2026年07月16日

『トロフィー』

 月に一度の映画館行き、7月は在日コリアンの少女と家族・友人、朝鮮学校における活動などを描いた孫明雅監督の『トロフィー』を観てきた。

 在日コリアンの14歳の少女ソヒは、朝鮮学校で朝鮮舞踊に打ち込む日々を過ごす。
 日本人の少女未来と出会ったソヒは、K-POP好きということで親しくなり、交流が始まるも、洗濯機が壊れてもすぐに買い替えができないほど生活は苦しい。
 ソヒと未来はK-POPアイドルのライブチケット代を稼ぐため、ソヒの家にある不用品をフリマサイトで売ることにし、校長であるソヒの父が持っていた祖国・北朝鮮から授与された勲章までも売ってしまうのだった。
 物語の紹介は観ていない人の興趣を削いでしまうからこの辺にしておく。


 在日といえば、反射的に差別という言葉が出てくるくらい酷い差別の中で生きてきたことは承知している。
 父親を演じた井浦新が出演していた『福田村事件』では関東大震災の時の流言飛語というか、悪意のあった日本人によって朝鮮人が殺害されたり、朝鮮人と間違えられて薬の行商が殺害されたことを伝えていた。
 酷い差別を受けながらも、高倉健『ホタル』では、日本軍の一員として特攻隊になった朝鮮半島出身者だっていたことを教えてくれた。
 原爆投下されたヒロシマ、ナガサキには在日の人たちにも犠牲者がいることが慰霊碑で知られている。

 明らかにしておきたいのは、自分の信条は他者を差別することはしないということである。
 からゆき、被爆者、水俣病、ハンセン病、エイズそして、在日の人たちや中国人などへの民族差別である。
 ただし、旧統一教会のような反日、反社の団体はズブズブの関係だった自民党や補完勢力と異なり、日本から追放したいと考えていた。

 トロフィーで興味深かったのは、在日でも韓国と北朝鮮とでは教育内容が異なるということ。
 独裁者金一族の影響下にある朝鮮学校では、独裁者を称賛する教育が行われていることで、こういう教育を公式に行っているということは好ましいことではない。

 朝鮮舞踏というのか、民舞というのか、見事な出来栄えで、思わず拍手してしまいそうになったほどである。
 一所懸命に取り組んだ少女たちの躍動は政治を抜きにすれば、明るい未来を想像させてくれる。

 草の根交流が進めば、隣国同士仲良くやっていけるのではないか。
 ために、政治がよくない日本と北朝鮮や韓国の政治を変えていく必要がある。
 映画は後味の佳い映画だった。
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2026年07月03日

教育で人づくり 「米百俵之碑」

 「碑を巡る」というタイトルで、6月23日の読売(小林直貴記者)が新潟県長岡市にある米百俵の碑のことを伝えている。
 「教育で人づくり 国栄える礎」という見出しで、北越戊辰戦争で新政府軍と対峙した長岡藩が敗北し、減封されて窮乏したとき、藩の要職大参事に抜擢された小林虎三郎のもとに支藩から救援米が届く。
 赤貧にあえぐ藩士からは分配を強要されるも、「その日暮らしでは長岡は立ち直らない。こういう時こそ、何よりも教育に力を注がなければならない」と切々と諭した―。小林虎三郎は「国漢学校」を開いたというのだ。

 この米百俵の故事は、小泉純一郎首相就任所信表明演説で、改革を進めるため「今の痛みに耐えて明日を良くしようという『米百俵の精神』こそ必要だ」と取り上げたことから、自分も知ることになった。


 歴史の皮肉なのは、その小泉、竹中平蔵ラインが派遣労働を広げ、労働者の非正規雇用化を進め、貧富の格差が拡大し、日本をダメにした張本人だから嫌になってしまう。

 教育の大事さをわが身に振り返ってみれば、母方の祖父は教育者だったし、その先祖は、近所で寺子屋を開き、近在の教え子たちからその業績を称える石碑を建立されている。
 そういえば、戦争から無事帰ってきた父親も教育者で、在職中に病死してから、10数年経ってからも、教え子たちが墓参りに来てくれた時は驚いた。
 自分がお世話になった先生の墓参りなどしていないにもかかわらず、教え子が墓参りに来てくれるというのは、子どもたちにとっては佳い先生だったのかもしれない。

 父親は貧しい家庭で育ったから、多分、人の痛みが分かり、教育の大事さについて痛いほど理解していたのではないか。
 召集されて、軍隊で革のスリッパで殴られ、耳がよく聞こえない後遺症を持ち、戦地からは運よく無事帰国できたけれど、反戦という立場だったから、五味川純平『人間の條件』(三一書房)が本箱にあったのだろう。

 父親の長男である自分は、期待されていたような気がするが、3人姉弟の中で、一番出来が悪く、失望したに違いない。それでも、祖父に子どもがなかったことから、長男は家の跡継ぎという意識が強く3人姉弟の中で特別扱いだったと今でも、ひんしゅくを買っている。

 というようなわけで、教育には力を入れるというのが、わが家のご先祖からの教えにあったような気がする。

 きちんとした教育を受け、人間としてのレベルが向上すれば、人を差別したりしなくなるだろうし、弱いものいじめをしたりしなくなるだろうと考えている。

 人は石垣、人は城というくらいだから、人は大事である。その人を育てるのが教育だから、いかに教育が大事か小林虎三郎ならずともわかるはずだ。
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2026年05月19日

本との出会い、自分の航跡が見えてくる

 「本との出会いを『遅筆堂』の願い 今も」という見出しで、文豪井上ひさしが遺した蔵書でできた文庫を紹介しているコラムが5月17日の読売(古沢由紀子編集委員)「広角/多角」にある。

 井上ひさし(1934〜2010)の膨大な蔵書を収めた施設が山形県川西町の「遅筆堂文庫」と山形市の「分館」だ。いずれも演劇ができるホールを併設する。計約22万冊といえば、公立図書館の平均をはるかに超え、公開もされている。

 遅筆で知られた井上さんのことをノンフィクション作家沢木耕太郎さんは、「大きな網を編んでいた。大きな魚、誰も見たことのない魚を取るには大きな網が必要で、網を編む重要な作業が本を読み勉強することだった。芝居の初日までに完成した網を打ち、魚を調理する時間が無くなることもあったのだろう」と語る。

 蔵書を寄贈した心境を「この地域を宇宙で一番いい場所にしたいと思う人の役に立てばよい」と語った井上さん。
 「図書館は本の大海。その中を好き勝手に動いているうちに自分の航跡が見えてくる。若者が将来スパークするきっかけになれば」と願っていた。


 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」という井上ひさしさんの言葉を知った時、流石に、文豪と呼ばれるだけの人は違うと感心したことを思い出す。

 井上ひさしさんといえば、『十二人の手紙』(中央公論)を買い求めて読んだとき、この作家の偉大さを痛感させられた。
 SNSで出会った男に殺害されてしまう若い女性が少なくない時代であるが、本が書かれた時代は、雑誌にペンパル募集みたいなことで、手紙が男女の出会いのきっかけを作ったりすることが流行っていた。
 つまり、メールではなく手紙が主流の時代で、SNS同様なりすましというか、騙しをする輩はいたのである。
 人がやることは変わらないのだ。
 読んでいない人の興趣を削いでしまうから詳しい解説は省く。

 次いで、『吉里吉里人』(新潮社)は、仕事関連で読み、後に、新潮文庫を買い求めている。
 作家の想像力の豊かさに敬服してしまった。後に、井上さんが日本国憲法9条を守り、戦争に反対する活動をされたことと相俟って、作家の見識の豊かさに益々尊敬の念を抱くようになった。

 亡くなる前に、語り継ぐ戦争の立場から『一週間』(新潮社)を買い求めて読んでいる。
 シベリア抑留者の抑留生活を描いたもので、収容所で抑留者が食べていた黒パンと一緒に食べていたスープが「カーシャ」という名前だったことを教えてもらった。
 ロシア製法の黒パンは、秋田の大館の「サンドリヨン」から取り寄せ、毎朝、連れ合いと一緒に食べている。
 この本からの影響も少なくない。

 てんぷくトリオなどのお笑いの台本というのか『井上ひさし笑劇全集上下』(講談社文庫)も買い求めて読んでいるが、面白かったことを覚えている。

 『父と暮らせば』は黒木和雄監督、宮沢りえが主演の映画は観ているが、そういえば、原作は未読だった。

 冒頭に書いた井上さんの言葉は見事である。
 芥川賞をもらったからということか、政治家に転身してからも横柄な態度で大嫌いだった作家は偉そうに上から目線で、難しいことをわかりやすく伝えようとはしなかった。

 対する井上さんはユーモアを書くときに一番重きを置いていたところが素晴らしい。
 ユーモアのある文章は一朝一夕で書けるものではなく、常に、意識していないと書けないし、書いても品がなくなってしまっては元も子もなくす。

 とにかく、書き残された著作、戦争と言論弾圧に反対した活動と文豪と呼ばれるのにふさわしい作家だった。
 惜しまれる。の一言である。
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2026年05月17日

不登校寄り添う学び場 経験者の元教育長ら指導

 不登校や引きこもりになった小中学生に無料で学習指導をする「えどがわ夜間ぬくもり塾」(東京江戸川区)が7月に開塾から10年を迎える。設立したのは江戸川区元教育長で自身も不登校の経験がある白井正三郎さん(70)。有志らとこれまでのべ2400人を指導し、志望校に合格した子どももいる。と5月16日の読売(五十川由夏記者)が伝えている。

 塾は2016年7月、現役の教育長だった白井さんがボランティア団体を設立して始めた。区内では当時、不登校の児童や生徒が増加。複雑な家庭環境で学校に行けなくなり、社会から孤立する子どもたちも目の当たりにしていた。そうした子どもを受け入れる場所が周囲になく、危機感を募らせたという。

 白井さんも高校生の頃、いじめが原因で不登校を経験した。独学で勉強して何とか大学に進学できたが、学びたくても学べない環境で夢や希望を諦める子どもたちのつらさを想像。教育委員や元教員らに呼びかけると20人ほどが集まり、区も無償で場所を提供してくれた。以来、毎週土曜の17時から19時に塾を開いた。


 小中高生の不登校は2026年のデータで約35万人。12年連続で増加していると耳にしたことがある。
 これだけ多いと、もはや不登校だからと言って恥じることもないし、果たして学校に行く必要があるのか疑問だらけである。
 ただし、子どもが学校に行かない選択は全く問題がないが、勉強はしなければ、将来、社会人としてやっていかれない。
 身近で不登校の経験をしているが、原因はいじめだった。いじめの解決は現在の教育委員会や教員たちでは全く不可能である。
 彼らにはやる気がないからだ。その能力もない。
 いじめが犯罪であることを認めようとしていないことだけみても、やる気がないことがわかる。
 いじめた側を学校から排除することができないから、いじめられた側が学校に行かなくなることくらい誰にだってわかることではないか。

 日本社会のいじめはアジア太平洋戦争における旧日本軍の内務班における初年兵教育に行きつく。
 敗戦で勝者の米国によって民主化が進められた日本では、内務班の教育が受け継がれたのが高校や大学の体育会系部活。卒業してからは警察や自衛隊、消防で受け継がれてきた。

 江戸川の塾を取り上げた一番の理由は、開設者の元教育長が自らの不登校経験を明らかにし、その経験から不登校生徒に寄り添った教育をしていることにエールをおくりたくなったからだ。

 教育長で不登校経験があるという人のことを知ったのは初めてのことである。

 こういう人なら、親だって安心だし、子どもだって信頼できるというものではないか。
 学力が大切なことは言を俟たない。

 読み書きができない人と話したことがある。
 読み書きができないとどれほど困ることか想像してみてほしい。

 その学力を学校ではない学び場で身に着ける場として、しかも、金銭の心配がないとなればこれほど世のため人のためになることはない。
posted by 遥か at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育

不登校生徒に寄り添う学び場 経験者の元教育長ら指導

 不登校や引きこもりになった小中学生に無料で学習指導をする「えどがわ夜間ぬくもり塾」(江戸川区)が7月に開塾から10年を迎える。設立したのは江戸川区元教育長で自身も不登校の経験がある白井正三郎さん(70)。有志らとこれまでのべ2400人を指導し、志望校に合格した子どももいる。と5月16日の読売(五十川由夏記者)が伝えている。

 塾は2016年7月、現役の教育長だった白井さんがボランティア団体を設立して始めた。区内では当時、不登校の児童や生徒が増加。複雑な家庭環境で学校に行けなくなり、社会から孤立する子どもたちも目の当たりにしていた。そうした子どもを受け入れる場所が周囲になく、危機感を募らせたという。

 白井さんも高校生の頃、いじめが原因で不登校を経験した。独学で勉強して何とか大学に進学できたが、学びたくても学べない環境で夢や希望を諦める子どもたちのつらさを想像。教育委員や元教員らに呼びかけると20人ほどが集まり、区も無償で場所を提供してくれた。以来、毎週土曜の17時から19時に塾を開いた。


 小中高生の不登校は2026年のデータで約35万人で、12年連続で増加していると耳にしたことがある。
 これだけ多いと、もはや不登校だからと言って恥じることもないし、果たして学校に行く必要があるのか疑問だらけである。
 ただし、子どもが学校に行かない選択は全く問題がないが、勉強はしなければ、将来、社会人としてやっていかれない。
 身近で不登校の経験をしているが、原因はいじめだった。いじめの解決は現在の教育委員会や教員たちでは全く不可能である。
 彼らにはやる気がないからだ。その能力もない。
 いじめが犯罪であることを認めようとしていないことだけみても、やる気がないことがわかる。
 いじめた側を学校から排除することができないから、いじめられた側が学校に行かなくなることくらい誰にだってわかることではないか。

 日本社会のいじめはアジア太平洋戦争における旧日本軍の内務班における初年兵教育に行きつく。
 敗戦で勝者の米国によって民主化が進められた日本では、内務班の教育が受け継がれたのが高校や大学の体育会系部活。卒業してからは警察や自衛隊、消防で受け継がれてきた。

 江戸川の塾を取り上げた一番の理由は、開設者の元教育長が自らの不登校経験を明らかにし、その経験から不登校生徒に寄り添った教育をしていることにエールをおくりたくなったからだ。

 教育長で不登校経験があるという人のことを知ったのは初めてのことである。

 こういう人なら、親だって安心出し、子どもだって信頼できるというものではないか。
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2026年04月22日

「生命の安全教育」改定 「性的同意」盛り込む

 子どもが性暴力の被害者や加害者にならないための知識を伝える「生命の安全教育」で、文部科学省は31日、学校現場で使う教材を改定し、新たに「性的同意」などを盛り込んだと発表した。改定は全国で取り組みを始めた2023年度以降初めて。不同意性交罪の新設や子どもを取り巻く性暴力の深刻さを受け、性的同意の重要性を具体的に表記し、学校現場での活用を促す。と3月31日のKYODOが伝えている。

 生命の安全教育は性犯罪の厳罰化を盛り込んだ刑法改正などを受けて文科省が始めたが、内容が限定的との指摘があった。文科省の調査によると、全国の幼稚園、小中高、特別支援学校のうち「性犯罪・性暴力防止のための教育を実施している」と回答した割合は45.3%だった。

 4月15日の読売によれば、性的同意について、「性的な行為に関して相手の同意を確認すること」、「何も言わないことは同意ではない」「一度同意しても途中で取り消しできる」と明記した。と説明している


 子どもへの性犯罪や性暴力防止に向けて、文部科学省は「生命の安全教育:の教材内容を改定した。相手の意思を互いに確認しあう「性的同意」の重要性が盛り込まれたのは刑法が改定され、性的同意がない性行為は犯罪だとされたことと関わる考え方であろう。

 アメリカの富豪ジェフリー・エプスタインによる未成年者への性的虐待・人身売買を中心とした国際的スキャンダルがエプスタイン文書の公表で明らかになり、被告は拘置所で自殺している。

 過去の大統領が証言したり、トランプ大統領も関わりがあったのではないかと疑惑の目で見られていたことから、この問題から目を逸らさせるためにイラン攻撃を始めたという説があるくらいだ。

 日本の首都圏の大学の学長が米国で活躍していた時、大いなる関わりがあったことから、米国から逃げ出すように帰国し、政府の要職に就いていたり、学長職についているが、自業自得のように人々の信頼、信用は地に堕ちた。

 どんなにカネがあろうが、権力があろうが、女性に対する性暴力犯罪、人身売買は絶対許されない。しかも、エプスタインの場合、こともあろうに相手は未成年者だということから、事の重大性、悪質性は凶悪犯罪と何ら変わらない。

 性暴力犯罪を減らすために一番重要なことは加害者を捕まえることである。ために、被害者に泣き寝入りさせないようにしなければならない。
 次いで重要なのが性行為に関しては相手の「性的同意」を確認させることだ。

 「生命の安全教育」を改定したことは素晴らしいが、活用している割合が15%にとどまっていると伝えられているのは教員の問題意識が低すぎて話にならない。

 せっかく佳い教材ができたからには、使わなければ意味がないではないか。
 性暴力犯罪とりわけ子どもに対する性暴力犯罪をなくすことは普遍的な課題である。
posted by 遥か at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育

2026年02月21日

「夫婦制」減る担い手 児童自立支援施設

 非行少年らを社会へとつなぐ児童自立支援施設では、職員夫婦が住み込みで子どもたちの生活指導に当たる「夫婦制」が長年続けられている。家庭的な環境で子どもの心身を育める意義は大きく、かつてはほとんどの施設で夫婦制が取り入れられていたが、負担の大きさなどから、現在は全体の3割ほどに減った。関係者からは存続のため、職員夫婦の負担軽減を求める声が上がる。と2月5日の読売(増田知基記者)が伝えている。

 児童自立支援施設とは不良行為や家庭環境などから生活指導の必要がある子どもを支援、保護する施設。矯正施設の少年院と異なって拘禁などはされず、児童相談所や家庭裁判所から入所が必要だと判断された子どもが夫婦制や交代制の寮などで生活する。かつては「感化院」「教護院」と呼ばれ、1998年度に現在の名称になった。と紙面に解説がある。

 全国児童自立支援施設協議会などによると、夫婦制は、家庭的な環境で愛情を注ぐことが非行少年の成長に不可欠との考えのもと、明治期に始まった。

 1960年度時点で全国の児童自立支援施設(当時は教護院)は、56か所のうち48か所で夫婦制の寮を備えていたが、取り入れる施設は減り続け、2020年度には58か所のうち17か所にまで減少。代わって職員たちが入れ替わりで寮で過ごす「交代制」の導入が進む。

 背景にあるのは寮長・寮母の負担の大きさだ。寮に併設される宿舎に住み込み、休日以外は何かあれば夜間でも対応する。子どもと距離が近く、プライベートとの境目も曖昧だ。児童福祉を所管するこども家庭庁の担当者は「専門性を備えた職員同士が結婚し、そろって住み込むハードルは高い」と語る。


 少し前のことになるが、親ガチャなる言葉が独り歩きしていたことがある。
 今はもう使われなくなっているかもしれないが、自民党の国会議員に多い、親の七光りというか、世襲の議員たちがその典型であるが、芸能人などにも少なからずいる。

 親ガチャも程度はピンキリであるが、親の家に住んでいる自分は恵まれている階層で、親ガチャであることを否定しない。
 言葉にすれば親ガチャであっても、自分は生まれた時代、生まれた地域、生まれた家とそちらの方のガチャとしての恩典を受けているという気持ちの方が強い。

 ♪「うまれた時が悪いのか」「それとも俺が悪いのか」と歌ったのは「昭和ブルース」の天地茂だった。
 戦争が終わってから生まれた時代は80年間、日本国憲法のお陰で戦争に巻き込まれない平和を享受できた。
 生まれた地域は雪に苦しめられる心配が少ない首都圏の田舎町だったし、東京に行き映画を観るにも交通アクセスはさほど悪くない。
 生まれた家は親から受け継いだし、親は毒親ではなく、まともだった。

 対する、児童自立支援施設で世話になる子どもたちは不良行為や家庭環境などから生活指導の必要があるということで、そもそも親ガチャとは程遠い子どもたちだろう。

 感化院、教護院の父と呼ばれた留岡幸助のことを描いた山田火砂子監督、村上弘明主演『大地の詩―留岡幸助物語』を観ているので、感化院、教護院を設立し、生活指導をすることで子どもの自立を支援することの重要性は理解している。

 留岡幸助は、児童福祉の父と呼ばれた石井十次、廓清運動の山室軍平、アリス・ペティ・アダムスと共に岡山福祉四聖人と呼ばれているが、映画を観るまでその名を知らなかった。
 人身売買反対の考え方だから、救世軍の士官で廓清運動で知られる山室軍平のことは知っていた。

 さて、親代わりともいうべき児童自立支援施設の担い手が「夫婦制」というのは理想ではあるが、現実には非常にハードルが高く、これではなり手を探すこと自体難しい。

 時代に合わせて職員が交代で取り組むしかないのではないか。
 一言で言って、入所する子どもたちに不足しているのは「愛情」だから、愛を与えられる人なら夫婦でなくとも大丈夫だろう。

 自分の子どもを育てることだって難しいわけだから、無理なことをお願いしていてはなりてはいなくなってしまいそうだ。
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2026年02月13日

日大三高野球部員わいせつ動画拡散で書類送検

 女子生徒にわいせつな動画を送らせて拡散するなどしたとして、警視庁は12日、日本大学第三高校の硬式野球部の男子部員2人を児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造や提供)容疑で東京地検立川支部に書類送検した。動画は二十数人の部員の間に広まっていたことも判明。昨夏の甲子園で準優勝した強豪野球部を巡る事件に、生徒からは戸惑いの声が上がった。と2月12日の読売が伝えている。

 事件は2025年10月下旬、女子生徒の保護者が「娘のわいせつな動画が拡散しているようで心配だ」と同庁に相談して発覚した。
 
 同校では12日朝、鈴木教郎教頭が報道陣の取材に応じ、「(事件について)事実として認識しているが、生徒のプライバシーもあり、説明は差し控える。野球部の今後の活動については対応を検討中だ」と述べた。その上で、「再発防止や生徒の心のケアをしっかりとやっていく」と話した。


 児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造や提供)容疑で書類送検となったということは、間違いなく犯罪だということ。それもハレンチ罪で高校生といえども絶対に許されない悪質な犯罪である。

 そもそも教育機関である高等学校で野球部が強豪校として知られているからということで、事の善悪をきちんと教育してこなかったということに結果的になるから、野球部はPLのように廃部にするという厳しい姿勢で臨む必要がある。
 高校生だから、他の高校生が真似をしないように厳しい対応をしなければ、次々と同様の事件が起きる。

 いじめ暴力事件動画が拡散する事件が相次いだことで証明されている。
 最初の事件で加害者が特定できた段階で逮捕していれば、次の事件は起きない。
 街角でこんな暴力事件を起こせば当然逮捕されるだろう。
 学校関係者は加害者のプライバシーのことを理由にいつも法律無視の態度であることが事件がなくならないことになる。

 今回の事件でも同じことが会見で伝わってくる。
 高校生でなければ、こんなことをしたら、大きく報道され、家族が世間に顔向けできないし、動画を言われるがままに提供した被害者女生徒と保護者にしてみたら簡単には立ち直れない。

 一罰百戒の対応が必要だ。
 日本大学の付属校といえば、本家でアメリカンフットボールなど体育会部活で社会をお騒がせした時、厳しく対応したはずである。
 ここは厳しい対応で二度とこのようなハレンチ罪を起こすことがないようにすべきでだ。
 教育機関ではないか。高等学校は。
 野球が強ければ何をやっても許されるというものではない。
 野球の前に、ハレンチ罪をするなと教育するのが先だ。
posted by 遥か at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育

2025年12月15日

夜間中学 ニーズ高まる 不登校や在留外国人増え

 義務教育を修了していない人らが通う夜間中学のニーズが高まっている。2025年度は愛知県や鹿児島県などに9校が開校し、公立の夜間中学は全国に62校となった。と12月12日の読売が伝えている。
 増加する不登校経験者や在留外国人らが学ぶ場となってとおり、文部科学省は、2027年度までに全都道府県・政令市に少なくとも1校置くことを目指している。
 夜間中学は、年齢や国籍に関わらず入学できる教育機関で、通常の中学校と同様国語や数学もあり、終了すれば中学卒業資格を得られる。
 戦時中に学校に通えなかった人らが学ぶ場として1947年に設置され、50年代には89校あったが、その後減少した。
 「教育機会確保法」が2016年に成立したことや在留外国人が増えたことなどで学校数が増えている

 文科省によれば、2024年5月時点で、生徒数は1969人、日本人713人外国籍1256人。22年度の1・3倍となっている。


 夜間中学のことは1993年に公開された山田洋次監督『学校』を観て知った。
 教育を受けられなかった人たちが生き生きと学んでいる様子を観て、学校に行かれないと大変だけれど、やる気があれば勉強することができると教えられた。

 その後、社会人になってかなり経ってから、家庭が貧しくて学校に行かれず、読み書きが不自由な女性と知り合ったことで、小学生の時から、読売の人生案内を読んでいた早熟な自分との余りの違いに驚くとともに想像力を働かせ、読み書きができない不自由さに心を揺さぶられた。

 夜間中学とは異なるが在留外国人のために都立町田高校定時制が桜美林大学と連携し、日本語指導を特別教育課程として始めていると耳にしたことがある。

 自分の身近にも、家庭が豊かでなかったため、働きながら学校に行った。あるいは、中学で不登校経験があるという例もあるが、義務教育だからか、理由は不明ながら、卒業はさせてもらい、不登校でも、塾で勉強を続け、高校受験、大学受験と関門を通過しているので、夜間中学とは縁がなかった。
 
 しかし、自分が知り合った年配の女性は、連れ合いを頼りにし、病院など読み書きが必要な場所に行くときは一緒に行ってもらうとのことだった。
 女性ともっと親しくなっていれば、学びの場、つまり、夜間中学などを探して資料を提供してやれたかもしれないと考えると自分もまだ未熟だった。

 50代半ばを前に、早期退職し、通信教育とは言いながら、大学でもう一度学んだ経験から言えば、人間いくつになっても学ぶことは大事なことだと声を大にして言える。

 語り継ぐ戦争では、満蒙開拓団など国に騙された人たちが多数いる。
 しっかり学習して、国に騙されないように、メディアに政治家に騙されないようにしていかないと、戦争に巻き込まれてしまうことになる。
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2025年11月04日

都公立校の暴力最多3955件、いじめ7万7479件

 都教育委員会と都私学部は29日、2024年度の「児童生徒の問題行動・不登校調査」の都内分を公表した。公立の小中高校で確認された児童生徒の暴力行為は3955件(前年度比623件増)、いじめは7万7479件(同7727件増)に上り、ともに現在の調査方法(暴力は07年度、いじめは13年度以降)で最多だった。と10月30日の読売(柏木万里記者)が伝えている。

 話し合いで思いが伝わらず手を出すケースが目立つといい、都教委は「意思疎通の不得意な子、気持ちを抑えられない子が、コロナ禍を経て増加傾向にあるのも一因」と分析する。

 私立483校でも605件(254件増)で1・7倍に急増した。

 病気や経済的な理由以外で30日以上登校しなかった不登校は、公立校で計3万6724人(335人減)。中学での減少が全体を減少に転じさせた。理由はいずれも「学校生活にやる気が出ない」が最多だった。

 中学での減少は12年ぶり。都教委は、近年取り組む〈1〉不登校専門の対応教員による各校巡回〈2〉「別室登校」ができる児童生徒への支援強化――が奏功したとみる。一方で不登校の生徒の割合は7・68%と高止まりし、復帰率は25・2%で2・7ポイント下がった。

 私立では、高校での減少が大きく、全体は4139人(93人減)だった。


 学校での暴力、いじめと不登校は、自分にとってもごく身近な問題となっている。
 家族が中学2年生の時、詳しいことは不明ながら、いじめに遭うという経験をしているから他人事ではない。
 親としては、中学は義務教育だから卒業させないということはなかろうと判断し、いじめで自殺でもされたら困るので、即座に、学校には行くなと指示した。
 ただし、このまま勉強しないと大人になって困るから、迎えに行くことを約束し、塾にだけは通うように指示した。
 学校の授業料と塾の費用で2人分の教育費くらいはかかっただろうが、無事卒業はさせてもらった。

 甥の子どもが学校でのいじめで不登校になったことを耳にしたが、親が口出し無用という姿勢だというから、余計なことは言っていないが、病院に行った云々だというから、心を病んでしまった可能性があるみたいだった。

 ところが、不登校はそれほど簡単な問題ではないことを教えられるできごとがあった。
 まず、高校受験では内申書(中身は見ていない)が佳かろうはずがなく、受験した学校がすべて不合格だった。
 どうしたものかという時、内申書なし、実力試験のみという学校を見つけ、受験したら合格したが、入学式の時、駅で行方不明となってしまい、学校にあいさつに行くことになってしまう。
 高校入学後、心の病は癒えず所謂保健室通い状態でカウンセラーの先生にお世話になりつつ、不登校の子どもたちを受け入れている学校に転校することに結果的になった。
 相変わらず、勉強は塾で続けていたから、授業料と塾の費用と2人分程度の教育費がかかった。

 その学校では大学を受験する子どもはほとんどいなかったが、田植えや稲刈りがあったりと精神の安定には役立ったみたいだった。塾で勉強していたので、受験したところ、志望校に何とか合格したというのが顛末である。

 身内の恥だなどと言う気持ちは全くないので、明らかにしてきたことであるが、こうして振り返ってみると、よくがんばったと褒めてやりたいと思っている。

 いじめによる不登校の一つの乗り越え策として、参考になればいいが、結構カネがかかっているので、経済的なことがネックとなりそうな解決策ではある。

 それでも、塾の先生、カウンセリングの先生など応援してくれた皆さんのおかげと頑張ったご褒美なのか、家庭を持って普通に暮らしていることはつくづくありがたいことだ。
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2025年10月26日

不登校生の受け皿 通信制高校 進路路指導に力

 不登校生らの受け皿となり、生徒数は10年前の1・7倍に増えたが、生徒の3割は進路が決まらないまま卒業してしまう通信制高校。その通信制高校が生徒の進路指導に力を入れている。と10月24日の読売(新美舞記者)が夕刊で伝えている。

 その背景にあるとされるのは、同級生との交流や先生の指導を受ける機会が少ないことだ。
 学校は職業体験やカウンセリングを通して、生徒の興味を広げようとしている。

 沖縄県うるま市、茨城県つくば市、群馬県桐生市など全国で通信制高校を運営する学校法人角川ドワンゴ学園が開いた課外授業で岐阜県富加町の刀鍛冶工房で職業体験を受けている様子が紙面で紹介されている。

 同学園の担当者は「やりたいことを見つけるには、ネットの情報だけでなく、実際に様々な職業を目、耳、肌で感じることが大切」と話す。
 
 文科省の調査によれば、25年度の通信制過程の高校生は30万5221人。10年前の18万393人から大幅に増えた。


 50代半ばを前に炎症性腸疾患クローン病の治療を理由に退職し、通信教育課程で学び、無事に卒業できた経験から、同じ同窓生のビッグネームの歌い手松田聖子さんが卒業し、大学から表彰されたことを先般書いている。
 通信制高校生とは異なり、社会人としての経験があるので、参考にはならないかもしれない。それでも、学ぶということにおいては普遍的なことだから変わらないだろうが、進路となるとアドバイスをする側になってしまうかもしれない。

 不登校生を身近で見てきた経験から、受け入れ先として、通学、通信制あるいはその両方と高校があることは承知している。
 不登校生といえば、すぐに頭に浮かぶのは、クラスメイトから筆記用具を「貸してほしい」と頼まれた生徒が「貸せない」と断ったという話である。理由は「そんなに親しくないじゃないですか」というものだった。

 このことを耳にした自分はなんて正直なんだ。自分にはできないと驚いたものだ。
 ただし、これだと生きづらいだろうとも思った。

 不登校で通信制高校で学ぶ生徒が、己の心に正直だと協調していくのは難しいかもしれない。だとすれば、人と一緒にやる仕事というよりも、ものづくりや農業などの方が適正がありそうな気がする。

 不登校で通信制高校で学ぶ生徒の場合、一般の就活では非正規雇用の派遣労働に就かざるを得なくなりそうなので、健康保険や年金などで不利益を被る可能性が高いことから、手に職をつけることを応援してやりたい。

 手に職さえつけられれば、学歴など問題にならないし、そもそも定年があるわけでなし、生きやすくなりそうだからである。
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2025年10月20日

松田聖子さんに学員栄誉賞 努力を称える

 中央大学学員時報2025年10月錦秋号第532号が手許にある。
 通教も含むすべての卒業生に送られてくるのだが、歌い手としてビッグネームのあの松田聖子さんが学員栄誉賞に選ばれたということで彼女の努力を称えエールをおくりたい。

 松田聖子さんは2024年3月、中央大学法学部通信教育課程を卒業。芸能活動と学業を両立し、一般企業では定年退職する人が多い年齢近くで中央大学に入学。正規の修学年限で卒業を果たした姿勢が「人生100年時代における学びの象徴」と評価された。知名度の高さも相俟って、幅広い世代に学びの大切さを示し、社会に明るい希望を与えた功績が顕著であるとされた。「日本のスター」として国民的支持を集めてきた松田さんが「中大の星」としても輝いてくれることになった。
 同時に学員薫風賞に選ばれたのがバレーボール日本のスタ―石川祐希さんである。
 中央大学法学部を卒業し、イタリアでキャリアを積むとき、イタリア語を覚え、「不自由なくしゃべれる」という学習能力の高さを持っている。


 松田聖子さんのことは、ビッグネームだから名前やヒット曲のことは少しは知ってはいても詳しいことは知らなかった。
 ご家族の不幸を乗り越え芸能活動で頑張っていることは知っていたが、中央大学法学部通信教育課程で学び卒業されたことは送られてきた学員時報で知った次第である。
 卒業された時、一般教養課程から、法律の専門課程まで、それも正規の修学年限で卒業されたということで、驚くと同時に、称賛したものである。
 よほど真剣に学習に向き合わないと正規の修学年限での卒業はおぼつかない。
 見事である。

 世の中のたいていのことは自分でやってみないとその苦労はわからないものだ。
 松田聖子さんの努力がどれほど大変かは、自分でやってみて初めて理解できるだろう。
 芸能活動でビッグネームになるくらいの人だから、もともとやる気になれば、なんでもできる人ではあるだろう。それでも、若い頃ならいざ知らず、定年退職が近い年齢となれば、覚える力も衰えてしまうから余計大変である。

 わが身に置き換えて、松田聖子さんの努力の大変さを少しばかり振り返ってみよう。
 団塊の世代の一員で、学生時代が全共闘運動全盛期であったため、勉強が不十分であったが、世の中が騒動中だったからか、卒業はさせてもらった。
 しかし、社会人になって、卒論も書かずに卒業したことが恥ずかしくなり、学校のことは人にはあまり話さず、「自由になりたい」と50代半ばを前に炎症性腸疾患クローン病の治療を理由に退職してしまった。
 まだ、元気だったあの頃、心密かに思っていた犯罪被害者支援をするために、もう一度学び直してみようと通教ではあるが入学させてもらった。
 一般教養課程免除という特典があったので、法律の勉強だけであったが、論文の審査を受けて合格すると試験が受けられるシステムだったから、考えていたよりはるかに大変だった。
 ネットで調べ、コピペで出した論文を審査した先生が激怒し、「ふざけたことをするんじゃない。何のための学習だ」と突き返されたことさえある。
 これは堪えた。
 以降反省し、自分で教科書、参考書を調べて書く習慣ができた。
 そんなダメ学生ではあったが、卒論も書いて、教授の口頭試問も受けて晴れて卒業となった時は還暦目前だった。
 学習するということは、損得、欲得ではなく、自分を向上させたいという願いだから、やりたくない人に薦めるつもりなど全くない。

 しかし、少しでも自分を向上させたいという気持ちがあるなら、損はない。
 学歴詐称などということで世間をお騒がせしている人がいるが、卒業していなくて、卒業したというのは酒の席なら許されるが、公職にある人は通用しない。
 通教だって、卒業証書が一般学生と変わらないと耳にしたことがあるくらい、大学では卒業生を差別していないみたいだ。
 何の世界でも同じかもしれないが、卒業となると大変である。
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2025年04月12日

『35年目のラブレター』

 月に一度の映画館行き、4月は塚本連平監督、笑福亭鶴瓶主演『35年目のラブレター』を観てきた。

 古都奈良の街を舞台に、貧しい家庭で育ち、学校に通えなかったことから読み書きが不自由な男性が自分を支えてくれた連れ合いへの感謝の気持ちを込めたラブレターを渡したいと結婚生活35年、60代半ばから夜間中学に通い、約束のラブレターを渡せるまでに読み書きができるようになる。西畑保さんの実話を基にした心温まる作品である。

 
 語り継ぐ戦争をメインに犯罪被害者支援などを訴え、発信してきた立場から、読書家には遠く及ばないがそれなりの書物をを買い求めて読んできたし、池波正太郎さんのようなシネマディクトと呼ばれる人たちにも遠く及ばないが、月に一度は映画館に行き、ドキュメンタリー作品などを観て勉強させてもらっている。
 さらに、仕事などで経験してきたことをプラスして、振り返ってみれば、読み書きが不自由だと想像を絶する辛さがあるだろうと推察する。

 読み書きが不自由な人など学びたい人が学べる夜間中学のことを描いた1993年公開の山田洋次監督の『学校』を観て、中高年まで読み書きができない男性が一念発起して、夜間中学に通い、読み書きをマスターしようとする姿勢に心を激しく揺さぶられた。

 今、文科省の学校教育がいじめなどで崩壊し、不登校の児童生徒が23年度で全国で34万人だと伝えられている。
 学校に行かないで、勉強もしなければ、読み書きに不自由することはわかりきったことである。
 だから、夜間中学などの必然性が高まってくるのだ。
 
 しかし、普段の生活で、身近にいる人が仮に読み書きが不自由であっても隠しているから、不自由な人の存在すら忘れられているに違いない。

 読み書きが不自由であることを告白してくれた女性とおつきあいがあった。
 彼女は結婚しているので、連れ合いが彼女の手になり、病院や役所など、文字を読んだり、書いたりする場所には連れ合いに同行してもらって書いてもらっているが、つらそうな表情で告白してくれた。

 もう一人は、糖尿病で目が不自由だからということで、同行して必要事項を代筆したが、目が不自由だというのは事実であることは間違いないが、信州の田舎で貧しい家庭に育ったという出自から、学校に行かれなかったこともまた耳にしていたから、自分の名前はともかく、読み書きに不自由だった可能性が高い。

 まあ、相手の嫌がることはしない、聞かない。というのが自分の生き方だから、詳しいことを尋ねたことなどあるわけもない。

 毎日、短文というには結構長い文章になっているが、書くことがストレスの解消でもある自分から見て、読めない、書けないということは想像を絶する。
 小学生の時から、購読していた読売の「人生案内」を読んでいたくらいで、学校の勉強では大したことがなかったが、国語辞典や百科事典が大好きだったくらいだから、読み書きは好きだった。

 映画では「辛」という文字と「幸」という文字の違いのことを感動的に取り上げていたが、夜間中学で学ぶということは素晴らしいことである。

 因みに、学生時代全共闘運動で学校が休みのことが多かったが、卒業はさせてもらっている自分は退職後、通教で学び、卒論を書いて卒業していることを誇りに思っていたが、上には上がいて、歌い手のビッグネーム松田聖子さんは自分の後輩であるが、彼女は高卒でありながら見事、通教を卒業しているのだ。

 人間やる気になればできるのだ。
 読み書きができないことは恥でもなんでもない。いくつになっても勉強すればいいだけのことである。

 この映画を観ることをお薦めしたい。
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2024年12月24日

教員「心の病」休職7119人 3年連続最多更新

 うつ病などの「心の病」が原因で、2023年度に休職した公立の小中高校などの教員が過去最多の7119人に上ったことが20日、文部科学省の人事行政状況調査でわかった。前年度から580人増え、初めて7000人を超えた。休職者の増加は教員不足にもつながり、深刻な状況となっている。と12月21日の読売が伝えている。
 要因は「指導」が最多26%。年代別では、30〜40代が多く、限界となっていることがわかった。

 一方、児童生徒らへの性暴力や同僚らへのセクハラで処分された教員は、前年度比79人増の320人で過去最多となった。このうち、子どもへの性暴力やセクハラで処分された教員は前年度比38人増の157人だった。中学校が67人で最も多く、高校が46人、小学校が35人。世代別では、20歳代が73人で最多となり、次は30歳代の41人だった。


 1964(昭和39)年10月に東京五輪が開催された翌年の夏のことだった。
 召集され、南方のスマトラ島に派兵されたが、生き残って広島の宇品港に引き揚げてきた生命力があった父親が20年も経たないうちに病死した。

 父親は小学校の教員だった。 
 夏休みの夜、多量の血を吐き、救急車で病院に運ばれたのだが、手術する前は元気だったにも拘らず、術後、意識不明となり、数日後亡くなった。
 当時、輸血をすると、信じられないことだが、その分の血液を返すことを求められたのだ。家族は困ったが、父の昔の教え子が奔走し、献血者を集めてくれたお陰で無事、血液を返還できたことを思い出した。
 さらに、数10年後、教え子たちの有志だろうか、父親の墓参りに来てくれた時は本当に驚いた。

 さて、教員が「心の病」で休職に追い込まれている数が7000人を超え、3年連続最多を更新しているという。
 働き盛りの30〜40代が多く、働く限界となっているとも。
  
 時代は変わったのである。
 50年前と比較しても意味がないが、不登校が激増し、いじめも一向に減ることがなく、旭川事件のような悪質かつ刑法犯で逮捕されなければならない殺人事件のようないじめ事件すら起きている。
 教員のオーバーワークもあるだろう。

 原因がどこにあるのか有識者でも、明確に答えることが難しそうだが、学校教育が曲がり角に来ていることは確かである。

 教員のなり手が減っているわけだが、解決策を見出せそうにない。
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2023年12月26日

「パパが教えてくれた大切なこと」

 地域の安全を守る警察官とのふれあいや思いをつづった第32回 全国小学生作文コンクール「わたしたちのまちのおまわりさん」の受賞者が決まった。
 2023年は全国から4347点の作品が寄せられ、うち42点が内閣総理大臣賞などを受賞した。と主催する読売が12月20日の特別面で伝えている。

 低学年の部鷹取遵さん(兵庫加西市立宇仁小1年)「おまわりさんのパパがおしえてくれた大切なこと」が内閣総理大臣賞を受賞し、紹介されていたが、親の教育、素直な子どもの心情が伝わってきて書いておきたくなった。

 交通機動隊で白バイに乗っている父親は、交通事故の現場で子どもが亡くなり、嘆き悲しむ親や家族の姿をみている。
 小学校1年生の遵君は自転車が好きで少しずつ危ないことにもチャレンジしたくなる年頃だ。
 夏休みのラジオ体操の帰り道、友達に誘われ、坂道を自転車で下る遊びを楽しむ。
 スピードが出て、少し怖いし、その分楽しいからだ。
 ところが、このことを知った父親から叱責されるのだ。
 道路で遊んではいけない。お父さんは仕事で子どもが交通事故で亡くなり、家族が悲しむ現場を何回も見ている。と注意されたが、「友達に誘われた」と言い訳をし、父親の剣幕が怖わくて「ごめんなさい。もうしません」と素直にいえなかった。
 すると父親は「お友達が間違ったときに注意してあげるのが本当の友達だよ。楽しいことに流されて一緒にやったらだめだよ」と諭すのだ。
 翌日も友達から坂道下りあそびに誘われたが、父親に注意されたことを念頭に「危ないから、やめよう」というのだ。
 そして、注意されたときは言えなかったけれど、「道路で遊ばない。飛び出さない」と約束するのだ。


 警察官の不祥事が全国の警察で掃いて捨てるほど起きている。
 警察への信頼が地に堕ちてしまっているが、多くの警察官は市民の生活を守るために日夜頑張ってくれている。
 鷹取君のお父さんも交通機動隊で白バイに乗って、交通事故防止に貢献してくれている。
 白バイといえば、正月恒例の箱根駅伝のとき、40年以上沿道に立ち、追っかけ応援をしてきたとき、選手を先導する役目を果たす白バイの警察官の仕事も応援してきた。
 正月早々、大変だと思ったが、よく頑張ってくれていた。
 住んでいる街が比較的犯罪が少ないのは、警察のパトロールなども功を奏しているからかもしれない。

 鷹取君は白バイに乗るお父さんを自慢したいくらい尊敬していることだろう。
 注意されたときは素直に「ごめんなさい」が言えなくとも、友達から坂道下りあそびに誘われたとき、父親の注意を思い出して、「危ないからやめよう」と言えた。
 直接言えなくとも、父親への感謝の気持ちを込めて作文にしているのは、父と子の愛情が伝わってくる嬉しい話ではないか。

 家庭崩壊している話をよく耳にするが、真面というか、普通といえばいいのか、父が子どもを諭し、子が父の言うことを守るという、教育的な観点から言えば、理想的なやりとりで、大いに参考になった。
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2023年12月10日

東京都江戸川区立小松川中学校夜間学級

 「SDGs@スクール」というタイトルに「夜間学級 世代・国籍超え学ぶ」「昼間部の生徒と部活動や行事」という見出しで、12月6日の読売(高貝丈滋記者)が東京都江戸川区立小松川中学校で学ぶ生徒のことを伝えている。
 SDGsとは持続可能な開発目標ということらしいが、この学校は二つの中学校と夜間学級、特別支援学級が統合して2023年の春誕生した。
 夜間学級と中間部の生徒が一緒に部活動や行事を行っている。
 夜間学級には、様々な事情で中学校に通えなかった人や外国籍の人など、10〜80歳代の37人が通う。
 「学びたい」という気持ちが世代や国籍を超えて全員を結びつけている。

 紙面に紹介されているのは夜間学級1年の佐藤紀樹さん(53)。
 勉強が嫌いだったが、学校の配慮で中学校は卒業できた。15年前、トラック運転手として働いていたとき、新聞の活字が読めず、小学生の娘に「お父さん、漢字大丈夫?』と心配されたことを契機に「学び直す機会があれば」と思い始めた。
 2年前、脳出血で8か月間寝たきりで過ごした後、右半身が不自由ながら歩けるようにはなった。
 2015年に中学既卒者でも夜間学級に入学できるようになっていたことを知る。
 通いたいと口にすると「今さら行ってどうするの」と妻は否定的だった。
 それでも、入学後、夜間中学校の体育大会に妻が姿を見せ、玉入れで頑張る佐藤さんに拍手し、「きちんと卒業しなさいよ」と励ましてくれた。
 この秋、佐藤さんは、所属するSDGs部で昼間部の生徒と一緒にパンジーの植え付けしている。


 山田洋次監督『学校』で夜間中学のことを取り上げていた作品を観ているので、夜間中学のことは知っていた。
 漢字が読めないといえば、文字が書けないことをコンプレックスとして抱えていた女性を知っている。
 今時、と考える人がいるかもしれないが、学校に行かれなかった人がいるのだ。
 だから、病院に行くとき、ご亭主に「一緒に行ってもらうのだ」と恥ずかしそうに言っていた。
 もう一人の女性は糖尿病だったかで、視力が低下し、病院に一緒に行き、診察の申し込みを書くとき、字が見えないから「書いて」とお願いされたことがあるが、この人ももしかしたら、字が書けないことを隠していたかもしれない。
 二人とも若い頃貧しかったらしい。

 夜間中学で学びたいという人の気持ちを自分は理解できる。
 団塊の世代の一員としては、若い頃、全共闘運動の全盛期だったから、学校にも行かず、勉強もきちんとやってこなかったが、とりあえず卒業はさせてもらったことが自分の負い目になって生きてきた。
 50代半ばを前に、病気加療を理由に早期退職し、通信教育ではあったが、大学に行き、卒論も書いて、何とか卒業できた。このとき、還暦を迎えていたが、達成感があって気分がよかったことを思い出す。

 読み書きどころか、話せない中国残留孤児と呼ばれる人たちのことも知っているが、子どもたちは日本語学校で日本語を覚えすぐに日本に馴染んでしまうが、親世代は言葉を覚えられないので、団地でひっそり暮らしていた。

 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で全国の慰霊碑を周っているとき、近くに遊女、女郎と呼ばれし女性たちの慰霊碑や墓碑があれば、必ずお参りしてきた関係で、彼女たちの中にも、学校に行かせてもらえず、文字が書けない、読めない人が少なからずいたことを知っている。
 文字が読めない、書けないということは想像を絶するほど辛いことだということを知ったのは、実際に文字が書けない女性と接したからにほかならない。
 
 夜間学級は勉強するときの一つの機会として素晴らしいもので、やる気さえあれば、勉強はできると声を大にして言いたい。
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2023年11月27日

小中高生の自殺514人 過去最多に

 11月27日今朝のマイあさラジオで「“指導死”を問い続ける中で」というタイトルで小中高生の自殺の問題を取り上げていた。

 「抱える孤独 若者の自殺増」「小中高生 過去最多に」「SOS受信 大人側強化を」「悩む女性の居場所開設」という見出しで11月23日の読売(山口博弥解説員)がなぜ若者の自殺は増えているのか、対策に実効性を持たせるポイントは何か解説している。

 日本の自殺者は2003年の3万4427人をピークに減少し、2万人台で推移していたが、2022年は男性が13年ぶりに増え、女性は3年連続の増加となった。
 小中高生の自殺は514人。初めて500人を超え、統計開始以降最多となった。大学生と専修学校生を含めると1063人に上る。

 日本自殺予防学会理事長張賢徳医師は、「コロナの影響が大きいが、日本の若者は、幸福感や自己肯定感が他国より低いという調査もある。若者が将来に明るい展望を持てる社会を作らねばならない」と訴える。

 政府は6月、子どもの自殺対策の緊急プランを打ち出した。各省庁は来年度予算の概算要求に様々な対策費盛り込み、年末にまとめる子ども対策の基本方針「こども大綱」にも対策が明記される。


 若者の自殺といえば、以前から関心があったが、2023年の春、親族の30代の青年が自殺してしまったことから、激しく心を揺さぶられた。
 死ぬ前に自分に相談してくれれば、死ぬことにならなかったであろうと思っているが、相談できる間柄とはなっていない。つまり、それほど親しく話したことがなかったのだ。
 推測するに彼は二人兄弟の弟で兄は優秀で、就職先も超一流の正規社員。一方の弟は勉強は好きではなかったらしく、大学には行かず、調理の仕事を選択し、非正規雇用で働いていたが、実家を出て、1人暮らしを続けていた。
 社会の問題、課題を取り上げて、解決すべく発信してきた立場からみれば、新自由主義社会で生きる希望を持てなかった典型であろうと推測する。

 自殺者が年間3万人もいて、減少したといってもまだ2万人もいるという国はどう考えても政治がよくないからではないのか。
 特に小中高生が年間500人も自殺してしまうなんて日本はどうなってしまったのだ。
 女性が3年連続増加しているというのも怒り心頭である。
 いずれも国の宝なのにこの世の中に絶望したから自ら死んでいったのではないか。

 異次元の少子化対策を語る前に小中高生514人が自ら死を選ばなくともすむようにしてやるべきではなかったか。
 自分の親族の青年は両親はいるし、母親は「あの子は大丈夫」と言い、心配している様子にはみえなかった。
 
 しかし、死を選んだということは孤独が理由か非正規雇用が理由か定かではないが、悩みが高じてうつ病を患っていたような気がしてならない。

 30代の青年といえば、自分が相談相手をしていた統合失調症で天涯孤独のあの青年を思い出す。
 毎日のように電話をかけてきて、「死にたい」と訴えてきたが、自分で死ななくとも、生まれてきた以上いつか必ず死ぬから、自分から死んではダメだ」という趣旨の話を繰り返し説得していた。

 小中高生の場合、いじめで自殺を選択してしまう子どもが後を絶たない。
 教員は守ってくれないが、親は子どもを守ってやらなければならない。
 だから、いじめられたら学校に行かせてはならないのだ。

 語り継ぐ戦争では、特攻隊員、特攻兵器として若い人たちが死ぬことを求められた。
 ところが、戦争が終わってみれば、命令した側はちゃっかり生き残っていたではないか。

 自殺を考えている人たちよ。
 人間は生きているだけで素晴らしい。
 死んではいかんのだ。
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2023年11月17日

全く反省のない宝塚 いじめ認めず、死者は浮かばれず

 宝塚歌劇団の宙組劇団員が自殺(警察の見方)した問題で、11月14日、宝塚歌劇団が記者会見を開いた。遺族側弁護士川人博さんはいじめを認めなかった外部調査委員会は宝塚が依頼した弁護士事務所のメンバーなどでそもそも第三者による調査委員会ではないと批判を強め、このことをメディアは何故、放送しないのかと、宝塚のいじめによる生徒の自殺問題への報道のあり方まで指摘していると伝えられている。

 時を同じくして、「救えぬ命 いじめ防止法10年」というタイトルで11月9日から上中下と読売がいじめ問題に取り組む報道をしていた。
 「SOS 動かぬ学校」「絶望『誰も守ってくれない』
」「SNS 容赦ない中傷」「大人の目 届かぬ間に拡散」「放置・歪曲 教委に不信」「身内意識 調査の壁」という見出しで伝えるものは、「いじめ防止対策推進法」ができても、いじめに対する有効な手が打てない、学校や教委の関係者に子どもの命を守るという姿勢が欠けていることで、当事者は誰も守ってくれないと絶望し、自ら死を選ぶという状況がちっともかわっていないということ。
 文科省の調査によれば、小中高生のいじめによる自殺者は22年度だけで5人。この10年間で少なくとも85人に上る。
 
 人心の荒廃という言葉がある。
 いじめがいつの時代でもあったことはわかりきったことである。
 いじめが一番酷かったのは語り継ぐ戦争の立場から伝えてきた戦時中の旧日本軍で、陸軍が新兵を教育する内務班におけるいじめや海軍の船の中での新兵いじめである。

 その旧日本軍の悪しき伝統というか、縦社会における上からの命令は絶対という組織におけるいじめが戦後もずっと続いてきた。
 自衛隊、警察、消防、中高大学と続く運動部、大相撲そして宝塚である。

 ここに風穴を開けたのは大相撲の時津風部屋における力士リンチ殺人事件で、まず、旧軍そのままのような相撲部屋が事件後風通しがよくなった。
 それが証拠に、相撲部屋の土俵にあった力士を殴るための竹刀やゴルフクラブが撤去された。

 旧軍の伝統を受け継ぐ自衛隊では、隊員に対するセクハラを告発した勇気ある女性によって、セクハラ、パワハラをなくそうという機運が高まっているが、道半ばである。
 
 警察では、時々、いじめられた警察官が拳銃自殺しているが、体質は全く変わっていない。それでも、セクハラ、パワハラが告発されれば、加害者には厳しいペナルティが待っていることにはなってきた。

 運動部でも、鉄拳制裁というかビンタなど日常茶飯事だった東京六大学の明治大学野球部が先輩後輩和気あいあいとやっていると耳にする。

 つまり、セクハラ、パワハラなどいじめを追放しようという機運が盛り上がっている。
 悪質ないじめは犯罪であり、警察への通報を徹底することがいじめ防止に欠かせない。

 宝塚が記者会見で顰蹙を買ったのは、自らの命を持って抗議した女性徒に対し、口先だけで心から謝罪する気持ちがないということで、親会社の阪急電鉄の姿勢が問われることになるということがわかっていない。

 現在の経営陣は総退陣し、出直さなければ、宝塚が復活することはないだろう。
 人の命を重く考えないで、歌劇でもないではないか。

 学校でもいじめは、教員や教委に子どもの命を守る姿勢がない以上、親が子どもの命を守ってやるよりない。

 親はわが子がいじめられているか日頃から把握することに努め、いじめられていることがわかったら、直ちに学校に行かせないようにし、子どもの命を守ってやらなければならない。

 「誰も助けてくれない」と絶望する子どもを助けるのは親の役割だ。
 学校など行かなくとも、勉強さえすれば、道は開ける。人生だってどうにでもなる。
 
 とにかく、死を選ぶ前に、その環境から逃げ出させることだ。
 生きて入れば何とでもなる。
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2023年10月04日

不登校過去最多の約29万9000人 居場所作り急務

 学校現場の様々な課題を把握するため、文部科学省が実施する「児童生徒の問題行動・不登校調査」の2022年度の結果が判明した。
 不登校の小中学生は過去最多の約29万9千人。前年度比22・1%の大幅増となった。うち学校内外の専門機関に相談していない児童生徒も過去最多の約11万4千人。
 いじめは小中高などで約68万2千件が認知され、被害が深刻な「重大事態」は923件。いずれも過去最多だった。と10月3日の朝日のDIGITALが伝えている。

 不登校問題の解決に力を入れてきた読売は時の課題を解決するため有識者などに訊く優れた連載「あすの考」でも9月17日の紙面で取り上げている。

 「不登校の児童生徒の居場所作りが急務」「『無理に行かなくていい』広がる」「36%が無支援 相談体制整備を」という見出しでこばやしゆういち記者が取り上げ、一人ひとりに合わせた寄り添った対応が求められていると記者の立場から解決策を提起していた。

 さらに、9月26日から28日まで上中下3回、「不登校を考える」をテーマに奈良女子大学教授伊藤美奈子さん、大東文化大学准教授山本宏樹さん、NPO法人全国不登校新聞社 代表理事石井志昴さんに「チームで生徒とつながる」「孤立させないことが急務」「『受け皿』広く周知して」とそれぞれの処方箋を語ってもらっている。


 団塊の世代が小中学生の時は、児童生徒が滅茶苦茶多くて、不登校の児童生徒がいたような記憶はない。
 ただし身近で不登校に苦しんでいる姿を見てきたので、外野席というわけではなかったから自分なりの解決策について、しばしば書いてもきた。
 不登校=いじめが原因とは限らないのかもしれないが、一般的、かつ身近における原因はいじめだったから、まずは、いじめられないように学校には行かせなかった。
 自分は父親も母方の祖父も、その先祖も教育に関わる仕事をしていたが、学校、教員、教育委員会の職員など全く信用していなかったし、信頼もしていなかった。
 子どもを守るのは親の務めで、自殺させないようにすることが第一で、学校なんか行く必要すら感じなかった。
 ただ、自分の人生を振り返ってみればわかるが、勉強だけはしなければ話にならないので、塾の指導者を頼り、塾を居場所にさせてもらった。
 ために、カネは二人分否それ以上の教育費がかかったが、そんなことは全く問題ではなかった。
 塾で勉強を続けたから、内申書なしの実力試験で高校にも合格したし、大学にも合格することができた。
 ただし、高校になれば、通信制或いは不登校だった生徒たちの居場所的な高校、フリースクールがあるし、高校卒業程度認定試験に合格することなどで、高卒資格は得ることができる。

 有識者がいろいろな立場から不登校について語っているが、当事者ともなれば他人事ではない。一人の人間の人生に関わってくるからそれだけ真剣である。
 その経験から、孤立させないこと、居場所が必要なこと、勉強だけはできるように環境を整えてやることが親の役割ではないか。
 現実は親の経済力などから、転校や塾を居場所にすることなどできないという人が少なくないかもしれない。
 それでも、自殺しないように命を守ることを第一に、孤立させないため、親もしくは誰か話を聞いてやる立場の人が欠かせない。

 約30万人も不登校児童生徒がいるというのが最新のデータであることから、いつ、誰の家族がその仲間になるかわからない。
 それだけに、ひとり一人に寄り添った支援が欠かせない。
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2023年10月02日

全寮制国際高校 UWC ISAKジャパン10年目

 世の中のその時々の課題について、有識者にその考えを訊く。読売の優れた連載「あすへの考」。その9月24日はユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事小林りんさん(48)が全寮制国際高校ユナイテッド・ワールド・カレッジ(uwc)ISAKジャパンが開校10年目を迎え、教育の多様性こそ、変革の源ということで、停滞する社会に変革をもたらす「チェンジメーカー」を育てる鍵になると説く。

 緑あふれる軽井沢のキャンパスに集う生徒の多くは、米国のエール大学やプリンストン大学など有名大学を含む海外の大学に進学する。一部は日本の大学にも進学するが、起業したり、海外のIT企業で活躍したりする人もいる。
 入学者は小論文や自己アピールの動画、面接、高校の推薦状などで選抜し、志願倍率は5〜6倍。英語力よりも自ら課題を見つけ「問い」を立てる力があるか、自分と異なる考え方にも関心を持っているか、困難なことに挑む姿勢があるかなどを重視する。

 国内のインターナショナル・スクールの多くは各種学校の扱いだが、正式な日本の私立高校として認可されている。
 1年生は国語や体育の授業を受け、「武道」として空手も学ぶ。3年生は国際的な大学入学資格となる国際バカロレアのプログラムが主体となる。
 2017年からはUWCに加盟し、留学生の出身国・地域がさらに広がり、各国の選考を突破した優秀な生徒が集まっている。
 生徒は女子を教育から締め出すアフガンや戦時下のウクライナからも。教室は世界の縮図。

 教育の多様性の広がりが、社会や経済の成長にもつながることを多くの人に知ってもらいたいと願っている。と結ぶ。


 「米百俵」の故事で知られる長岡藩の小林虎三郎。
 北越戦争に敗れ、貧窮していたとき、見かねた支藩三根山藩」からの支援として米百俵が届く。これを藩士に配らず、売却して、学校の建設に充てるのだ。

 国づくりは人づくりという言葉があるが、人材こそ国の宝である。
 語り継ぐ戦争では、この国の宝を殺害したのが20世紀のソ連の悪魔殺人鬼のスターリンだ。
 ソ連に逆らえないようにポーランドで22000人、もしくは25000人の前途ある有為な人たちを捕まえ、カティンの森で虐殺したのである。
 21世紀のヒトラー+スターリンこと悪魔殺人鬼のプーチンは、ウクライナに侵略するや占領地の子どもを誘拐し、ロシアに連行して、洗脳すべく抑留した。

 私事で恐縮であるが、先祖が寺子屋の師匠をしていたことで、近隣の貧しき住民たちから、敬愛されたかして、石碑が建てられ、本家の広い屋敷の一角に鎮座している。
 寺子屋というくらいだから、寺の境内に石碑が建立されたが、時の流れとともに本家の屋敷に移転したということになる。

 母方の祖父は校長で、父親は病死したとき、小学校の教頭だった。
 父親が病死した時、1965年8月、夜中に多量の血を吐いて入院し、動脈瘤破裂だとかで手術したが、そのまま意識が戻らなかった。
 手術で使った血液を返せと病院から請求され、困っていた家族に父親の教え子たちが自分たちの血液を提供してくれたのである。
 教育者ってすごいなと今思う。
 先生が嫌いだったら、自分の血液など提供してくれるわけがないからだ。

 小林りんさんは日本の宝だ。
 各国から留学生を集め、親日の人たちを増やせば、将来の日本の安全保障のために投資されているようなものではないか。
 日本で優秀だとされている財務省の役人は増税することばかり考えていて、定年後の天下りとか自分のことばかり考えている身勝手な連中で、国を少しでも良くしようとは考えていない。
 世の中を佳くしようとする人たちが一人でも増えるような教育機会を提供できるようになってほしい。
 自分の知人の娘さんと連れ合いの娘さんが米国に留学していて、連れ合いの娘さんは中国人と結婚してニューヨークにに住んでいる。
 知人の娘さんは新潟の男性と結婚し、新潟で暮らす。

 これからは、小林りんさんのような考えでできた学校がもっと増えていくことを期待したい。  
posted by 遥か at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育