山田洋次監督の『おとうと』に登場するホスピスのモデルとなったことで知られる山谷のホスピス「きぼうのいえ」での看取りを追いかけたノンフィクション、中村智志『大いなる看取りー山谷のホスピスで生きる人びとー』新潮文庫を読んでいる途中であるが、どうしても書いておきたくなったことがある。
著者は、「週刊朝日」の副編集長ということだが、沢木耕太郎の『人の砂漠』を読んだときや映画を観たときと同様、「人が生きる」とはどういうことかがよく描かれている。
読了後にもまた取り上げるかもしれないが、さまざまな人物が入居する「きぼうのいえ」のなかで、印象に残ったのが「ある愛の終着駅」という話。
肝臓がんで62歳の誕生日を迎えた翌日、ある女性が亡くなる。
彼女には、籍こそ入れていないが、北海道から駆け落ち同然に上京、20年の歳月を一緒に過ごしてきた7つ年上の男性がいて、きぼうのいえで献身的な介護を受け死を迎えたのだ。
男性には北海道に残してきた妻子がいたのだから、所謂不倫ということになろうか。しかも、駆け落ち同然に上京し、看取った1年後、今度は北海道に残された妻が病死してしまう。亡くなった妻の死に顔はきれいで、男性宛ての手紙を遺し、今後の身の上を案じていたというではないか。男性は当然、遺体に詫び、娘たちにも詫びたそうだ。
きぼうのいえで駆け落ち同然の男性に介護してもらいながら看取られた女性と北海道に置き去りにされ、夫に看取られることもなく、夫の身の上を案じながら亡くなった妻。
男の身勝手という見方もあるだろう。看取られた女性はよかったが、看取られることもないまま、夫の身の上を案じて亡くなった妻がかわいそうだという見方もあるかもしれない。
しかし、人が生きるということはこういうことではないかと妙に納得させられてしまうから不思議だ。
要するに人生は思うようにならないということ。男性は、一緒に暮らしていた女性ともっと一緒にいたかったという。北海道の妻はいつか男性が自分のもとに帰ってきてくれると信じていたかもしれない。
しかし、結末は両者の願いどおりにはならなかった。それにつけても、きぼうのいえでの看取りにはこんな形もあるとは・・・。
2010年03月07日
2010年03月06日
児童虐待は重大な犯罪
3月3日、奈良県桜井市で5歳男児の餓死事件が発覚した。男児は死亡時6.2キロしかなかったという。
当然、父親と母親は保護責任者遺棄致死容疑で奈良県警に逮捕された。
児童虐待のニュースが多い。一般的には、若くして結婚というか出産した女が子どもの父親と離別し、再婚。再婚相手が女の連れ子を虐待するというのが目立つ。
桜井市の男児餓死事件は報道によれば、男児の父親との夫婦関係が悪くなり、父親に似ている子どもを愛せなくなったというような母親の虐待理由が明かされた。
父親は男児の衰弱を意識しながら放置していたという。
人間というものはここまで残酷なことができるものなのだ。男児を餓死させた行為は見方を変えれば殺人だと言っても過言ではない。
問題はこのような児童虐待が親を捕まえて処罰してもなくならないことにある。
児童虐待はやる気になれば解決できない問題ではない。虐待する親から子供を解放し、児童養護施設で子育てすればいいのだ。
ために、虐待する親の身近にいる人間が、虐待の事実を役所に通報し、役所が子どもを児童養護施設に避難させる制度を確立すればいい。難しいことではない。
虐待している親は児童手当や児童扶養手当をもらっていれば、子どもを手放したがらないが、この場合は、児童虐待は犯罪であるから逮捕すればいいのである。
自分で自分の身を護れない子どもを本来護るべき立場にある親から虐待されている気の毒な立場の子どもである。この子らをを護ってやらないようでは社会は成立しない。
当然、父親と母親は保護責任者遺棄致死容疑で奈良県警に逮捕された。
児童虐待のニュースが多い。一般的には、若くして結婚というか出産した女が子どもの父親と離別し、再婚。再婚相手が女の連れ子を虐待するというのが目立つ。
桜井市の男児餓死事件は報道によれば、男児の父親との夫婦関係が悪くなり、父親に似ている子どもを愛せなくなったというような母親の虐待理由が明かされた。
父親は男児の衰弱を意識しながら放置していたという。
人間というものはここまで残酷なことができるものなのだ。男児を餓死させた行為は見方を変えれば殺人だと言っても過言ではない。
問題はこのような児童虐待が親を捕まえて処罰してもなくならないことにある。
児童虐待はやる気になれば解決できない問題ではない。虐待する親から子供を解放し、児童養護施設で子育てすればいいのだ。
ために、虐待する親の身近にいる人間が、虐待の事実を役所に通報し、役所が子どもを児童養護施設に避難させる制度を確立すればいい。難しいことではない。
虐待している親は児童手当や児童扶養手当をもらっていれば、子どもを手放したがらないが、この場合は、児童虐待は犯罪であるから逮捕すればいいのである。
自分で自分の身を護れない子どもを本来護るべき立場にある親から虐待されている気の毒な立場の子どもである。この子らをを護ってやらないようでは社会は成立しない。
2010年03月05日
自殺者が12年連続3万人超
3月4日夜、NHK9時からのニュース番組で、2009年の自殺者が12年連続で3万人を超えたことをとりあげていたので、書いておく。
失業により路上生活者となることを余儀なくされてしまい、結果自殺に追い込まれてしまう事例にスポットをあて、対策に取り組んでいる森川すいめい精神科医の活動が紹介されていた。
路上生活者が公園で自殺し、彼の冥福を祈る関係者の姿があった。場所は新宿中央公園だったか、人は、困窮し、路上生活者となった場合、なってからの一定期間が自殺に追い込まれやすいそうだ。
森川医師は、久里浜アルコール症センターの精神科医であり、ホームページによればアジアやアフリカを中心に39カ国も訪問した経験があるといい、鍼灸師免許取得後に医師免許を取得したという珍しい経歴の持ち主でもある。
池袋で路上生活者への給食活動などに取り組むNPO法人TENOHASHIの代表理事でもあり、精神科医として路上生活者を診断調査し、路上生活者への炊き出しなどへの支援を豊島区長に要請するなどの活動でホームレス問題にも大きなかかわりを持つ。
年間3万人以上もの人間が12年連続で自殺してしまうという日本という国の在り方が問われる。単純に計算して、12年で36万人。かなり大きな街の住民がすべて死んでしまったことになる。膨大な数字である。
戦後、復興するなかでGNPが世界2位だとか浮かれているうちに、労働運動ができないように国鉄が解体され、民営化されたころから、どうもおかしなことになってきたようだ。
米国ばかり手本にするうちに、完全に日本はダメになり、ついに政権が交代することになった。
自殺者が12年もの長い間、毎年3万人を超えてしまうような世の中はおかしいということにそろそろ大勢の人間が気づかなければわが国に未来はない。
米国のように一握りの富める者がいて、大多数が医療保険がないから医者にもかかれないような社会にしてはならない。
やはり、他人事というのが一番ダメだ。
失業により路上生活者となることを余儀なくされてしまい、結果自殺に追い込まれてしまう事例にスポットをあて、対策に取り組んでいる森川すいめい精神科医の活動が紹介されていた。
路上生活者が公園で自殺し、彼の冥福を祈る関係者の姿があった。場所は新宿中央公園だったか、人は、困窮し、路上生活者となった場合、なってからの一定期間が自殺に追い込まれやすいそうだ。
森川医師は、久里浜アルコール症センターの精神科医であり、ホームページによればアジアやアフリカを中心に39カ国も訪問した経験があるといい、鍼灸師免許取得後に医師免許を取得したという珍しい経歴の持ち主でもある。
池袋で路上生活者への給食活動などに取り組むNPO法人TENOHASHIの代表理事でもあり、精神科医として路上生活者を診断調査し、路上生活者への炊き出しなどへの支援を豊島区長に要請するなどの活動でホームレス問題にも大きなかかわりを持つ。
年間3万人以上もの人間が12年連続で自殺してしまうという日本という国の在り方が問われる。単純に計算して、12年で36万人。かなり大きな街の住民がすべて死んでしまったことになる。膨大な数字である。
戦後、復興するなかでGNPが世界2位だとか浮かれているうちに、労働運動ができないように国鉄が解体され、民営化されたころから、どうもおかしなことになってきたようだ。
米国ばかり手本にするうちに、完全に日本はダメになり、ついに政権が交代することになった。
自殺者が12年もの長い間、毎年3万人を超えてしまうような世の中はおかしいということにそろそろ大勢の人間が気づかなければわが国に未来はない。
米国のように一握りの富める者がいて、大多数が医療保険がないから医者にもかかれないような社会にしてはならない。
やはり、他人事というのが一番ダメだ。
2010年03月04日
抑留者の埋葬地、ロシア新資料で解明へ
山田洋次監督『おとうと』を観てから、映画でモデルとなった「きぼうのいえ」のことを書いた中村智志の『大いなる看取りー山谷のホスピスで生きる人びとー』新潮文庫を買い求めた。
読み終えたら取り上げるつもりだが、この施設の入居者にシベリアでの抑留体験者がいたので、2010年1月6日の読売に載っていたシベリア関連の記事について書いておく。
戦後シベリア抑留中に死亡したとされる日本軍将兵ら約53000人のうち、埋葬地などの情報がない約21000人について、厚生労働省はロシア側から提供を受ける抑留者延べ約70万人分の新資料と、同省保管の日本側名簿との照合作業を来月にも始めるとという。
一方、1月9日の読売に第2次大戦後、旧ソ連のシベリアやモンゴルに強制抑留された人に特別給付金を支給する特別措置法案が通常国会に提出され、成立する見通しとなったと書いてあった。
生存している元抑留者に、帰国時期に応じて1人当たり25万〜150万円を支給する。政府に対し、強制抑留の実態調査や遺骨収集など、抑留に関する総合的な対策の実施を義務づけることも盛り込む。 元抑留者でつくる全国抑留者補償協議会などによると、生存者は現在10万人を切ったと推定され、平均年齢は90歳近くに達するという。約230億円と見込まれるそうだ。
戦没者慰霊をするという自分の活動は、戦没者に対する感謝というか、戦没者のことを忘れない、戦争を語り継ぐという意思表示でもあるわけだから、ソ連の国際法無視のシベリア強制連行は忘れてはならない重大な戦争犯罪であるから、次世代に伝えていく必要がある。
「きぼうのいえ」の件の人は、それでも帰還できたから運がいいが、亡くなった人はさぞ無念であったろう。
しかし、シベリアの現地を訪れるのは容易ではないので、国内での関連の慰霊碑を調べ、いずれ参拝するつもりだ。
読み終えたら取り上げるつもりだが、この施設の入居者にシベリアでの抑留体験者がいたので、2010年1月6日の読売に載っていたシベリア関連の記事について書いておく。
戦後シベリア抑留中に死亡したとされる日本軍将兵ら約53000人のうち、埋葬地などの情報がない約21000人について、厚生労働省はロシア側から提供を受ける抑留者延べ約70万人分の新資料と、同省保管の日本側名簿との照合作業を来月にも始めるとという。
一方、1月9日の読売に第2次大戦後、旧ソ連のシベリアやモンゴルに強制抑留された人に特別給付金を支給する特別措置法案が通常国会に提出され、成立する見通しとなったと書いてあった。
生存している元抑留者に、帰国時期に応じて1人当たり25万〜150万円を支給する。政府に対し、強制抑留の実態調査や遺骨収集など、抑留に関する総合的な対策の実施を義務づけることも盛り込む。 元抑留者でつくる全国抑留者補償協議会などによると、生存者は現在10万人を切ったと推定され、平均年齢は90歳近くに達するという。約230億円と見込まれるそうだ。
戦没者慰霊をするという自分の活動は、戦没者に対する感謝というか、戦没者のことを忘れない、戦争を語り継ぐという意思表示でもあるわけだから、ソ連の国際法無視のシベリア強制連行は忘れてはならない重大な戦争犯罪であるから、次世代に伝えていく必要がある。
「きぼうのいえ」の件の人は、それでも帰還できたから運がいいが、亡くなった人はさぞ無念であったろう。
しかし、シベリアの現地を訪れるのは容易ではないので、国内での関連の慰霊碑を調べ、いずれ参拝するつもりだ。
2010年03月03日
見えざるものへ 慰霊の形 戦後の問題
2月15日の読売夕刊に末木文美士仏教学者が数年前から、戦争の犠牲者の慰霊施設を少しずつではあるが回るようにしている。ぼく自身の人間としての責務のようなものを感じていると書かれていた。
「今年の1月17日で、阪神淡路大震災から15年になるが、大量の死傷者といえば何といっても昭和の戦争が大きな問題だ。
直接の経験者や遺族が亡くなったり、高齢化して、戦争体験の風化が言われるが、そのまま忘却されてよいものではない。
戦争は震災と違って百パーセント人災であるからその根絶のためにも、過去を忘れることは許されない」というのだ。誠にごもっともであり、自分と同じことを考え、行動している人がいたことに敬意を表するとともに感動したので記しておきたい。
強い感動をもって心に残る慰霊施設として、静岡県熱海市にある興亜観音と知覧の特攻平和記念館を訪れたときのことを紹介している。
恥ずかしながら興亜観音のことは知らなかったので、近いうちに自分もお参りしにいかなければならない。
知覧は、広島・長崎とともに自分もお参りしてきたが、知覧は何と言っても、自分の慰霊の旅の出発地だから格別な思いがある。
「いくつかの施設を訪れて思うことは、戦争犠牲者の慰霊は、戦争の問題であるとともに、戦後の問題でもあるということだ。戦争の死者たちは常に左右両方からの政治に翻弄され、散々に利用され、利用価値がなくなれば見捨てられる。それをひっそりと粘り強く維持し、継承していくたちがいて、はじめて死者たちの声が伝えられていく。略」とも書かれていた。
死者は生きている者が慰霊するしかないし、慰霊することが戦没者への供養と同時に戦争反対への意思表示となるのではないか。
「今年の1月17日で、阪神淡路大震災から15年になるが、大量の死傷者といえば何といっても昭和の戦争が大きな問題だ。
直接の経験者や遺族が亡くなったり、高齢化して、戦争体験の風化が言われるが、そのまま忘却されてよいものではない。
戦争は震災と違って百パーセント人災であるからその根絶のためにも、過去を忘れることは許されない」というのだ。誠にごもっともであり、自分と同じことを考え、行動している人がいたことに敬意を表するとともに感動したので記しておきたい。
強い感動をもって心に残る慰霊施設として、静岡県熱海市にある興亜観音と知覧の特攻平和記念館を訪れたときのことを紹介している。
恥ずかしながら興亜観音のことは知らなかったので、近いうちに自分もお参りしにいかなければならない。
知覧は、広島・長崎とともに自分もお参りしてきたが、知覧は何と言っても、自分の慰霊の旅の出発地だから格別な思いがある。
「いくつかの施設を訪れて思うことは、戦争犠牲者の慰霊は、戦争の問題であるとともに、戦後の問題でもあるということだ。戦争の死者たちは常に左右両方からの政治に翻弄され、散々に利用され、利用価値がなくなれば見捨てられる。それをひっそりと粘り強く維持し、継承していくたちがいて、はじめて死者たちの声が伝えられていく。略」とも書かれていた。
死者は生きている者が慰霊するしかないし、慰霊することが戦没者への供養と同時に戦争反対への意思表示となるのではないか。
2010年03月02日
人の砂漠
3月になったので、月に一度の贅沢である映画館に行ってきた。
観たのは沢木耕太郎原作のノンフィクションを脚色し、東京芸大生が映画化した『人の砂漠』である。
残念なことにプログラムというかパンフレットがなくて、買い求めることができなかった。
原作は、人が生きるとはどういうことかをそれぞれの話から読み取れる優れものである。
クズを集めて生活する曳き子とクズを買い入れる屑屋のオヤジの話である『屑の世界』、女詐欺師と騙される人々を描く『鏡の調書』、生活保護を拒み餓死寸前に救急車で運ばれる老婆の物語『おばあさんが死んだ』、元売春婦たちのコロニーでの生活を垣間見る『棄てられた女たちのユートピア』の4篇を原作の中から映画化した。
原作を読んだときも、かなりのインパクトがあったが、脚色はされていても、そこは映像の持つ強みで実に見応えがあったと言っていい。
自分も年齢相応にそれなりの体験をしてきたから驚くということではないが、一般にあまり知られていないようなので簡単に説明する。
生活保護というのは、申請主義なので、結果的に『おばあさんが死んだ』のようなことはあることだし、生活保護についても別の機会にとりあげることになるだろう。
『棄てられた女たちのユートピア』というのは、千葉の館山にあるコロニー「かにた村」のことで、この施設については、別の機会に詳しく紹介するつもりだ。
NHKTVで『無縁社会』ということで家族との絆が切れてしまった人の生活とその死というものを放送し、大きな反響があったことを先般書いている。
4篇の中で、この無縁社会という現代的な課題からみると『棄てられた女たちのユートピア』にどうしても目が向いてしまう。
コロニー、ここに一つの答えがあるように思えたからでもある。
観たのは沢木耕太郎原作のノンフィクションを脚色し、東京芸大生が映画化した『人の砂漠』である。
残念なことにプログラムというかパンフレットがなくて、買い求めることができなかった。
原作は、人が生きるとはどういうことかをそれぞれの話から読み取れる優れものである。
クズを集めて生活する曳き子とクズを買い入れる屑屋のオヤジの話である『屑の世界』、女詐欺師と騙される人々を描く『鏡の調書』、生活保護を拒み餓死寸前に救急車で運ばれる老婆の物語『おばあさんが死んだ』、元売春婦たちのコロニーでの生活を垣間見る『棄てられた女たちのユートピア』の4篇を原作の中から映画化した。
原作を読んだときも、かなりのインパクトがあったが、脚色はされていても、そこは映像の持つ強みで実に見応えがあったと言っていい。
自分も年齢相応にそれなりの体験をしてきたから驚くということではないが、一般にあまり知られていないようなので簡単に説明する。
生活保護というのは、申請主義なので、結果的に『おばあさんが死んだ』のようなことはあることだし、生活保護についても別の機会にとりあげることになるだろう。
『棄てられた女たちのユートピア』というのは、千葉の館山にあるコロニー「かにた村」のことで、この施設については、別の機会に詳しく紹介するつもりだ。
NHKTVで『無縁社会』ということで家族との絆が切れてしまった人の生活とその死というものを放送し、大きな反響があったことを先般書いている。
4篇の中で、この無縁社会という現代的な課題からみると『棄てられた女たちのユートピア』にどうしても目が向いてしまう。
コロニー、ここに一つの答えがあるように思えたからでもある。
2010年03月01日
「宙(そら)の会
日経ネットによれば、法制審議会は、24日、凶悪・重大犯罪の公訴時効の見直しに関する答申をまとめ、法務大臣に提出した。
人を死亡させた罪のうち、最も重い刑が死刑に当たる殺人など12の罪は時効を廃止し、死刑にあたらない場合は時効期間を2倍程度に延ばすことを盛り込んでいる。法務省は答申に基づく刑事訴訟法改正案を国会に提出、今国会での成立を目指すというのだ。
2004年の改正以来、6年ぶりの改正であるが、すでに時効が進行しているものの、改正法が施行された時点で時効が成立していない犯罪にも、さかのぼって適用するという。
一方、読売ネットでは、殺人事件の被害者遺族でつくる「宙(そら)の会」が28日、結成1周年の記念集会を東京都内で開き、殺人罪の時効の廃止などを求めた法制審議会(法相の諮問機関)の答申通りに刑事訴訟法の改正案を成立するよう、「1日も早い法案成立を望む」とする決議文を採択したと報じられていた。
時効撤廃を求める署名とともに近く、千葉法相に提出するという。
1996年9月に東京都葛飾区の自宅で上智大生だった次女を殺害された小林賢二さん(63)は「反論もあるだろうが、世論を盛り上げて法改正を実現させたい」と語ったそうだ。
「宙の会」とは殺人事件被害者遺族の会のことで、ホームページによれば、「この世に生を受け、天命を全うしてこそ、人は家族と共に生者必滅の理と心穏やかに受け止めることができるが、殺人によって、生命奪われた無念を、遺族は受け入れられない。
遺族の思いは、15年・25年の歳月で薄れることなど全くないが、法的には時効制度が存在し、15年・25年の月日が流れると犯人は何らの刑罰を受けることなく、堂々と社会の中で生きてゆける。
命の尊さについて、被害者と犯人を比較した場合、あまりにも矛盾がある。遺族の犯人への憤りは増すことがあっても薄れることは決してないし、殺害された者そして遺族となった自分たちと同じような無念の生涯を味わってほしくないという思いがある。そのためには、時効制度を撤廃し、人を殺害したら厳刑に至るという条理が保たれてしかるべきだという。(要約)
世田谷一家四人殺人事件の遺族が会長を務め、殺人事件被害者遺族を正会員としている。
遺族の気持ちはなった者にしか分からないだろうから、コメントできないが、まあ、当然と言えば当然な活動であろう。
読売の時効解説の記事には、2004年8月、26年前足立区の区立小学校で女性教諭を殺害し、自宅のい床下に遺体を埋めていたと68歳の男が自首してきたことが書いてあった。
この男は当然公訴時効を知っていて自首してきたわけだ。
このニュースを知る「宙の会」の会員は怒っているだろう。こういう事件が起こると被害者遺族はたまらないだろうと推察する。
遺族の気持ちを鎮めるためには何よりも加害者の心からの謝罪が欠かせない。
結局、他者の痛みがわかるような教育ということが大事ではないか。
人を死亡させた罪のうち、最も重い刑が死刑に当たる殺人など12の罪は時効を廃止し、死刑にあたらない場合は時効期間を2倍程度に延ばすことを盛り込んでいる。法務省は答申に基づく刑事訴訟法改正案を国会に提出、今国会での成立を目指すというのだ。
2004年の改正以来、6年ぶりの改正であるが、すでに時効が進行しているものの、改正法が施行された時点で時効が成立していない犯罪にも、さかのぼって適用するという。
一方、読売ネットでは、殺人事件の被害者遺族でつくる「宙(そら)の会」が28日、結成1周年の記念集会を東京都内で開き、殺人罪の時効の廃止などを求めた法制審議会(法相の諮問機関)の答申通りに刑事訴訟法の改正案を成立するよう、「1日も早い法案成立を望む」とする決議文を採択したと報じられていた。
時効撤廃を求める署名とともに近く、千葉法相に提出するという。
1996年9月に東京都葛飾区の自宅で上智大生だった次女を殺害された小林賢二さん(63)は「反論もあるだろうが、世論を盛り上げて法改正を実現させたい」と語ったそうだ。
「宙の会」とは殺人事件被害者遺族の会のことで、ホームページによれば、「この世に生を受け、天命を全うしてこそ、人は家族と共に生者必滅の理と心穏やかに受け止めることができるが、殺人によって、生命奪われた無念を、遺族は受け入れられない。
遺族の思いは、15年・25年の歳月で薄れることなど全くないが、法的には時効制度が存在し、15年・25年の月日が流れると犯人は何らの刑罰を受けることなく、堂々と社会の中で生きてゆける。
命の尊さについて、被害者と犯人を比較した場合、あまりにも矛盾がある。遺族の犯人への憤りは増すことがあっても薄れることは決してないし、殺害された者そして遺族となった自分たちと同じような無念の生涯を味わってほしくないという思いがある。そのためには、時効制度を撤廃し、人を殺害したら厳刑に至るという条理が保たれてしかるべきだという。(要約)
世田谷一家四人殺人事件の遺族が会長を務め、殺人事件被害者遺族を正会員としている。
遺族の気持ちはなった者にしか分からないだろうから、コメントできないが、まあ、当然と言えば当然な活動であろう。
読売の時効解説の記事には、2004年8月、26年前足立区の区立小学校で女性教諭を殺害し、自宅のい床下に遺体を埋めていたと68歳の男が自首してきたことが書いてあった。
この男は当然公訴時効を知っていて自首してきたわけだ。
このニュースを知る「宙の会」の会員は怒っているだろう。こういう事件が起こると被害者遺族はたまらないだろうと推察する。
遺族の気持ちを鎮めるためには何よりも加害者の心からの謝罪が欠かせない。
結局、他者の痛みがわかるような教育ということが大事ではないか。
2010年02月28日
広島と長崎での二重被爆者 山口彊
27日の時事通信によれば、イランのラリジャニ国会議長は27日、長崎市の平和公園を訪れ長崎原爆資料館を見学し、「世界に一つでも原子爆弾があれば、全人類にとって脅威であることが分かった。あらゆる大量破壊兵器はイスラムの教えに反することだ」と語ったという。
2010年1月4日広島と長崎での2度の直接被爆が初めて認定された山口彊被爆者が亡くなった。
2010年1月7日のに西日本新聞によれば、生前、出会う人にいつも『あなたに平和のバトンを託します』と被爆の語り部として伝えていたそうだ。「平和のバトン」を引き継いだ人々は悲しみに沈みながらも「核なき世界」の実現へ向け努力する決意を新たにしたとのこと。
自分は残念ながら観ていないが、2006年に彼は記録映画『二重被爆』に出演しているのだという。
被爆者で身近な人といえば、職場に広島での胎内被爆者がいたのだが、原爆のことを訪ねるほど交流がなかった。
一番親しい人物は、湯村温泉を舞台にした夢千代日記の夢千代こと永井左千子だろうか。
再放送も含め、必ずと言っていいほど視ていた。原作者早坂暁のシナリオも買い求めたほどである。湯村温泉には行ったことがないが、いつか必ず訪ねたいと思っている。
夢千代は、胎内被爆の影響による白血病で体調がすぐれなかったが、山口彊被爆者は1916年生まれだというから、長生きできた方だろう。
イランは核兵器開発で物議をかもしている国であり、その国の議長が長崎の原爆資料館を訪れたことは誠に意義深いことである。
二重被爆というとても考えられないことに遭遇した人物だけに、生き証人としていつまでも語りつづけてほしかった。
2010年1月4日広島と長崎での2度の直接被爆が初めて認定された山口彊被爆者が亡くなった。
2010年1月7日のに西日本新聞によれば、生前、出会う人にいつも『あなたに平和のバトンを託します』と被爆の語り部として伝えていたそうだ。「平和のバトン」を引き継いだ人々は悲しみに沈みながらも「核なき世界」の実現へ向け努力する決意を新たにしたとのこと。
自分は残念ながら観ていないが、2006年に彼は記録映画『二重被爆』に出演しているのだという。
被爆者で身近な人といえば、職場に広島での胎内被爆者がいたのだが、原爆のことを訪ねるほど交流がなかった。
一番親しい人物は、湯村温泉を舞台にした夢千代日記の夢千代こと永井左千子だろうか。
再放送も含め、必ずと言っていいほど視ていた。原作者早坂暁のシナリオも買い求めたほどである。湯村温泉には行ったことがないが、いつか必ず訪ねたいと思っている。
夢千代は、胎内被爆の影響による白血病で体調がすぐれなかったが、山口彊被爆者は1916年生まれだというから、長生きできた方だろう。
イランは核兵器開発で物議をかもしている国であり、その国の議長が長崎の原爆資料館を訪れたことは誠に意義深いことである。
二重被爆というとても考えられないことに遭遇した人物だけに、生き証人としていつまでも語りつづけてほしかった。
2010年02月27日
医師 中村哲
世の中には、実に立派な人物がいる。有名、無名にかかわらず、誰かのために活動しているそんな人物にスポットをあて、敬意を表していく。
少し前、TVで視た中村哲医師。パキスタン・アフガンで活動するNGO「ペシャワール会」現地代表として、医療活動や緑化活動に従事していることで著名である。
アジア地域で社会貢献などで傑出した功績を果たした人に贈られるアジアのノーベル賞と呼ばれる「ラモン・マグサイサイ賞』を2003年に受賞。
医師だから医療活動が本業だろうけれども、ペシャワール会のホームページ「誰も行きたがらないところに行き、誰もがやりたがらないことをする」の中村哲医師 現地状況報告によれば、25.5km灌漑用水路が開通したそうだ。
つまり、医療活動だけでなく緑の大地計画として、水路事業や農業・井戸事業にも取り組み、飲み水の確保、砂漠の緑化、農業の振興にも貢献しているということ。
アフガンは農作物が取れないので、麻薬の栽培が盛んで供給源となっている。だから、灌漑用水路を造ることが最重要の課題なのだ。
アフガンで自分が知っていることといえば、実際に対戦車地雷で片足を無くしたアフガニスタンの少女と義肢装具士を目指す「ろう者」の主人公とのふれあいを描いた映画「アイ・ラヴ・ピース」を観て知った地雷の恐ろしさである。
地雷は「沈黙の悪魔」と呼ばれる怖ろしい兵器であり、地雷が埋まっているアフガンと世界的な義肢装具会社「中村ブレイス」のある島根県太田市大森を舞台に現地の復興と義肢装具制作に励む若者にスポットをあてた映画。
映画のポスターには「少女に笑顔を。大地に緑を。風に愛を。」と大きく書かれたとなりに「戦争しか知らないアフガニスタンの子供たちのために私にもできることがある」とプリントされていた。
中村哲医師と中村ブレイス、偶然両者ともに中村姓であり、医師と義肢装具という人を救うという共通の仕事に生きてもいる。
中村哲医師のまねなどできることではないが、人として生命を与えられた以上、誰かの役に立つということができれば言うことなしであろう。
政府が毎年、春秋に叙勲をしているが、政治家とか高級官僚などそれなりの給与、報酬を得ている者が上位で勲章を得ている。
地道に世のため、人のために活動している人物が上位に来ないのは、叙勲されたい側が、叙勲する人をきめているからではないか。
まあ、地道に活動している人は叙勲を狙って、がんばっているわけではないからいいか。
でも、地道に世のために活動している人を秘かに応援しているのは自分だけではあるまい。きっと、お天道様だって声援しているにちがいない。
少し前、TVで視た中村哲医師。パキスタン・アフガンで活動するNGO「ペシャワール会」現地代表として、医療活動や緑化活動に従事していることで著名である。
アジア地域で社会貢献などで傑出した功績を果たした人に贈られるアジアのノーベル賞と呼ばれる「ラモン・マグサイサイ賞』を2003年に受賞。
医師だから医療活動が本業だろうけれども、ペシャワール会のホームページ「誰も行きたがらないところに行き、誰もがやりたがらないことをする」の中村哲医師 現地状況報告によれば、25.5km灌漑用水路が開通したそうだ。
つまり、医療活動だけでなく緑の大地計画として、水路事業や農業・井戸事業にも取り組み、飲み水の確保、砂漠の緑化、農業の振興にも貢献しているということ。
アフガンは農作物が取れないので、麻薬の栽培が盛んで供給源となっている。だから、灌漑用水路を造ることが最重要の課題なのだ。
アフガンで自分が知っていることといえば、実際に対戦車地雷で片足を無くしたアフガニスタンの少女と義肢装具士を目指す「ろう者」の主人公とのふれあいを描いた映画「アイ・ラヴ・ピース」を観て知った地雷の恐ろしさである。
地雷は「沈黙の悪魔」と呼ばれる怖ろしい兵器であり、地雷が埋まっているアフガンと世界的な義肢装具会社「中村ブレイス」のある島根県太田市大森を舞台に現地の復興と義肢装具制作に励む若者にスポットをあてた映画。
映画のポスターには「少女に笑顔を。大地に緑を。風に愛を。」と大きく書かれたとなりに「戦争しか知らないアフガニスタンの子供たちのために私にもできることがある」とプリントされていた。
中村哲医師と中村ブレイス、偶然両者ともに中村姓であり、医師と義肢装具という人を救うという共通の仕事に生きてもいる。
中村哲医師のまねなどできることではないが、人として生命を与えられた以上、誰かの役に立つということができれば言うことなしであろう。
政府が毎年、春秋に叙勲をしているが、政治家とか高級官僚などそれなりの給与、報酬を得ている者が上位で勲章を得ている。
地道に世のため、人のために活動している人物が上位に来ないのは、叙勲されたい側が、叙勲する人をきめているからではないか。
まあ、地道に活動している人は叙勲を狙って、がんばっているわけではないからいいか。
でも、地道に世のために活動している人を秘かに応援しているのは自分だけではあるまい。きっと、お天道様だって声援しているにちがいない。
2010年02月21日
はじめの一歩
日々の生活のなかで、自らの歩みを記録しておきたくなったので書き留めておこうとブログを始めてみた。
「遥かなみち」というタイトルは自分の思いが伝わるかどうか、全く予測もできない、遠い道のりだろうというところからつけている。
「遥かなみち」というタイトルは自分の思いが伝わるかどうか、全く予測もできない、遠い道のりだろうというところからつけている。