかなり駐車している。
 一方で、街を流れる川沿いの散歩道を朝から歩いているひとがいる。いずれも定年後の人たちが少なくないような気がする。
 経済的に余裕がある高齢者はコメダ珈琲店でモーニングコーヒーで、経済的余裕がない高齢者はひたすら歩いているのだろうか。

 自分は、親ガチャというのか、先祖ガチャで狭い面積ながら畑があるから、有機無農薬での野菜作りを実践している。口さがない知人は生産農地ではないことを知っていて、「税金が高いところで、道楽で野菜が作れる人はいいですね」などと嫌味ともとれるようなことを言っているが、そんなことはわれ関せずである。
 偶々、恵まれた環境に身を置いているが、「運がよかっただけのことだが、有り難いことだ」と言い返す。

 他者と関わるのはストレスになるだけだから、誰かと何かをするつもりなど毛頭ないが、コメダ珈琲店に行こうが、散歩しまくりだろうが、好きにすればいいだけのことである。

 ただし、せっかくの人生。しかも晩年だから、誰かのために役に立つという心で、子ども食堂に野菜を届けるシニア世代がいてくれるのはシニアの生き方の佳いお手本になることで、エールをおくりたい。
 しかも、代表の龍神さんが父親を早くに亡くし、ひとりで働く母の背中を観て、「手助けしたい」と思った純な心根が「誰かの役に立ちたい」という気持ちを晩年まで持ち続けて来られたことは尊敬に値する。

 一人でも多くの人がこの気持ちを忘れなければ世の中住みやすくなる。

2024年01月10日

トラックから鉄道へ 米運ぶ「全農号」運行開始

 働き方改革法案により運転手の労働時間に上限が課されることで生じる問題が所謂物流の2024年問題である。オーバーワークで求人難に陥っていた物流の主役トラック運転手。過重労働を是正しようと時間外労働時間が年間960時間に制限される。ために一人当たりの走行距離が短くなり、長距離でモノが運べなくなりそうなのだ。
 ということで「物流革新」というタイトルで連載を始めた読売の1月6日の2回目は「コメ産地 専用列車走る」「トラック距離短縮 船も利用」という見出しでJA全農がコメ専用列車を走らせていることを伝えている。
 
 JA全農と全農物流、JR貨物は11月から、車両を丸ごと貸し切って米などを長距離輸送する貨物列車「全農号」の定期運行を始めた。1回の運行で10トントラック50台分を輸送でき、本年度中は月2回、来年度は月最大4回運行する予定。トラックドライバー不足が懸念される「物流2024年問題」で課題となる鉄道輸送への転換を進める。と2023年11月7日の日本農業新聞が伝えていた。

 輸送手段をトラックから切り替える「モーダルシフトの推進」を掲げ、鉄道と船舶の輸送量を今後10年程度で倍増させる目標を盛り込んだ緊急パッケージを政府は2023年10月にまとめた。


 池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫)の時代の江戸では物流は船が中心だった。
 盗人が大きな商人の蔵から千両箱を盗み出したとして、船でなければ重くて運べるわけがないからだ。
 ために、船宿があったくらいである。

 ときは巡って、戦後は『泥の河』に廓船が浮かんでいた頃を経て、もう船の時代は終わり、トラック輸送全盛となっていく。
 トラックでの長距離輸送だけでなく物流は日通、クロネコヤマト、郵政、佐川といった宅急便全盛の時代を迎える。
 インターネットでの注文でアマゾンのような大企業が販売の主役となり、さらに、宅急便は忙しさを増す。

 トヨタのような会社は倉庫を極力設置せず、月日、日時指定で必要な部品を調達するトヨタシステムみたいな効率主義ことを始めたため、他社も追随し、住宅建設などでは、上棟の際には、広い道路で時間調整するトラックドライバーを見かけるようになってしまった。

 ケン・ローチ監督『家族を想うとき』で宅急便ドライバーが管理され、時間に追われて満足に食事も摂れず、トイレにも行かれず、尿瓶を使っているのを観て衝撃を受けた。
 わが国の長距離ドライバーだって、高速などで、雪や交通渋滞となれば、そうせざるをえないだろう。

 それほど運転手に効率主義のツケが回っているのだ。
 働き方改革がなされて当然のことだ。

 トラックから列車、フェリーなどの船舶を活用するのは当たり前のことである。

 一部の人間だけが大変な思いをしてアマゾンのような大企業が一人勝ちしている労働環境を改善するのは政治の義務だ。

2024年01月09日

がんばれ森卓 病気に負けるな!

 経済アナリストで獨協大学教授の森卓こと森永卓郎さんがすい臓がんで闘病中であることを公表したとメディアが伝えている。
 抗がん剤が合わなかったが、薬を変えたら具合がよくなったなどもラジオ番組で語ったとも。

 森永卓郎さんといえば、株などでもうけた高額所得者に収入に見合った課税をすべきだと発言されるなど市民の見方の経済学者である。

 NHKラジオが朝のビジネス情報として、亡くなられた内橋克人さんを筆頭に、金子勝慶応大学名誉教授、経済アナリスト藤原直哉さん、浜矩子同志社大学教授そして森永卓郎さんなど市民の味方だと思える方々を出演させる一方、バランスをとるためか人材派遣会社の経営陣に名前を連ねていた竹中平蔵慶応大学名誉教授のような新自由主義の権化のような自分さえよければいいという人物も含まれていた。

 ところが、安倍右傾化内閣が長くなるにつれ、内橋克人さんらの出演回数が減っていく。
 やがて、藤原直哉さんが降板させられ、内橋さんが亡くなり、浜矩子さんが降板、金子さんの出演回数も徐々に減らされ、次第にリスナーをやめた。

 森卓さんが人間ドッグですい臓がんが見つかり、闘病中であることを公表し、死を覚悟したことも伝えられている。
 すい臓がんがどれほど怖ろしい病気かということを知っている。
 自分の人生でいろいろな人に助けられ今日まで生きてきたが、その恩人ともいうべき人たちの上位にランクする方や友人がすい臓がんで亡くなっているからだ。
 街の病院に入院し、慶応大学病院に転院した恩人の話を耳にした時、「偏差値の高い病院に移ったけど、すい臓がんは厳しいかも」と知人がしゃべっていたとおりの結果となってしまった。

 20年の5月、コロナ禍で同世代の友人がすい臓がんで亡くなった。
 コロナ禍だったが、彼の連れ合いが線香を手向けてくれというので、湘南の海の近くの家まで行き、仏前で「手向」を吹いて祈りを捧げた。

 早期発見だけが唯一の助かる道だと耳にするが、森卓さんは人間ドッグで見つかったのだからステージ4だというのは何かの間違いではないか。
 現に薬を変えたら症状がよくなったともコメントしているので、ぜひとも希望を持って生き抜いてもらいたい。

 森卓さんは経済についてのコメントをするばかりでなく、所沢の住まいから借りている畑まで通って野菜作りをしているとも耳にするので、この点も自分と同じなので親しみをもっていた。

 時代の証言をするものだからか、日用品みたいなものを収集し、収蔵しているものを資料館として公開し、見学してもらおうとしていたことも風の便りに聞いたことがある。

 難しい経済のことを平易な言葉で語り、わかりやすくて面白かったので好感を持って話を聴いていた。

 ライザップに挑戦してスマートになったりしたが、急激に痩せたりするのは普通の人には無理があったのかもなどと思ったりしている。

 株で大儲けしたり、高額所得者の課税を強化すべきだということを明確に発言している経済アナリストなど少ない。それだけに貴重な存在である。

 森卓さん、頑張れ!

2024年01月06日

『スキャンダル』 不祥事 醜聞での身の処し方

 2023年の年の瀬に売れっ子だという芸人の性的なスキャンダルで所謂文春砲がさく裂したが、当人と女衒役の芸人共に記者会見して身の潔白を明かそうとしないことから事実であることは間違いないだろう。
 一方が不同意でわいせつ行為をされたというのだから、法律的にはアウトという判定になる。

 TVでバラエティー番組など全く視聴しないのでお笑い芸人のことなどよく知らないが、高額所得者らしいから、遊ぶなら相手が納得するだけのカネをきちんと払えばこんなことにはならない。
 セクハラに対する世の中の見方は変わったから、TV局とスポンサーはこんな男を擁護するようなら、恥で視聴者と消費者の不興を買うことになるだろう。

『スキャンダル』といえば、このタイトルの映画は、映画のことにさほど詳しいわけではない自分が知る限り、1976年のイタリア映画と2019年の米国カナダの映画の2作品がある。もう1作品あったような気がするが思い出せない。
 1976年の作品はサルヴァトーレ・サンペリ監督、リザ・ガストーニ、フランコ・ネロが主演。
 ブルジョア階級の女性の欲求不満につけこみ下男が階級社会への怨嗟を晴らす観ていて怖い作品だった。
 ブルジョア階級の女性が下男と関係すれば、スキャンダルとなることはまちがいない。

 2019年の作品は 2016年にアメリカで実際に起こった、女性キャスターへのセクハラ騒動を描いているが、残念ながら観ていない。

 米国で著名な映画プロデューサーによる性暴力を告発したニューヨークタイムスの女性記者の活躍を描いた映画『『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を観て、泣き寝入りしていた性暴力による被害者女性が立ち上がる勇気をもらったのではないか。
 「Me too.」運動も世界で広がりをみせつつある。
 米国から後れを取っていた日本では芸能事務所の創業者による少年への性暴力が見過ごされてきたが、英国BBCが創業者の性暴力を告発したことから、日本のメディアもようやく報道するようになり、事務所はバッシングされている。
 件の週刊文春は被害者北公次さんの告発を掲載して、随分前に告発していた事実がある。
 それだけに、今回数多くのスキャンダルを告発し、文春砲とまで称されるようになった週刊文春が報じているのだから、告発された芸人はきちんと会見して事実でないなら、文春を名誉棄損で訴えるべきだ。
 それをやらないで、被害者のメールを持ち出し、そのことで否定材料にするという姑息な手段を用いている。
 ますます、心証がクロに近づいた気がする。

 弱い立場の人間にセクハラ、パワハラ、性暴力をすることは絶対許されない。
 立ち上がった被害者の勇気ある行動が明らかに世の中を変えた。
 告発者の勇気にエールをおくる。

2024年01月04日

臓器移植ドナー増えても移植できず

 ようやく脳死下の臓器提供が増えてきたのに、移植施設の対応能力の限度を超え、受け入れを断念するケースが相次いでいる。移植手術に携わる医師からは「このままでは救える命が救えなくなる」と窮状を訴える声が上がる。提供の意思が生かされなかったケースもあり、移植を待つ患者側の立場で啓発してきた市民団体は、移植施設の体制整備を求めている。と2024年元旦の読売が1面で伝えている。

 移植を受けた患者らでつくるNPO法人「グリーンリボン推進協会」の大久保 通方 理事長は「ドナー増を見据えた移植体制の整備を国を通じて要望してきた。施設側の都合で移植が受けられなかった患者がいることに憤りを感じる。国と移植施設は早急に体制を整えてほしい」と求めた。


 臓器移植がなかなか進まないことから外国で移植するという手法でビジネスにしてカネもうけしていた男が逮捕され、世間の関心事となった。


 臓器移植といえば、腎臓の機能が低下し、人工透析をしていた人が身近にいた。自分と同世代で先年亡くなった親族と90歳で11月に亡くなった知人、二人は腎臓移植をすれば、人工透析しなくともすんだと耳にしたことがある。
 その腎機能をチェックするのにクレアチニンとeGFRの数値があり、通常の血液検査でわかる。
 炎症性腸疾患クローン病で通院している関係で、定期的に血液検査を受けているが、クレアチニンとeGFRの数値が合格ラインに達していないことを主治医の先生から指摘されているので他人事ではない。
 何としても人工透析になりたくない。
 
 腎臓移植に関しては、東邦大学大森病院だったと耳にするが、ここで移植手術を受けた女性が家族と親しいのでその様子を少しばかり承知している。

 とにかく、臓器移植を待っている人にとっては、臓器移植は生死にかかわることだから、臓器提供者ドナーが増えることと移植手術が増えることを心待ちにしている。

 ドナーが少しずつ、増えてきたにもかかわらず、設備や人員の配置で移植手術ができないというのはあまりにも酷い話で、生死がかかっている人と家族の気持ちを逆なでするものだ。

 国がバックアップしないから、臓器移植ビジネスが成立し、外国で移植手術を受けることになってしまう。
 経済で失われた30年と言われるが、臓器移植も前に進まないのは政治がきちんと機能していないからではないか。

2024年01月03日

子ども食堂と困窮する若者に食料支援

 2024年明けたら、能登で大地震が発生し、暗雲が漂う日本列島。
 犠牲となった人、被災された皆さんにお悔やみとお見舞いを申し上げる。
 関東大震災から100年経った首都圏でも大地震が起こりそうで考えただけで怖ろしい。

 戦後78年、その間に自民党政権のデフレ脱却失敗で日本経済が失墜し、失政で失われた30年といわれている間に貧富の格差が大きく広がってしまい貧困が大きな社会問題となっていた2023年。

 貧困問題に立ち上がった心ある人たちの支援の一つが子ども食堂で全国で9131か所になったことを12月18日の読売が伝えている。
 調査したNPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によれば、近年、子どもの居場所づくりや貧困対策として各地で開設が進んでおり、義務教育学校を含む公立中学校数(9296校)とほぼ並んだ。
 むすびえは、全国約1万9000の小学校区ごとに子ども食堂を1か所以上開設することを目指している。

 2023年は物価が高騰し、親を頼れない子ども・若者の生活を直撃している。孤立を深めやすい年末年始を前に食料品を届ける支援活動に力を入れている支援団体を訪ね、12月6日の読売(石井千絵記者)が活動の様子を伝えている。
 大阪市内のNPO法人「Ð×P」は、2018年、オンライン相談「ユキサキチャット」を開設。孤独や孤立、生活困窮に陥っている全国の10〜20代の子ども・若者の相談を受け付け、適切な支援につなぐ取り組みをしている。
 コロナ禍で深刻な生活困窮の相談が増加した20年、「相談を受けるだけでは間に合わない」とレトルト食品など30食分を月2回、届ける支援も始めた。
 23年度は毎月、約7500食分の食料品を発送。前年度の1・8倍に拡大している。これまでに延べ1626人に食料品を送った。


 塚本晋也監督『ほかげ』を12月、観ているが、敗戦後の焼け跡闇市を舞台に戦争で傷ついた兵士や春を鬻ぎながらも生きていく女性が登場し、当時は皆が貧しい時代だったから貧困問題と言っても、現在とは異なった様相を呈していた。
 貧富の格差が拡大してしまった日本。シングルや非正規雇用では満足に食べることができないという社会にしてしまった政治がよくない日本。

 そんな日本でも、心ある人たちがいて、子ども食堂を運営したり、困窮する若者に食料を支援したりしてがんばってくれている。

 頭が下がる。

 貧富の格差の問題は、本質的には政治を変えていくことで対応すべき問題であるが、簡単なことではない。
 今日の食に困っている人にとっては、待ったなしであるから、支え合うことがそれだけ大事になってくる。

 震災が起きて、自衛隊が助けてくれるように、子ども食堂や生活困窮者を支援する公的機関がないのはどうしたことか。

 岸田首相は外国に行き、援助を約束するから歓待されているが、国内で貧困問題の解決に取り組む様子はない。
 3月に国賓で米国に行くらしいが、米国から要らない兵器を買わされることが目に見えている。
 早く退陣してもらいたい。

2024年01月01日

白神山地・屋久島 世界自然遺産と駅伝

 2024年の元旦は朝起きたら、北風が強いことが気になった。
 空っ風が吹くことで知られた群馬県で実業団男子の駅伝競走日本一を争うニューイヤー駅伝が開催されるからで、TVで中継を少し視聴してから書いている。
 
 小学生の頃、正月といえば、関東の大学対抗の箱根駅伝をNHKラジオで聴いていて、その結果がわが家で購読していた読売新聞に掲載されたので夢中で読んでいた。
 爾来、駅伝の応援が好きになり、学校を卒業すると50回大会から箱根駅伝の追っかけ応援をするようになったが、40年以上続いた正月の楽しみも古希を過ぎて、沿道に立っての追っかけ応援ができなくなり、今年の100回大会もTV観戦になりそうだ。
 何故かといえば、加齢と共にトイレが近くなってしまったからだ。
 老いるのは実に嫌なことだ。

 大学駅伝に関心を持つと、これから大学に入学してくる高校生のことが気になり、年末の京都で行われる全国高等学校駅伝競走の中継をNHKラジオで、後にTVで視聴するようになる。

 大学生の卒業後の進路も気になり、当時、伊勢神宮で開催されていた実業団駅伝競走のTV中継を視聴するようになってしまう。
 群馬県で実業団駅伝が開催されるようになったのは1988年のことで、このときから正月元旦に開催されるようになった。

 さらに、読売新聞はその昔、東京大阪間、東京青森間の都道府県対抗駅伝競走を主催していたからこちらも新聞を夢中で読み、選手の名前と所属先をチェックしていた。

 駅伝は人の営み、イベントであるが、12月11日の読売が夕刊で「白神山地・屋久島 世界自然遺産 登録30年」「記念イベント『守る』意識新たに」という見出しで自然の素晴らしさを伝えていた。


 戦後の復興と称して、自然林を木材とするための檜や杉などの人工林に変えてしまった日本。ために、ブナや樫など実のある樹木が少ない山林からクマが人里に餌を求めて下りてきて、各地でクマと人間の衝突事件が起きてしまった2023年。

 白神山地、屋久島共に訪れたことは残念ながらないが、手つかずの自然が残っている白神山地では、生態系の循環が上手く機能し、樹木の実が落ち、新しい芽が出て、また新しい樹木が生まれている。
 そこにイベントでブナの苗木20本を植樹したということで、白神山地より、人工林の方にこそ、ブナなど実のなる木を植樹すべきである。

 山に食べ物があれば、クマだって人里に下りてくる必要がない。

 駅伝というのは、個人競技であるマラソンと異なり、一定の距離を襷でつないで走るものだから、大自然を守るということと、その役割を大勢でつないで果たして行くことに大いに参考になる。

 大会に出られる人はある意味エリートランナーではあるが、その縁の下には体をケアするトレーナーやスケージュールを管理するマネージャーがいて、大会には出られなくとも控えランナーもいる。さらにコーチ、監督がいる。
 ランナーには家族もいれば、友人もいるし、学校ではあれば教員や会社であれば上司や仲間がいるという具合である。
 その前に、大会を開くためには主催者、関係者、先導の白バイなど警察や走路員や観客など大勢の協力者がいる。

 自然遺産も手つかずは素晴らしいが、人工林であれば、林業の担い手がいて間伐し、日当たりを確保したり、実のなる木を定期的に植樹したりすることで、クマなどの動物と共存していける。
 要するに皆の力で大会ができあがっているように自然遺産も人びとの守るという意識が何と言っても大事だ。

 同じ生き物として、クマの食べ物のことももっと人間は考えてやるべきだ。
 駅伝を観て、裏方のことを考えてしまった。

2023年12月31日

30代青年の死と蔵の解体

 2023年もあっという間に大晦日になってしまった。
 若い頃と較べ、時の経過が倍速どころからもっと早くなっているのはそれだけ、自分が老いているからだろうか。
 年の瀬に行く年を振り返っているが、29日に車で40分くらいのところにある寺に行き、墓参りしてきたのは親族の青年が4月に亡くなっているからだ。数年前に義母が年末に亡くなっているので、命日の墓参りも兼ねてはいるが。
 親族といえども、よほどの関係でない限り、冠婚葬祭は失礼し、後日墓参りだけはするというのが自分の流儀である。

 秋になって、大正から昭和の初め頃建築されたらしい蔵を解体し、自分が死んだら土地を売却し、相続税を支払えるように分筆をすることにした。
 鎌倉に行ったとき、若宮大路でTVのなんでも鑑定団の関係者と思しき人(名刺をもらっている)からカメラとマイクを向けられ、「蔵がありますか」と問われ、「あるけど、お宝なんかないよ」と応じた。見るだけでもいいからと言われたが、断った因縁の建物である。
 結局、お宝はなかったが、アンティックというのか骨董関係の商売人に火鉢や食器などすべて持って行ってもらった。

 さて、蔵を解体する頃、嫁いでいる姉が偶々、わが家にやってきたことがある。
 3人姉弟が大人になってから揃ったことなど記憶にないことだった。
 その日、入院時お世話になった姉が「あんたは40代で難しい病気になったから、ここまで生きられるとは思わなかった」と呟いた。姉も病気を乗り越えているが、本心ではそう思っていたことを知った。
 この日、何たる偶然か、連れ合いたち3人姉弟も揃って話をしていたということで忘れられない日となった。
 
 青年の両親は仕事が休みの時、車であちこちの神社、仏閣を周ってお参りしていたが、わが子のことはよくわかっていなかったのであろう。
 青年には優秀な兄がいて、学校も就職先も母親の自慢だったようだが、弟は勉強が好きでなかったようで、大学には行かず、調理の資格を取って自立して働いていたが、非正規雇用であったため、職を転々としていたらしい。
 彼には実家に居場所がなく、アパートは無論どこにも安息の場所がなかったにちがいない。
 心を病んで通院していたことがあったとは後から耳にしたことである。

 30代の天涯孤独な青年から毎日、「死にたい」という電話を受け、「人間は死にたくなくとも、お迎えが来れば、死んでしまう。だから、自分で死んではいけない」というような説得を繰り返していた経験がある自分としては、自分に相談してくれれば、という悔やむ思いが絶ち切れない。

 墓前で例によって、「手向」を吹き供養したが、死んでしまってはやり直すこともできないと忸怩たる思いで墓を後にした。

 2023年コロナの扱いが変わったので、少しずつ、月に一度の映画館行きを復活させた。
 黒澤明監督『生きる』のリメイク作品英国版『生きる』を観て、生きるって改めてその意味を考えさせられた。

 蔵は人間ではないが、命というか経てきた歳且の重みを感じた。しかし、生きている人間を優先させてもらい解体させてもらった。
 基礎コンクリを壊すときは地響きがして家が揺れたのは、蔵の悲鳴だったのかもしれない。

 後期高齢者目前まで生きられた、生かされた自分は、30代で心を病み、逝ってしまった青年に何もしてやれなかったことを悔いるだけでは仕方ないので、来る年は、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚を復活させたいと願っている。

2023年12月28日

『PERFECT DAYS』

 月に一度の映画館行き、12月は『ほかげ』を観ているが、どうしても観たかった『PERFECT DAYS』を2023年最後の映画として選んだ。
 ビム・ベンダース監督、役所広司主演で、渋谷区にお洒落なトイレを作るTOKYO TOILETプロジェクトに協力したユニクロの柳井康治さんが制作した作品である。

 監督が『東京物語』の小津安二郎監督を敬愛し、トイレ清掃を仕事にしている男の名前を『東京物語』から借用した平山にしたという。
 その平山はスカイツリーの近くの安アパートで寝起きし、軽のワンボックスで仕事場の渋谷に通い、トイレの清掃をしている。平山の毎日、朝起きてから仕事場に行き、トイレ清掃の仕事を終えて、いつもの店で食事し、銭湯に行き、帰宅して、眠るまで本を読むのが毎日のルーティンというのか、その日々を描く。
 同じことの繰り返しのような平穏な毎日に満足している平山のアパートに突然、姪が家出してきて、新たな日常が始まるのだ。


 主人公平山のトイレ清掃はそれは見事なもので、自宅でほぼ自分専用に使っているトイレとはまるで異なるような美しさだった。
 自分のトイレもこれからは、もう少しきれいにしなければと反省させられた。
 炎症性腸疾患クローン病という消化器系の持病があるため、さらに、寄る年波でトイレが近くなってしまったことと併せて、トイレは自分にとって、出先における必須アイテムというか、近くになければ出かけられない大事な設備である。だから、トイレのことは何回となく発信してもきた。
 主人公平山がトイレ清掃を仕事にしている映画だということで、どうしても観たい作品だった。

 寡黙な平山の過去が明かされることになる姪の登場で、姪の母親、平山の妹が運転手付きの高級車で家出娘を引き取りにやってきて、久しぶりの再会となった兄妹が別れ際にハグするシーンがあった。
 小説を読み、映画を観て想像力が磨かれたかして、二人に兄妹以上の愛情というか秘めたものを感じ取ってしまった。
 平山が家に帰らない理由を勝手に解釈すると役所の平山と妹の麻生祐未がよくお似合いのカップルのような気がしてきた。

 別れた夫婦役の飲み屋のママ石川さゆりと三浦友和が店の中で抱擁するシーンをドアの隙間から見てしまう常連客の平山。 
 病気を患う元夫は別れた妻の幸せを願い、平山の後を追いかけてきて、平山に彼女のことを頼んだ後、二人で影踏みをするシーンがある。歌い手であるが石川さゆりのママも別れた夫の三浦友和もまたよかった。

 普通の暮らしというのは毎日、同じことの繰り返しで、一見退屈なようで、実はささやかであっても幸せなことだと痛感する。
 病気したり、交通事故に遭ったりすれば、簡単に壊れてしまう平凡な日々であるが、それだけに価値がある。

 平山がいつまで一人でトイレ清掃の仕事を続けられるかなと思いながら物語のフィナーレを眺めていた。

2023年12月24日

苦労は人間をけちに意地悪く

 自動車メーカーのダイハツ工業は、国の認証取得の不正問題で新たに174件の不正が見つかったと発表し、国内外のすべての車種で出荷の停止を決めた。一連の不正について、奥平総一郎社長は記者会見で「お客様の信頼を裏切ることとなりおわび申し上げます」と述べただけで責任を取らず辞任しないことを明らかにした。とメディアが伝えている。

 12月20日のNHKWEBによれば、ダイハツ工業では、ことし4月、海外向けの乗用車の衝突試験で不正が発覚し、その後、国内向けの車種でも国の認証を不正に取得していたことが明らかになっている。
 会社は20日、第三者委員会によるその後の調査で、新たに25の試験項目で174件の不正が見つかったことを公表した。
 衝突試験のほかに排ガスや燃費の試験なども含まれ、不正は1989年から確認されたということである。

 奥平社長は経営責任のとり方を問われたのに対し、「まずは足もとの問題を第1に対応していきたい。再発防止についてある程度道筋をつけるために力を発揮して、それをもってまずは責任とさせていただきたい」と辞任せず責任をとらないことがわかった。


 12月22日の読売「編集手帳」に英国の小説家サマセット・モームが、『月と六ペンス』で<苦労が人間を気高くするというのは事実に反する…苦労はたいてい、人間をけちに意地悪くするものだ>(行方昭夫訳、岩波文庫)を引き合いにダイハツ工業が掲げる車作りの思想「1_、1c、1秒にこだわる」は、今やけちで意地悪にしか見えない。
 ダイハツ車内では担当者らに激しい叱責や非難が浴びせられていたのは経営陣が働く人たちの苦労を背負えぬほど重くし、心を壊した経緯があったと経営陣を厳しく批判していた。
 その上で、信用、信頼失墜により失われる価値は計り知れないと指摘している。


 会社の不祥事の責任といえば、経営陣の辞任よりないにもかかわらず、社長は責任を取らないということで、頭だけ下げて口先でごまかすような態度だから、会社がダメになってしまう。責任を取らない経営陣ならそんな経営陣はいらない。

 語り継ぐ戦争でいえば、戦争を仕掛けておいて、敗戦でも何ら責任をとろうとしなかった軍の幹部たちとよく似ている。
 責任を取るために幹部はいるのだし、責任を取るというのは自決することである。軍人は。
 企業の経営陣は自決とは言わないまでも、退陣することである。
 高額な給与、報酬を得ておきながら、責任逃れをする卑怯者が日本の経営者には多すぎる。
 新自由主義に毒され、人件費ばかり削ることに血道をあげ、儲けを出すことばかり考え、人手不足で働く人を苦しめてきた日本の多くの経営者たち。
 己に知恵がないことを棚に上げ、働く人にばかりその責めを負わせようとしてきたおバカ経営者たち。

 〈苦労が人間をけちに意地悪くする〉というのは本当だと実感したことがある。
 身内の恥を晒すようで、お恥ずかしいい限りであるがカミングアウトしてしまう。
 もう亡くなっているから時効だろう。
 叔父の家は、旧家であるが、没落してしまい、土地を売り食いしていた。
 叔父は勉強はできた方らしいが大学には進学せず、高校を卒業後安定した職に就き、働きながら、夜間部に通って大学を卒業したという経歴を持つ。
 ところが、売り食いしてもまだ不動産を所有していたため、首都圏の田舎町が開発され、所有していた不動産が駐車場や貸店舗などとして不動産収入が増えるようになり、退職し不動産を管理するようになった。
 収入が増えると叔父はことあるごとに税金が高いと不満を漏らすようになった。
 叔父には妹がいたが、自分から見れば叔母である。その妹に財産を全く分けず独り占めし、妹が離婚し、苦境にあると風の便りに聞いた時も全く援助しようとはしなかったのである。

 自分は3人姉弟で、経済的に恵まれている姉は何かと実家のことを気にかけてくれ、母親の介護のときなどは、自分は何もできないからと言いつつ、恥ずかしくないようにと母親がデイサービスに着ていく洋服を季節ごとに買い求めて送ってくれた。

 叔父と姉の二人の違いはどこから来ているのかよくわからないが、仮に、自分に妹がいて、生活に困っていたら、当然、できる範囲で援助はするだろう。
 叔父がけちになったのは苦労したからだということで納得した。
 反省のないダイハツではないが、叔父のことは尊敬しないし、ダイハツの車は買わない。

2023年12月23日

社会の片隅に追いやられた人々の思いを伝える

 NHKETV特集「森崎和江 終わりのない旅」で考えさせられた生きるということについて書いておく。

 「2022年、95歳の生涯を閉じた森崎和江さん。地の底で働いた女性坑夫に聞き書きした『まっくら』や東南アジアなどへ売られた少女を追った『からゆきさん』など数々の著作で、近代社会の片隅に追いやられた人々の思いを伝えた。
 日本統治下の朝鮮半島で生まれた「原罪」を背負い、「本当の日本」を探して全国を旅した。森崎和江さんの足跡をたどり、社会に広がる「断層」を越える「命の言葉」を探し続けた、その思いを探る。」と㏋にコンセプトがある。


 1970年代の初め、女性史研究をしていた山崎朋子『サンダカン八番娼館 底辺女性史序章』(現文春文庫)を買い求めて読み、からゆきさんのことを知った。
 貧しい天草から売られた女性がボルネオの娼館で働き、運よく帰国できた女性もいたが、ボルネオの土になっていったことを取材したもので,熊井啓監督が『サンダカン八番娼館 望郷』として映画化し、当時話題となった。
 その後、森崎和江『からゆきさん』(現朝日文庫)が刊行されていることを知り、買い求めて読んだ。
 評論家ではないので、二人の作品など較べるつもりなど全くなかったが、山崎朋子より、森崎和江の方が重たいというか奥が深いというのが当時感じた率直な感想だった。

 多田さよ子『小菊の悲願』(聖燈社)を買い求めて読み、人身売買、廓清運動に俄然興味関心が向くようになったので、その後、売春、遊廓、売春防止法が成立してトルコという営業形態で生き残った業界に関する著作を買い求めた時期があった。

 自分の関心が人身売買、売春ということに目が向いてしまっていたので、森崎和江さんのことには関心が向かなかったことが今考えるとお恥ずかしい限りである。

 NHKの「森崎和江 終わりのない旅」で森崎さんが朝鮮半島に生まれ育ち、植民地の宗主国の人間だったということに原罪の意識を持っていたと知り、満州や朝鮮半島から引き揚げてきた山田洋次監督や作家の五木寛之さんなどの知識人が一様に自分たちの出自と育ちに反省というか、後ろめたさを持ちながら創作活動をしていることに気づいていたので、やはりと思った。

 原罪意識に突き動かされるようにして森崎さんが終わりのない旅をしていたが、作家の井手孫六さんは『終わりなき旅「中国残留孤児の歴史と現在」(岩波文庫)を書かないではいられなかった気持ちとして、政府に騙され満蒙開拓団として海を渡った人が故郷信州が一番多かったことを挙げている。
 現に、満蒙開拓平和記念館が建てられたのは信州の阿智村である。

 森崎さんは福岡の学校を卒業し、炭鉱町に住んでいたことから、炭鉱で働いていた女性にも目を向ける。
 からゆきも炭鉱夫も社会の底辺で必死に生きている人たちである。

 首都圏の田舎町で生まれ育ち、16歳の時、父親が病死してしまったが、これといった苦労をしたわけでもない自分と較べ、森崎さんは朝鮮半島で生まれ、育ちはしても朝鮮人ではなく、かといって日本人というには生まれ育っていないから、自らのアイデンティティを探し求めていたように自分なりには理解する。

 市井の一介の凡人である自分には原罪意識みたいなものはないが、比較的恵まれた階層、所謂中間層にいられることに対し、戦争などで自由を奪われた人たちへのレクイエムをするのが自分の立ち位置かもしれないと祈りの旅をしてきた。

 森崎さんの気持ちが理解できるのは炭鉱夫のことで言えば、津村節子『海鳴』(文春文庫)を買い求めて読み、ヒロインが働いていた佐渡の水金遊廓跡を訪ね、相対死にした佐渡金山の水替え人足とともに供養の祈りを捧げているからだ。

 戦争など、もろもろで自由を奪われた人たちに供養の祈りを捧げてきた自分には、森崎さんの気持ちがいくらかなりともわかるのである。

 生きるということの意味を教えてくれた森崎さん。後に続く人がいてくれることを願う。