2026年06月16日

治水に「雨庭」内水氾濫防ぎ環境保全も

 雨水を地面に掘った穴に一時的にため、地中にゆっくりと浸透させる「 雨庭 」の整備を、都内の自治体が進めている。排水できずに側溝などからあふれる「内水氾濫」を防ぐのが狙いだ。自然が持つ治水機能を活用した「グリーンインフラ」と呼ばれる手法で、環境保全にもつながると期待されている。と6月9日の読売(宮川徹也記者)が伝えている。

 武蔵野市は2月、市内のみやび青葉公園の側溝脇2か所に雨庭(計26u)を設置した。同公園は周囲の住宅地よりも低い地域にあり、過去には雨水が大量に流れ込んで内水氾濫が発生し、周辺道路が冠水する被害が相次いでいた。

 都も雨庭の導入を後押ししており、2024年度から、30u以上の雨庭や道路の緑化などに取り組む民間業者に、最大1000万円を補助する事業を始めた。2025年度は、こうした補助を活用し、大学やビル、ホームセンターの敷地内など計19か所に雨庭などが整備された。

 各自治体は、住宅の屋根に降った雨水をためる「雨水タンク」の普及にも力を入れている。


 わが家は最寄り駅から遠く、鉄道を使う時は駅まで車で行き、有料駐車場に車を置く。
 広くもない庭に子ども頃から池があり、壊れていたため、何のためにあるのかと思っていたら、台風や大雨のとき雨水がたまる貯水池の役割りをしてくれたので水害からわが家を守ってくれていると教えられた。当然、池はそのまま存在していた。
 溜まった雨水は近くにある井戸や地中に徐々に浸透し、自然の力の偉大さを痛感させられていく。

 ところが、自分の愚かさから、庭の池を埋めてしまったところ、雨が降ったら、大げさでなく海のようになってしまったのだ。
 というのも、隣の道路がいつの間にかわが家の敷地より高くなって舗装されていたから、雨水の逃げ場がなくなってしまったからだ。
 庭木の刈込でお世話になっている植木職人に庭に3か所穴を掘ってもらったが、大雨のとき対応できず、大弱りだった。
 仕方なく、おつきあいのある水道の設備工事店に頼み、排水路を設置してもらい、床下浸水の心配がなくなっている。

 「治水に『雨庭』じわり浸透」という見出しの記事を見つけ、わが家で実践したことを自治体が災害対策としてやっていることを知り、なんだか嬉しくなって書いてしまった。

 わが家はご先祖のお陰で広くないとは言うものの池があるくらいの庭があったから、治水対策として、壊れた池を使うという合理的なことを実践していたが。その有難みを忘れ、池を解体して埋めてしまったことから、雨水の逃げ場がなくなってしまったのだ。
 道路が高くされてしまったのは、隣地のアパートを建設した頃からのことで、過去のことをとやかく言ってもどうにもならないし、自分の家の敷地を高くすることは新築時ならやれるだろうが、普段できるわけもない。

 とにかく、たかが雨水ではないのである。
 わが街では相変わらず、新築の住宅の建築が続いているが、そのほとんどが庭がなく、駐車スペース2台でコンクリート舗装しているから、土がない。
 
 都市部に緑がなくなり、土がなくなってしまうと夏の暑さは半端ない。
 このまま、こんな街づくりをしていると、夏の暑さ、先が思いやられる。
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2026年02月27日

見えない脅威 下水管腐食 道路崩落

 急速に進む少子高齢化と人口減で国の活力低下への懸念が高まる中、様々な危機にどう立ち向かうべきか。まず老朽化する「インフラ網』のクライシスを考えていく。というリード文で2月25日から「ニッポンクライシス」というタイトルで読売が連載を始めている。
 第1部「インフラ」1⃣ で、「見えない脅威 足元崩落」「下水道管腐食『想定外の速さ』」という見出しに1月9日、新潟県東区で起きた道路崩落現場の写真で、いつ、誰が、どこで運転中の転落事故に巻き込まれないともかぎらない怖ろしさを伝えている。

 下水道管腐食の脅威を見せつけたのが、2025年1月、埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故だった。
 破損した敷設42年の下水道管内では、極度に腐食する「50ppm」を上回る高濃度の硫化水素が滞留。硫化水素が有機物を分解する際発生する気体で、空気に触れて硫酸となり、コンクリートを腐食させ、陥没発生時厚さ約50aのコンクリート製管路が同10a前後まで消失していた。

 事故原因は、県の管理体制の不備で、調査をし、腐食が進んでいることが分かっていながら、判断ミスがあったことと、硫化水素に詳しい専門家がいなかったことで、このことは国が手助けしなければ、対策ができないことを証明している。

 国土交通省によれば全国5000`の敷設30年以上の大型管路で実施中の特別重点調査では、2025年9月末時点で75`が1年以内の修繕や更新を要する「緊急度1」と判定された。


 自民党高市政権は80兆円という天文学的な高額を米国のトランプ大統領のご機嫌伺いの貢ぎ物として米国に投資することを表明している。
 親米派、米国隷従、反日、反社の旧統一教会の支援を受けている自民党議員でも、右寄りだとされているが、愛国という気持ちを全く持ち合わせていない親米派の政権では、選挙の時のキャッチコピー「ニッポンを強く」なんてできるわけがない。
 80兆円も投資する前に、道路が崩落、陥没する前に下水道管を調査し、危ないところは修繕してもらわなければ安心して車にも乗れない。

 道路の崩落を未然に防ぐ工事といえば、公共工事だから、当然、利権が絡むことになるが、それでも、維持管理のために工事を進めてもらう必要がある。

 埼玉県八潮市の道路陥没事故の想像を絶する酷さで自分の住んでいる街は大丈夫かなと心配になってしまう。
 軽トラしかほとんど運転しないから、運転を仕事にしている人たちとは心配すると言っても程度が異なるにしてもだ。
 運転を仕事にしている人たちといえば、宅急便などの運送業やタクシーなどは運転を止めるわけにもいかず、こちらは忙しくて、そんなことを考えている暇もないにちがいない。
 
 人は誰でも、自分だけは大丈夫と思いたいから、願望で大丈夫だと思い込んでいるのだろうが、八潮の事故の運転手のことを想像してみれば、どれほどの恐怖だったことか。

 74歳だったという彼は、この年齢で働く必要があったから働いていたにしても、2025年元旦には「正月を無事迎えられたな!」と思ったに違いない。ところが思いがけない事故にまきこまれたのは1月28日のことなのだ。
 人間いつ死ぬかわからないにしてもである。
 運転中の交通事故というのは誰の身にも起こりうることだとしても、まさか、道路が陥没するとは想像すらできないからだ。

 原因となっているのが下水道管の腐食で、腐食させたのが、硫化水素で、その硫化水素があの恐ろしい硫酸を作り出し、コンクリートを腐食させたというのだから対策として、素人に考えられるのは、硫酸というくらいだから、酸性だろうから、中和させたらいいのかもしれないなどと思ってしまった。

 硫化水素といえば、法医学的にみれば、犯罪にも使われるくらい怖ろしいもので、箱根の大涌谷に行けば、その恐ろしさがよくわかる。
 人間なんてひとたまりもないほどの猛毒だから。

 台湾有事は中国の内政問題にしか過ぎないにもかかわらず、国会答弁で恣意的にあたかも日本の有事であるかのようなことを発言し、中国との関係を悪化させたことを愚か者たちは、中国に強く出たと大喜びしていたようだが、こんなパフォーマンスは軍事費を増強しようとする企みにしか過ぎない。

 軍事費を増やす前に、下水道管の敷設による崩落、陥没事故を防止するための工事が先だ。
 別の機会に書くが、橋だって、トンネルだって古くなれば危ないではないか。
 軍備を増強している場合ではない。
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2026年01月09日

クマ食害 特産品も 新年も出没続く

 クマによる人身被害が相次いだ2025年は、特産の農畜産物への被害も広がった。国は予算を計上して、畑への侵入を防ぐ電気柵の整備などを支援するが、経済的打撃は深刻だ。従来なら冬眠に入っているはずのクマの出没は新年に入っても続く。農家らは「味を覚えた個体がまた来るのではないか」と気をもんでいる。と1月5日の読売(児玉森生記者)が伝えている。

 山形県上山市の果樹園では、5月下旬。まずサクランボが食べられ、秋には洋ナシの被害が深刻化。青森市のリンゴ農家の畑でも、8月末頃から 早生種「きおう」が狙われ、新潟県小千谷市では「泳ぐ宝石」と呼ばれるニシキゴイが襲われた。山形県小国町でも「やまがた地鶏が、秋田県大館市では鶏舎内で比内地鶏が狙われた。

 環境省によると、農業被害などを起こしたクマを捕らえる「許可捕獲」も2025年10月末時点で過去最多の9867頭(速報値)に上った。


 人間の世界では独裁者による覇権主義わかりやすく言えば帝国主義の時代になって、自由と民主主義は風前の灯となってしまった。
 米国、中国そしてロシアの三強のやりたい放題が始まった。
 国連は全く機能せずというよりも、その有力なメンバーである三強がやりたい放題だから、もはやどこの国も止めることはできない。しかも、国連のカネを国力に見合って分担していた米国は自国のためにならない組織にはカネを出さないと表明している。

 さて、獣たちに目を向けると、日本という島国では、天敵がいない一強のクマがやりたい放題でとうとう人間をエサと見なし襲って食べてしまうということで、自宅の庭でクマに襲われるという人間にとって獣害という名の災害が起きている。

 クマに天敵はいなくとも、人間をエサと見なすという人間に対する全面戦争を仕掛けてきたクマもこれからは大変だ。
 マタギという名の猟師を相手にしているだけなら、彼らはクマをすべからく殺すなんてことはしないが、クマに顔をやられた人間、食われた人間、愛犬の柴犬を食われた人間の怒りの鉄拳を受けるクマの前途は多難である。
 ライフルで武装した警察や自衛隊が相手として登場したからには、人里に出てくれば、皆殺しだと人間は怒り狂っているからクマも非常事態だ。

 クマも山に戻り、里に降りてくるときは命がけである。
 見つけたら殺すと人間が猟銃だけでなく、ライフルで武装しているということだから最早、人間を甘く見ない方がいいだろう。

 非武装の時は、人間はクマを恐れていたが、やはり、人間は怖ろしいということをクマも学習したのではないか。

 人間界で一番やりたい放題の米国のことは、彼らがやってきたことからして、驚くに値しない。
 原住民をインディアンと呼び、得意の二枚舌で武器を売り、騙して殺し、居留地に追い込んで自分たちの国を作った先祖が作ったのが米国ではないか。
 アフリカから奴隷を連れて来て、人種差別で繁栄したのも米国の特色で、日米戦争では、真珠湾を攻撃した日本に百万倍返しで原爆を二度も落とし、空襲、空爆で東京など都市を焦土にしてくれたのが米国だ。

 クマには対峙できる警察や自衛隊がいるけど、米国を止められる国は思いつかない。
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2025年12月30日

柴犬がクマに食われ、事の重大さを知る

 25日午前9時半頃、宮城県大崎市古川北宮沢の民家で、住人から「庭で飼っている犬をクマがくわえて逃げた」と県警古川署に通報があった。と10月25日の読売が伝えていた。
 発表によると、クマは体長約80センチで、同約50センチのシバ犬を近くの森に連れ去った。同署員が駆けつけたが、いずれも行方は分かっていないという。現場は住宅が点在する田園地帯。


 2025年も晦日になってしまい、来る年を前に行く年を振り返ってみた。
 2025年に最もインパクトがあったのは各地でのクマに人間が顔を滅茶苦茶にされたり、食い殺されたりした事件である。これはもう災害レベルだから、その証拠に秋田では自衛隊に出動要請があったし、警察庁だってライフル銃を装備した警官隊による狙撃部隊まで準備することになった。

 わが家における2025年の一番大きな出来事は大事な大事な連れ合いが8月23日、庭で転倒して膝の骨を骨折し、入院、手術そしてリハビリで今も、痛みが残る状態だというが、何とか杖なしで歩けるようにはなった。
 次いで、柴犬のカリーが15歳の誕生日を前に旅立ち、火葬し、納骨して納めた墓がわが家の墓がある公園墓地になったことである。
 番犬として飼っていたので、新しい柴犬のタカを買い求めたが、番犬だから外にいるので、宮城県大崎市での柴犬がクマに連れ去られ、食い殺されてしまった事件のことが耳に残り、人里に出てきたクマは殺すしかないと今までの棲み分け的な穏健な考えを変えた。

 自分の家の庭でクマに人間が襲われ、殺されるということでは、クマは殺すしかない。人里に出てきたクマはすべからく殺してしまうことにするよりない。
 クマが人間をエサだとみていると伝えられては、出る杭は打たれるではないが、殺してしまうよりない。

 自分の家の庭で番犬をしてわが家に貢献してくれている柴犬がクマに殺されたら、自分だったら、自宅を電気柵で囲うなど対策をするだけでなく、猟銃を手に入れ、自己防衛をするだろう。

 クマとは共存できないと考えを変えたが、以前から主張している通り、戦後、材木にするため、スギやヒノキなど針葉樹ばかり山に植えてしまったから、山にクマの食べ物がなくなったという考え方は間違っていたとは思っていない。
 山にいるクマは従前どおり、何の問題はなく、ただ、人里に降りて来て、人間を襲うクマは退治すべきだということである。
 そもそもクマの個体が増えすぎたのだ。狭い日本では。
 人間が殺されて食われてしまうとなれば、共生などときれいごとを言ってられない。
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2025年11月10日

道路陥没全国で9866件 埋設物原因が2割

 2024年度に全国の道路で起きた陥没は計9866件に上ることが7日、国土交通省のまとめでわかった。23年度の1万2209件から2割減となった。原因別では、上下水道管などの地下埋設物の破損が全体の約2割に上り、同省は自治体に適切な点検を求めるとしている。と11月8日の読売が伝えている。


 1月に起きた埼玉県八潮市の県道陥没事故が未だに収束していない。
 年末を迎えようという時節になっても復旧できないほどの大惨事で、単なる事故のレベルではなく最早災害と言っても過言ではない。

 ライフラインという言葉がある。
 電気、ガス、上下水道、そして道路のことを一般的にライフラインと呼んでいるが、別の見方をすれば重要な都市基盤でもある。
 仮に、生活が困窮し、料金が支払えなくなると、電気、ガス、水道の順に止められる。何故、水道が最後になるかといえば、水がなければ生きていけないということとは関係なく、水道はお役所が関わっているからだ。
 水道を止められたら公共施設、手近にあれば、公園のトイレや水道を使うということを耳にしたことがある。

 その水道を民営化しようと言い出した怖ろしいことを考える身勝手な人間がいる。

 東京一極集中のことを集積の利益と呼んでいたことがあったが、人口が多い分、税収も多いから東京都の財政は青森や沖縄みたいな貧乏県(誹謗中傷するつもりはない。両県ともに好きだから怒らないで)とは大きく異なり裕福である。
 その証拠に、コロナ渦で飲食店にだけカネを配った。
 その東京都では、23区と三多摩と呼ばれる市部があり、水道を例にすれば、三多摩は昭島市を除けば、各市が都から受託するような形で運営していたが、すでに、東京都に一元化されている。

 ために、都では老朽化した水道管の取り換え工事は計画的に進められている。
 下水道は各市が担っていたから、財政力が豊かな自治体から下水道が敷設されてきたが、かなりの地域で、トイレの水洗化が進んだ。

 水道が民営化されたら、カネ儲け、効率化などから、財政力が弱い地域の水道管は老朽化しても新しいものに交換できなくなるし、交換するとなれば、水道料金が大幅に値上げされてしまうことになる。

 都市基盤整備とライフラインの補修はやはり国が責任を持たなければできないことは明白である。
 国は各自治体に「点検を徹底してほしい」と呼びかけているが、点検はともかく、八潮の事故を考えれば、国が支援しなければ、収束できそうもないではないか。

 国道は国、県道は県、市道は市という行政の割方では道路陥没問題の解決は難しい。
 道路埋設物といえば、なんと言っても上下水道、とりわけ、今回の事故原因である下水道管は猛毒の硫化水素を発生させるため、調査でも危険が伴う。

 道路陥没は事故というよりも大災害につながることを思えば、取り換え工事に猶予する時間はない。
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2025年09月19日

持ち運べる造水機 能登経験し改良 山梨大発

 被災地支援で初めて知った「水のない生活」…反省の念から教授が改良、持ち運びできる「造水機」という災害の多い日本の救世主のようなニュースを9月16日の読売(菅原智記者)が夕刊で伝えている。

 山梨大発のベンチャーで一般社団法人の「小さな水」(甲府市)が、水路や沢などの水を浄化して生活用水に変える「可搬型小型造水機」を開発した。能登半島地震の支援に携わった経験から、既存装置を軽量化し、キャリーケースで持ち運びできるよう改良した。同法人は「インフラ維持が課題となる過疎地域などで広めたい」としている。

 山梨大で水質汚染などを研究する西田継教授(57)らが開発した。西田教授は同法人の代表理事だ。
 「ロカロカ」と名付けられた新装置は、水路などからくみ取った水に紫外線を当てて細菌などを除去し、フィルターで濾過(ろか)する。1台で1日5〜10トン(10〜20世帯分)の生活用水を確保でき、風呂やトイレの水として利用できる。


 首都圏の田舎町に生まれ育ち、災害にはラッキーなことに縁がなく過ごしてきたが、そんなわが家でも大きなトラブルに見舞われることになった。
 祖父が作った池、自分が子どもの頃はすでに壊れていたが、集中豪雨などの時にこの池に水がたまり、自然に地中に浸み込んで水害を防いでくれていた。
 ところが、水がなくとも転落するとケガするからということで、解体して埋めてしまったら、大雨が降ると庭に水が溜まってしまうことに気づかされた。
 床下浸水というと大袈裟だが、困り果て、結局、排水路を水道業者に設置してもらい何とか水が溜まらないようにはなった。
 昔から住んでいるので、井戸があるのだが、消毒していないので飲料不適ではあるが、いざとなればトイレやふろ、洗濯などには使えるので、停電時のためにモーターから手押しポンプに切り替えた。
 今度は労力が大変で、なかなか思うようにはいかない。

 災害に遭ったわけではなくとも、普段からいざという時のことを考えておくことが重要なことがわかった。

 能登半島のような地方で、住宅が少ないと政府の支援も手ぬるい感が否めない。
 れいわ新選組の山本太郎代表が国会で政府の支援の遅れを厳しく追及していたことを思い出す。
 飲料水は給水車で何とかしのげたとしても、トイレ、風呂、洗濯の水に困ってしまう時、造水機が役立つ。

 山梨大学の西田継教授らの努力にエールをおくりたい。

 海水を真水にする技術で海外で支援活動をしている人のことを以前書いた記憶がある。
 水といえば、上水道、下水道となるが、下水を浄化して浄水となれば、飲食以外では使える。
 ライフラインとはよく言ったものだが、水とトイレは何としても不自由しないように取り組む必要がありそうだ。
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2025年08月02日

国道の陥没・空洞10年間で1100件超 「破損管に土砂」44%

 全国の国道で2015〜24年度の10年間に見つかった陥没・空洞は計1157件に上り、その4割強が半年前の埼玉県八潮市の道路陥没事故のように埋設管などの破損による土砂の「吸い込み」で起きていたことが読売新聞のデータ分析でわかった。地盤の締め固め不足などの「施工不良」も約2割に上った。さらに、1キロ以内で複数起きているケースが半数近くあることも判明。専門家は、国による維持管理の強化の必要性を指摘している。と7月27日の読売(笹本貴子、野崎達也記者)が伝えている。

 埼玉県越谷市の国道4号「大間野」交差点では2022〜2024年の間に3回の陥没が起きた。いずれも、鉄製排水管の老朽化が原因で、古い時期に埋められた管などは早急に対応する必要があった。
 
 さらに、過去の工事での締め固め不足が要因とみられる「施工不良」も2割に上ったのは、土木工事での遵守事項を定めた「共通仕様書」の求めが守られていないとして、国交省は「埋設工事では細心の注意を払うよう、工事発注者に呼び掛けていくとしている。


 脱ダム宣言という洒落た言い回しで、村を水没させてダムを作るのはよくないかもと安易に納得してしまったのは1983年公開の神山征二郎監督、加藤嘉主演『ふるさと』を観ているからかもしれない。
 岐阜県の徳山村が湖底に沈んでしまうのだから、村人だったら、躊躇いというのがあるだろう。
 熊本の豪雨水害ではダムの必要性が論じられた。

 上下水道、道路、橋梁、トンネルなどの都市基盤は公共事業でメンテナンスも含めてカネがかかる分、政権与党の利権の巣窟となっている。
 そこで、野党は安易に公共事業に反対する姿勢に立ちがちであるが、メンテを怠った結果が八潮市の道路陥没事故であり、犠牲者となったドライバーはお気の毒なことである。
 2012(平成24)年12月に起きた笹子トンネル天井板落下事故は、重いものを天井に設置すれば、落下するのは当たり前で設計上問題があったとみているが、無論、メンテが重要であることに異論はない。

 おバカな政治家が水道事業の民営化だなどと言いだしたことがあるが、民営化されたら、老朽化した管の新設がきちんとされるわけがないし、料金に跳ね返ったら、貧しき民は料金が支払えない。

 税金は、上下水道、道路、橋梁、トンネルなど都市基盤整備のために使われるから、富裕層には累進課税で収入に見合った税金を納めてもらわなければならないわけだ。
 自動車を作って、一人勝ちのように儲けてきたトヨタ。ほかの自動車メーカーもそうだが内部留保で貯め込んだカネは道路工事に出させることだって考えていく必要があるかもしれない。

 国土の強靭化は米国に命じられるままに軍備を増強する前にやらなければならないことである。

 語り継ぐ戦争で、博多を訪れた時、博多どんたくに偶々遭遇した。
 その博多で、2016(平成28)年11月8日、駅前の道路で陥没事故が起きている。
 
 つまり、道路陥没事故はいつだれがどこで巻き込まれないとも限らないのだ。
 自分が陥没事故に遭遇し、自動車ごと転落したらと考えたら、何はさておき、危険個所の工事を大至急始めてもらいたい。
 他人事ではすまされない。
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2025年01月11日

絶望から希望への道 共に

 能登半島地震に続く9月の集中豪雨で絶望的な状況にある「能登に生きる人たちの希望への道筋を一緒に探していきたい」と1月6日の読売が「展望2025」というタイトルで村井正美地方部長の決意表明を掲載している。

 「復興とは、全ての被災者が明日への希望を持てるようになること」という東日本大震災の被災地で支援活動をしていた人の言葉を紹介し、報道に力を入れていく姿勢を明らかにしていた。
 奥能登は過疎化、高齢化が急速に進む。時間はない。国や自治体は、ハード面の復旧だけでなく、住民を絶望から希望へ導く支援策を早急に打ち出す必要がある。
 ために、生きる意欲を取り戻すには、農業など「なりわい」の再生が欠かせない。
 しかし、なかなか支援が行き届かない。
 「奥能登の人にとって、農業は原風景であり、生活の一部」だから、もっと支援が必要なのだ。


 間もなく1月17日がやってくる。
 1995年のこの日、阪神淡路大震災が起きた。偶々、鳥羽の水族館、スペイン村に家族で行き、帰宅した翌日のことだったから覚えている。
 あれから30年になるが、2011年3月11日の東日本大震災、2016年4月14日の熊本地震、そして2024年の正月元日に能登半島地震が起き、9月には奥能登を襲った豪雨で能登地方は絶望的な光景があちこちで展開されている。

 道路が壊れたからライフラインの復旧、この地域の復興が遅れているような報道がなされているが、事実は政府自民党から見放されてしまったことが絶望的な状況がなかなか改善されない一番の理由である。
 当時の岸田首相は地震直後、現地に行きもしなかった。
 経団連など経営者と金持ちのためにだけ顔が向いている自民党だから、復旧が進まない。

 れいわ新撰組の山本太郎代表があれほど国会で「能登を助けて!」と質問しているにもかかわらず、地元からの要請がないと自衛隊は派遣できないなどと言っている有様で、国家の総力を挙げて復興に取り組む姿勢がみられない。

 読売新聞は、これまでに全国から延べ400人を超える記者を能登半島に派遣し、被災地の「今」を報じてきたそうな。
 購読しているわけだから、能登地震の報道に力が入っていることは認める。
 しかし、新聞とTVはオールドメディアと批判されるようにフジテレビの女子アナ性接待事件の報道をしていないなど問題があることを認識し、ジャーナリストして、これからも伝えるべきは伝える姿勢をなくしては信頼されないことを肝に銘じるべきだ。
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2024年02月03日

「なぜ私ではなく あなたなのか」

 能登半島地震から1か月経った。時間が経つにつれ、被災者たちの「心のケア」が大きな問題として浮上している。阪神大震災の際、心的外傷後ストレス障害(PTSD)対策の必要性を訴えた精神科医中井久夫さんの言葉を振り返ることも役立つだろう。ということで、中井さんの仕事に詳しいノンフィクションライター最相葉月さんが寄稿している。と1月30日の読売が伝えている。
 「能登地震 心のケアに『阪神』の知恵」「精神科医中井久夫の言葉」最相葉月さん「今、必要なかたちへの変化求められる」という見出しで、中井さんを貫いていた「なぜわたしではなく あなたなのか」という言葉に心を動かされたので書いておく。

 「なぜわたしではなく あなたなのか」に続く「なんらかの幸運によって自分は病や被災から免れているけれど、いつそちら側に立つことになっても不思議ではない」という中井さんの言葉は重い。支援の場に赴くのであれば、そのような気持ちで臨みたい。と最相さん。

 阪神淡路大震災のときに神戸大学医学部付属病院で精神科救急チームを率いた中井さんとその弟子たちの活動は「心のケア」と呼ばれ、その後、兵庫県を起点として全国に「心のケアセンター」という研究・相談・診療機関が設立される。この延長線上に組織されたのが災害や事故現場で精神科救急の支援を行う厚生労働省の委託事業DPAPで、新型コロナの初期の頃の豪華客船から能登半島地震の被災地まで活動の幅を広げている。

 中井さんの知恵を受け継ぎながら、震災ごとに変わる状況に応じ、今この瞬間に必要な形に変化させていくことが求められる。と最相さんは心のケアに取り組む姿勢について語っている。


 自分が小学生の頃から読んでいる読売の人生案内の回答者の一人である最相葉月さん。その回答は的確で共感することが少なくない。
 小説を読むことの方がノンフィクションを読むことより圧倒的に多かったので、著作は読んでいなかったことも相俟って中井久夫さんのことはよく知らなかったのでとても勉強になった。

 「なぜ私ではなく あなたなのか。なんらかの幸運によって自分は病や被災から免れているけれど、いつそちら側に立つことになっても不思議ではない」という言葉は自分が生きてきたときの哲学だと言ってもいいくらいである。

 古希を過ぎるまで生きられるとは思っていなかったにもかかわらず、自動車運転免許証の更新手続きに認知症の検査が必須となるまで齢を重ねて、振り返れば、お世話になった人の顔が走馬灯のように浮かぶ。

 周囲にはいろいろな人間がいて、例えば生活保護を受けている人を見下すような自民党の比例選出の女の議員みたいな自分の最も嫌いなタイプの人間だって少なからずいた。
 ところが、お世話になったその人生の先輩は、「人の一生なんてわからない。いつそちら側に立つことになっても不思議ではない」と嗜めたのである。
 爾来、明日は我が身だというこの先輩を尊敬し、自分の生き方に反映させるように努めてきた。

 だから政治家ではれいわ新選組代表の山本太郎さんを熱烈に支持するようになった。
 理由は、誰がなるかわからない障がい者。それも重度の方を国会に送り込んだからである。
 自民党の比例選手の女とは較べることさえ、山本太郎さんに失礼だと思うような快挙を成し遂げたのだ。

 能登半島地震では、2月1日の読売が犠牲となった方を顔写真付きで、遺族や知人のコメントをつけて、3ページも使って取り上げていた。
 それぞれの人生の一端を垣間見るようで、涙を流しながら読んだが、気持ちが落ち着いたら書くかもしれない。
 大学の先生がTVで、熊本地震や場合によっては阪神大震災よりもっと地震は強かったのではないかと指摘していたほど強烈だった能登半島地震。

 震災後1か月、生き残った人の心のケアを考える時機としては今だろうから、何とか生きる希望が持てるような心のケアができるといいと願っている。

 生き残った人はなぜ、わたしではなく あなたなのかと思っている人が少なくないにちがいない。
 生き残った人は生かされたと思って、亡くなった人を供養し、前を向いて生きてほしい。亡くなった人の分まで。
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2024年01月29日

技能実習生も被災 避難所なじめず 

 2024年1月1日に発生した、石川県能登半島地震。
 外国人技能実習生も被災しているが、漢字が読めないなど避難所生活に疲弊し、一時帰国する人もいると1月26日の読売が夕刊で伝えている。

 1月25日のNHKWEBによれば、ベトナム人のグエン・ティ・クイン・チャンさん(21)は、2022年の11月から外国人技能実習生として、七尾市の工場で食品加工の仕事をしてきた。
 1月1日も仕事中だった。机の下に隠れ、裏山に逃げ、近くの避難所に身を寄せ夜を明かす。
 翌日、寮に戻るも断水の影響で水が使えず、言葉が理解できずで給水所の場所がわからない。湧水を探し、水を汲んで体を洗い、トイレの水を流していたとのこと。
 その後、七尾市内にいた実習生11人と近くの自治体に身を寄せた。
 借金をして日本に来ているだけでなく、家族5人に仕送りをしなければならないが、会社も被害を受けていて仕事に戻れるかわからない。会社はよかったので、移りたくないが働かなければならない。

 名古屋出入国在留管理局によると、石川県にいる外国人の技能実習生は、2023年6月末の時点で4600人余りに上っているという。

 現在の技能実習制度では実習生の職種の変更は認められておらず、今回の地震では特例措置として一定期間のアルバイトが許可される形になっている。
 しかし、石川県内の実習生を支援する団体では、今回の地震で実習生らの将来への不安は強まっているとして、職種変更の規制を緩和するよう求めている。

 技能実習生の「『転籍』緩和 期待と懸念」という見出しで2023年11月25日の読売が技能実習の見直し問題を取り上げていた。「暴力や低賃金改善につながる」「都市部へ人材流出 加速必死」という見出しも併せて見直しについて取り上げている。
 何しろ、2023年6月末の時点で実習生は35万8159人いるが、失踪者も2022年は9006人に上っているのだ。
 とにかく、3年間、受け入れ先企業などから別の所に移る「転籍」の条件緩和が盛り込まれた11月24日にまとまった外国人技能実習制度の見直しに関する最終報告書は技能実習生の待遇改善には1歩前進である。
 実習生らの支援にあたるNPO法人「アジアの若者を守る会」代表の沼田恵嗣さん(61)は「制度改正による人材流出の加速は避けられないだろう」とし、地方への定着支援が不可欠だと語っている。


 能登半島地震は予期せぬこととはいえ、地震が多発する日本列島だから、起こり得ることではあった。
 市民が困っているのだから、言葉が不自由な外国人技能実習生のベトナムやインドネシアからやってきた外国人技能実習生はさぞ困っていることだろうと心配している。
 普段、低賃金で待遇も決して良いとは言えない外国人技能実習生の待遇改善については、「転籍」緩和問題を筆頭に待遇改善をすべく政府もようやく取り組み始めたようである。
 
 能登半島地域にとっては未曽有の大災害だから、この地域で働く外国人技能実習生が借金返済や仕送りのために働かなければならない状況に置かれてるいるわけだから、転籍がどうのこうの言っている場合ではない。
 彼らに暴力を振るうようなブラック企業は淘汰されなければならないし、転籍が認められれば、待遇がよくない会社などから、都市部に人材が流出してしまうおそれがあることは否定できない。

 もともと、低賃金で日本人が集まらない仕事場に外国人技能実習生制度という美名で労働者を集めてきたわけだから、制度そのものに無理があるのではないか。

 先般、「ビヨンド・ユートピア脱北」を観て、金一族の首領の顔が遊廓の阿漕な主に見えた。
 女郎として売られてしまった女たちは遊廓などの女郎屋で搾取されながら性奴隷として働かされてきた。
 足抜きと言って、廓から逃げ出しても警察が女郎屋の味方だから簡単には逃げ出せない。
 大阪の飛田新地には嘆きの壁があるし、吉原に鉄漿どぶというか簡単には逃げ出せないように周囲が囲まれているのだ。
 外国人技能実習制度でやってきた人たちは、遊廓で働かされている女郎たちのように借金があり、親への仕送りなどの足かせがあっても逃げ出すのは北朝鮮と同じで自由を奪われ生きてられないからだ。

 日本でこんなことがあってよかろうはずがない。
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2024年01月17日

能登大地震 土砂崩れ 妻子4人犠牲 

 帰省先の石川県珠洲市で能登半島地震の土砂崩れに遭い、妻と子ども3人を失った男性が14日、告別式で喪主を務めた。地震発生から2週間。悲しみをこらえながら、「いつまでも一緒にいたかった」と気丈に語った。と1月15日の読売(小峰翔記者)が「『永遠の宝物』忘れない」という見出しで伝えている。

 石川県警の警察官だった男性(42)は金沢市から妻の実家がある珠洲市に年末から家族で帰省していた。
 いつも通りの元日ではあったが、突然の揺れに、男性は野外に出て、安全を確認した。その直後のことだった。
2度目の揺れに襲われたのである。目の前で裏山の土砂が崩れ、家を押し流した。

 夫婦ともに珠洲市の出身。土砂崩れでは他の親族も犠牲になった。「自分だけ生き残った罪悪感がある」「家族が頑張って生きた証を残したい」と語る。
 「かけがえのない時間を与えてくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。永遠に僕の宝物だよ」と喪主のあいさつで家族に呼びかけた男性。


 自由のために毎日書き続けているが、戦争、人身売買、犯罪被害者、公害病そして独裁国家の市民など自由を奪われた人たちの供養をしてきた。
 災害の犠牲者も自由を奪われた人たちではあるが、相手は大自然だから人為的なものとは一緒にならない。しかし、それだけに犠牲の大きさは半端ない。

 2019年9月、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で岐阜県加茂郡白川町にある黒川開拓団乙女の碑にお参りした際、運転手氏が気を利かせてくれて、飛騨川バス転落事故の犠牲者の慰霊碑に案内してくれたので、お参りすることができた。
 1968(昭和43)年8月18日未明、岐阜県加茂郡白川町河岐の国道41号において発生した土砂災害によるバス転落事故で乗客107人中104人が犠牲となった災害だから記憶しているひともいるかもしれない。

 土砂災害の怖ろしさを如実に表した事故である。
 国道の脇にある慰霊碑のある現場から見る飛騨川は崖下に流れているが急流で眺めるだけでも怖ろしかった。

 1985年(昭和60年)8月12日(月曜日)、日本航空123便(ボーイング747SR-100型機)が群馬県多野郡上野村の山中ヘ墜落した航空事故乗員乗客524人中520人が亡くなった事故で、元大関だった男性の妻と娘3人が犠牲となっており、能登大地震にる珠洲市の男性と同じようなことが起きている。

 大地震と飛行機事故を一緒に論じられないだろうが、妻と子ども3人が犠牲となった点は災害であれ事故であれ関係なく痛ましい。

 古希を過ぎて、コロナ禍を経て、心身の衰えが隠しようがない自分にとって、連れ合いの存在は宝物というレベルではなく、生きることそのものだから、奪われたら生きていかれそうにない。

 保守の論客として知られた西部邁さんが自死をなさったが、その理由は連れ合いを亡くしたからではないかとみられていたことからも、自分と同じ気持ちだったのだろうと推察する。

 珠洲市の警察官の男性は、自分と較べてまだ若い。持ち時間もある。立ち直れる可能性はあるのではないか。
 妻と子どもたちのことを忘れないあなたが生きていることで、心の中で妻子は生き続けることができる。
 泣いて、泣いて、泣いて涙が枯れるまで泣いて生き抜いてもらいたい。
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2024年01月13日

移動式トイレ秋田大曲など全国から被災地へ

 秋田県大仙市は12日、三つの個室トイレを備え、車で 牽引できる「トイレトレーラー」と市職員3人を能登半島地震の被災地に派遣した。と1月13日の読売が伝えている。
 
 トイレトレーラーは2022年度に導入し、大曲の花火などの野外イベント会場で活用してきたが、被災地派遣は今回が初めて。
 全長約5・6メートル、高さ約3・5メートルの貯水タンクを備えた洋式の水洗トイレ。3人同時に使え、約1300回の連続使用が可能という。ソーラー発電システムで照明や換気扇などの電力を賄う。トイレ3室のうち1室は車いす対応型で、乗降用の電動リフトも備える。所有している自治体は、県内では同市のみという。

 トイレ問題に悩まされる能登半島地震の被災者のため、全国からトイレ設置車両が派遣される中、静岡県富士市と西伊豆町のトイレトレーラーが寒冷地仕様になっていないため、派遣が遅れていることが分かった。と同じく読売が伝えている。

 富士市と西伊豆町は2018年に同トレーラーを導入。富士市は過去4度、災害地に派遣したが、初冬の長野市で活動した際、水道管が凍り、使えなくなるトラブルを体験した。その教訓から、各自治体が寒冷地仕様の車両を導入するようになった。

 能登半島地震の発生後、両市町は同トレーラーの派遣を要請されたが派遣できなかった。富士市は、発生前の2023年12月に車両改修を始めていたため、24日に石川県輪島市へ派遣する予定だ。西伊豆町は、すぐには改修のめどが立たず派遣は未定という。

 全国自治体で初めて同トレーラーを導入し、所有自治体でつくる「みんな元気になるトイレネットワーク」の会長を務める小長井義正・富士市長は「残念で申し訳ない」と派遣の遅れを悔やんでいる。


 2023年の年の瀬に観たのは、トイレ清掃を仕事にする男性の暮らしにスポットを当てた映画『PERFECT DAYS』だった。
 清掃していたのは東京渋谷の公衆トイレである。
 
 個人的なことだが炎症性腸疾患クローン病のため、出かけるとき、自宅でトイレを済ませても、病気のこともあって、出先でトイレに行きたくなることもあるし、加齢でトイレが近くなってしまい、トイレに関してはいつも真剣に考えている。
 能登大地震でも一番先に考えたのはやはり、トイレである。
 断水、停電だと水洗トイレはまず使えないからだ。
 自分の場合で言えば、腎臓の働きも低下していてクレアチニンなどの数値がよくないので、主治医の先生からは水分をとるようにアドバイスを受けている。
 自宅にいるときは当然、指示通りにしているが、出かけた先ではトイレのことがあるので、当然水分を控えてしまうことになるから、体にはよくない。
 
 生理現象であるが、食べたら、排せつしなければ生きていかれない。だからと言って、トイレに行きたくなければ食べない、飲まないということになってしまい、これでは病気になってしまう。

 それほどトイレは重要である。

 政府は米国から役にも立たないトマホークなど買わされている場合ではなく、自治体に補助金を渡して、移動式トイレを最低1台ずつ災害用に整備しておく必要がある。

 首都圏でも、関東大震災から100年経ったから、近いうちに大地震が来ると考えている。
 田舎町にあるわが家では敷地内に昭和の初めに建築されたと言われている平屋の住宅があって、瓦屋根が重いため、地震でつぶれることを考え、今風の軽い屋根、金属製ではないかと思うが、重さが10分の1になると言われ葺き替えた。
 さらに、ご先祖が井戸を掘ってくれていたので、ふだんは庭の撒き水くらいしか使っていないが、これも災害ようにモーターから手押しポンプに換えた。電気が止まることを想定してのことだ。
 井戸の水は消毒していないので、飲料用としては不適だが、トイレには使えるし、しかも停電しても使えるから、災害時にはたぶん、ご近所の人が聞きつけて、井戸水を所望されることはまちがいない。
 ということで、トイレ確保を一番の課題にいざというときのことを考えてきた。

 それほどトイレは自分にとって大事なことだから、能登地方の被災者がトイレに困っていることは痛いほどわかる。
 とにかく、災害用移動式トイレを所有している自治体はこの際、能登に届けてもらいたい。
 トイレに役立つものは自衛隊にお願いしてでも、能登に届けて、被災者を助けてほしい。
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2023年10月10日

特別養子縁組母子支え10年 産科医療機関の連携で

 乳児の虐待を防ぐため、特別養子縁組の支援を行う民間団体「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会」(埼玉県)が、9月で設立から10年を迎えた。全国で20を超える産科医療機関が連携し、妊娠に悩む女性や子供を支援。これまでに成立した養子縁組は108組に上る。10代からの相談が多く、今後も母子のサポートを続けていく。と9月20日の読売が(福元理央、小泉朋子記者)夕刊で伝えていた。

 同会は13年9月8日、同クリニックの鮫島浩二院長が全国の産科医らに呼びかけて設立された。現在は19都道府県にある26の産科医療機関が参加。地元の児童相談所などとも連携しながら、予期せぬ妊娠をした女性や子供らのサポートに当たっている。

 司法統計によると、特別養子縁組は昨年、580件が成立した。2012年の339件から1・7倍に増えたが、ここ3年は減少している。

 20年4月から、改正民法の施行で特別養子縁組の対象年齢が「原則6歳未満」から「原則15歳未満」に引き上げられている。


 語り継ぐ戦争の立場から、アジア太平洋戦争で満州(現中国東北部)や朝鮮半島でソ連兵や現地の男たちから性的暴行を受けた邦人女性が生憎妊娠したり、梅毒に罹患してしまったが、博多や佐世保、仙崎などの港に引き揚げ船が着いてから、妊娠中絶手術を受けたことは幾度となく書いてきた。

 特別養子縁組成立件数のうち、望まない妊娠をした女性、とりわけ10代が半数近くを占めているとのこと。
 10代というのだから、中学生か高校生ということだって考えられる。
 中絶の時機を逃してしまい、産むことになっても、育てることができない。生まれてきた子どもに罪があるわけでもない。
 ということで、母子を助けるためにできたのが、裁判所の許可を得て、血縁のない夫婦と法律上の親子になる特別養子縁組制度である。
 
 熊本の慈恵病院が設置している赤ちゃんポストを東京にも設置する話が2024年には実現しそうだと伝えられている。こちらは事情があって産んだ子どもを育てられたない母親が子ども預けるところだが、里親に当然、特別養子縁組ということだって考えられる。

 女性の躰は神秘的なもので、母になりたくともなれない女性がいる一方で、たった一度のことでも妊娠してしまうということで、中学生や高校生だって子どもを産むことはできるが、こちらはそのまま母親になるには無理があって、特別養子縁組や里親に育ててもらうよりない。

 少子化対策というなら、事情を抱えている母子に救いの手を差し伸べる20超の産科医療機関が連携した民間団体「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会」の鮫島浩二院長を表彰し、市井の片隅で困っている女性の相談にのってやれる体制をつくるべきではないか。

 どんな形で産まれようが子どもは子ども、社会の宝である。
 乳児、幼児を虐待する鬼親の許から、引き離し、子どもは社会が育てればいい。
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2023年09月25日

豪雨対策 緑の力 「グリーンインフラ」

 豪雨被害が深刻化する中、自然が持つ治水機能を防災に活用する取り組みが広がっている。コンクリートで固めたダムや堤防など従来型の「グレーインフラ」に対し、「グリーンインフラ」と呼ばれる手法で、緑豊かな街づくりにもつながるとあって注目を集めている。と9月22日の読売(渋谷功太郎記者)が伝えている。

 東京は町田市の複合商業施設「南町田グランベリーパーク」。その一角に小石を敷き詰め、様々な草木を言えた植栽帯がある。
 これぞ、「レインガーデン」(雨の庭)と呼ばれるグリーンインフラの一つだ。
 施設内に降った雨水が集まって溜まり、地中にゆっくりとしみ込んでいく。急な大雨が降っても、施設が水浸しになるのを防ぐ仕組みで。地中の雨水は時間をかけて、近くの河川に流れ込む。施設の外周には、深さ70aの溝に砂利を詰め込んだ「バイオスウェル(雨の道)もあり、雨の庭と同じ機能を担う。

 熊本県では水田の排水口に小さな穴を開けた調整板を取り付け、川に流入する水を減らす取り組みが進む。水田に雨水を一時的にためることから「田んぼダム」と呼ばれ、2023年3月末時点で457fに拡大している。

 横浜市のみなとみらい地区内のグランモール公園では、透水性の舗装の地下に雨水を貯留できる砕石層を整備したところ、16年夏の大雨では園内では水があふれることはなかった。


 私事ながら、首都圏の田舎町に生まれ育ち、ご先祖のお陰で庭のある住宅に住むことができている。
 祖父の代が一番光り輝いていた我が家には、祖父が作った自慢の庭に大きな池があったが、自分が子どもの頃には壊れていて、庭の中心にあった伽羅の木が枯れ、松が枯れ、もみじが枯れという具合にわが家の没落状況を象徴するように庭木が枯れて寂しくなっていく。

 しかし、大雨が降ったとき、件の壊れた池が貯水池みたいに水をためてくれたことから、いくら大雨が降っても床下浸水など全く心配がなかった。
 母親の遺言で池を壊すなと言われていたが、幼児が転落しても困ったことになるので、遺言に背いて壊してしまったら、雨が降れば、大雨でなくとも庭一面が池のようになってしまうことがわかった。
 ところが、時間が経つと、その水が地中に浸透していくので、よほどの雨、線状降水帯のようなことにならなければ床下浸水にはならないことがわかった。
 地下に浸透した水は、わが家の井戸に流れ落ちている音がする。

 読売の記事で紹介されたことと同じことを奇しくもわが家ではやっていたことになる。
 それでも、やはり、雨水は道路にある側溝なりに流そうかなと思案中である。

 市街地では舗装された路面に降った雨が地中に浸透せず、河川や下水道にそのまま流れ込む。排水しきれず雨水が地上にあふれる「内水氾濫」が相次ぎ、グレーインフラだけでは被害が防ぎきれなくなっていると読売も指摘しているが、これだけ日本全国の至る所で線状降水帯の発生などによる集中豪雨が増えれば、土地の低いところに住んでいる、或いは近くに河川がある人は安心して眠ることはできまい。
 大都会東京は大深度地下に雨水を溜めることをやっているやに聞く。

 堤防だけで河川の氾濫など防げるわけもなく、ふだんから、雨が降ったらどうするか考えておく必要がありそうだ。
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2023年03月15日

震災から12年“被災地からの声”を掘ったNHK

 NHKETV特集「震災から12年 5400人の“被災地からの声”を掘る」を視聴することができた。

 「東日本大震災の9日後に放送を始め、東北地方で今も続く番組『被災地からの声』。出会った人に「いま一番訴えたいことは何か?」を聞き、思いの丈を語ってもらう。こだわってきたのは、作為や演出を極力排し、「生の声=ホンネ」をそのまま伝えることだ。
 今回はこの12年の「復興」の歩みを、被災者がこれまでに残した『声』の記録映像や国の復興計画に携わった識者のインタビューなどを軸に再構成。「復興とは何か」を検証する。」と㏋にコンセプトが紹介してあった。


 東日本大震災から12年、「自由」が一番大事だという価値観のもと、語り継ぐ戦争をメインに発信している立場として、災害という戦争同様に自分の力の及ばないところで起きた惨事に対し、他人事ではない東京電力福島第一原子力発電所の事故という結果を踏まえ、原発再稼働に反対する人々の声に呼応して再稼働反対を支持することを明らかにした。

 次いで、東日本大震災で多くの犠牲者が出て一番の原因である大津波による犠牲者を海辺にあった病院の入院患者とスタッフに追悼の気持ちを込めつつ、命の重さと一人でも多くの人が助かる道について考えたことを書いてきた。

 東日本大震災から12年ということで、復興のことを書かないわけにはいかない。
 小森はるか監督『息の跡』を観て、陸前高田で、佐藤種苗店を自力で再建した佐藤貞一さんのことを知った。
 種を蒔かなけりゃ芽が出ないことを考えると、復興の第一歩だなと妙なことで感心した。

 「ポツンと一軒家」では南三陸町に復興ボランティアとして行き、結果的に大学を中退し、羊飼いとなった金井さんがリーダーの金藤さんと立ち上げた「さとうみファーム」で育てたブランド羊「わかめ羊」のことを知ることができた。

 さて、被災地からの声を掘り起こした結果、一番強く心に響いたのは芥川賞作家で福島の三春町の臨済宗の寺の住職でもある玄侑宗久さんが東日本大震災復興構想会議の委員であることを踏まえて、震災12年で復興への道を歩んできたことに対し、コメントした内容である。
 人の心は変わるもので、震災当初、家や家族を失ったときと、復興が進み、ハード面というか、防潮堤ができたり、道路が整備されてくると、生活をどうするかとかコミュニティということに関心が向かう。
 復興構想では創造的復興という言葉で、税金を投入して、震災前より街をよくしてやるとい上から目線の発想が前面に出ているが、住民にしてみれば、そんなことより震災前の状態をとり戻したいというささやかな願いを抱く人から見れば、違和感があるかもしれない。

 玄侑宗久さんの『中陰の花』(文春文庫)を読み、あの世と、この世と間に中陰があると教えてもらった。
 黒白の間に灰色、つまりグレーゾーンをつくったのは人間が生きていくときの処世術みたいなものかなと勝手に解釈している。

 大堀相馬焼の窯元が過去と決別するということで、せっかくの焼き物を壊していたシーンが映し出されたとき、復興と新しい門出という言葉が頭に浮かんだが、同時に勿体ないと制止したくなった。
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2022年04月22日

光あふれる里山 単層林から複層林化へ

 「ニュースの門」と題した読売の記事で、自分の関心事である里山のことを取り上げていた。
 「光あふれる里山 よみがえれ」という見出し、福島支局江村泰山という尺八吹きのような名前の記者の署名りで。
 「国土3割が人工林 うち9割『単層林』」「土壌もろく防災の弱点 複層林化を推進」「国 自治体関与へ」「生態系保護など課題」というサブ見出しがフォローされている。

 林野庁は、高度経済成長期に木材の増産を目的に全国に広げた針葉樹中心の人工林を、広葉樹や草木が茂り、生態系が豊かな「複層林」に変える施策を進めている。
 人里に近く生き物にあふれた、かつて里山にみられた光景は復活するのか。

 木材生産などを目的に植林された日本の人工林は約1120万f、国土面積の約3割を占める。
 このうち9割がスギ、ヒノキ、マツなど、特定の針葉樹に偏っている「単層林」だ。

 2019年度、森林整備で約200億円の新財源の運用がスタートした。24年度には納税者1人あたり1000円となる「森林環境税の徴収が始まり、19年度に施行された「森林経営管理法」では森林バンクができ、事業の進捗が図られてきた。


 国土面積のおよそ7割が森林だという日本。
 日曜日の夜、いつも視聴している「ポツンと一軒家」で、このことが実証されている。
 さらに、語り継ぐ戦争で、コロナ禍の前10年ほど、日本全国を周ってきたから、電車の車窓の景色からも実感してきた。

 単層林も全くその通りであるし、白神山地などを見れば、針葉樹だけでない、広葉樹とのバランスが取れていれば、災害対策にも役立つことを知っている。
 第一、針葉樹ばかりではクマの食べ物が山にないことになり、食べ物を探して、里に出てくることになるが、そうなると、人間は身勝手で悪魔殺人鬼のプーチンが罪もないウクライナの人を虐殺するようにクマを殺す。
 明治維新以降、アジア太平洋戦争に敗北するまで西欧化というか、工業化を急ぎ、戦後の高度成長を担ったのも工業化があったればこそであったかもしれない。
 しかし、ここにきて、食料自給率の向上や、災害対策で一次産業の農業や林業の見直しが始まっている。

 生態系という言葉が広まってから久しい。

 有機農業でいえば、鶏を飼い、豚や牛を飼うことで、鶏糞や豚糞や牛糞などが有機肥料として使える。
 生産されたトウモロコシなどは飼料になるし、雑草だって飼料になる。
 林業で見れば、山に実のなる木があれば、鳥が食し、その糞から、種がまかれ、やがて芽を出す。
 鳥が死ねば、土にかえり、肥料となって、樹木を育てる。

 自然界はよくできているのだ。

 材木が欲しいからと、針葉樹ばかりの単層林にした結果が、花粉症で苦しめられてしまった。
 広葉樹の持つ水を涵養する力が土砂崩れを防いできたと言っても過言ではない。

 外国産の木材が廉価だから使うのではなく、国土の7割を占める樹木を木材に活用することを義務づければいいのだ。
 とにかく、土砂崩れで災害が起きた時、決まって単層林であることから、もっとこの問題を真剣に考える必要がある。
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2022年04月20日

水道管地震で損壊 進まぬ耐震化

 岩手、宮城、福島県で計約7万戸が断水した3月の福島県沖地震で、主な水道管約100か所が損壊し、2か所以外は耐震化されていなかったことがわかった。と4月13日の読売が伝えている。

 全国で耐震性が確保されている水道管は約4割にとどまっており、専門家は減災のため、普及の必要性を訴える。

 1995年の阪神大震災の被災地で約130万戸が断水した教訓を踏まえ、東京都は98年度から耐震化を進めている。主な水道管の耐震化率は神奈川県(72・8%)に次ぐ65・3%だ。
 厚生労働省によれば、2021年3月時点で耐震化率は40・7%にとどまる。


 阪神大震災、東日本大震災だけでなく、古くは関東大震災から福井、新潟、十勝沖、中越、熊本と思いつくままに書いても、日本が地震列島であることを思い知らされる。
 地震があれば、断水するのも必然であるが、当事者になったらこれはつらい。

 首都圏はこれから大きな地震が起きるであろうことは間違いないが、そのとき、自分が生きているかどうかわからない。
 幸い、これまでは、東日本大震災の時の揺れが怖かったが、幸いなことに給水所にポリ缶を持って並ぶ経験はない。
 しかし、日照りが続き、作物に水が必要な時に、自宅の井戸水をポリ缶に入れて畑まで軽トラで運んだことは何年間も経験したので、ポリ缶で水を運ぶつらさはよくわかっているつもりだ。

 首都圏の田舎町に生まれ育った分、わが家には昔から井戸があり、塩素で消毒していないので、飲用には不適であるが、万が一断水のときのことを考え、井戸の汲みあげモーターポンプが壊れたのを機に手押しの岡本のポンプを導入したので、停電でも使えるようになった。

 しかし、手押しでの汲みあげではバケツ一杯汲むのも大変だが、給水所までもらいに行く苦労を考えればどうってことはない。
 飲料水は沸かせば使えるだろうし、井戸水があるから、まず、トイレの水は確保できているということになるので、この点は安心である。

 さて、水道管の耐震化である。
 カネがなければで工事は進まないが、断水した時のつらさ、苦しみを思えば、カネがないなどとは言ってられない。
 水道は公営だったからよかったが、一時騒がれていた民営化が実施されていたら、カネ儲けにつながらない耐震化工事など絶対進まない。工事するとなれば、水道料金が大幅に値上げされることはまちがいない。
 これでは、人口が少なく、財政力が弱い田舎には住めなくなってしまう。
 いつも視聴している「ポツンと一軒家」では、山奥で水道が敷設できないので、沢の水を使っていることが多い。

 戦後、団塊の世代などが主となって頑張ったお陰で高度経済成長の時代があったが、選挙民が愚かだったから公共投資、橋や道路、無論水道管の耐震化も含むし、電柱の地中化などに投資することを訴える政治家が少なかった。
 高度経済成長の次は失われた30年で、経営側の意向で自公政権で労働者が非正規化されてしまい、賃金が上がらず、日本は世界でも全く経済成長しない国に成り下がってしまった。

 公共事業推進となれば、税金の還流といわれている利権の構図で、無駄に税金が使われてしまう。

 いろいろあるが、それでも水道管の耐震化は進めてもらわないと困ることだけは確かだ。
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2022年01月20日

雪かき コロナ拡大で助っ人来ず

 年末以降の寒気で北日本を中心に大雪に見舞われる中、一人暮らしの高齢者宅などを対象にした除雪ボランティアが不足し、自治体が頭を抱えている。
 新型コロナウイルスの感染者数が急増し、県外からの参加が難しくなっているためで自治体側も募集を中止したり、限定したりするなどの対応を余儀なくされている。と1月12日の読売が夕刊で伝えている。

 山形県上山市で地元の中学生ら9人のボランティアが高齢者宅周辺で約1b積もった雪をスコップで書きだした。この時の様子が紙面に写真で紹介されている。
 住人で一人暮らしの91歳の男性は「除雪しないと家の外に出られない。でも、体の具合が悪く自分ではできないので助かる。」と感謝する。

 ボランティアの中学2年大石健人君は「なかなか作業が進まず、住民だけで行うのはとても大変だとわかった」と感想を話す。

 豪雪地帯、山形や新潟では除雪のためのボランティアを登録する制度を設けているが、県外からの助っ人の割合が約7割、6割と多いため、コロナ禍で助っ人を頼めなくなっているというのだ。


 雪という大自然の力を畏怖する出来事が毎年のように繰り返されるのが雪国の宿命なのか。
 除雪作業中の事故のニュースが流れるたび、大自然が人間に与える試練と恵みについて考えさせられる。

 大都会東京と異なり、雪国に住む人々は助け合いの気持ちがあることが伝えられたのが、ちょうど1年前、北陸は福井の8号国道で立ち往生した車が一時は1000台にも及んだというニュースが流れた時だった。
 
 福井県坂井市の餃子の王将丸岡店で岩谷圭一店長と従業員がトイレを開放し、温かい食事約300食を無料で提供したというニュースが流れた時、岩谷店長と従業員の志の高さを称えるために書いた。
 
 その10年前、2011年1月、大阪と北陸を結ぶJR西日本の特急サンダーバードが大雪で立ち往生し、鉄道の保線作業員が除雪に奮闘してくれたことに感謝した乗客が窓越しに感謝の言葉を書いた紙を貼りだし、保線員が大いに気を佳くしたという事も書いている。

 首都圏の田舎町に生まれ育ったので、雪の恐ろしさ、雪国のつらさを知っているわけではない。
 しかし、連れ合いの両親が豪雪地帯で名高い越後の妙高出身という事で、両親の故郷の村を訪ねた時、雪対策として、庭に池というか、雪をためる、あるいは流す排水路があるのを見たこと、雪が積もると窓から出入りすると語っていた本家の婆様と話したこと。
 さらに、若い頃、旅して、気に入って再三訪れるようになった青森では雪の中、善知鳥神社に初詣をしたり、雪解け前に開通した十和田湖へバスで行ったとき、雪の壁の中を通過したりしたことで雪国の大変さを耳にしたり、体験している。

 雪はホワイトアウトというくらいで、北海道では豪雪で身動きできなくなった父親が納屋の前で、娘を守り抜き、自らは凍死していったニュースも流れたことがある。
 ときには悪魔にもなれば、溶ければ、土から湧き出す水は、コメ作り、酒造りに欠かせないし、海に山から流れ込めば、湾の中では魚も育つ。
 
 という事で、悪いことばかりではないので、とりあえず、雪堀というのか雪下ろしなどは中高生など若い人を助っ人にお願いするよりないだろう。

 山形でボランティアで雪かきをしてくれた大石健人君を筆頭に一緒に頑張ってくれた全ての人にエールを送りたい。

 豪雪地帯越後の十日町竹所で古民家再生をしているドイツ人カール・ベンクスさんの連れ合いも雪の季節は大変だとは話していたが、雪の季節を除けば、雪国は悪くないとは自分も思う。
posted by 遥か at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害対策

2021年03月12日

臨機応変に 大川小の悲劇を教訓に

 東日本大震災の津波で児童・教職員84人が死亡・行方不明になった、宮城県石巻市の旧大川小学校。
 震災から10年目となる2021年3月11日、全国2000人の子どもたちが遺族の話を聞く「防災と命の授業」がオンラインで行われた。
 主宰したのは、認定NPO法人「カタリバ」。だと3月11日のハフポスト日本版が伝えている。

 「津波到達まで50分あったのに、なぜ」ということを考えてもらおうと、授業を担当したのは、自身も当時6年生だった二女みずほさんを亡くした佐藤敏郎さん。
 佐藤さんは震災時、隣町女川で中学校の教員だった。

 
 NHKでも放送され、視聴したので一緒に「あの時、どうすれば助かったか」を自分なりに考えてみた。

 出た結論は、マニュアルどおりでなく、臨機応変に対応することを日頃から心がけることが大事だということ。

 亡くなった犠牲者には手を合わせることしかできないし、死者に鞭打つほど愚かではないので、独り言みたいに語るだけだ。
  
 あの時、自分が教員の一員なら、ほかの誰か、例えば校長が何か言おうが、担任を受け持っていれば、その子どもたちを引き連れ、学校より少しでも高い裏山に避難し、そこで様子を見て、津波が来るようなら、さらに高い所へ逃げる。

 結果論で言っているのではない。

 戦争から何とか生き延びて帰国を果たした父親の教えを守れば、結論はこれしかないからである。

 小学生5年生の時には、畑の手伝いで、鍬を持たされ、畑を耕し始めていた。
 厳父だった父は息子から見れば、滅茶苦茶怖いだけで、親に逆らうことなどできはしなかったが、今になって振り返ってみれば、父親のお陰で、祖父が遺してくれた畑を守ることができたからである。
 
 建築に必要な道路がなかった畑はいつだったか、低廉な価格で売ってもらいたいとやってきた人がいたが、自分たちが子どもの頃から耕し、父親が亡くなり、荒れてしまった後、再び、開墾してきれいにした畑だったから、即座にお断りしたおかげで、その後、区画整理される時代がやってきて、今では、手放さないでよかったと安堵しているくらいだ。

 父親は教員だったから、もし父親が大川小にいたら、まず、子どもたちを裏山に避難させたであろうことは疑う余地がない。
 その危険予知能力がないようでは、戦争で生き残れるはずがない。

 「津波てんでんこ」だったか、とにかく、臨機応変にひとりでも裏山なり現在地より少しでも高い所があれば逃げ、さらに、逃げられるようにするということが当たり前になればいい。

 ただし、裏山があった大川小はまだしも、仙台のように平らで高台がない地域は、日頃から避難する場所を決め、覚悟しておく必要があるだろう。

 戦争は普段から心がけて世の中の動きを見ていれば、ある程度防げるが、災害はいつ、どこで起き、誰が巻き込まれるかわからない。

 気を付けようがないのかと思えば、そうでもないのである。

 現に、大川小学校では逃げ遅れてしまったが、早めの避難で難を逃れた人たちがいるのもまた事実である。

 他県出身の教職員の中に地元出身の人がいて、その人が親からの言い伝えを守り助かったということを以前書いたことがある。

 先祖が遺した津波到達点の標識、神社の位置などが逃げ場として参考になる。
posted by 遥か at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害対策

2021年02月19日

あれから10年 震災避難における160人の明暗

 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災から間もなく10年になる。

 10年といえば、日本では節目の年として、メモリアルな行事やメデイアでも関連特集が組まれたりすることが多い。

 読売は「東日本大震災10年 『わたしは今』『聴く語る』」と題し、2月10日、12日と関係者のその後を伝えていた。
 たまたま同数程度だったのか、岩手県山田町で助かった児童が約160人で、同じく岩手県釜石市で犠牲となった住民が約160人だと知り、何故、明暗を分けたのか興味を惹かれた。

 あの日、山田町の町立船越小学校は津波に飲まれたが、児童約160人は校務員田代修三さん(64)の一言で難を逃れたというのだ。

 あの時、激震の後、校長だった佐々木道雄さん(63)は、校庭に集まった児童たちを高台に避難させるべきか迷っていた。というのも小学校は海抜13bの位置にあり、町の避難所にもなっていたからだ。

 校庭からは校舎にさえぎられて海が見えなくて、内陸から来た教員が多かったので、地元育ちの田代さんが200b先の防潮堤まで行き、水平線が盛り上がるという景色に校庭まで走って戻り、「とんでもない津波が来る。後でなんで逃げたんだって笑われてもいいから、上に行った方がいい」と校長に訴えた。
 佐々木さんは田代さんを信じ、裏山への避難を決めた。

 一方、釜石では2010年のチリ地震の津波では、市の人口4万人のうち避難したのは1000人ほどだったから、防災課長に就任すると、佐々木守さん(66)は自主防災組織の設立、避難訓練を実施するようにした。

 震災の前年に開所した鵜住居地区防災センターが避難所ではなく、災害後に数日間を過ごすための「拠点避難所」だったにもかかわらず、避難訓練の時の場所として使っていいかと聞かれ、「いいですよ」と答えてしまった。
 避難訓練の度に使われたセンターは、住民が津波の時に「まず、センターに逃げる」という意識が地域に定着した。
 当日、津波でセンターの2階の天井近くに水は達し、避難していた住民約200人のうち、160人以上が犠牲となった。
 岩手県釜石市は震災で1000人以上の犠牲者を出してしまい、「津波の映像を見ると体が震えるようになってしまった。自分の古里でもある地域にあるセンターにいた住民たちの顔を想像してしまう」からだと言う佐々木さんは、総務省消防庁に任命された「語り部」として活動している。


 明暗を分けたのは、紙一重で学校の校務さんが昭和の大津波を経験した父親から、「1bでも高いところに逃げろ」と教育されていたから、そのことを忠実に守った田代さんの提言に学校長が従い児童は助かった。
 大川小の例もある。

 一方で、釜石では避難訓練の際、正式な避難場所まで逃げることをしなかったことから、住民の心に津波は来ないという思い込みが出来上がってしまったことが不幸を招いたということになりそうだ。

 明暗を分けた事例はコロナ禍の政府の対応に重なる。

 徹底的なPCR検査をさせずに、経済優先政策をとった安倍内閣、菅内閣の失政で、すでに7000人ものコロナ感染者が死んでいる。

 小泉総理が自民党をぶっ壊してしまい、そのあとの安倍内閣が森友、加計、櫻を観る会と長期政権、かつ野党がダメなことをよいことに好き勝手をやって、日本をダメにしたとき、コロナが中国武漢から上陸した。
 1月4日の読売に新年展望として、自民党の谷垣禎一元自民党総裁が「昔の自民党は党内で疑似政権交代がなされてきた。
 さらに優れた指導者大平正芳元総理が「楕円の理論」として、二つの中心が均衡を保ちながら全体の調和を図っていくということを訴えていた」と語っていた。わかりやすくいえば、安倍、菅政権の如く独裁政権のようになってはだめだということだろう。

 アベノマスクを配るのではなく、PCR検査やワクチンを作るためにカネを使わないでどうするというのだ。

 国のリーダーがダメだと国は亡びる。

 日本は絶望的だ。 
posted by 遥か at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 災害対策