「再審改革の次は、通常の裁判の証拠開示を広げる改革をしてほしい」という7月25日の読売夕刊のコラム「トレンド」で、足立大論説委員の考えを知り、自分の考えと同じなので取り上げておきたい。
再審手続きを整備する法改正が成った。検察の証拠開示に問題があることが知れ渡った意義は大きい。
冤罪の数々を証明したのは、検察が再審まで伏せていた捜査資料だった。
今後の再審では、検察の開示が義務づけられる。結構だけれど、冤罪の根は被告を有罪にした元々の裁判にあって、検察が手許に資料を抱え込める仕組みがある。
裏を返せば、最初から弁護士が目を通すことができれば、冤罪も再審もへらせるかもしれない。
ひとまず再審改革にめどがついた今、通常の裁判の証拠開示を広げる改革を進めてほしい。
コラムは司法の世界では「証拠漁り」という決まり文句が飛び交うで始まり、検察に証拠を隠されるから、人は漁りたくなるのではないか。と結ぶのだ。
名張の毒ぶどう酒事件では、第11次再審請求審を求めているが、1審で無罪となったにもかかわらず、2審で死刑判決が出て、そのまま確定したことに証拠開示の問題があると考えてきた。
袴田事件で、証拠開示に問題があることが明らかになった今、死後再審の日野町事件においても、無罪が確実と伝えられている。
名張の奥西勝さんも八王子の医療刑務所で獄死しているが、こちらは、裁判を引き継いでいる妹の岡美代子さんが90を過ぎて残された時間が少ないため、再審決定が急がれる所以となっている。
毒ぶどう酒の王冠、使われた農薬と証拠が疑わしいことから、全ての証拠を検察が開示すれば、再審請求審だってどうなるかわからない。
1審無罪となった事件が2審で死刑となったなら、検察が保持している証拠をすべて開示すべきである。
奥西勝さんが獄死し、裁判を引き継ぐ、妹が高齢ということで、検察は証拠を開示せぬまま、岡さんが旅立つことを願っているとしか思えない。
冤罪は、国家権力の犯罪であると声を大にして訴えたい。
国家権力が冤罪を作り出したため、真犯人が野放しになっていることが納得できない。
2026年07月29日
2026年07月27日
重度の障がい者も同じ人間ぞ、津久井事件から10年
神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で元職員の男が入所者19人を殺害し、職員を含む26人に重軽傷を負わせた事件から26日で10年となったことをメディアが伝えている。
2019年の参議院議員選挙で、れいわ新選組の山本太郎代表は特定枠を使って、舩後靖彦さん、木村英子さんという重度の障がいというハンディを持つ二人を国会に送った。
戦前、戦後、誰一人としてなしえなかった快挙というよりも、誰一人として、思いもよらないことで、日本についに本物の政治家が表れた。
親鸞聖人か坂本龍馬の再来かと称えた覚えがある。
山本太郎代表は2022年7月、医療ミスで重度の障がいというハンディを負った天畠大輔さんを特定枠を使って国会に送っている。
その天畠大輔さんは優性思想からの脱却を政策として訴えている。
この優性思想こそは、津久井事件の加害者で、裁判で死刑が確定している元職員の男が抱いていた幻想である。
加害者の男は、偶々職員だったことだけで、被害者と自らを較べ、勝手に優劣を決め、何ら根拠なく被害者を抹殺しようとした。
ハンセン病患者を施設に隔離し、患者同士が結婚しても、子どもを産ませないようにしたのもこの優性思想が原因になっているのではなかったか。
「生きているだけで価値がある」という世の中、「誰もが『生きていたい』と思える社会」を作ろうと呼びかけたのはれいわ新選組の山本太郎代表である。
政治家、ジャーナリストという世の中を動かす力のある人で、山本太郎代表のことを批判している人がいる。特に、ネトウヨという表現が正しいのかわからないが、自分は世の中をよくするために何もしない、何もできないくせに批判ばかりしている愚か者たちに言いたい。
人は生まれてきて、いずれ死ぬ。
誰しもの身の上に平等にだ。
自分の立ち位置で、少しでも世の中を良くしようとすることの大事さに気づいてもらいたい。
障がい者と健常者といっても、その差は紙一重である。
天畠さんは医療ミスだというし、交通事故で障がいを負うことだって誰の身に降りかかるかわからない。
パワハラで精神を病んでしまうことだってあるだろう。
自分のできることとして、どうしてもやってほしいこととして、選挙に行ってほしいこと。
選挙では「生きているだけで価値がある世の中」「誰もが生きていたい」と思える社会をつくるために1票を投じてもらいたい。
津久井事件から10年経って、山本太郎代表の力で障がい者の声が直接国会に届くようになった。
このことをもう一度真剣に考えてみたい。
東京杉並区から衆議院議員選挙で当選した自民党の女性議員が自らのことを経歴などから、支配階層だと発言したと耳にした時、山本太郎代表との人間力の違い、レベルの低さに呆れたと同時に投票した人たちにも失望した。
こういう人が少なくないから、これからも事件は起こるかもしれない。
2019年の参議院議員選挙で、れいわ新選組の山本太郎代表は特定枠を使って、舩後靖彦さん、木村英子さんという重度の障がいというハンディを持つ二人を国会に送った。
戦前、戦後、誰一人としてなしえなかった快挙というよりも、誰一人として、思いもよらないことで、日本についに本物の政治家が表れた。
親鸞聖人か坂本龍馬の再来かと称えた覚えがある。
山本太郎代表は2022年7月、医療ミスで重度の障がいというハンディを負った天畠大輔さんを特定枠を使って国会に送っている。
その天畠大輔さんは優性思想からの脱却を政策として訴えている。
この優性思想こそは、津久井事件の加害者で、裁判で死刑が確定している元職員の男が抱いていた幻想である。
加害者の男は、偶々職員だったことだけで、被害者と自らを較べ、勝手に優劣を決め、何ら根拠なく被害者を抹殺しようとした。
ハンセン病患者を施設に隔離し、患者同士が結婚しても、子どもを産ませないようにしたのもこの優性思想が原因になっているのではなかったか。
「生きているだけで価値がある」という世の中、「誰もが『生きていたい』と思える社会」を作ろうと呼びかけたのはれいわ新選組の山本太郎代表である。
政治家、ジャーナリストという世の中を動かす力のある人で、山本太郎代表のことを批判している人がいる。特に、ネトウヨという表現が正しいのかわからないが、自分は世の中をよくするために何もしない、何もできないくせに批判ばかりしている愚か者たちに言いたい。
人は生まれてきて、いずれ死ぬ。
誰しもの身の上に平等にだ。
自分の立ち位置で、少しでも世の中を良くしようとすることの大事さに気づいてもらいたい。
障がい者と健常者といっても、その差は紙一重である。
天畠さんは医療ミスだというし、交通事故で障がいを負うことだって誰の身に降りかかるかわからない。
パワハラで精神を病んでしまうことだってあるだろう。
自分のできることとして、どうしてもやってほしいこととして、選挙に行ってほしいこと。
選挙では「生きているだけで価値がある世の中」「誰もが生きていたい」と思える社会をつくるために1票を投じてもらいたい。
津久井事件から10年経って、山本太郎代表の力で障がい者の声が直接国会に届くようになった。
このことをもう一度真剣に考えてみたい。
東京杉並区から衆議院議員選挙で当選した自民党の女性議員が自らのことを経歴などから、支配階層だと発言したと耳にした時、山本太郎代表との人間力の違い、レベルの低さに呆れたと同時に投票した人たちにも失望した。
こういう人が少なくないから、これからも事件は起こるかもしれない。
2026年07月22日
人身売買罪適用が低調 立件にハードルの高さ
性的搾取などを目的にした人身取引を巡り、人身売買罪の適用が低調だ。2024年までの10年で起訴は2件にとどまり、12歳のタイ人少女が東京都内のマッサージ店でわいせつな行為をさせられた事件でも、検察側は元経営者への適用を見送った。立件のハードルが高いという指摘があり、専門家から法整備を求める意見が出ている。と7月20日の読売(八巻朱音、小野寺経太記者)が伝えている。
当初、検察側は少女の母親から少女を買い受けたとする人身売買罪の適用を検討していたという。
同罪での立件は、〈1〉少女を支配下に置いたとする「支配性」〈2〉少女を買い受ける対価を支払った「対価性」――の立証が必要となる。
東京地検は17日、「捜査を尽くしたが、困難だと判断した」とコメントした。
日本は長年、犯罪組織による外国人女性の人身売買が横行しているとして、国際的な批判を浴びてきた。加害者を厳しく処罰するため、売り渡しや買い受けの行為に「懲役1年以上、10年以下」などを科す人身売買罪が05
年の刑法改正で新設された(現在の罰則は拘禁刑)。
毎日、発信し続けているのは何と言っても「自由のために」である。
戦争に反対し、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚をしてきたのも戦没者は自由を奪われた人たちだからだ。
戦没者と同じように自由を奪われた人たちに遊女、女郎と呼ばれし女性たちがいるので、彼女たちの供養もしてきたし、女性に対する性暴力犯罪は被害者が「魂の殺人」だと訴えていることから、自由を奪い、尊厳を傷つける犯罪として厳罰化を求めてきた。
水俣病やハンセン病皆自由を奪われた人たちであるから、患者のことを取り上げてきた。
人身売買罪は究極の自由を奪う犯罪だから、10年で起訴が2件とは検察の怠慢か、法整備に問題がある。
交通事故でより罰則が厳しい危険運転が適用されにくかったことと似ている。
こちらもハードルが高かったが、司法関係者は被害防止に力を入れるためには訴追で、厳罰にする必要があることを認識すべきだ。当然、被害者は保護されなければならないので、トータルでの対策が求められている。
12歳の少女に性的サービスをさせることが日本国内であってはならない。
恥を知れと言いたい。
当初、検察側は少女の母親から少女を買い受けたとする人身売買罪の適用を検討していたという。
同罪での立件は、〈1〉少女を支配下に置いたとする「支配性」〈2〉少女を買い受ける対価を支払った「対価性」――の立証が必要となる。
東京地検は17日、「捜査を尽くしたが、困難だと判断した」とコメントした。
日本は長年、犯罪組織による外国人女性の人身売買が横行しているとして、国際的な批判を浴びてきた。加害者を厳しく処罰するため、売り渡しや買い受けの行為に「懲役1年以上、10年以下」などを科す人身売買罪が05
年の刑法改正で新設された(現在の罰則は拘禁刑)。
毎日、発信し続けているのは何と言っても「自由のために」である。
戦争に反対し、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚をしてきたのも戦没者は自由を奪われた人たちだからだ。
戦没者と同じように自由を奪われた人たちに遊女、女郎と呼ばれし女性たちがいるので、彼女たちの供養もしてきたし、女性に対する性暴力犯罪は被害者が「魂の殺人」だと訴えていることから、自由を奪い、尊厳を傷つける犯罪として厳罰化を求めてきた。
水俣病やハンセン病皆自由を奪われた人たちであるから、患者のことを取り上げてきた。
人身売買罪は究極の自由を奪う犯罪だから、10年で起訴が2件とは検察の怠慢か、法整備に問題がある。
交通事故でより罰則が厳しい危険運転が適用されにくかったことと似ている。
こちらもハードルが高かったが、司法関係者は被害防止に力を入れるためには訴追で、厳罰にする必要があることを認識すべきだ。当然、被害者は保護されなければならないので、トータルでの対策が求められている。
12歳の少女に性的サービスをさせることが日本国内であってはならない。
恥を知れと言いたい。
2026年07月20日
再審見直し成立「目的外」禁止 救済に支障
改正刑事訴訟法が17日、国会で成立し、再審に関する規定が戦後初めて見直される。静岡県一家4人殺害事件で袴田巌さん(90)が再審無罪となったことを受け、証拠開示の義務化や再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)の原則禁止が盛り込まれた。改正の意義や今後の課題を7月18日の読売が論点スペシャルで3人に聞いている。
名張毒ぶどう酒事件の第11次再審請求審の支援者の一員という立場から、証拠の「目的外」禁止は、冤罪救済に支障があることを訴える小川秀世弁護士に岸田藍記者が聞いている内容に興味を惹かれたので書いておく。
結論から言えば、袴田事件の弁護士の一員である小川弁護士からみれば、捜査機関側の都合が強く反映された証拠の目的外使用の禁止だということに尽きる。
袴田事件では、「5点の衣類」の証拠に支援者から疑問の声が上がり、結果的に袴田事件冤罪の根拠となった。
証拠の目的外禁止が決められていたら、袴田事件は冤罪の救済は事実上できなかったと小川弁護士が指摘しているのだ。
証拠は検察の捏造だった。国家権力はやりたい放題のことをやるので、全ての証拠が開示されないと冤罪を救済することが難しくなるのではないかということである。
検察が持っている全ての証拠を開示したくないのは、証拠の捏造をしたりしているからではないのか。
冤罪事件で人権侵害が再三起きているにもかかわらず、改めるための再審見直しが成立しても、証拠の目的外禁止を定めたことで、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)の原則禁止が盛り込まれても、国は再審請求を認めることには消極的であることが明白となった。
証拠が争われるわけだから、証拠開示の義務化は無論のこと、証拠の目的外禁止を定めた規定を見直す必要がある。
第11次再審請求審を願っている名張の毒ぶどう酒事件の関係者の一員としては、持っている証拠をすべて開示するように裁判所は検察に指示すべきで、何としても冤罪をなくすという姿勢が求められている。
1審が無罪判決で、2審で死刑判決というのはどう考えてもおかしなことで、名張毒ぶどう酒事件は再審請求審できちんと裁判で決着させるべきである。
名張毒ぶどう酒事件の第11次再審請求審の支援者の一員という立場から、証拠の「目的外」禁止は、冤罪救済に支障があることを訴える小川秀世弁護士に岸田藍記者が聞いている内容に興味を惹かれたので書いておく。
結論から言えば、袴田事件の弁護士の一員である小川弁護士からみれば、捜査機関側の都合が強く反映された証拠の目的外使用の禁止だということに尽きる。
袴田事件では、「5点の衣類」の証拠に支援者から疑問の声が上がり、結果的に袴田事件冤罪の根拠となった。
証拠の目的外禁止が決められていたら、袴田事件は冤罪の救済は事実上できなかったと小川弁護士が指摘しているのだ。
証拠は検察の捏造だった。国家権力はやりたい放題のことをやるので、全ての証拠が開示されないと冤罪を救済することが難しくなるのではないかということである。
検察が持っている全ての証拠を開示したくないのは、証拠の捏造をしたりしているからではないのか。
冤罪事件で人権侵害が再三起きているにもかかわらず、改めるための再審見直しが成立しても、証拠の目的外禁止を定めたことで、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)の原則禁止が盛り込まれても、国は再審請求を認めることには消極的であることが明白となった。
証拠が争われるわけだから、証拠開示の義務化は無論のこと、証拠の目的外禁止を定めた規定を見直す必要がある。
第11次再審請求審を願っている名張の毒ぶどう酒事件の関係者の一員としては、持っている証拠をすべて開示するように裁判所は検察に指示すべきで、何としても冤罪をなくすという姿勢が求められている。
1審が無罪判決で、2審で死刑判決というのはどう考えてもおかしなことで、名張毒ぶどう酒事件は再審請求審できちんと裁判で決着させるべきである。
2026年07月12日
元特捜検事 取り調べ裁く刑事裁判へ
現職検事の取り調べを裁く異例の刑事裁判が始まった。大阪地検特捜部が捜査した業務上横領事件を巡り、特別公務員暴行陵虐罪で付審判決定を受けた検事の田渕大輔被告(54)は10日、大阪地裁の初公判で無罪を主張。検察官役の指定弁護士は冒頭陳述で、大声で 叱責した被告の取り調べを詳述し、検察組織の姿勢にも言及した。と7月11日の読売が伝えている。
東京地検特捜部が捜査した詐欺事件などで違法な取り調べをしたとして、東京地裁(宮田祥次裁判長)は24日、同部の検事として取り調べを担当した堀木博司検事(57)(大阪高検所属)を特別公務員暴行陵虐罪に問う刑事裁判を開く決定をした。取り調べを受けた会社社長の被告が刑事裁判にかけるよう付審判請求していた。と6月25日の読売が伝えていた。
検事が付審判決定を受けて被告になるのは、大阪地検特捜部が捜査した事件で取り調べをした検事に続き2例目。今後、同地裁が検察官役の弁護士を指定し同地裁で公判が開かれる。
近年、検事の取り調べが問題視されるケースは後を絶たない。2019年に大阪地検特捜部が捜査した不動産開発会社元部長の業務上横領事件、19年参院選の大規模買収事件を巡って、東京地検特捜部の検事が被買収側の取り調べで不起訴を示唆し、罪を認めさせる「供述誘導」をしていることが発覚した。
大阪地検特捜部による強引な取り調べが明るみに出た2009年の郵便不正事件後、取り調べの適正化は検察にとって「至上命令」となったことを読売が伝えている。
村木厚子さんの事件は冤罪事件であることが明らかとなって、検察の信用信頼は地に堕ちた。
世の中にはいろいろな人間がいるが、一番多いのが勘違いするタイプではないか。
自民党の門寛子衆議院議員が「私は衆議院議員だから支配階層だと思いますよ」と発言したということを知り、典型的な勘違い人物が選挙で当選してしまった。投票した有権者がどう思ったか感想を聞いてみたくなった。
衆議院議員って支配階層なんだ。この人に支配されるのは嫌だから、次の選挙では落選運動をやってでも当選してほしくない。
同様に、特捜の検事もまた、勘違いしている人が少なくない職業である。
特捜の検事といえば、国家権力と同義語みたいなものであることは確かだが、少なくとも、職業であって、自らが国家権力そのものではない。
検事のお偉いさんが部下の女性検事に性的暴行をした事件があったが、いくら自分が検察のお偉いさんでも、部下の検事に性的暴行して許されるわけがないではないか。
勘違いするにも程がある。
元東京地検特捜の検事が「どなる映像『陵虐』と判断されたかして、裁判の被告となり、「『基準が厳しい』と検察が動揺」している。「供述誘導や人格否定 相次ぐ」と大きく読売にも取り上げられている。
一方で、すでに大阪地検特捜の検事は裁判が始まり、無罪を主張している。
地検の特捜部が手がける事件といえば、社会的にも大きな関心が寄せられるが、目立つ分、何より証拠が重要で、供述に頼りたくなる取り調べは一昔前の手法で、確かな証拠をつかんでいないから、どなったりするのではないか。
まして、村木厚子さんのような冤罪事件は検察が起こしたもので、論外の事件だった。
元検事の郷原信郎さんが「日本の権力を斬る」#503で元弁護士の江口大和さんが検察の取り調べで人格攻撃を受けたことを証言している問題を取り上げている。
検察は取り調べで日常茶飯的にこんなことをやってきたのではないか。
昭和の初めにできた治安維持法を盾に特高警察が取り調べで容疑者を虐殺しているが、その流れを汲んでいるにしてもやりすぎである。
証拠が一番重要だという原点に立ちかえってもらいたい。
東京地検特捜部が捜査した詐欺事件などで違法な取り調べをしたとして、東京地裁(宮田祥次裁判長)は24日、同部の検事として取り調べを担当した堀木博司検事(57)(大阪高検所属)を特別公務員暴行陵虐罪に問う刑事裁判を開く決定をした。取り調べを受けた会社社長の被告が刑事裁判にかけるよう付審判請求していた。と6月25日の読売が伝えていた。
検事が付審判決定を受けて被告になるのは、大阪地検特捜部が捜査した事件で取り調べをした検事に続き2例目。今後、同地裁が検察官役の弁護士を指定し同地裁で公判が開かれる。
近年、検事の取り調べが問題視されるケースは後を絶たない。2019年に大阪地検特捜部が捜査した不動産開発会社元部長の業務上横領事件、19年参院選の大規模買収事件を巡って、東京地検特捜部の検事が被買収側の取り調べで不起訴を示唆し、罪を認めさせる「供述誘導」をしていることが発覚した。
大阪地検特捜部による強引な取り調べが明るみに出た2009年の郵便不正事件後、取り調べの適正化は検察にとって「至上命令」となったことを読売が伝えている。
村木厚子さんの事件は冤罪事件であることが明らかとなって、検察の信用信頼は地に堕ちた。
世の中にはいろいろな人間がいるが、一番多いのが勘違いするタイプではないか。
自民党の門寛子衆議院議員が「私は衆議院議員だから支配階層だと思いますよ」と発言したということを知り、典型的な勘違い人物が選挙で当選してしまった。投票した有権者がどう思ったか感想を聞いてみたくなった。
衆議院議員って支配階層なんだ。この人に支配されるのは嫌だから、次の選挙では落選運動をやってでも当選してほしくない。
同様に、特捜の検事もまた、勘違いしている人が少なくない職業である。
特捜の検事といえば、国家権力と同義語みたいなものであることは確かだが、少なくとも、職業であって、自らが国家権力そのものではない。
検事のお偉いさんが部下の女性検事に性的暴行をした事件があったが、いくら自分が検察のお偉いさんでも、部下の検事に性的暴行して許されるわけがないではないか。
勘違いするにも程がある。
元東京地検特捜の検事が「どなる映像『陵虐』と判断されたかして、裁判の被告となり、「『基準が厳しい』と検察が動揺」している。「供述誘導や人格否定 相次ぐ」と大きく読売にも取り上げられている。
一方で、すでに大阪地検特捜の検事は裁判が始まり、無罪を主張している。
地検の特捜部が手がける事件といえば、社会的にも大きな関心が寄せられるが、目立つ分、何より証拠が重要で、供述に頼りたくなる取り調べは一昔前の手法で、確かな証拠をつかんでいないから、どなったりするのではないか。
まして、村木厚子さんのような冤罪事件は検察が起こしたもので、論外の事件だった。
元検事の郷原信郎さんが「日本の権力を斬る」#503で元弁護士の江口大和さんが検察の取り調べで人格攻撃を受けたことを証言している問題を取り上げている。
検察は取り調べで日常茶飯的にこんなことをやってきたのではないか。
昭和の初めにできた治安維持法を盾に特高警察が取り調べで容疑者を虐殺しているが、その流れを汲んでいるにしてもやりすぎである。
証拠が一番重要だという原点に立ちかえってもらいたい。
2026年07月11日
山本太郎代表退場 残念、無念 お大事に
7月9日の記者会見でれいわ新選組の山本太郎代表が代表を辞めるばかりか政治家としても引退し、党名も変更したいという考えを明らかにしたとメディアが伝えている。
大石晃子共同代表も代表を辞め、離党すると明らかにした。
同党の副幹事長を務める八幡愛前衆院議員は山本氏への感謝をつづり、「2019年の初心に立ち還り、この国に生きる全ての人々が、生きてて良かったと思える社会を取り戻す。死にたくなるような世の中をやめる。そのために、自分ができることを愚直にやっていきたいです」と7月10日のJCASTニュースが伝えている。
八幡愛さんの「この国に生きる全ての人々が、生きてて良かったと思える社会を取り戻す。死にたくなるような世の中をやめる。そのために、自分ができることを愚直にやっていきたい」というれいわ新選組の初心は山本太郎さんが演説で訴えていたことで、以降、ずっと山本太郎さんとれいわ新選組を応援してきた。
山本太郎さんも人間だから、良くも悪くもいろいろ評される。
しかし、誰もなしえなかった国会への重度障がい者送り込み、国会のバリアフリー化という言行一致の行動は見事だった。
安倍内閣、高市内閣でいよいよ日本が戦争に巻き込まれそうになっている現在、反戦の学者伊勢崎賢治さんをまたしても国会に送り込んだことも素晴らしい英断だった。
山本太郎さんのような政治家はもう2度と表れないだろうが、触発された人たち、つまり、れいわ新選組で一緒に活動してきた仲間たちもよくやってくれた。
大石晃子さん、奥田芙美代さんと共同代表をやってこられた人たちを筆頭に皆さん、よく頑張ってくれた。
党名が代わるということで、生まれ変わったれいわ新選組にも期待している。
山本太郎さんや大石晃子さんのことを批判している党内外の人たちに対しては、自分の思いどおりにならなかったことで怒りをぶつけている人がいるようだが、ここは寛容の精神で退場者を送り出してもらいたい。
とにかく、自分が病気になって初めて、病気に悩むひとのことがわかるものだ。
病気を治し、生まれ変わってもう一度捲土重来を期してもらいたいとただ願うばかりである。
山本太郎さんお疲れ様!
大石晃子共同代表も代表を辞め、離党すると明らかにした。
同党の副幹事長を務める八幡愛前衆院議員は山本氏への感謝をつづり、「2019年の初心に立ち還り、この国に生きる全ての人々が、生きてて良かったと思える社会を取り戻す。死にたくなるような世の中をやめる。そのために、自分ができることを愚直にやっていきたいです」と7月10日のJCASTニュースが伝えている。
八幡愛さんの「この国に生きる全ての人々が、生きてて良かったと思える社会を取り戻す。死にたくなるような世の中をやめる。そのために、自分ができることを愚直にやっていきたい」というれいわ新選組の初心は山本太郎さんが演説で訴えていたことで、以降、ずっと山本太郎さんとれいわ新選組を応援してきた。
山本太郎さんも人間だから、良くも悪くもいろいろ評される。
しかし、誰もなしえなかった国会への重度障がい者送り込み、国会のバリアフリー化という言行一致の行動は見事だった。
安倍内閣、高市内閣でいよいよ日本が戦争に巻き込まれそうになっている現在、反戦の学者伊勢崎賢治さんをまたしても国会に送り込んだことも素晴らしい英断だった。
山本太郎さんのような政治家はもう2度と表れないだろうが、触発された人たち、つまり、れいわ新選組で一緒に活動してきた仲間たちもよくやってくれた。
大石晃子さん、奥田芙美代さんと共同代表をやってこられた人たちを筆頭に皆さん、よく頑張ってくれた。
党名が代わるということで、生まれ変わったれいわ新選組にも期待している。
山本太郎さんや大石晃子さんのことを批判している党内外の人たちに対しては、自分の思いどおりにならなかったことで怒りをぶつけている人がいるようだが、ここは寛容の精神で退場者を送り出してもらいたい。
とにかく、自分が病気になって初めて、病気に悩むひとのことがわかるものだ。
病気を治し、生まれ変わってもう一度捲土重来を期してもらいたいとただ願うばかりである。
山本太郎さんお疲れ様!
2026年07月10日
ハンセン療養所に81年 2025年
かつてハンセン病を患い回復した101歳の北野貞晴さんが7日、81年間暮らした群馬県草津にある国立療養所「栗生楽泉園」を退所し、出身の大阪で生活を始めた。各地のハンセン病療養所では入所者の高齢化が進むが、100歳以上の社会復帰は極めて珍しいという。「死ぬ時はやっぱり古里で死にたい」。年齢を重ねる中で望郷の念が募り、決意した。と2025年11月8日の毎日新聞WEBが伝えていた。
このことを7月7日の読売(金城英大記者)も伝えているので、書いておく。
読売はハンセン病で迫害を受けた人たちのことを報道機関の使命としてきちんと伝えてきた。社会部の人はよくがんばっている。
国立療養所多磨全生園のことを3回に分けて次世代に語り継ぐために取り上げてくれたばかりである。
栗生楽泉園内には全国の療養所から「反抗的」とされた患者が懲罰で送り込まれた「重監房」があった。標高約1000メートルで、冬は氷点下20度にもなる。園内にある重監房資料館によると、終戦前後の約9年間に、延べ93人のハンセン病患者が収監され、そのうち23人が亡くなったとされる。
「瀕死の人が重監房から病棟に運ばれて来たことが何回かあった。幹部職員のやりたい放題だったが、重監房送りが怖くて我慢するしかなかった」と施設でのことを振り返る。
毎日書き続ける原動力はただ一言。「自由のために」である。
軍隊、刑務所、精神病院、遊郭、そしてハンセン病療養所。自由を奪われる場所を思いつくままに書くとこれらには決まって自由がない。しかも、どこも勝手に逃げ出すことはできない。
水俣病もまた自由を奪われる公害病であり、水俣病から逃げ出すことができない。
ということで、必然的にこれらの関係のことを取り上げる機会が増えてしまう。
さて、ハンセン病が迫害されたであろうことは、よく知られたことで、迫害されたのは感染するかもしれないということで、恐れられたこともあるが、米国で新薬が開発され、治療すれば治ることが明らかになってからも相変わらず迫害されたのは、国が隔離政策を続けてきたからだ。
やはり、教育の力は侮れず、正しい知識、差別、偏見をなくす教育がいかに重要か考えさせられる。
差別迫害といえば、水俣病だって、今もなお、偏見を怖れて患者として名乗りを挙げることができなかった人たちがいるし、名乗りを挙げるのが遅れた人たちが患者として認定するように係争中である。
「やっと日常 102歳の夏」「ハンセン病療養所に81年 昨年退所」「こんな時間を重ねていければ」という見出しで北野貞晴さんが古里大阪で暮らしていることを伝える読売。
大阪市営住宅に家具や家電を揃え、新生活スタートさせてから半年余り、自宅にはヘルパーや支援者らが頻繁に訪ねて来る。「みんなで集まって、飲んだり食べたりするのが楽しい。」と普通の暮らし向きに喜びを覚える北野さんの様子に安堵する。
普通の暮らしがいかに有難いことか、奪われて初めてわかる自由の有難み。
このことを7月7日の読売(金城英大記者)も伝えているので、書いておく。
読売はハンセン病で迫害を受けた人たちのことを報道機関の使命としてきちんと伝えてきた。社会部の人はよくがんばっている。
国立療養所多磨全生園のことを3回に分けて次世代に語り継ぐために取り上げてくれたばかりである。
栗生楽泉園内には全国の療養所から「反抗的」とされた患者が懲罰で送り込まれた「重監房」があった。標高約1000メートルで、冬は氷点下20度にもなる。園内にある重監房資料館によると、終戦前後の約9年間に、延べ93人のハンセン病患者が収監され、そのうち23人が亡くなったとされる。
「瀕死の人が重監房から病棟に運ばれて来たことが何回かあった。幹部職員のやりたい放題だったが、重監房送りが怖くて我慢するしかなかった」と施設でのことを振り返る。
毎日書き続ける原動力はただ一言。「自由のために」である。
軍隊、刑務所、精神病院、遊郭、そしてハンセン病療養所。自由を奪われる場所を思いつくままに書くとこれらには決まって自由がない。しかも、どこも勝手に逃げ出すことはできない。
水俣病もまた自由を奪われる公害病であり、水俣病から逃げ出すことができない。
ということで、必然的にこれらの関係のことを取り上げる機会が増えてしまう。
さて、ハンセン病が迫害されたであろうことは、よく知られたことで、迫害されたのは感染するかもしれないということで、恐れられたこともあるが、米国で新薬が開発され、治療すれば治ることが明らかになってからも相変わらず迫害されたのは、国が隔離政策を続けてきたからだ。
やはり、教育の力は侮れず、正しい知識、差別、偏見をなくす教育がいかに重要か考えさせられる。
差別迫害といえば、水俣病だって、今もなお、偏見を怖れて患者として名乗りを挙げることができなかった人たちがいるし、名乗りを挙げるのが遅れた人たちが患者として認定するように係争中である。
「やっと日常 102歳の夏」「ハンセン病療養所に81年 昨年退所」「こんな時間を重ねていければ」という見出しで北野貞晴さんが古里大阪で暮らしていることを伝える読売。
大阪市営住宅に家具や家電を揃え、新生活スタートさせてから半年余り、自宅にはヘルパーや支援者らが頻繁に訪ねて来る。「みんなで集まって、飲んだり食べたりするのが楽しい。」と普通の暮らし向きに喜びを覚える北野さんの様子に安堵する。
普通の暮らしがいかに有難いことか、奪われて初めてわかる自由の有難み。
2026年07月08日
故郷戻れぬ遺骨眠る 納骨堂
国立療養所「多磨全生園」の過去から今日までの概要を「次世代へ残す多磨全生園」というタイトルで読売が7月1日から上中下3回取り上げているので書いておく。
「差別の歴史伝える地」「入所者高齢 森や建物『保全を』」「隔離政策 戦後も」「遺骨 今も引き取られず」、『故郷戻れぬ遺骨眠る」「全施設 迫害の証人」、「植樹つなぐ 森の歴史」「園児に伝える 生きる権利」という見出しで3回伝えられた。
その内容は、偶々ハンセン病に罹患した患者が迫害され、周囲からの差別で遺骨になっても故郷に戻れぬまま、亡くなるまで過ごした多磨全生園に死しても、とどまらざるをえなかったことである。
多磨全生園を訪れたのは2016年6月のことだから、もう、10年も経ってしまった。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚がメインではあるが、人身売買で自由を奪われた遊女、女郎と呼ばれし女性たちの供養、公害病の水俣病患者の慰霊、そして、ハンセン病では多磨全生園と色々な場所を訪れてきたが、多磨全生園の納骨堂前に立った時、迫害され続けてきたハンセン病患者の声なき声が風にそよぐ樹木から聞こえてくるようだった。
誰もいない夜間だったら、怖くて行くのを躊躇ってしまいそうだった。
自分にとって、多磨全生園といえば、納骨堂は心を揺さぶられるほどインパクトがあった。
現在の納骨堂は、入所者らの寄付を集め、1986年に完成した。1909年の開園以来亡くなった入所者約4300人の6割強にあたる2700人超の遺骨が納められている。
毎日、柴犬の散歩で1時間くらい歩いているが、街の中で、緑が豊かなのは公園と神社仏閣と昔から住んでいる経済的に恵まれた人のお屋敷くらいで、建売住宅などには全くといっていいほど緑がない。
一方で、初めて訪れた全生園は、3万本ともいわれている櫻や欅など緑豊かで、外からは、本来なら恵まれた場所という雰囲気なのだが、緑豊かなのは外から見えないようにしてきた遮蔽物としての役割りもあったのかもしれないと思えるところにこの施設で暮らさなければならなかった人たちの悲しみを思わないわけにはいかない。
患者の逃走を防ぐための堀の土を積んだ小高い丘は、故郷に二度と戻れない人たちが故郷の方角を眺める望郷の丘と呼ばれていた。一通り施設内を歩いてみると、神社、基督教教会など宗派別の施設があるのを確認し、入所者の立場だったら、宗教に縋りたくもなるだろうと納得した。
ハンセン病といえば、差別と反射的に返ってくるほど差別がひどかった。
例えば、ハンセン病の差別のことを一般に広く教えてくれたのは、映画『砂の器』で、ハンセン病で隔離された父親本浦千代吉、演じたのは加藤嘉だった。その息子和賀英良こと本浦秀夫が父親がハンセン病の過去を知られたくないがためにお世話になった駐在の巡査を殺してしまうのだが、和賀を演じたのが誠実な人柄が知れ渡っていた加藤剛だったことから、自分も大いに同情してしまったほど、ハンセン病患者と家族への差別は酷いものだった。
それでも、多磨全生園を訪れ、自分の目で見て、心を揺さぶられた。ハンセン病になったら大変だったのだと理解できたのは、施設を訪れたからこそである。
「かづゑ的」で紹介されたのは長島愛生園だった。こちらは瀬戸内海だから海が近いが、同じ療養所とは言いながら、多磨全生園は東京と埼玉との県境で、緑豊かなイメージだから長島愛生園とは雰囲気からして異なる。
語り継ぐ戦争でも、戦争を経験した人たちが退場していき、いつの間にか、右寄りというか、好戦的な人たちが増えてしまい、戦争前夜みたいな雰囲気が漂い始めた日本。
ハンセン病の迫害と差別の象徴の館として、国立療養所多磨全生園が次世代に語り継ぐものは大きい。
何としても、保全し、次世代に受け継いでいく必要がある。
梅毒、エイズ、コロナと感染症の恐ろしさ、迫害と差別の歴史は繰り返される可能性が高い。
「差別の歴史伝える地」「入所者高齢 森や建物『保全を』」「隔離政策 戦後も」「遺骨 今も引き取られず」、『故郷戻れぬ遺骨眠る」「全施設 迫害の証人」、「植樹つなぐ 森の歴史」「園児に伝える 生きる権利」という見出しで3回伝えられた。
その内容は、偶々ハンセン病に罹患した患者が迫害され、周囲からの差別で遺骨になっても故郷に戻れぬまま、亡くなるまで過ごした多磨全生園に死しても、とどまらざるをえなかったことである。
多磨全生園を訪れたのは2016年6月のことだから、もう、10年も経ってしまった。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚がメインではあるが、人身売買で自由を奪われた遊女、女郎と呼ばれし女性たちの供養、公害病の水俣病患者の慰霊、そして、ハンセン病では多磨全生園と色々な場所を訪れてきたが、多磨全生園の納骨堂前に立った時、迫害され続けてきたハンセン病患者の声なき声が風にそよぐ樹木から聞こえてくるようだった。
誰もいない夜間だったら、怖くて行くのを躊躇ってしまいそうだった。
自分にとって、多磨全生園といえば、納骨堂は心を揺さぶられるほどインパクトがあった。
現在の納骨堂は、入所者らの寄付を集め、1986年に完成した。1909年の開園以来亡くなった入所者約4300人の6割強にあたる2700人超の遺骨が納められている。
毎日、柴犬の散歩で1時間くらい歩いているが、街の中で、緑が豊かなのは公園と神社仏閣と昔から住んでいる経済的に恵まれた人のお屋敷くらいで、建売住宅などには全くといっていいほど緑がない。
一方で、初めて訪れた全生園は、3万本ともいわれている櫻や欅など緑豊かで、外からは、本来なら恵まれた場所という雰囲気なのだが、緑豊かなのは外から見えないようにしてきた遮蔽物としての役割りもあったのかもしれないと思えるところにこの施設で暮らさなければならなかった人たちの悲しみを思わないわけにはいかない。
患者の逃走を防ぐための堀の土を積んだ小高い丘は、故郷に二度と戻れない人たちが故郷の方角を眺める望郷の丘と呼ばれていた。一通り施設内を歩いてみると、神社、基督教教会など宗派別の施設があるのを確認し、入所者の立場だったら、宗教に縋りたくもなるだろうと納得した。
ハンセン病といえば、差別と反射的に返ってくるほど差別がひどかった。
例えば、ハンセン病の差別のことを一般に広く教えてくれたのは、映画『砂の器』で、ハンセン病で隔離された父親本浦千代吉、演じたのは加藤嘉だった。その息子和賀英良こと本浦秀夫が父親がハンセン病の過去を知られたくないがためにお世話になった駐在の巡査を殺してしまうのだが、和賀を演じたのが誠実な人柄が知れ渡っていた加藤剛だったことから、自分も大いに同情してしまったほど、ハンセン病患者と家族への差別は酷いものだった。
それでも、多磨全生園を訪れ、自分の目で見て、心を揺さぶられた。ハンセン病になったら大変だったのだと理解できたのは、施設を訪れたからこそである。
「かづゑ的」で紹介されたのは長島愛生園だった。こちらは瀬戸内海だから海が近いが、同じ療養所とは言いながら、多磨全生園は東京と埼玉との県境で、緑豊かなイメージだから長島愛生園とは雰囲気からして異なる。
語り継ぐ戦争でも、戦争を経験した人たちが退場していき、いつの間にか、右寄りというか、好戦的な人たちが増えてしまい、戦争前夜みたいな雰囲気が漂い始めた日本。
ハンセン病の迫害と差別の象徴の館として、国立療養所多磨全生園が次世代に語り継ぐものは大きい。
何としても、保全し、次世代に受け継いでいく必要がある。
梅毒、エイズ、コロナと感染症の恐ろしさ、迫害と差別の歴史は繰り返される可能性が高い。
2026年07月05日
孤立出産防ぐ支援を 赤ちゃんポストに乳児20人
親が育てられない乳児を匿名で預かる「ベビーバスケット」(赤ちゃんポスト)を運営する賛育会病院(東京都墨田区)が2日午前、都内で記者会見し、1年目の20225年度で20人を受け入れたと発表した。このほか、妊婦が病院関係者にのみ身元を明かす「内密出産」は7件あった。と7月3日の読売が伝えている。
同病院は25年3月、医療機関として慈恵病院(熊本市)に次いで国内2か所目の受け入れ施設となった。慈恵病院の赤ちゃんポストには24年度に14人、25年度に7人が預けられている。
賛育会病院の賀藤均院長は会見で国に内密出産の制度化を求め、「出産時のリスクが高いベビーバスケットは避けるべきだが、現時点では必要」と述べた。
「NHK首都圏情報ネタドリ!」でも赤ちゃんポストのことを取り上げていた。
語り継ぐ戦争、犯罪被害者支援、公害病患者支援という立場から発信しているのは自由を奪われても、声に出せない人たちに代わって、その立場に立って発信することを旨としてきたからである。
赤ちゃんポストは熊本の慈恵病院が始めた頃から、メディアに取り上げられれば、書くようにしてきた。
出産しても、いろいろな事情から子どもを育てられない母親。その母親から預かった乳児を児相を経て、乳児院、里親、養子縁組というように母親に代わって子育てするという仕組みの入口といえばわかりやすいかも。
熊本といえば、自分にとっては水俣病、ハンセン病菊池恵楓園がすぐに頭に浮かぶ。そこに、赤ちゃんポストの慈恵病院が加わり、古くは島原の乱、からゆきさん、雲仙普賢岳の噴火、熊本大地震、線状降水帯発生による球磨川氾濫と大災害が次々と発生して目が離せない地域である。
赤ちゃんポストが先駆者慈恵病院のある熊本にしかないとき、大都会東京にないということでは、いくら利用したくとも、遠すぎると首都圏や北の街に住む人たちは嘆いていたはずだ。
賛育会病院で赤ちゃんポストの取り組みを始めてくれたことを大いに喜んだもいたはずだ。
赤ちゃんポストのニュースですぐに頭に浮かぶのは、身近にもいる不妊治療に取り組む女性たちのこと。
賛育会病院の赤ちゃんポストに預けれらた母親の年齢がわかっているだけで10代が3人もいたことで、想像するに学生であったり、子どもを育てられる環境ではなかったにちがいない。
女性の体の神秘としか思えないのは、結婚して子どもを育てられる環境にある女性に子どもが授からず、中学生から大学生まで学業が優先されるにもかかわらず、妊娠してしまう若い女性。そのほとんどの父親は逃げてしまい、養育料ももらえないという女性たちに簡単に子どもができてしまうことだ。
そこで、預けられた子どもの行く末を考えてみると、乳児院がいっぱいだというから、少子化を嘆く前に施設を充実させることが必要ではないか。
赤ちゃんに罪はないのだから、どんな母親が産んだ子であろうと乳児院、里親に育ててもらうしかない。
「宿命」という言葉がある。
『砂の器』で加藤剛が演じた和賀英良が自身の人生を思い描いたかのように作曲したのが「宿命」で、フィナーレで自ら演奏するシーンが頭に浮かぶ。
赤ちゃんポストに預けられた謂わば「宿命」の子である赤ちゃんが乳児院や里親の愛情で社会人として生きていかれるように願う。
と願うのは、新宿で男を騙し200万有余のカネを奪った若い女が殺害されたが、この若い女性が施設育ちだったと伝えられているからだ
同病院は25年3月、医療機関として慈恵病院(熊本市)に次いで国内2か所目の受け入れ施設となった。慈恵病院の赤ちゃんポストには24年度に14人、25年度に7人が預けられている。
賛育会病院の賀藤均院長は会見で国に内密出産の制度化を求め、「出産時のリスクが高いベビーバスケットは避けるべきだが、現時点では必要」と述べた。
「NHK首都圏情報ネタドリ!」でも赤ちゃんポストのことを取り上げていた。
語り継ぐ戦争、犯罪被害者支援、公害病患者支援という立場から発信しているのは自由を奪われても、声に出せない人たちに代わって、その立場に立って発信することを旨としてきたからである。
赤ちゃんポストは熊本の慈恵病院が始めた頃から、メディアに取り上げられれば、書くようにしてきた。
出産しても、いろいろな事情から子どもを育てられない母親。その母親から預かった乳児を児相を経て、乳児院、里親、養子縁組というように母親に代わって子育てするという仕組みの入口といえばわかりやすいかも。
熊本といえば、自分にとっては水俣病、ハンセン病菊池恵楓園がすぐに頭に浮かぶ。そこに、赤ちゃんポストの慈恵病院が加わり、古くは島原の乱、からゆきさん、雲仙普賢岳の噴火、熊本大地震、線状降水帯発生による球磨川氾濫と大災害が次々と発生して目が離せない地域である。
赤ちゃんポストが先駆者慈恵病院のある熊本にしかないとき、大都会東京にないということでは、いくら利用したくとも、遠すぎると首都圏や北の街に住む人たちは嘆いていたはずだ。
賛育会病院で赤ちゃんポストの取り組みを始めてくれたことを大いに喜んだもいたはずだ。
赤ちゃんポストのニュースですぐに頭に浮かぶのは、身近にもいる不妊治療に取り組む女性たちのこと。
賛育会病院の赤ちゃんポストに預けれらた母親の年齢がわかっているだけで10代が3人もいたことで、想像するに学生であったり、子どもを育てられる環境ではなかったにちがいない。
女性の体の神秘としか思えないのは、結婚して子どもを育てられる環境にある女性に子どもが授からず、中学生から大学生まで学業が優先されるにもかかわらず、妊娠してしまう若い女性。そのほとんどの父親は逃げてしまい、養育料ももらえないという女性たちに簡単に子どもができてしまうことだ。
そこで、預けられた子どもの行く末を考えてみると、乳児院がいっぱいだというから、少子化を嘆く前に施設を充実させることが必要ではないか。
赤ちゃんに罪はないのだから、どんな母親が産んだ子であろうと乳児院、里親に育ててもらうしかない。
「宿命」という言葉がある。
『砂の器』で加藤剛が演じた和賀英良が自身の人生を思い描いたかのように作曲したのが「宿命」で、フィナーレで自ら演奏するシーンが頭に浮かぶ。
赤ちゃんポストに預けられた謂わば「宿命」の子である赤ちゃんが乳児院や里親の愛情で社会人として生きていかれるように願う。
と願うのは、新宿で男を騙し200万有余のカネを奪った若い女が殺害されたが、この若い女性が施設育ちだったと伝えられているからだ
2026年07月04日
「裁判所にこびたら絶対にアカン」
「手錠・腰縄」不合理を追及」という見出しで、4月に亡くなった弁護士山下潔さん(享年93歳)の業績を称える読売(小松大騎記者)夕刊の「追悼抄」の7月2日に心を揺さぶられたので書いておく。
60年間の弁護士人生で、公害・薬害訴訟や冤罪事件を数多く担当。弱者に寄り添い、「裁判所にこびたら絶対にアカン」が口癖で、社会の不合理を変えようと法廷に立ち続けた。
富山県出身。弁護士を志したのは太平洋戦争で戦死した兄の存在がある。国家権力に抵抗するのが困難だった時代。弁護士は「平和と人権」を守ることができる職業だと直感した。
水俣病第1次訴訟(1969〜73年)で、汚染物質を生成させたとされるチッソ水俣工場内で、裁判官や訴訟関係者が集まり、現地を確認する「証拠保全」の手続きが行われたときのこと。
一行が工場内を見て回る中、ツルハシを振るい始め、他の弁護士らも加勢し、約1b掘り下げた所で多数の水銀粒がごろごろと見つかった。
裁判官は呆然と立ち尽くし、裁判の趨勢はこれで決まった。
ライフワークとして取り組んだのが「手錠・腰縄」の運用改善だった。
2017年に大阪弁護士会、18年に日本弁護士連合会でプロジェクトチームが発足。
活動が実り、最高裁が2026年1月、手錠・腰縄が傍聴人の目に触れないようにする運用に改めるよう、全国の裁判所に通知を出した。
法律の学習をしたことがあれば、裁判官や検事、そして弁護士という法曹に生きる人たちの国家資格を得る司法試験がいかに難しいことか誰でも知っている。
ところが、日本の国家試験で最難関かもしれないとされている試験に合格している割に、尊敬される人物が少ないのは、裁判官、検事、そして弁護士と市民から尊敬される人物が極めて少ないからだ。
冤罪を訴えていた日野町事件が再審無罪へと伝えられているが、同じく冤罪を訴え、再審請求審を続けている名張毒ぶどう酒事件。その東京の会の一員として支援をしてきた。
会のニュース(会報)の6月25日発行が手許に届いている。
4月20日号に引き続き、第11次再審請求審ひと言請願書の記入を要請された。
実は、4月20日号で、すでに書いて提出済みであるが、せっかくの機会だから、書いた内容を明らかにしておく。
「祈るべき天とおもえど天の病む」水俣病の被害者の苦しみを伝えた石牟礼道子さんの俳句。
水俣病が公式確認されてから70年。名張事件の一審判決で無罪判決が出てから60有余年。未だ解決をみない公害病と冤罪事件。
裁判官を頼りに約1500人が係争中の水俣病。裁判官に裏切られ続けてきた名張事件の奥西勝さんと妹の岡美代子さん。
縋りたい天は病むだままなのか。
以上が、裁判官に届けられると連絡があった請願書に自分が書いた一言である。
奇しくも、山下潔さんが水俣病第1次訴訟に関わっていたことを知ったが、弱者に寄り添いたいと願い発信している立場としては、裁判官が目を覚ましてほしいの一言である。
「手錠・腰縄」に天蓋で顔を隠すという見るから罪人といういでたちは、まだ裁判が終わるまでは被告であることからしても、天蓋は外しても、人権を考えていない時代の名残ではないか。
もっと、人権が尊重されるように法曹の関係者は意識を変えてもらいたい。
数は少ないが、人権派の弁護士がいてくれると心強い。
権力が戦前みたいに取り調べで暴走しだした今の時代は特に。
60年間の弁護士人生で、公害・薬害訴訟や冤罪事件を数多く担当。弱者に寄り添い、「裁判所にこびたら絶対にアカン」が口癖で、社会の不合理を変えようと法廷に立ち続けた。
富山県出身。弁護士を志したのは太平洋戦争で戦死した兄の存在がある。国家権力に抵抗するのが困難だった時代。弁護士は「平和と人権」を守ることができる職業だと直感した。
水俣病第1次訴訟(1969〜73年)で、汚染物質を生成させたとされるチッソ水俣工場内で、裁判官や訴訟関係者が集まり、現地を確認する「証拠保全」の手続きが行われたときのこと。
一行が工場内を見て回る中、ツルハシを振るい始め、他の弁護士らも加勢し、約1b掘り下げた所で多数の水銀粒がごろごろと見つかった。
裁判官は呆然と立ち尽くし、裁判の趨勢はこれで決まった。
ライフワークとして取り組んだのが「手錠・腰縄」の運用改善だった。
2017年に大阪弁護士会、18年に日本弁護士連合会でプロジェクトチームが発足。
活動が実り、最高裁が2026年1月、手錠・腰縄が傍聴人の目に触れないようにする運用に改めるよう、全国の裁判所に通知を出した。
法律の学習をしたことがあれば、裁判官や検事、そして弁護士という法曹に生きる人たちの国家資格を得る司法試験がいかに難しいことか誰でも知っている。
ところが、日本の国家試験で最難関かもしれないとされている試験に合格している割に、尊敬される人物が少ないのは、裁判官、検事、そして弁護士と市民から尊敬される人物が極めて少ないからだ。
冤罪を訴えていた日野町事件が再審無罪へと伝えられているが、同じく冤罪を訴え、再審請求審を続けている名張毒ぶどう酒事件。その東京の会の一員として支援をしてきた。
会のニュース(会報)の6月25日発行が手許に届いている。
4月20日号に引き続き、第11次再審請求審ひと言請願書の記入を要請された。
実は、4月20日号で、すでに書いて提出済みであるが、せっかくの機会だから、書いた内容を明らかにしておく。
「祈るべき天とおもえど天の病む」水俣病の被害者の苦しみを伝えた石牟礼道子さんの俳句。
水俣病が公式確認されてから70年。名張事件の一審判決で無罪判決が出てから60有余年。未だ解決をみない公害病と冤罪事件。
裁判官を頼りに約1500人が係争中の水俣病。裁判官に裏切られ続けてきた名張事件の奥西勝さんと妹の岡美代子さん。
縋りたい天は病むだままなのか。
以上が、裁判官に届けられると連絡があった請願書に自分が書いた一言である。
奇しくも、山下潔さんが水俣病第1次訴訟に関わっていたことを知ったが、弱者に寄り添いたいと願い発信している立場としては、裁判官が目を覚ましてほしいの一言である。
「手錠・腰縄」に天蓋で顔を隠すという見るから罪人といういでたちは、まだ裁判が終わるまでは被告であることからしても、天蓋は外しても、人権を考えていない時代の名残ではないか。
もっと、人権が尊重されるように法曹の関係者は意識を変えてもらいたい。
数は少ないが、人権派の弁護士がいてくれると心強い。
権力が戦前みたいに取り調べで暴走しだした今の時代は特に。
2026年06月20日
アルメニア人虐殺から学ぶ 自由の大切さ
1910〜20年代、オスマン帝国内で起きたアルメニア人虐殺。当時、日本在住のアルメニア人女性が日本や世界に告発を続け、難民救済にも奔走していた。
その人の名はダイアナ・A・アブカー(1850〜1937年)。この人を日本で初めて本格的に取り上げた書籍が刊行された。と6月8日の読売(小林佑基記者)が伝えている。
「『アルメニア人虐殺』日本からの告発者ダイアナ・A・アブカーの生涯を描く「『日本に生きた<ディアスポラ>』刊行」「当時の新聞や雑誌で訴え 平和運動家や有力者にも 難民の支援に奔走」という見出しが伝えるアルメニア人虐殺とは、オスマン帝国政府が国内少数派のキリスト教徒を殺害したされる事件。アルメニアは最大150万人が虐殺されたと主張し、仏露独など30か国以上がジェノサイドだったと認定するも、トルコは否定している。
1915年に多くの知識人が拘束された4月24日を、アルメニアが追悼記念日としているため、在日アルメニア大使館の関係者と本書の著者兵庫県立大などで非常勤講師を務めるアルメニア人メスロピャン・メリネさんとジャーナリスト太田阿利佐さんが4月25日、横浜市の横浜外国人墓地にあるダイアナの墓を訪れ、虐殺犠牲者の追悼とダイアナの行動に敬意を表し、黙とうを捧げた。
「遠い国の出来事でも無関心ではいけない。相手も人だと認識しない限り虐殺は再び起きる。まずは周囲の困っている人たちに目を向けてほしい」とメスロピャンさんは訴えている。
オスマントルコ帝国でアルメニア人の虐殺があったことを初めて知った。
日本人でこの事実に目を向ける人は残念ながら少数派にちがいない。
民族による他民族の虐殺はよくあることで、自由のために発信している立場からすれば、書いておかなければならない重要な案件である。
他民族どころか、自国民でさえ虐殺した独裁者だっている。
同じ虐殺でも、戦時中か戦後のことかでも受ける印象は異なる。
誰でも知っているのはヒトラーがユダヤ人を虐殺したことである。
ポーランドでは、カティンの森で、ソ連によって将校など有為な人材2万数千人が虐殺されたが、ソ連はドイツのせいにしていた。
ソ連は尼港事件で日本人も虐殺している。
日本だって、侵略した満州で、加害者として、あるいは被害者として、南京事件、平頂山事件、葛根廟事件など数多くある。
第二次世界大戦が終わってからは、ユーゴスラヴィアが解体し、ボスニア・ヘルツェゴビナで1992〜95年に続いた民族紛争でスレブレニツァで、セルビア人勢力が95年7月に戦闘員や避難民など約8300人を殺害したとされる事件が起きている。
ひどいのは他民族ではなく、ロシア革命で誕生したソ連の独裁者スターリンは自分に反対する人たちを2000万人とも正確な数は多すぎて不明というほど粛清したとされているし、中国だって独裁者毛沢東が粛清した人数は正確にはわからないが、相当数いたことが伝えられている。
カンボジアの独裁者ポル・ポトは300万ともいわれているが、正確な数は不明だ。
アフリカのルワンダではフツ族が対立するツチ族を100万人以上虐殺したとされている。
中東では、シリアのアサドを筆頭に独裁者が虐殺を行っていたであろうことは明らかになっている。
ロシアのプーチン、北朝鮮の金一族と独裁者が虐殺した人数は明らかにされていない。
北朝鮮は脱北するだけで、殺されてしまうという滅茶苦茶ぶりで女郎屋と変わらないと書いた覚えがある。
思いつくままに世界の虐殺事件を並べてみたが、犠牲者には心からお悔やみ申し上げる。
独裁者には本当に殺人鬼が少なくない。
日本の戦前だって、治安維持法を理由に特高警察が捕まえた容疑者を取り調べで虐殺するなど全く自由がなかった。
こうしてみると、自分が訴えてきた「自由のために」ということがいかに大事なことであるか証明されているのが虐殺事件だ。
その人の名はダイアナ・A・アブカー(1850〜1937年)。この人を日本で初めて本格的に取り上げた書籍が刊行された。と6月8日の読売(小林佑基記者)が伝えている。
「『アルメニア人虐殺』日本からの告発者ダイアナ・A・アブカーの生涯を描く「『日本に生きた<ディアスポラ>』刊行」「当時の新聞や雑誌で訴え 平和運動家や有力者にも 難民の支援に奔走」という見出しが伝えるアルメニア人虐殺とは、オスマン帝国政府が国内少数派のキリスト教徒を殺害したされる事件。アルメニアは最大150万人が虐殺されたと主張し、仏露独など30か国以上がジェノサイドだったと認定するも、トルコは否定している。
1915年に多くの知識人が拘束された4月24日を、アルメニアが追悼記念日としているため、在日アルメニア大使館の関係者と本書の著者兵庫県立大などで非常勤講師を務めるアルメニア人メスロピャン・メリネさんとジャーナリスト太田阿利佐さんが4月25日、横浜市の横浜外国人墓地にあるダイアナの墓を訪れ、虐殺犠牲者の追悼とダイアナの行動に敬意を表し、黙とうを捧げた。
「遠い国の出来事でも無関心ではいけない。相手も人だと認識しない限り虐殺は再び起きる。まずは周囲の困っている人たちに目を向けてほしい」とメスロピャンさんは訴えている。
オスマントルコ帝国でアルメニア人の虐殺があったことを初めて知った。
日本人でこの事実に目を向ける人は残念ながら少数派にちがいない。
民族による他民族の虐殺はよくあることで、自由のために発信している立場からすれば、書いておかなければならない重要な案件である。
他民族どころか、自国民でさえ虐殺した独裁者だっている。
同じ虐殺でも、戦時中か戦後のことかでも受ける印象は異なる。
誰でも知っているのはヒトラーがユダヤ人を虐殺したことである。
ポーランドでは、カティンの森で、ソ連によって将校など有為な人材2万数千人が虐殺されたが、ソ連はドイツのせいにしていた。
ソ連は尼港事件で日本人も虐殺している。
日本だって、侵略した満州で、加害者として、あるいは被害者として、南京事件、平頂山事件、葛根廟事件など数多くある。
第二次世界大戦が終わってからは、ユーゴスラヴィアが解体し、ボスニア・ヘルツェゴビナで1992〜95年に続いた民族紛争でスレブレニツァで、セルビア人勢力が95年7月に戦闘員や避難民など約8300人を殺害したとされる事件が起きている。
ひどいのは他民族ではなく、ロシア革命で誕生したソ連の独裁者スターリンは自分に反対する人たちを2000万人とも正確な数は多すぎて不明というほど粛清したとされているし、中国だって独裁者毛沢東が粛清した人数は正確にはわからないが、相当数いたことが伝えられている。
カンボジアの独裁者ポル・ポトは300万ともいわれているが、正確な数は不明だ。
アフリカのルワンダではフツ族が対立するツチ族を100万人以上虐殺したとされている。
中東では、シリアのアサドを筆頭に独裁者が虐殺を行っていたであろうことは明らかになっている。
ロシアのプーチン、北朝鮮の金一族と独裁者が虐殺した人数は明らかにされていない。
北朝鮮は脱北するだけで、殺されてしまうという滅茶苦茶ぶりで女郎屋と変わらないと書いた覚えがある。
思いつくままに世界の虐殺事件を並べてみたが、犠牲者には心からお悔やみ申し上げる。
独裁者には本当に殺人鬼が少なくない。
日本の戦前だって、治安維持法を理由に特高警察が捕まえた容疑者を取り調べで虐殺するなど全く自由がなかった。
こうしてみると、自分が訴えてきた「自由のために」ということがいかに大事なことであるか証明されているのが虐殺事件だ。
2026年06月04日
『霧のごとく』
月に一度の映画館行き、大雨をもたらした台風6号一過の6月は台湾のチェン・ユーシュン監督『霧のごとく』を観てきた。
毛沢東の中国共産党八路軍との所謂国共内戦に敗れた国民党軍の蒋介石が大陸から台湾に逃れ、強権政治で戒厳令を布き、知識人など、自分に逆らう市民を反政府分子として逮捕し、銃殺処刑した1950年代の「白色テロ」の時代を背景に少女と絵本を描くその兄が互いの将来がどうなるのかを語り合ったその未来の行方を描いた物語。
1950年代、戒厳令下の台湾。嘉義で暮らす少女は、描いた絵本の内容を解説してくれた大好きな兄が反政府分子として捕らえられ、台北で処刑されたことを知る。兄の遺体を引き取るため、わずかな金と兄の形見の時計を手に台北へ向かう。ひとりで斎場を探そうにも、道も不案内なため、途方に暮れていたところを怪しい男に騙され、遊郭に売り飛ばされそうになってしまう。
そこで巡り会った元国民党軍の兵士だった人力車の車夫の男に助けられる。その日暮らしの生活を送っていた車夫は、銃殺された兄の遺体を引き取るという少女の思いに心を動かされ、手助けするのだ。
詳しく書いてしまうと、まだ観ていない人の興趣を削いでしまうからこの辺にしておく。
1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求める学生や市民が中国政府により武力で鎮圧された所謂「天安門事件」「六四天安門事件」から37年。墓参り禁止など当局の締め付けが厳しさを増している。と、6月4日、朝のNHKが伝えている。
天安門事件とは、自分の意見を表明できる自由、政府の行動を批判できる自由、政治的自由を弾圧するものにほかならない。
自由には、経済的自由や思想や信条、宗教を自由に選べる個人の自由などたくさんある。
台湾に逃れた国民党の蒋介石は市民の自由を保障したのかと思いきや、戒厳令を布き、自分に批判的な者たちを反政府分子として逮捕し、銃殺、処刑した。
どこの国の指導者も同じだなと思うのは、日本でも同じことを高市政権が企図しているからだ。
国家情報局、国旗損壊罪、緊急事態条項と、言論の自由や表現の自由など弾圧や統制につながるものばかり成立させようとし、かつて、治安維持法を盾に特高警察が跋扈して市民の自由を奪ったことの再現を目論む。
外交面では、米国に隷従し、日本とは関係が悪くなかったイランとは交渉せず、台湾有事発言で中国を怒らせ、中国との関係悪化を招いてしまった。
石油、ナフサを何とかしなければならないにもかかわらず、似非愛国者は天皇に弓を引き、愛子天皇を待望する国民の意向を無視している。
1950年代という時代を背景に描かれた物語は、フィナーレ近くになって、現代の台湾における少女のその後、当然、加齢された今が映し出されるのだ。
団塊の世代の一員である自分の生まれた頃の話から、今に至る台湾の様子が映し出されると街は様変わりしているのだ。
見終わった後の、後味というのか、気分良く映画館を出られたので、佳い作品だったという評価しかない。
滅多にないことだが、映画の解説というかプログラムが手に入らなかったことだけが悔やまれる。
毛沢東の中国共産党八路軍との所謂国共内戦に敗れた国民党軍の蒋介石が大陸から台湾に逃れ、強権政治で戒厳令を布き、知識人など、自分に逆らう市民を反政府分子として逮捕し、銃殺処刑した1950年代の「白色テロ」の時代を背景に少女と絵本を描くその兄が互いの将来がどうなるのかを語り合ったその未来の行方を描いた物語。
1950年代、戒厳令下の台湾。嘉義で暮らす少女は、描いた絵本の内容を解説してくれた大好きな兄が反政府分子として捕らえられ、台北で処刑されたことを知る。兄の遺体を引き取るため、わずかな金と兄の形見の時計を手に台北へ向かう。ひとりで斎場を探そうにも、道も不案内なため、途方に暮れていたところを怪しい男に騙され、遊郭に売り飛ばされそうになってしまう。
そこで巡り会った元国民党軍の兵士だった人力車の車夫の男に助けられる。その日暮らしの生活を送っていた車夫は、銃殺された兄の遺体を引き取るという少女の思いに心を動かされ、手助けするのだ。
詳しく書いてしまうと、まだ観ていない人の興趣を削いでしまうからこの辺にしておく。
1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求める学生や市民が中国政府により武力で鎮圧された所謂「天安門事件」「六四天安門事件」から37年。墓参り禁止など当局の締め付けが厳しさを増している。と、6月4日、朝のNHKが伝えている。
天安門事件とは、自分の意見を表明できる自由、政府の行動を批判できる自由、政治的自由を弾圧するものにほかならない。
自由には、経済的自由や思想や信条、宗教を自由に選べる個人の自由などたくさんある。
台湾に逃れた国民党の蒋介石は市民の自由を保障したのかと思いきや、戒厳令を布き、自分に批判的な者たちを反政府分子として逮捕し、銃殺、処刑した。
どこの国の指導者も同じだなと思うのは、日本でも同じことを高市政権が企図しているからだ。
国家情報局、国旗損壊罪、緊急事態条項と、言論の自由や表現の自由など弾圧や統制につながるものばかり成立させようとし、かつて、治安維持法を盾に特高警察が跋扈して市民の自由を奪ったことの再現を目論む。
外交面では、米国に隷従し、日本とは関係が悪くなかったイランとは交渉せず、台湾有事発言で中国を怒らせ、中国との関係悪化を招いてしまった。
石油、ナフサを何とかしなければならないにもかかわらず、似非愛国者は天皇に弓を引き、愛子天皇を待望する国民の意向を無視している。
1950年代という時代を背景に描かれた物語は、フィナーレ近くになって、現代の台湾における少女のその後、当然、加齢された今が映し出されるのだ。
団塊の世代の一員である自分の生まれた頃の話から、今に至る台湾の様子が映し出されると街は様変わりしているのだ。
見終わった後の、後味というのか、気分良く映画館を出られたので、佳い作品だったという評価しかない。
滅多にないことだが、映画の解説というかプログラムが手に入らなかったことだけが悔やまれる。
2026年05月18日
国際法廷 権力者が裁かれる日は来るのか
国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪の疑いで逮捕状が出されているロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相。二人が法廷で裁きを受ける日は来るのか。
権力者と裁きを求める人々の攻防を前線で見つめてきたジャーナリスト・人権活動家のスティ―ヴ・クロウショーさんに5月15日の読売(五十嵐文論説副委員長)が聞いている。
結論から言えば、「そんなことは決して起こらない。と決めつけるのは間違いだ」という比較的楽観的な見方で願いも含めて共感が持てるものだった。
「自由のために」をテーマに毎日書き続けてきたので、人権ということに関しては人身売買も含めて一番関心がある。
戦前、戦中と治安維持法で人権が抑圧されてきたが、敗戦から80年余、スパイ防止法、緊急事態条項を盛り込んだ憲法改定に向けて高市自民党政権がまっしぐらに進もうとし、再び、人権を抑圧しようと目論む。
反日、反社の旧統一教会とズブズブの関係で、米国のトランプ大統領に隷従するトップに日本大好き人間の一人である自分がいくら権力者に批判的だからと言って言論の自由を抑圧されるのは絶対許せない。
国の指導者、リーダーたちが独裁者となり、他国を攻撃しても、一般社会での警察の役目をする国際機関が無力であってはならないはずだが、現実はロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、そのバックにいる米国のトランプ大統領の暴走を誰も止めることができない。
しかし、失望してはならない。
国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪の容疑で、ロシアのプーチン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出している意味は大きい。
国際刑事裁判所には日本を含む125の国と地域が加盟しているが、米国、中国、ロシア、イスラエルという独裁者が国を牛耳っている国は加盟していない。
それでも、加盟国に入国すれば、やる気になれば逮捕することができるのだから独裁者たちは自由に外国に行くことができなくなっている。
「ロス疑惑」「疑惑の銃弾」というタイトルで文春砲が炸裂した事件が80年代に起きた。
幕引きとなったのは、容疑者とされていた男が日本から出国、米国が統治するサイパンに入国して逮捕され、米国の刑務所に収容されることを怖れた容疑者が自殺してしまったからだ。
日本の警察は手が出せなかったが、米国の警察は容疑者が米国に入国するのを待ちかねていたのである。
警察といえば、一般市民や警察のOB、さらには看護師まで狙い、無法地帯となってしまった北九州で、特定危険指定暴力団に初めて指定された暴力集団のトップが所得税法違反容疑で逮捕され、裁判で係争中である。
まさに、アンタッチャブル状態であったが、社会を成立させるために国家警察が総力を挙げて対峙し、さしものリーダーを捕まえ、死ぬまで刑務所に収容ということになりそうだ。
栃木で匿名・流動型グループ(匿流)による犯罪だとみられている凶悪な強盗殺人事件が発生したばかりである。
普通に穏やかに暮らしていた69歳の女性が刃物で20か所以上めった刺しにされたというのだから、逮捕された4人の実行犯が少年法適用される16歳であろうが、被害者と遺族は死刑もしくは無期懲役という厳罰、あるいは「殺してやりたい」と恨み骨髄ということだろうと推察する。
羽田空港で20代の指示役が海外に逃亡するところを捕まえ、その配偶者も捕まえたということだから、こちらは間違いなく二人とも死刑にしなければ社会が成立しないと多くの市民が考えているのではないか。
匿流事件では、東京狛江で高齢女性が強殺され、警視庁が本気になって捜査、海外にいたトップを捕まえたので、このトップは間違いなく死刑にならなければ、この手の犯罪の抑止にならない。
栃木の事件でも、警察庁が本気になって、トップを捕まえ、死刑にすることで次の犯罪を抑止することにつながるはずだ。
それほど警察の力を大きい。
国際刑事裁判所に一般の警察の役割りを期待することは難しいにしても、赤根智子所長は自らの命がプーチン大統領に狙われていることを承知の上で、「法の支配」が存続の危機を迎えていることを訴えている。
ロシアに侵攻侵略され、暴虐の限りを尽くされたウクライナでは、戦争犯罪の証拠を集め、法の裁きを受けさせるべく活動している人たちがいる。
戦争犯罪を追及することは、戦争を安易に起こさせないためにも必須のことである。
神の加護を祈りたい。
権力者と裁きを求める人々の攻防を前線で見つめてきたジャーナリスト・人権活動家のスティ―ヴ・クロウショーさんに5月15日の読売(五十嵐文論説副委員長)が聞いている。
結論から言えば、「そんなことは決して起こらない。と決めつけるのは間違いだ」という比較的楽観的な見方で願いも含めて共感が持てるものだった。
「自由のために」をテーマに毎日書き続けてきたので、人権ということに関しては人身売買も含めて一番関心がある。
戦前、戦中と治安維持法で人権が抑圧されてきたが、敗戦から80年余、スパイ防止法、緊急事態条項を盛り込んだ憲法改定に向けて高市自民党政権がまっしぐらに進もうとし、再び、人権を抑圧しようと目論む。
反日、反社の旧統一教会とズブズブの関係で、米国のトランプ大統領に隷従するトップに日本大好き人間の一人である自分がいくら権力者に批判的だからと言って言論の自由を抑圧されるのは絶対許せない。
国の指導者、リーダーたちが独裁者となり、他国を攻撃しても、一般社会での警察の役目をする国際機関が無力であってはならないはずだが、現実はロシアのプーチン大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、そのバックにいる米国のトランプ大統領の暴走を誰も止めることができない。
しかし、失望してはならない。
国際刑事裁判所(ICC)が戦争犯罪の容疑で、ロシアのプーチン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を出している意味は大きい。
国際刑事裁判所には日本を含む125の国と地域が加盟しているが、米国、中国、ロシア、イスラエルという独裁者が国を牛耳っている国は加盟していない。
それでも、加盟国に入国すれば、やる気になれば逮捕することができるのだから独裁者たちは自由に外国に行くことができなくなっている。
「ロス疑惑」「疑惑の銃弾」というタイトルで文春砲が炸裂した事件が80年代に起きた。
幕引きとなったのは、容疑者とされていた男が日本から出国、米国が統治するサイパンに入国して逮捕され、米国の刑務所に収容されることを怖れた容疑者が自殺してしまったからだ。
日本の警察は手が出せなかったが、米国の警察は容疑者が米国に入国するのを待ちかねていたのである。
警察といえば、一般市民や警察のOB、さらには看護師まで狙い、無法地帯となってしまった北九州で、特定危険指定暴力団に初めて指定された暴力集団のトップが所得税法違反容疑で逮捕され、裁判で係争中である。
まさに、アンタッチャブル状態であったが、社会を成立させるために国家警察が総力を挙げて対峙し、さしものリーダーを捕まえ、死ぬまで刑務所に収容ということになりそうだ。
栃木で匿名・流動型グループ(匿流)による犯罪だとみられている凶悪な強盗殺人事件が発生したばかりである。
普通に穏やかに暮らしていた69歳の女性が刃物で20か所以上めった刺しにされたというのだから、逮捕された4人の実行犯が少年法適用される16歳であろうが、被害者と遺族は死刑もしくは無期懲役という厳罰、あるいは「殺してやりたい」と恨み骨髄ということだろうと推察する。
羽田空港で20代の指示役が海外に逃亡するところを捕まえ、その配偶者も捕まえたということだから、こちらは間違いなく二人とも死刑にしなければ社会が成立しないと多くの市民が考えているのではないか。
匿流事件では、東京狛江で高齢女性が強殺され、警視庁が本気になって捜査、海外にいたトップを捕まえたので、このトップは間違いなく死刑にならなければ、この手の犯罪の抑止にならない。
栃木の事件でも、警察庁が本気になって、トップを捕まえ、死刑にすることで次の犯罪を抑止することにつながるはずだ。
それほど警察の力を大きい。
国際刑事裁判所に一般の警察の役割りを期待することは難しいにしても、赤根智子所長は自らの命がプーチン大統領に狙われていることを承知の上で、「法の支配」が存続の危機を迎えていることを訴えている。
ロシアに侵攻侵略され、暴虐の限りを尽くされたウクライナでは、戦争犯罪の証拠を集め、法の裁きを受けさせるべく活動している人たちがいる。
戦争犯罪を追及することは、戦争を安易に起こさせないためにも必須のことである。
神の加護を祈りたい。
2026年05月16日
再審「不服禁止」刑訴法本則に
再審制度を見直す刑事訴訟法改正案について、法務省は13日、自民党の合同会議に、再審開始決定に対する検察官の不服申し立て(抗告)を同法の本則で原則禁止する案を示し、了承された。政府は15日にも法案を閣議決定し、国会に提出する方針だ。と5月14日の読売が伝えている。
同省がこの日に示した案では、不服申し立てを認めた規定を本則から削除。その上で「十分な根拠がある場合」に限って高裁や最高裁への不服申し立てを可能とした例外規定を新設した。申し立てをした場合はその理由の公表を求めることとした。
そのほか、改正案では、裁判所が当事者の請求を受け、検察に対し証拠開示命令を出すことを義務化する。開示された証拠を再審請求手続きに使う以外の目的で他人に渡すことなどを罰則付きで禁じる規定も盛り込んだ。再審無罪が確定した人への補償制度も設ける。
冤罪事件を頭に思い浮かべてみると、近年では袴田事件、大川原化工機事件、福井中3殺害事件がすぐに出てくる。
過去に遡れば、死刑判決が確定した免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件がよく知られている。
第11次の再審請求審の開始を求めている名張の毒ぶどう酒事件の支援をする会のメンバーとなっているから、名古屋高等裁判所の裁判官宛の請願にもひと言書いて、会の方に送ったばかりである。
名張事件だって冤罪の可能性が極めて高いことは証拠が明らかにしてくれている。
被告人の自白のみで、被疑者であることを裏付ける証拠がない場合、再審請求するだけの根拠があれば、速やかに再審開始をすればいいだけのことなのに、再審の一番の問題点は、再審開始を断固させない現在のシステムにある。
上述した冤罪事件はよく知られた事件だけ書いただけで、足利事件や厚労省の村木さん事件などいくらでもある。
これほど多数の冤罪事件が起きている事実から、再審開始を邪魔する検察官の再審不服申し立て(抗告)を原則禁止にしたことは一歩前進である。
検察側の抗告要件とされた「十分な根拠」という表現は気になるが、それより、全面的な証拠開示にならなかったのは心配な点である。
裁判で検察が持っている証拠をすべて開示し、全面的に争えばいいだけのことではないか。
しかし、一歩とはいえ、再審開始させないようにしていたお邪魔虫の検察の抗告を制限できたことは評価できる。
後は、名張事件の再審を認めてもらいたいことだけだ。
96歳になっている岡美代子さんの持ち時間が少ないことはわかっているではないか。
同省がこの日に示した案では、不服申し立てを認めた規定を本則から削除。その上で「十分な根拠がある場合」に限って高裁や最高裁への不服申し立てを可能とした例外規定を新設した。申し立てをした場合はその理由の公表を求めることとした。
そのほか、改正案では、裁判所が当事者の請求を受け、検察に対し証拠開示命令を出すことを義務化する。開示された証拠を再審請求手続きに使う以外の目的で他人に渡すことなどを罰則付きで禁じる規定も盛り込んだ。再審無罪が確定した人への補償制度も設ける。
冤罪事件を頭に思い浮かべてみると、近年では袴田事件、大川原化工機事件、福井中3殺害事件がすぐに出てくる。
過去に遡れば、死刑判決が確定した免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件がよく知られている。
第11次の再審請求審の開始を求めている名張の毒ぶどう酒事件の支援をする会のメンバーとなっているから、名古屋高等裁判所の裁判官宛の請願にもひと言書いて、会の方に送ったばかりである。
名張事件だって冤罪の可能性が極めて高いことは証拠が明らかにしてくれている。
被告人の自白のみで、被疑者であることを裏付ける証拠がない場合、再審請求するだけの根拠があれば、速やかに再審開始をすればいいだけのことなのに、再審の一番の問題点は、再審開始を断固させない現在のシステムにある。
上述した冤罪事件はよく知られた事件だけ書いただけで、足利事件や厚労省の村木さん事件などいくらでもある。
これほど多数の冤罪事件が起きている事実から、再審開始を邪魔する検察官の再審不服申し立て(抗告)を原則禁止にしたことは一歩前進である。
検察側の抗告要件とされた「十分な根拠」という表現は気になるが、それより、全面的な証拠開示にならなかったのは心配な点である。
裁判で検察が持っている証拠をすべて開示し、全面的に争えばいいだけのことではないか。
しかし、一歩とはいえ、再審開始させないようにしていたお邪魔虫の検察の抗告を制限できたことは評価できる。
後は、名張事件の再審を認めてもらいたいことだけだ。
96歳になっている岡美代子さんの持ち時間が少ないことはわかっているではないか。
2026年05月04日
冤罪救済の遅れ 裁判所の責任を問う
広角/多角と題する4月26日の読売のコラムに石浜友理社会部次長が「冤罪救済の遅れ 裁判所の責任は」という見出しで問いかけている内容が興味深かったので書いておく。
憲法記念日に日本国憲法の理念である平和を守り、基本的人権を守ろうとする護憲派と戦争への準備をし、戦前の日本のように基本的人権が制限される国にしようとする改憲派の集いがあったことをメディアが伝えている。
基本的人権を守る立場から、公式確認70年の水俣病の患者の人権を考えるための発信を昨日した。
基本的人権といえば、水俣病の患者とりわけ胎児性患者のことが頭を過るが、忘れてはならないのは相次いで起きている冤罪事件の当事者のことである。
1953年に起きた「徳島ラジオ商事件」で、事件から27年後に裁判所が再審を認めたとき、殺人犯とされた富士茂子さんはもうこの世にいなかった。
84年に滋賀県で酒店経営の女性が殺害された「日野町事件」で、無期懲役が確定した阪原弘さんについて、2026年2月、最高裁が再審開始を決めたが、阪原さんは75歳だった2011年、病気で他界していた。
徳島事件の冤罪を訴えていた作家瀬戸内寂聴さんは嘆き、日野町事件で冤罪を訴えていた長男弘次さんは「生きている時に無罪を勝ち取れず、申し訳ない」と自らを責めた。
申し訳なさを感じるのは遺族ではなく警察官や検察官、そして裁判官ではないのか。
1966年の静岡県一家4人殺害事件では死刑が確定した袴田巌さん(90)が再審無罪になったが、裁判所は無罪判決を言い渡した裁判官が「長い時間がかかり、申し訳ない」と謝罪したのみ。
「裁判官に恨みはあるけれど、裁判官に救われたのも間違いない」とは阪原弘次さんの言葉である。
「えん罪・名張毒ぶどう酒事件・東京の会ニュース」2026年4月20日発行が手許に届いている。
「名張毒ぶどう酒事件・第11次再審請求審ひと言請願書」のご記入をお願いします!との要請文書が同封されていたので、これから書くつもりである。
名張毒ぶどう酒事件は1961年3月28日に起き、1審で無罪判決が出ているにもかかわらず、2審で逆転有罪、死刑判決が出て、最高裁で確定した特異な事件である。
徳島事件、日野事件同様に死刑囚にされた奥西勝さんは八王子の医療刑務所ですでに亡くなっているが、裁判を引き継いでいる妹の岡美代子さんは96歳で、他に裁判を引き継ぐ人がいないそうだから、再審開始判決が急がれる所以である。
名張毒ぶどう酒事件は第11次再審請求審となっているが、この間、検察が証拠を開示しようとしなかったり、奥西勝さんが八王子の医療刑務所で亡くなるのを待っていたのではないかという疑念があるし、妹の岡美代子さんが96歳であるから、時間稼ぎをし、再審請求を認めずに済まそうとしているとしか思えないのだ。
名張毒ぶどう酒事件の第11次再審請求審を担当する裁判官は歴史に名前を刻むチャンスをつかんでいる。
1審で無罪判決を出した裁判官は歴史に名前を刻むことになるだろうが、冤罪を訴え、第11次までも再審請求審を願ってきた人たちにきちんと向き合ってこなかったこれまでの裁判官と異なり、自身に託された選択が間違っていなければ、己の評価を高めることになる。
その分、国の側からの評価はよくなくとも、自分があの世に行くとき、毅然とした態度で行けるはずだ。
裁判官こそは、後世に恥じない生き方をしていただきたい。
冤罪を訴えている人間と向き合わず、再審請求審で門前払いして悔いることはないのか。
憲法記念日に日本国憲法の理念である平和を守り、基本的人権を守ろうとする護憲派と戦争への準備をし、戦前の日本のように基本的人権が制限される国にしようとする改憲派の集いがあったことをメディアが伝えている。
基本的人権を守る立場から、公式確認70年の水俣病の患者の人権を考えるための発信を昨日した。
基本的人権といえば、水俣病の患者とりわけ胎児性患者のことが頭を過るが、忘れてはならないのは相次いで起きている冤罪事件の当事者のことである。
1953年に起きた「徳島ラジオ商事件」で、事件から27年後に裁判所が再審を認めたとき、殺人犯とされた富士茂子さんはもうこの世にいなかった。
84年に滋賀県で酒店経営の女性が殺害された「日野町事件」で、無期懲役が確定した阪原弘さんについて、2026年2月、最高裁が再審開始を決めたが、阪原さんは75歳だった2011年、病気で他界していた。
徳島事件の冤罪を訴えていた作家瀬戸内寂聴さんは嘆き、日野町事件で冤罪を訴えていた長男弘次さんは「生きている時に無罪を勝ち取れず、申し訳ない」と自らを責めた。
申し訳なさを感じるのは遺族ではなく警察官や検察官、そして裁判官ではないのか。
1966年の静岡県一家4人殺害事件では死刑が確定した袴田巌さん(90)が再審無罪になったが、裁判所は無罪判決を言い渡した裁判官が「長い時間がかかり、申し訳ない」と謝罪したのみ。
「裁判官に恨みはあるけれど、裁判官に救われたのも間違いない」とは阪原弘次さんの言葉である。
「えん罪・名張毒ぶどう酒事件・東京の会ニュース」2026年4月20日発行が手許に届いている。
「名張毒ぶどう酒事件・第11次再審請求審ひと言請願書」のご記入をお願いします!との要請文書が同封されていたので、これから書くつもりである。
名張毒ぶどう酒事件は1961年3月28日に起き、1審で無罪判決が出ているにもかかわらず、2審で逆転有罪、死刑判決が出て、最高裁で確定した特異な事件である。
徳島事件、日野事件同様に死刑囚にされた奥西勝さんは八王子の医療刑務所ですでに亡くなっているが、裁判を引き継いでいる妹の岡美代子さんは96歳で、他に裁判を引き継ぐ人がいないそうだから、再審開始判決が急がれる所以である。
名張毒ぶどう酒事件は第11次再審請求審となっているが、この間、検察が証拠を開示しようとしなかったり、奥西勝さんが八王子の医療刑務所で亡くなるのを待っていたのではないかという疑念があるし、妹の岡美代子さんが96歳であるから、時間稼ぎをし、再審請求を認めずに済まそうとしているとしか思えないのだ。
名張毒ぶどう酒事件の第11次再審請求審を担当する裁判官は歴史に名前を刻むチャンスをつかんでいる。
1審で無罪判決を出した裁判官は歴史に名前を刻むことになるだろうが、冤罪を訴え、第11次までも再審請求審を願ってきた人たちにきちんと向き合ってこなかったこれまでの裁判官と異なり、自身に託された選択が間違っていなければ、己の評価を高めることになる。
その分、国の側からの評価はよくなくとも、自分があの世に行くとき、毅然とした態度で行けるはずだ。
裁判官こそは、後世に恥じない生き方をしていただきたい。
冤罪を訴えている人間と向き合わず、再審請求審で門前払いして悔いることはないのか。
2026年04月15日
女性トイレ行列改善へ
古希を過ぎ、後期高齢者になって出かけるときの一番の悩みとして、トイレの問題がある。
尺八と箏、津軽三味線などを楽しんでいるから関係の演奏会、さらに、姪が所属している医家オケの演奏会などに出かけてきたが、途中でトイレに行きたくなっても抜け出せない。つまり、トイレが近いという老化現象のため、行かれなくなって久しい。
月に一度の映画館行き、こちらは通路の隣の席をとるから映画の途中でも抜け出せるので、今も、月に一度は必ず出かけている。
連れ合いと一緒に行くので、女性トイレの行列について何とかならないかとも思っていたら、「女性トイレ行列改善へ」「駅など『男性と同数以上に』」という見出しで、多くの女性を悩ませる駅や公共施設などのトイレの行列問題。国は女性の社会参画を妨げる恐れがあるとして、事業者などに改善を求める指針を3月中に公表する方針だ。と3月6日の読売(林理恵)が伝えていた。
原則として「女性用の便器数を男性用と同数以上にする」という基準
女性用トイレの設置数に係る基準の点検・見直し
トイレの設置基準の見直しなどを指針案としている。
女性トイレの行列解消にビジネスとして取り組むIT企業「バカン」は個室内の滞在時間を利用者に知らせる「AirKnock」のサービスを展開している。
「小松ウォ―ル工業は」は「動く壁」を商品化し、男女のトイレの個室数を状況に応じて変えられるようにした。
トイレはたかがトイレというレベルの問題ではない。
初詣客で賑わう古都鎌倉の鶴岡八幡宮に行ったことがある人なら知っているだろうが、ここはトイレの行列が半端ない。
炎症性腸疾患クローン病で、近年、加齢でトイレが近くなってから、散策していて見つけたのが若宮大路の側道にある知る人ぞ知る有料トイレだった。
教えたくないくらいだが、温水洗浄便座でわずかなカネで行列なしで用を済ませることができる優れものである。
ということで、腸の病気かつトイレが近い自分としては有料トイレをもっと増やして欲しいくらいだ。
仮に、トイレを我慢するくらいなら利用料金が1回1000円でもいいから設置をお願いしたい。
有料トイレの設置増に関しては賛否が分かれるところかもしれない。
女性だって、行列するくらいなら有料だって納得してくれるひともいるはずだ。
古都鎌倉で思い出したが、同じ古都奈良駅では、確か、トイレの空き状況をお知らせするモニターがあった。
先般、映画館で映画が終わって大急ぎでトイレに駆け込んだら女性が出て来て、びっくりして思わず「すいません」と謝罪してしまった。
確認して入ったはずだけれど、女性トイレに入ったら犯罪で捕まってしまう。慌てて確認したら、男性トイレだった。
女性は堂々として、「あら、間違っていたわ」と肝が据わっていた。
女性は強い。意気地なしの自分とは全く別の人種だった。
一人でも強いのが年齢が高くなった女性であるが、数が増えればもう怖いものなしである。
行列に並ぶのが嫌な女性複数が空いている男性トイレに入っていったのを目撃したことだってある。
女性たちを怒らせたら大変なことになる。
女性トイレの行列の改善などやる気になればできることではないか。
尺八と箏、津軽三味線などを楽しんでいるから関係の演奏会、さらに、姪が所属している医家オケの演奏会などに出かけてきたが、途中でトイレに行きたくなっても抜け出せない。つまり、トイレが近いという老化現象のため、行かれなくなって久しい。
月に一度の映画館行き、こちらは通路の隣の席をとるから映画の途中でも抜け出せるので、今も、月に一度は必ず出かけている。
連れ合いと一緒に行くので、女性トイレの行列について何とかならないかとも思っていたら、「女性トイレ行列改善へ」「駅など『男性と同数以上に』」という見出しで、多くの女性を悩ませる駅や公共施設などのトイレの行列問題。国は女性の社会参画を妨げる恐れがあるとして、事業者などに改善を求める指針を3月中に公表する方針だ。と3月6日の読売(林理恵)が伝えていた。
原則として「女性用の便器数を男性用と同数以上にする」という基準
女性用トイレの設置数に係る基準の点検・見直し
トイレの設置基準の見直しなどを指針案としている。
女性トイレの行列解消にビジネスとして取り組むIT企業「バカン」は個室内の滞在時間を利用者に知らせる「AirKnock」のサービスを展開している。
「小松ウォ―ル工業は」は「動く壁」を商品化し、男女のトイレの個室数を状況に応じて変えられるようにした。
トイレはたかがトイレというレベルの問題ではない。
初詣客で賑わう古都鎌倉の鶴岡八幡宮に行ったことがある人なら知っているだろうが、ここはトイレの行列が半端ない。
炎症性腸疾患クローン病で、近年、加齢でトイレが近くなってから、散策していて見つけたのが若宮大路の側道にある知る人ぞ知る有料トイレだった。
教えたくないくらいだが、温水洗浄便座でわずかなカネで行列なしで用を済ませることができる優れものである。
ということで、腸の病気かつトイレが近い自分としては有料トイレをもっと増やして欲しいくらいだ。
仮に、トイレを我慢するくらいなら利用料金が1回1000円でもいいから設置をお願いしたい。
有料トイレの設置増に関しては賛否が分かれるところかもしれない。
女性だって、行列するくらいなら有料だって納得してくれるひともいるはずだ。
古都鎌倉で思い出したが、同じ古都奈良駅では、確か、トイレの空き状況をお知らせするモニターがあった。
先般、映画館で映画が終わって大急ぎでトイレに駆け込んだら女性が出て来て、びっくりして思わず「すいません」と謝罪してしまった。
確認して入ったはずだけれど、女性トイレに入ったら犯罪で捕まってしまう。慌てて確認したら、男性トイレだった。
女性は堂々として、「あら、間違っていたわ」と肝が据わっていた。
女性は強い。意気地なしの自分とは全く別の人種だった。
一人でも強いのが年齢が高くなった女性であるが、数が増えればもう怖いものなしである。
行列に並ぶのが嫌な女性複数が空いている男性トイレに入っていったのを目撃したことだってある。
女性たちを怒らせたら大変なことになる。
女性トイレの行列の改善などやる気になればできることではないか。
2026年04月14日
「助けて」の声に寄り添う
東京新宿歌舞伎町の「トー横」周辺では薬を過剰に摂取する「オーバードーズ」を繰り返す若者が問題となっていて、警視庁は薬局に対しチラシを配るなどして注意を呼びかけた。と4月14日のNHKマイあさラジオが伝えている。
歌舞伎町における若者といえば、3月8日が国際女性デー2026ということで、歌舞伎町で困っている若者たちに手を差し伸べる女性のことを3月6日の読売(丸山菜々子記者)が取り上げていた。
認定NPO法人「10代・20代の妊娠SOS新宿―キッズ&ファミリー理事長佐藤初美さんは34年間、東京新宿区の保育士として働いてきたが、子どもとの関わりの中で、虐待が親から子へと負の連鎖に陥っていることに心を痛めていた。
子どもを早い段階から支援していくことが重要だ。と、都内の保育士らと研究会を作り対応を学んだ。
退職を機にNPO法人を設立し、精神保健福祉士や看護師などの資格を持つ14人の仲間とともに、夜間パトロールやメールや電話による24時間対応の相談などの活動を続けている。
「『助けて』の声を聞き漏らさず、どんな話でも、否定、拒否せずにとことん寄り添う。若年女性の命と居場所を守るのが使命だと思っている」そうな。
相談を受ける側からみれば、相談相手は年齢的には孫世代くらいということで、若い人からエネルギーをもらって活動している分、やりがいはあるだろうが、大変だとお察しする。
国際女性デー2026のことはすでに書いているが、「助けて」の声に寄り添うのが同じ女性の大先輩だから、若い女性にとっては母親世代より相談しやすいのではないか。
団塊の世代より年齢は少し若く、ほぼ同世代と言ったら失礼かもしれないが、育った時代が大きく異なるだけに若い人のあまりの無知や親子の断絶などで居場所をなくした人たちには心強い味方がいてくれたものだ。
母子手帳や生活保護の申請などにも同行する。住まいに困っていたら、NPOで用意したシェルターを案内するなどこれまでに対応した相談者の数は、約2300人に上るというから活動の有意義さからもエールをおくらないわけにはいかない。
戦後の一時期、一億総中流などと呼ばれた時代が夢幻だった遠い昔のことのような気がする。
米国の傀儡政権のような自民党政権が続き、米国の後を追いかけるように貧富の格差が拡大してしまったニッポン。
労働三法で守られてきた労働者が経営側の思惑どおり、簡単に首切りができるように派遣労働を認めた自民党政権。派遣労働の導入で労働者の非正規雇用化が自民党政権によって進められた結果、結婚して子どもを育てることに希望をもてなくなった若い人が増え、予想通り少子化が進み、低賃金で働かせるために外国人労働者を増やした自民党政権。
我が愛する日本がどんどんダメになっていくことに絶望すら抱いているが、それでも、死ぬ前に少しでも次世代に希望が持てる社会にしていこうと、毎日書き続けている。
『貧困女子』『東京難民』『ボーダーライン』「セーフティーネット」など本や映画、TVドラマなどで取り上げられてきた貧困問題。プラス虐待問題。
困っているのは若い女性だけでなく、おひとり様は男女の別なく年齢の別なく大変である。
それでも若い人には手助けがあれば、希望が持てる。可能性があるだけに心ある女性からの支援は力になるはず。社会にとっても有難い活動である。
虐待を生む家庭、望まない妊娠をさせられてしまう若い女性。
学習の大事さをつくづく思う。
歌舞伎町における若者といえば、3月8日が国際女性デー2026ということで、歌舞伎町で困っている若者たちに手を差し伸べる女性のことを3月6日の読売(丸山菜々子記者)が取り上げていた。
認定NPO法人「10代・20代の妊娠SOS新宿―キッズ&ファミリー理事長佐藤初美さんは34年間、東京新宿区の保育士として働いてきたが、子どもとの関わりの中で、虐待が親から子へと負の連鎖に陥っていることに心を痛めていた。
子どもを早い段階から支援していくことが重要だ。と、都内の保育士らと研究会を作り対応を学んだ。
退職を機にNPO法人を設立し、精神保健福祉士や看護師などの資格を持つ14人の仲間とともに、夜間パトロールやメールや電話による24時間対応の相談などの活動を続けている。
「『助けて』の声を聞き漏らさず、どんな話でも、否定、拒否せずにとことん寄り添う。若年女性の命と居場所を守るのが使命だと思っている」そうな。
相談を受ける側からみれば、相談相手は年齢的には孫世代くらいということで、若い人からエネルギーをもらって活動している分、やりがいはあるだろうが、大変だとお察しする。
国際女性デー2026のことはすでに書いているが、「助けて」の声に寄り添うのが同じ女性の大先輩だから、若い女性にとっては母親世代より相談しやすいのではないか。
団塊の世代より年齢は少し若く、ほぼ同世代と言ったら失礼かもしれないが、育った時代が大きく異なるだけに若い人のあまりの無知や親子の断絶などで居場所をなくした人たちには心強い味方がいてくれたものだ。
母子手帳や生活保護の申請などにも同行する。住まいに困っていたら、NPOで用意したシェルターを案内するなどこれまでに対応した相談者の数は、約2300人に上るというから活動の有意義さからもエールをおくらないわけにはいかない。
戦後の一時期、一億総中流などと呼ばれた時代が夢幻だった遠い昔のことのような気がする。
米国の傀儡政権のような自民党政権が続き、米国の後を追いかけるように貧富の格差が拡大してしまったニッポン。
労働三法で守られてきた労働者が経営側の思惑どおり、簡単に首切りができるように派遣労働を認めた自民党政権。派遣労働の導入で労働者の非正規雇用化が自民党政権によって進められた結果、結婚して子どもを育てることに希望をもてなくなった若い人が増え、予想通り少子化が進み、低賃金で働かせるために外国人労働者を増やした自民党政権。
我が愛する日本がどんどんダメになっていくことに絶望すら抱いているが、それでも、死ぬ前に少しでも次世代に希望が持てる社会にしていこうと、毎日書き続けている。
『貧困女子』『東京難民』『ボーダーライン』「セーフティーネット」など本や映画、TVドラマなどで取り上げられてきた貧困問題。プラス虐待問題。
困っているのは若い女性だけでなく、おひとり様は男女の別なく年齢の別なく大変である。
それでも若い人には手助けがあれば、希望が持てる。可能性があるだけに心ある女性からの支援は力になるはず。社会にとっても有難い活動である。
虐待を生む家庭、望まない妊娠をさせられてしまう若い女性。
学習の大事さをつくづく思う。
2026年04月10日
漫画業界 問われる倫理観 性加害の原作者起用
小学館の漫画アプリ「マンガワン」連載作品の原作者起用問題を巡り、この原作者から性被害に遭った女性が代理人弁護士を通じて8日付で声明を出した。複数の同社取締役から5日に謝罪を受け、再発防止を約束されたことを明らかにした。と3月9日の読売が伝えていた。
代理人弁護士によると、女性は入学した高校の教員だった原作者から、立場を利用した性的な被害を受けていた。加害教員を「本当に許せない」とする一方、マンガワンに作品を掲載していた漫画家らに対しては「巻き込んでしまい、申し訳ない気持ち」と表明した。
「漫画業界 問われる倫理観」「性加害の原作者起用」「収益源『才能』守る構造」「出版市場の4割超」という見出しで、小学館の体質や倫理観が問われる深刻な事態となっていると4月2日の読売(高梨しのぶ、池田創記者)が解説の紙面でも伝えている。
米国の富豪ジェフリー・エプスタインが、未成年の少女らに対して性的搾取を目的とした人身取引や売春のあっせんを行った罪で起訴された事件の捜査記録である「エプスタイン文書」が2026年になって公表され世界で大きな社会問題となっている。
米国では元大統領でさえ関わりの有無に関して証言を求められるくらいの大事件である。
トランプ大統領の名前が記載されている分が明らかにされていないことで、突然のイラン攻撃は事件から目を逸らさせるためだったということまで聞こえてきている。
日本人でも名前が明らかになった人物がいて、米国で活躍していて、かなりなビッグネームだったが、追及を恐れて就いていた職を辞し、日本の首都圏の大学のトップになっていたり、政府との関わりのある要職にあったり、関係が深かったのではないかと疑惑のまなざしを向けられている。
未成年の少女らに対して性的搾取を目的とした人身取引や売春のあっせんを行った罪で起訴され、エプスタイン被告が自殺したことで、罪を認めたも同然だとみられている。
米国では未成年者や子どもに性的な犯罪をすれば、刑務所の中でたっぷり可愛がられることで幼児性愛者などが服役を怖れていることがよく知られている。
刑務所の中でのことは想像してもらえばわかるはずだ。
今、世界をお騒がせしているエプスタイン文書で関わりがあった人物は失脚することは目に見えている。
さて、小学館で性加害の原作者を起用してまでも収益を優先したことが漫画業界の倫理観の欠如として問われている。
高校教員だった時教え子の生徒に性的暴行を働いたとするなら、漫画に才能があったとしても、漫画業界はその作者の作品を掲載してはならないことはエプスタイン文書の重要性を鑑みるに常識である。
作家も色々で太宰治は女性関係にだらしがなかったけれど、女性に性暴力をしたわけではない。
両者が合意の上なら、不同意性交にはならないから、全く問題はない。
しかし、ことが性暴力犯罪となれば、たとえ作品が優れていたとしても、性加害の原作者を跋扈させてはならないはずだ。
社会が性暴力とりわけ、未成年者、子どもへの性加害に関して加害者を厳しく糾弾し、弱い立場の者を守っていくということが共通に認識になることで、社会が安定化する。
代理人弁護士によると、女性は入学した高校の教員だった原作者から、立場を利用した性的な被害を受けていた。加害教員を「本当に許せない」とする一方、マンガワンに作品を掲載していた漫画家らに対しては「巻き込んでしまい、申し訳ない気持ち」と表明した。
「漫画業界 問われる倫理観」「性加害の原作者起用」「収益源『才能』守る構造」「出版市場の4割超」という見出しで、小学館の体質や倫理観が問われる深刻な事態となっていると4月2日の読売(高梨しのぶ、池田創記者)が解説の紙面でも伝えている。
米国の富豪ジェフリー・エプスタインが、未成年の少女らに対して性的搾取を目的とした人身取引や売春のあっせんを行った罪で起訴された事件の捜査記録である「エプスタイン文書」が2026年になって公表され世界で大きな社会問題となっている。
米国では元大統領でさえ関わりの有無に関して証言を求められるくらいの大事件である。
トランプ大統領の名前が記載されている分が明らかにされていないことで、突然のイラン攻撃は事件から目を逸らさせるためだったということまで聞こえてきている。
日本人でも名前が明らかになった人物がいて、米国で活躍していて、かなりなビッグネームだったが、追及を恐れて就いていた職を辞し、日本の首都圏の大学のトップになっていたり、政府との関わりのある要職にあったり、関係が深かったのではないかと疑惑のまなざしを向けられている。
未成年の少女らに対して性的搾取を目的とした人身取引や売春のあっせんを行った罪で起訴され、エプスタイン被告が自殺したことで、罪を認めたも同然だとみられている。
米国では未成年者や子どもに性的な犯罪をすれば、刑務所の中でたっぷり可愛がられることで幼児性愛者などが服役を怖れていることがよく知られている。
刑務所の中でのことは想像してもらえばわかるはずだ。
今、世界をお騒がせしているエプスタイン文書で関わりがあった人物は失脚することは目に見えている。
さて、小学館で性加害の原作者を起用してまでも収益を優先したことが漫画業界の倫理観の欠如として問われている。
高校教員だった時教え子の生徒に性的暴行を働いたとするなら、漫画に才能があったとしても、漫画業界はその作者の作品を掲載してはならないことはエプスタイン文書の重要性を鑑みるに常識である。
作家も色々で太宰治は女性関係にだらしがなかったけれど、女性に性暴力をしたわけではない。
両者が合意の上なら、不同意性交にはならないから、全く問題はない。
しかし、ことが性暴力犯罪となれば、たとえ作品が優れていたとしても、性加害の原作者を跋扈させてはならないはずだ。
社会が性暴力とりわけ、未成年者、子どもへの性加害に関して加害者を厳しく糾弾し、弱い立場の者を守っていくということが共通に認識になることで、社会が安定化する。
2026年04月03日
帰郷 死後もかなわず 療養所に遺骨1万7000柱
ハンセン病患者の強制隔離を定めた「らい予防法」が廃止されて4月1日で30年となる。回復者が暮らす全国14療養所には、1万7000柱を超える遺骨が安置されており、多くが家族の元に帰ることができていない。遺骨の引き取りが進まない現状は、差別がなくなっていない実態を示している。と4月1日の読売(今村知寛、石原圭介記者)が伝えている。
らい予防法は1953年に施行された。隔離政策は1907年(明治40年)制定の法律「癩予防ニ関スル件」で始まり、96年にらい予防法が廃止されるまで継続された。熊本地裁は2001年、隔離政策を「違憲」とし、国の賠償責任を認めた。国は控訴せず、判決が確定した。
厚生労働省の調査では、14療養所に眠る1万7822柱(2025年6月時点)のうち約1200柱は家族らが分骨して一部を引き取っていた一方、納骨堂だけに安置されている遺骨は約1万6600柱に上った。国は、家族の墓などに移す費用の一部を支給する支援策を設けているが、利用は過去5年間で35件にとどまる。
国立療養所の入所者数は約550人にまで減った。高齢化も進んでおり、歴史や教訓をどう伝えていくかが問われる中、厚労省は、施設を「歴史的建造物」として認定し、保存につなげる取り組みを進めている。3月には納骨堂として初めて、多磨全生園(東京都東村山市)など4園の施設が認定された。
全生園の納骨堂には2745柱(2025年6月時点)が残る。
国立ハンセン病療養所多磨全生園を訪れたのは2016年6月だから、もう10年経ってしまった。
語り継ぐ戦争ではあるが、「自由のために」をテーマに書き続けているので、自由を奪われた戦没者同様、遊女、女郎と呼ばれし女性たちの供養をし、病気とは言いながら、ハンセン病は感染するからという理由で隔離されて一生を閉ざされた場所で生きてきた人の供養もしなければならないと全生園の納骨堂の前で、経を唱えるかわりに「手向」を吹いた。
樹木に囲まれひっそりと佇む納骨堂には「倶会一処」と刻まれた供養の標があった。
阿弥陀仏の浄土で亡き人々と再び共に会うという意味らしい。浄土真宗の教えだと耳にするが、そういえば、わが家の墓がある霊園にも墓石に「倶会一処」と刻まれているのをいくつも見かける。
納骨堂は辺りが暗くなると一人では立ち寄れない雰囲気で、昼間でも近づくのを躊躇ってしまうほどだ。
熊谷博子監督『かづゑ的』を観て、ハンセン病にめげずに前向きに生きてきた元患者だった女性の存在を知った。
『かづゑ的』は国立ハンセン病療養所長島愛生園で約80年暮らし、回復した宮崎かづゑさんを取材したドキュメンタリー作品である。
つくづく思うのは、人は教養を高めるというか深める必要があるということ。
例えば、周囲から差別されてきた被爆者、水俣病、エイズ、梅毒などハンセン病に限らず皆、酷い差別を受けて生きてきた。
しかし、読書や映画などで教養を高めて正しい知識を得ていれば、被爆者、水俣病は感染することなどあるわけがないし、感染症の一つではあるものの、エイズや梅毒は性的な接触や血液によるものでなければ感染しないし、ハンセン病はもともと感染力が弱かったし、治療薬ができてからは感染の心配はなくなっていた。
青森市の松丘保養園では19年、納骨堂に物故者の本名を刻む銘板を設置した。と紙面で知った。
「生きていた証しを残したい」という入所者の提案だという。
遺骨が古里に戻れないのは何もハンセン病の人だけとは限らない。
上京して、最期は一人で迎え、そのまま、遺骨の引き取り手がない人などいくらでもいるだろう。
それでも、ハンセン病だからと死んでからも差別され続けるというのは哀しすぎる人生ではないか。
差別しようとするよくない心に打ち勝ち、差別せずに普通に付き合っていくことができる人になりたい。
らい予防法は1953年に施行された。隔離政策は1907年(明治40年)制定の法律「癩予防ニ関スル件」で始まり、96年にらい予防法が廃止されるまで継続された。熊本地裁は2001年、隔離政策を「違憲」とし、国の賠償責任を認めた。国は控訴せず、判決が確定した。
厚生労働省の調査では、14療養所に眠る1万7822柱(2025年6月時点)のうち約1200柱は家族らが分骨して一部を引き取っていた一方、納骨堂だけに安置されている遺骨は約1万6600柱に上った。国は、家族の墓などに移す費用の一部を支給する支援策を設けているが、利用は過去5年間で35件にとどまる。
国立療養所の入所者数は約550人にまで減った。高齢化も進んでおり、歴史や教訓をどう伝えていくかが問われる中、厚労省は、施設を「歴史的建造物」として認定し、保存につなげる取り組みを進めている。3月には納骨堂として初めて、多磨全生園(東京都東村山市)など4園の施設が認定された。
全生園の納骨堂には2745柱(2025年6月時点)が残る。
国立ハンセン病療養所多磨全生園を訪れたのは2016年6月だから、もう10年経ってしまった。
語り継ぐ戦争ではあるが、「自由のために」をテーマに書き続けているので、自由を奪われた戦没者同様、遊女、女郎と呼ばれし女性たちの供養をし、病気とは言いながら、ハンセン病は感染するからという理由で隔離されて一生を閉ざされた場所で生きてきた人の供養もしなければならないと全生園の納骨堂の前で、経を唱えるかわりに「手向」を吹いた。
樹木に囲まれひっそりと佇む納骨堂には「倶会一処」と刻まれた供養の標があった。
阿弥陀仏の浄土で亡き人々と再び共に会うという意味らしい。浄土真宗の教えだと耳にするが、そういえば、わが家の墓がある霊園にも墓石に「倶会一処」と刻まれているのをいくつも見かける。
納骨堂は辺りが暗くなると一人では立ち寄れない雰囲気で、昼間でも近づくのを躊躇ってしまうほどだ。
熊谷博子監督『かづゑ的』を観て、ハンセン病にめげずに前向きに生きてきた元患者だった女性の存在を知った。
『かづゑ的』は国立ハンセン病療養所長島愛生園で約80年暮らし、回復した宮崎かづゑさんを取材したドキュメンタリー作品である。
つくづく思うのは、人は教養を高めるというか深める必要があるということ。
例えば、周囲から差別されてきた被爆者、水俣病、エイズ、梅毒などハンセン病に限らず皆、酷い差別を受けて生きてきた。
しかし、読書や映画などで教養を高めて正しい知識を得ていれば、被爆者、水俣病は感染することなどあるわけがないし、感染症の一つではあるものの、エイズや梅毒は性的な接触や血液によるものでなければ感染しないし、ハンセン病はもともと感染力が弱かったし、治療薬ができてからは感染の心配はなくなっていた。
青森市の松丘保養園では19年、納骨堂に物故者の本名を刻む銘板を設置した。と紙面で知った。
「生きていた証しを残したい」という入所者の提案だという。
遺骨が古里に戻れないのは何もハンセン病の人だけとは限らない。
上京して、最期は一人で迎え、そのまま、遺骨の引き取り手がない人などいくらでもいるだろう。
それでも、ハンセン病だからと死んでからも差別され続けるというのは哀しすぎる人生ではないか。
差別しようとするよくない心に打ち勝ち、差別せずに普通に付き合っていくことができる人になりたい。
2026年03月27日
「買う側」処罰 売春防止法見直し議論
売買春に対する規制の見直しについて議論する法務省の有識者検討会が24日、始まった。現在の売春防止法は「売る側」の勧誘行為を罰する一方、「買う側」への罰則がない。「買う側」の勧誘行為を処罰すべきかが最大の焦点となる。と3月25日の読売が伝えている。
小野沢あかね・立教大教授によると、戦前の日本には、「公娼制度」があり、吉原を始めとした遊郭が全国に存在していた。1946年、日本の民主化政策を進めるGHQの命令で同制度は廃止され、56年の同法制定により、売春禁止が明確に示された。
同法は売買春自体に罰則を設けていない。同法成立の過程で、「国家権力が男女の機微に触れる私生活にまで入り込むと、人権侵害の恐れがある」との声が出たためだ。当時、売春が社会の風紀を乱しているとの認識が強く、男性の買春は当然視されていた。結局、売る側の勧誘行為だけに罰則を科し、買う側は不問とする法律ができあがった。
ただ、売る側の女性には貧困や虐待による生活苦、悪質ホストクラブに対する借金返済などの深刻な事情がある場合が少なくない。
小野沢教授は、刑法の性犯罪規定の厳格化などを念頭に「近年の性平等の視点から買う側の処罰は必要だが、売る側を処罰せずに保護してその自立を支援することが不可欠だ。売春の定義が性交のみを指すのも問題だ」と指摘している。
紙面に海外主要国の売買春に対する規制状況が紹介されている。フランスやスウェーデンは売る側は処罰せず、買春とその勧誘を処罰対象とする。ドイツやオランダは処罰規定が存在しない。性の売買が他の職種と変わらない「労働」として認められているためだという。
米国は州によって異なるが、ニューヨーク州などでは原則、売買春自体と勧誘行為をいずれも処罰する。
売春防止法がなぜ、売春禁止法でなかったのか原点から考えてみたい。
まず、売春の一番の問題点として考えられたのが、世界に恥ずべき公娼制度である。
公娼制度があったため、貧しい家庭の娘たちが女衒の手で遊郭の楼主に売られ、搾取されながら、性奴隷として逃げ出すこともできなかったからである。
今の北朝鮮の女性たちのことを考えてみればわかるはずだ。
日本の民主化政策を進めたGHQは人身売買の温床となっていた公娼制度の廃止を命じ、人身売買を禁止するための売春防止法が1956年制定されたのである。
売春禁止法ではなく、売春防止法というネーミングになった所以である。
すべての売春をなくすことなどできるわけがないし、自らの意思で売春をすることはそもそも悪ではないからだ。
というわけで、売春自体が罰せられることがなかったが、立ちんぼは目立つし、売春が奨励される労働とは言い難かったことからも、勧誘行為が禁止されたのではないか。
貧困や虐待による生活苦、悪質ホストクラブに対する借金返済、スカウトによる斡旋という名の事実上の人身売買で風俗産業に就くという深刻な事情がある場合が少なくない。
見直し議論の焦点は「買う側」の処罰であるが、あくまでも人身売買が背景にあるのでなければ、さほど問題とするほどのことではないのではないか。
勧誘行為も、売春自体もドイツやオランダのような「労働」と看做せば処罰は必要ない。
あくまでも、人身売買の禁止を徹底すべく、現在より、さらに厳罰化していかなければならないということに尽きる。
売春せざるを得ない深刻な事情こそ、大きな社会問題として解決していく必要がある、
好き好んで売春をしている例は少なくて、生きるため、生活するためやむを得ず売春をしているとしたなら、社会が手を差し伸べ、保護して自立を支援していかなければならない。
こうした女性のかけこみ寺みたいだった館山の「かにた村」では女性たちが安心して暮らせるようにコロニーが形成され、自給自足、最終的には納骨堂まである。
小野沢あかね・立教大教授によると、戦前の日本には、「公娼制度」があり、吉原を始めとした遊郭が全国に存在していた。1946年、日本の民主化政策を進めるGHQの命令で同制度は廃止され、56年の同法制定により、売春禁止が明確に示された。
同法は売買春自体に罰則を設けていない。同法成立の過程で、「国家権力が男女の機微に触れる私生活にまで入り込むと、人権侵害の恐れがある」との声が出たためだ。当時、売春が社会の風紀を乱しているとの認識が強く、男性の買春は当然視されていた。結局、売る側の勧誘行為だけに罰則を科し、買う側は不問とする法律ができあがった。
ただ、売る側の女性には貧困や虐待による生活苦、悪質ホストクラブに対する借金返済などの深刻な事情がある場合が少なくない。
小野沢教授は、刑法の性犯罪規定の厳格化などを念頭に「近年の性平等の視点から買う側の処罰は必要だが、売る側を処罰せずに保護してその自立を支援することが不可欠だ。売春の定義が性交のみを指すのも問題だ」と指摘している。
紙面に海外主要国の売買春に対する規制状況が紹介されている。フランスやスウェーデンは売る側は処罰せず、買春とその勧誘を処罰対象とする。ドイツやオランダは処罰規定が存在しない。性の売買が他の職種と変わらない「労働」として認められているためだという。
米国は州によって異なるが、ニューヨーク州などでは原則、売買春自体と勧誘行為をいずれも処罰する。
売春防止法がなぜ、売春禁止法でなかったのか原点から考えてみたい。
まず、売春の一番の問題点として考えられたのが、世界に恥ずべき公娼制度である。
公娼制度があったため、貧しい家庭の娘たちが女衒の手で遊郭の楼主に売られ、搾取されながら、性奴隷として逃げ出すこともできなかったからである。
今の北朝鮮の女性たちのことを考えてみればわかるはずだ。
日本の民主化政策を進めたGHQは人身売買の温床となっていた公娼制度の廃止を命じ、人身売買を禁止するための売春防止法が1956年制定されたのである。
売春禁止法ではなく、売春防止法というネーミングになった所以である。
すべての売春をなくすことなどできるわけがないし、自らの意思で売春をすることはそもそも悪ではないからだ。
というわけで、売春自体が罰せられることがなかったが、立ちんぼは目立つし、売春が奨励される労働とは言い難かったことからも、勧誘行為が禁止されたのではないか。
貧困や虐待による生活苦、悪質ホストクラブに対する借金返済、スカウトによる斡旋という名の事実上の人身売買で風俗産業に就くという深刻な事情がある場合が少なくない。
見直し議論の焦点は「買う側」の処罰であるが、あくまでも人身売買が背景にあるのでなければ、さほど問題とするほどのことではないのではないか。
勧誘行為も、売春自体もドイツやオランダのような「労働」と看做せば処罰は必要ない。
あくまでも、人身売買の禁止を徹底すべく、現在より、さらに厳罰化していかなければならないということに尽きる。
売春せざるを得ない深刻な事情こそ、大きな社会問題として解決していく必要がある、
好き好んで売春をしている例は少なくて、生きるため、生活するためやむを得ず売春をしているとしたなら、社会が手を差し伸べ、保護して自立を支援していかなければならない。
こうした女性のかけこみ寺みたいだった館山の「かにた村」では女性たちが安心して暮らせるようにコロニーが形成され、自給自足、最終的には納骨堂まである。