2025年11月30日

「困り事解決会社」高梁市の高校生

 旧城下町の高梁市の県立高梁城南高の生徒による「困り事解決会社」「JONANホールディングス」が設立された。商品パッケージや㏚動画で地域活性化だ。と11月27日の読売が「地域力」で伝えている。

 9月5日の山陽新聞のDIGITALによれば、資本金は地元企業などから出資を受けた10万円。生徒の企画や探究プロジェクトを商品やサービスにし、販売や収益化を目指し、8日に創業する。
 同高には電気、デザイン、環境科学の3科があり、専門的な学びを発展させ地域の課題解決を図る。
 商業系などでは指宿市立指宿商業高校や岐阜県立岐阜商業高校、兵庫県立長田商業高校で先例があるが、ものづくり系の公立専門高では全国初という。
 地域との連携も特徴だ。金融機関、商工会議所、観光協会などでつくる協力団体が収益性の審査や販路開拓などで支援する。
 市内では4月、市役所に高校生が活性化に取り組む「高校生みらい共創課」が新設され、市観光協会には中高生がスタッフを務める「ユース支部」が立ち上がった。


 高梁市といえば、『男はつらいよ』の舞台になったという記憶があり、調べたら、マドンナが池内淳子と竹下景子の2回だとわかった。
 『男はつらいよ』はほとんど映画館で観ているはずだが、加齢による衰えか、物語の方は明確には思い出せない。
 それでも、高梁市のことはいつか行ってみたいと思ったことを思い出した。
 その高梁市の県立高梁城南高校の生徒たちが「困り事解決会社」を設立、
 モノ作り系の高校としては会社を設立するのは初めてのことらしいが、学校で勉強した専門の分野を活かし、地域の活性化に役立つというのは嬉しいことではないか。

 東京一極集中は相変わらずであるが、地方都市と言えども、手をこまぬいているだけではじり貧というか、人口減少は止められない。
 そこで、世代を別にみてみると、なんと言っても元気のある世代といえば、高校生だから、その高校生が会社を設立することで街に留まれば、街に元気がでてくるのではないか。

 そのためには、高梁市といえば、『男はつらいよ』の舞台に2度も選ばれたくらいだから、この町ならではの佳さがあるわけで、だからと言って、知名度という点では、失礼ながら、まだまだという感は否めないので、高校生らしさを生かし、観光面でのインターハイを企画し、全国の街の高校生と知名度を高めるようなイベントを行ってみるのはどうか。
 観光面にとどまらず、高梁の特産品が何かわからないが、岡山なら桃太郎とすぐに出てくるくらいだから果物はどうか。ブランド化し、全国的に売り出す手助けをするとか、いろいろ考えられる。

 是非とも、高校生らしく、高梁の街に新風を吹かせてほしい。期待しエールをおくりたい。
posted by 遥か at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

「困り事解決会社」高梁市の高校生

 旧城下町の高梁市の県立高梁城南高の生徒による「困り事解決会社「JONANホールディングス」が設立された。商品パッケージや㏚動画で地域阿活性化だ。と11月27日の読売が「地域力」で伝えている。

 9月5日の山陽新聞のDIGITALによれば、資本金は地元企業などから出資を受けた10万円。生徒の企画や探究プロジェクトを商品やサービスにし、販売や収益化を目指し、8日に創業する。
 同高には電気、デザイン、環境科学の3科があり、専門的な学びを発展させ地域の課題解決を図る。
 商業系などでは先例があるが、ものづくり系の公立専門高では全国初という。
 地域との連携も特徴だ。金融機関、商工会議所、観光協会などでつくる協力団体が収益性の審査や販路開拓などで支援する。
 市内では4月、市役所に高校生が活性化に取り組む「高校生みらい共創課」が新設され、市観光協会には中高生がスタッフを務める「ユース支部」が立ち上がった。


 高梁市といえば、『男はつらいよ』の舞台になったという記憶があり、調べたら、マドンナが池内淳子と竹下景子の2回だとわかった。
 『男はつらいよ』はほとんど映画館で観ているはずだが、加齢による衰えか、物語の方は明確には思い出せない。
 それでも、高梁市のことはいつか行ってみたいと思ったことを思い出した。
 その高梁市の県立高梁城南高校の生徒たちが「困り事解決会社」を設立、
 モノ作り系の高校としては会社を設立するのは初めてのことらしいが学校で勉強した専門の分野を活かし、地域の活性化に役立つというのは嬉しいことではないか。

 東京一極集中は相変わらずであるが、地方都市と言えども、手をこまぬいているだけではじり貧というか、人口減少は止められない。
 そこで、世代を別にみてみると、なんと言っても元気のある世代といえば、高校生だから、その高校生が会社を設立することで街に元気がでてくるのではないか。

 そのためには、高梁市といえば、『男はつらいよ』の舞台に2度も選ばれたくらいだから、この町ならではの佳さがあるわけで、だからと言って、知名度という点では、失礼ながら、まだまだという感は否めないので、高校生らしさを生かし、観光面でのインターハイを企画し、全国の街の高校生と知名度を高めるようなイベントを行ってみるのはどうか。
 観光面にとどまらず、高梁の特産品が何かわからないが、岡山なら桃太郎だから果物が採れそうだから、ブランド化し、全国的に売り出す手助けをするとか、いろいろ考えられる。

 是非とも、高校生らしく、高梁の街に新風を吹かせてほしい。期待している。
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2025年06月14日

人口減 令和の処方箋 創生本部を常設の「庁」に

 人口減少や地方の地盤沈下に歯止めがかからない。再生策に決め手はないのか。地方復興に長年取り組み、霞が関で「ミスター復興」と呼ばれた岡本全勝元復興庁次官(70に「地方再生・令和の処方箋」をテーマに、6月8日の読売(編集委員吉田清久)が連載「あすへの考」で聞いている。

 「地方創生 本気で 大胆に」「創成本部を常設の『庁』に。中長期の具体的目標設定も必要」「企業移転や女性雇用 前例にとらわれない誘導策を」という見出しに誘われ岡本さんが発信する処方箋を見てみた。

 地方創生策のカンフル剤は見当たらない。戦略性のある対策に長期的に取り組むしかない。
 まず、少子化対策、過疎化対策を「我が国にとって最重要の政策課題」と位置付けなければならない。危機感が足りない。

 日本は1980年代に「豊かな国」を達成した後、30年間に及ぶ経済停滞、「失われた30年」という政治が機能しない時代があった。この間、地域に地盤沈下をもたらす経済格差が拡大、少子化も加速し、将来への不安が社会に広がっている。
 国民に、安心できる将来像を示すことは政治の大きな役割で、石破首相の「楽しい日本」の提唱もこの文脈で考えるべきだ。

 解決に向けて、政治家には先手の政策を打つことが求められるが、日本の政治システムは時代の転換に遅れた。その結果、転換に合わせた先手が打てなかった。
 国の針路を示す羅針盤を失い、向かうべき方向が定まっていない。地方再生がかけ声だけで、問題解決に至らないのはそのためではないか。
 「令和版・地方再生の処方箋」を見出すカギはそこにある。

 以上が要旨である。


 首都圏の田舎町に生まれ育ち、自宅を離れて生活した経験はないが、16歳の時、父親が病死した関係で、学生時代はカネがなくて、社会人になって、旅行ができるようになり、あちこち見聞を広めた。
 50代半ばを前に退職し、わが家に2本あった大黒柱が1本になってしまったが、待望の自由を手に入れた。
 還暦を過ぎた頃から、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で全国の慰霊碑を周るようになって、全国の都市を見学する機会が増えた。
 連れ合いの両親の田舎が上越の妙高だったことから、故郷を訪ねたら、そこは限界集落だった。

 越後出身の田中角栄さんが日本列島改造を唱えたときは、まだ、地方の地盤沈下、人口減少の問題は他人事だった。

 自分の目で見て、地方のシャッター通り、限界集落を知り、メディアからは地方の医師不足を知った。
 連れ合いの両親が妙高を出たのは働く場を求めてのことであり、生きていくためである。

 若い頃旅した青森は貧しかった。生きるために出稼ぎするくらいだから。語り継ぐ戦争で激しく心を揺さぶられた沖縄も観光収入くらいしかなく、米軍基地に依存せざるを得ないくらい貧しい。
 水俣病に苦しめられている水俣の漁村もまた貧しかった。貧しいという表現に失礼があれば謝るが、いずれも、人情というか、人々は温かい人が多かった。

 少子化対策に本気で取り組むつもりが自民党政権にはない。
 経団連から選挙資金が出て、労働者の派遣労働を認め、非正規雇用化で財界に協力してきたから、経済格差が広がり、結婚できないし、生活が苦しいから子どもを育てられない。
 米国に媚を売り、国鉄を民営化し、郵政を民営化し、今また、農協改革を目論む自民党。

 トランプ関税でも農業を犠牲にして、車を売ることにばかり目が向いている。

 地方創生をするなら、地方に住めるようにしなければならないが、能登半島地震が起きても、県も国も能登を救済しようとしているとはとても思えない。
 いつだれがどんな病気に罹るかわからないから医療施設が重要な役割を果たすが、地方に医師が不足しているとNHKが伝えていた。
 まず、農業、林業などの第一次産業で働く人々を増やすための政策が必要である。
 一次産業は六次産業化を進めることで雇用が増えるようにする。

 上下水道、道路橋梁、トンネルなどの修理で雇用を増やすことだって考えられる。

 要は、これまでの政策が間違っていたのだから、政策を転換するということである。
posted by 遥か at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

2025年01月16日

人材育成と地元への就職支援 地方都市の成長戦略

 日本は1人当たりの国内総生産が伸び悩み、賃金水準も低迷している。人口減少も進み、企業の生産性の向上と成長産業の創出が必要だ。
 東京圏への経済の集中と地方から東京圏への人口流出という課題もある。何もしなければ、地方の経済と活力は衰退していく。

 この問題にデジタルを活用することを提唱する野村総合研究所未来創発センター長神尾文彦さん(57)に12月29日の読売(吉田尚大生活部次長)が「あすへの考」で「地方都市の成長戦略」というテーマで聞いている。
 
 「地方の産学官がデジタルで連携して生産性を高め、東京などの大都市を介さずに国内外の企業を顧客や連携先にできる地方都市『デジタルローカルハブ』を作ること」を提唱する神尾さん。
 全国各地のデジタルローカルハブが日本経済を支え、雇用を生み出して人口流出に歯止めをかけるという構想である。
 実現させるにはITや脱炭素に詳しい人材の育成と、地元への就職支援が大切だと説く。

 経済の一層の活性化に向けて意見交換している盛岡市で「市内に岩手大、隣接する滝沢市に岩手県立大という知の拠点があり、近くには製造業が集まる北上市がある。盛岡都市圏はデジタルローカルハブなる力を秘めていると具体的な都市名を挙げて想像を膨らませてくれる。


 産官学の連携を進めるべき政治家が日本では一番ダメで、労働者の派遣労働を認め、非正規雇用化を財界の言いなりに進めた結果、少子化の大きな要因となっている。
 政治家といえば、石破首相は鳥取という地方都市の出身で、地方都市の成長を真剣に考えていることがその言動で窺える。
 日本列島改造を訴えたのは越後の田中角栄さんだし、ふるさと創生を訴えたのは島根の竹下登さんだった。
 角福戦争などと騒がれたこともあったが、石破さんはそういえば、角栄さん、竹下さんの派閥の流れをくむと耳にしたことがある。
 角福では角栄さんの方が目白に住んでいても、雪が多くて暮らしがたいへんな地方のことを考えていたような気がする。

 首都圏の田舎町に生まれ育った自分は東京一極集中、一時、集積の利益などとそのメリットを強調されたこともあったが、その恩恵を受けてきたことを自覚している。
 しかし、連れ合いの両親が越後、それも信越に近い妙高の生まれ育ちで、仕事がないから、首都圏に出てきたことを知り、地方に関心を寄せるようになっていく。
 さらに、連れ合いの母親の望郷の念から、故郷を二度訪ねたら、そこは9軒だけの限界集落だったことにも激しく心を揺さぶられた。
 現在、地方との関係は宇和島の吉田町から柑橘類を、秋田の大舘からロシア製法の黒パンを、そして、JAの旬鮮クラブだったかの果物などを取り寄せていることで地方の発展を願っている。

 我が国は、都道府県に国立大学が設置されているから、産官学が連携といえば、都道府県の数だけは、「デジタルローカルハブ」がつくれるはずだ。

 神尾さんのようなシンクタンクというか考える人と同時に、そのことを実践する役割を担うリーダーが求められているが、デジタルが使える年代の人をリーダーに若い人たちが呼応して立ち上がらないと先進国に対抗できない。

 とにかく、デジタルローカルハブ構想で、地方都市の成長、人口流出防止ができるように希望を持ちたい。 
posted by 遥か at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

2024年10月06日

保護フィルムで飛躍を遂げた西山ケミックス

 京都府宇治市の西山ケミックスが液晶保護フィルムの生産で業績を飛躍的に伸ばしている。と10月3日の読売(岩崎祐也記者)が「転換力」というタイトルで伝えている。教育現場を中心にタブレッド端末の受注増が追い風となった。

 スマートフォンやタブレッド端末、カーナビなど現代社会は様々なモニターにあふれている。
 ゴム加工会社だったが、デジタル関連事業を新たに展開し、経営を軌道に乗せたのは元証券マンの3代目森豊社長(53)。
 同社の強みは、端末の大きさに応じた液晶保護フィルムをオーダーメイドで生産する技術だ。25㍃・b(1㍃・bは1000分の1_)まで薄くできるという。フィルムを自動裁断できる最新機器を導入しており、短期間で大量の注文にも対応する。
 近年、業績を大きく伸ばしたきっかけは小中学生に1人1台のタブレッドを配備する国の「GIGAスクール構想」だった。
 「変化はチャンスにつながる。今後も作り手を育て、時代が望む製品を効率よく作れるよう工夫していきたい」という森社長。


 石破首相が誕生し、地方創生の交付金を倍増すると所信表明された。
 偶々、首都圏の田舎町に生まれ育ち、後期高齢者までどこにも転居したことすらないが、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で全国を周ってきたくらいだから、古くは田中角栄さんの日本列島改造とか竹下登さんのふるさと創生に関心を持ち、そして地方創生にカネをかけることに大いに賛成である。

 読売が「転換力」というタイトルで地方自治体や地方に本拠を置く会社などが地方を活性化させ、発展させようとしているリーダーなどの取り組みを紹介しているので、過去、何回か取り上げたことがある。

 所謂ふるさと、田舎に生家があって、自分は都会に住みついたまま帰らないという意味では、ふるさとはないが、連れ合いの両親が上越の妙高出身で、車で2度訪れているから、ふるさとの雰囲気は見てきた。
 そこは今では限界集落で、訪ねた当時で9軒だけしか住んでいないとのことだった。
 ご先祖の墓参りを案内してくれた叔母さんは「クマが出るのよ。この辺は」と言っていた。
 
 地方には働く場がないとはよく耳にすることで、熊本に半導体の工場を作るというから、これで就職できる人がいればと歓迎すべきかなと思っていたら、水俣病の熊本だから、公害の心配があるということを耳にした。
 詳しいことは調べていないが、せっかく田舎の水俣にチッソが工場を作っても、有機水銀垂れ流しで、水俣病を発生させたことと同じことが繰り返されれば罪は重い。

 京都府の宇治市といえば、宇治茶とすぐに出てくるが、西山ケミカルは従業員約35人だというから、雇用としてはまだ少ない。
 もっと大きくなって、もっとたくさんの雇用が生まれるように願っている。
 新しい需要、時代が求めている品物を見出し、生産することで、さらなる業績のアップで雇用を増やせる可能性がある。 
posted by 遥か at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

2024年01月24日

地方移住の光と影

 「おほかたこの所に住みはじめし時はあからさまと思ひしかども、今すでに五年を経たり。仮の庵もややふるさととなりて、軒に朽葉ふかく、土居に苔むせり。「鴨長明 今成元昭訳注『方丈記』現代語訳対照(旺文社文庫)の閑居の趣致」と地方移住もすぐに5年が経ってしまうことを引き合いに地方移住の成功例を取り上げている。
 「遊びをせんとや 仕事をせんとや」というタイトルの6回目「地方移住で職住接近」「『リモート』『協力隊』地域活動も充実」という見出しで1月16日の読売が文化の紙面で地方移住者が職住ばかりでなく、その地の文化の伝承にも役割を果たしていることを伝えている。

 広く移住希望者の相談に乗るNPO法人「ふるさと回帰支援センター」の高橋公理事長(76)は「コロナ禍を経て相談件数は右肩上がりだ。移住者は地域にとどまらず、日本の文化振興の一翼を担ってくれる。一層の環境整備に励みたい」と応援する。

 いま、移住への関心が高まっています。として、NHKが移住者のことを紹介する「いいいじゅー!!」が放送されている。
 ㏋によれば、番組は新しいライフスタイルや生き方を求めて一歩を踏み出した人々に密着するドキュメント。
移住先の生活は? 仕事は? 人間関係は? 移住のリアルをご紹介。
 友近さんのツッコミとあったかいナレーションで、移住者たちのチャレンジを応援します!

 2023年9月5日のNHK「クローズアップ現代」では、「『田舎はどこもこうなんですか?』地域おこし協力隊として高知に移り住み、カフェを経営していた男性が、建物を管理するNPOに退去を要求され、関係者がSNSに投稿。瞬く間に拡散されました。愛媛県でも地域おこし協力隊と地元住民との間でトラブルが。その地への移住も断念へ…。当事者たちの“すれ違い”はなぜ?全国各地の自治体で何がおきているのか?どうすれば移住者と地域との摩擦を減らすことができるのか考えた。」と放送概要が㏋に紹介されていた。


 移住問題の光と影のような成功例と失敗例が紹介されているのを見て、移住の難しさと成功すれば人生が変わってしまうほどの喜びをもたらせてくれることがわかる。

 首都圏の田舎町に生まれ育ち、小学校3年生まで近所の分校に通い、4年生から2`くらい離れた本校に行き、ここで給食を初めて食べた団塊の世代としては、理想に近いような暮らしができているのではないか。
 というのは、その田舎町が住宅開発され、田舎の割には東京に行くにも交通アクセスは地方とはくらべものにならないし、近くに映画館はないが、スーパーはあるし、まだまだ緑が結構残っていて、病院やクリニックもたくさんできたから住みやすい。
 そこにご先祖のお陰で、わずかばかりではあるが農地があったので、有機無農薬での野菜作りを実践できているからだ。
 つまり、移住する必要がないが、仮に生まれ育ったこの街に新住民が移住してきたとしたら、昔から住んでいる人と新住民との間でトラブルが起きることはもうないほど都市化されている。

 紙面では高知に移住し、「よさこい」に夢中になっている例が読売に、クローズアップ現代でも何故か高知でうまくいかなかった例が紹介されていた。

 食料自給率をアップさせるために農業を振興させたいと考えているので、農業というか自給自足的なことを考えて移住する人を応援したイと考えてきたので、移住が上手くいってほしいと願っている。

 上手くいく秘訣は互いが思いやりを持って接し、互いが理解し合おうとする姿勢にあるのではないか。
posted by 遥か at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

2023年11月03日

限界集落と「ポツンと一軒家」 故郷への思い  

 10月27日、定期的な通院で主治医の先生に診てもらって帰宅後、のどが痛くなり、近くのかかりつけのクリニックで薬を処方してもらった。
 しかし、翌日午後になって咳がでて、苦しくなり、日曜日はクリニックが休みだから、月曜日の朝一番に咳止めクスリを処方してもらった。
 本当に苦しい1週間で、木曜日になっても治りそうもないので、もう一度咳止め薬を処方してもらいにクリニックに行くと、咳止め薬がなくなったから薬局に行ってくださいと処方箋を渡された。
 
 薬局は行きつけで顔なじみの薬剤師に電話を入れてから、連れ合いに薬を取りに行ってもらったら、現在、咳止め薬が手に入りにくくなっているのは事実だとのことで、具合がよくなったら捨てずに念のため、とっておいた方がいいとまで言われた。
 行きつけのクリニックが近くて良かったとつくづく思う。
 
 文化の日の朝、NHKおはよう日本で「限界集落住んでみた 福島編」ドキュメンタリー。の再放送だろうか、少しばかり視聴することができた。
 
 「限界集落…65歳以上の割合が半分を超えた集落をこう呼ぶ。全国あちこちで数が増え、いま大きな問題に。でも限界集落ってそもそもどんな所なの?そんな素朴な疑問を胸に、ディレクターが1か月間実際に住んでみるこの番組。今回訪れるのは福島県南会津町にある山に囲まれた集落。そこにはいったいどんな暮らしがあるのか?深〜く入って、ありのままを体感。思わぬ発見と感動が詰まった新感覚のドキュメンタリー。」と㏋に解説が。

 小谷裕幸『ある限界集落の記録』(冨山房企畫)の書評が10月15日の読売に掲載されていた。その解説をしていたのが自分が近年関心を持ってみている堀川惠子さんだった。
 紹介された本を読んでいないにも関わらず、取り上げるのは心苦しい。それでも。堀川さんのことは書かないではいられない。
 堀川さんは「ポツンと一軒家」が長く愛されるのは高齢の視聴者が遠い故郷を思うからだろう。
 戦後、全国の農村漁村から若者たちが都会へ移り住んだ。地方の過疎地は、今、無人の原野に戻りつつある。と書いている。
 ドイツ文学者の著者は1940年、岡山の山村に生まれた。12の家族が暮らした昭和20年代の記憶は鮮明だ。と紹介している。
 そして、堀川さんもなき祖父母が暮らした山村の光景を思い出したというのだ。
 6年前、これが最後と両親と訪ねた時、集落はすでに無人。愛でる人のない燃えるような紅葉がただ夕日に照らされていた。
 本書を消えゆく故郷に生きた、名もなき人々への深い鎮魂の書だと紹介している。


 首都圏の田舎町に生まれ育った自分の連れ合いの両親は妙高の出身で、義母が元気だった頃、暗黙の依頼で故郷の様子を観に行ったことがある。
 
 2006年8月27日と2007年8月8日、いずれも1泊したのは近くの赤倉温泉ふるや旅館だった。
 家内の愛車パジェロで初めて行ったときは、近くの中村新田?に住んでいた義父の妹宅に寄り、義母の実家の跡地、義父の実家の跡地を案内してもらい、一族の本家に立ち寄った。
 一族の墓にも叔母が案内してくれたが、今、世間を賑わしているクマが出ると言われ、鈴をつけ緊張した覚えがある。
 今、住んでいる世帯は9軒ということで、典型的な限界集落となっていたのである。

 連れ合いが両親に連れられて子どもの頃訪ねた故郷。自宅の前を流れる川はあくまでも清く、顔を洗い、歯を磨き、水遊びした由であるが、上流にゴルフ場ができたとかで面影は全くなくて失望したことを思い出す。

 TVでいつも視聴している「ポツンと一軒家」みたいな本家には、豪雪地帯だから、雪を溶かす融雪池が庭にあり、湿地みたいになっているから蛇がたくさんいるような話で、自分にはとてもここには住めないなと思った。
 豪雪のときは2階から家に出入りすると聞いて、豪雪地帯に住むことの厳しさも教えられた。

 2度目に訪ねた時、わが家の後継者にも記憶させるために同行させた。本家の主の高齢の女性は不在で息子さんが留守番をしていた。
 墓を庭に移転させたとかで、そこで、お参りする際、尺八で1曲吹いたことが翌年からの語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で経を唱える代わりに尺八を吹くという自分のお参りのスタイルとなったような気がする。

 限界集落で、寺はあったが肝心の医者がいないから、自分のように持病があったり、すぐに風邪をひくようなやわな人間はとても生きていかれないことだけはよくわかった。

 「ポツンと一軒家」を視聴しているとき、どうしても訪ねた妙高の限界集落の光景を思い浮かべてしまう自分がいるのである。
posted by 遥か at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし

2023年10月14日

次世代型路面電車 地方の足 再生へ期待

 次世代型路面電車(LRT)「宇都宮芳賀ライトレール線」とJR九州のバス高速システム「BRTひこぼしライン」がそれぞれ開業して1か月が経過した。
 人口減少に直面する地方の「足」のモデルとなり得るのか注目される。と10月2日の読売が伝えている。

 スキャナーというタイトルがついた紙面で紹介されているのは8月に開業したLRTとBRTや先行例として富山ライトレール、宇都宮芳賀ライトレール線、JR気仙沼線・大船渡線BRT、BRTひこぼしライン。

 解説によれば、LRT(ライト・レール・トランジット)は低床式車両や段差の少ない停留所などで乗り降りしやすく、温室効果排出ガスの抑制も期待される。事業費が地下鉄やモノレールに較べて安い。
 BRT(バス・ラビット・トランジット)は専用道や一般道のバスレーンを組み合わせることで、路線バスより速く、運行時間の正確さが期待できる。
 鉄道に較べ路線を柔軟に設定でき、運行本数を増やしやすい。


 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で、北は北海道稚内から南は沖縄摩文仁まで慰霊碑を見つけてはお参りしてきた。
 2020年からコロナ禍で行かれなくなっているうちに、心身ともに著しく衰えてしまいこれから先どうなるかわからない。しかし、まだまだ、死ぬまで続けていきたいという気持ちだけは持っている。

 鉄道を使うとき、車窓を眺めてわが国が森林大国、樹林地が非常に多いことに気づかされたことはすでに書いている。
 街を走行する路面電車に驚かされたのは陸軍特攻隊の知覧に行ったとき、鹿児島市内でのことだった。
 繁華街天文館に行くとき、路面電車に乗ったが、電車大好き人間の一人としては、バスより数段楽しめる。

 記憶が確かなら、1973(昭和48)年の夏、青森から青函連絡船で北海道函館に渡り、この街に泊まったとき、路面電車に乗ったような気がする

 その後、被爆地ナガサキを訪れたとき、路面電車とまたしても対面となった。
 異国情緒漂うこの街には路面電車が似合う。
 
 次いで、同じく被爆地ヒロシマを訪れた時、路面電車に乗っているが、ヒロシマは2度行っているので、その都度路面電車に乗っている。

 確認していないが、空襲が遭ったことで知られる富山、さらには高知にも路面電車があるやに聞いている。
 富山はイタイイタイ病の資料館があるはずだから、コロナ禍にならなければ訪れているはずだった。

 過去路面電車があったはずの街としては、東京、大阪、京都、博多などがあり、その他の地域でも路面電車が走っているかもしれない。

 東京三多摩ではモノレールが走行するようになって久しいが、個人的な好みとして、バスは昔から苦手であったが、何故か路面電車は大好きだった。

 路面電車に近い雰囲気が漂っているのが江ノ電で、小田急線の藤沢と鎌倉間を走るときの海が眺められる車窓の風景がいい。

 温室効果ガスをたくさん排出する自動車と較べれば、明らかに路面電車などの方が脱炭素社会には似合っている。
 その路面電車とLRT・BRTの違いがもう一つ理解できていないが、鉄道切り捨ててきた社会に対し、鉄道の重要性をもっと理解し、かつ安易に廃線させないようにする必要がある。
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2023年03月06日

南三陸町で羊を育てる金井雄飛さん

 日曜日の夜は、「ポツンと一軒家」を視聴している。
 3月5日、昨晩の宮城県を舞台にした話は東日本大震災からまもなく12年ということで紹介されたのだろうと推測するが、いつもの内容と異なっていて、放送する価値のある非常に興味深いもので、どうしても書いておきたくなった。

 舞台は宮城県南三陸町、といっても俄に地勢とか説明できないが、東日本大震災で津波の被害に遭ったところだということくらいは知っていた。
 その時、学生だった金井雄飛さん(31)が災害ボランティアとして東京からかけつけ、瓦礫の片づけなど災害復興に尽力する。

 復興支援活動をしている中で、同じく災害ボランティアとして現地入りしていた神奈川県で建築関係の会社を経営していた金藤克也さんがNPO法人さとうみファームを立ち上げ代表理事となり、金井雄飛さんも仲間に加わる。

 災害復興から立ち上がり地域を振興させるためにファームで羊を育てることになり、金井さんは大学を中退し、移住して羊飼いに専念するのだ。

 金井さんが只者ではない、非凡な証拠は、海に面した土地だから、わかめなど海藻が豊富に採れるのだが、全て使えるわけではなく、食用にならない部位を廃棄していたのを見て、羊のエサに食べさせ、これが南三陸わかめ羊というブランド化に成功し、実際、わかめのミネラルをたっぷりとるようになった羊は食味が大幅に改善したというのだ。

 海に面し、里山がある街の麓で飼っていた羊の頭数が増え、山中で酪農家が廃業した牛舎などを借用して、電気も、水道もない場所で、麓から軽トラでポリ缶に入れた水を運ぶという聞きしに勝る重労働に耐えて羊飼いをしていた金井さん。

 番組のスタッフが訪れた時、近いうちに麓に下りることになったことを明かす。
 麓の酪農家が廃業して、空いた牛舎を借りられることになったのである。


 羊にわかめを食べさせたと知り、わかめといえば思い出す。
 NHKの「プロジェクトx」だったと記憶する。岡本おさみ作詞、吉田拓郎作曲「襟裳岬」で「襟裳の春は何もない春です」と森進一が歌った襟裳岬をわかめなどの海藻を肥料にして、土壌改良し、樹木を育てた話を取り上げていた。

 今、日本の酪農や農業がピンチに陥っている。
 理由は、飼料や肥料を外国に依存してきたからで、輸入飼料や肥料の価格高騰が酪農家や農家の経営を苦しめているのだ。

 日本はコメ余りだと言っては減反政策、牛乳が余るといえば、牛を減らせなどとあまりにも愚かなことをしていて、黙っていられない。

 飼料を国内で賄うことをやってこなかったつけがまわってきただけではないか。
 肥料は有機農業にすれば化学肥料が高騰しても影響は少ない。
 つまり、循環型社会にしていく必要があるということ。

 酒かす、おから、海藻類など、捨ててきたものがあるはずだ。
 これを飼料にすればいいし、家庭から出る残菜など所謂生ごみを分別回収し、飼料にすればいいのである。
 やる気があればできる。
 国産牛と言いながら、飼料を外国から買って、何が国産牛なのだ。おかしくないか。

 金井さんは信州で生まれ、海なし県で育っただから、海がある街が気に入ったのかもしれない。
 31歳の好青年である。
 南三陸町の若い女性たちはこんな好青年が未だに独り身だということで、放っておいていいのか。

 彼みたいな有能な好青年をつなぎとめておくために南三陸町の娘たちは羊を一緒に育てる気持ちになってくれと余計な心配をしてしまった。

 羊飼いだけではダメだから、これからは六次産業化し、採れた羊毛はクラフトで製品化し、肉を販売するだけでなく、加工し、一般に出回るようにしたい。

 とにかく、金藤さん、金井さんそして、地元の三浦さんだったか。エールをおくりたい。
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2022年11月02日

新潟より越後と呼びたい。雪は大変でも佳いところ

 語り継ぐ戦争だから、書く内容がどうしても冥。
 山崎ハコの歌ではないが、気分を変えて偶には明るい話題を取り上げたい。

 「事実、想像を超える温泉地、新潟県。」という見出しというかキャッチコピーが躍る紙面、10月29日の読売。
 温泉エッセイスト山崎真由美さんが「今こそ、『温泉天国』新潟へ」と新潟観光というか、全国3位の144の温泉地がある新潟県の温泉に行こうと呼びかけている。


 個人的なことで恐縮であるが、30数年一緒に暮らす連れ合いの両親が新潟県は妙高の村の出身であることから、新潟に格別な思い入れがある。

 飲食店を営む連れ合いの身内が勤め人だった頃、30数年くらい前のこと、新潟の店へ転勤を命じられたことがあり、その頃、一度車で上越に行ったことがある。
 その時、良寛さんで知られている出雲崎、寺泊、もう少しで村上という日本海側をドライブし、高田と直江津が合併し上越市となったという街にある上杉謙信の資料館?だったかは訪れたのだが、春日山城址に上らなかったことを今でも悔いている。
 このときは上越と新潟市内で2泊した。

 その後、連れ合いの母親が「もう自分は故郷に行くことができない」とつぶやいた望郷の念やみ難しという気持ちを汲み取り、2度妙高を訪れた。
 初めて訪れたときは、別の村に住む父方の叔母の嫁ぎ先にあいさつに立ち寄り、その後で、今では9軒しかない限界集落となっている村に一族の本家を訪ねた。叔母の案内で一族の墓にも案内してもらった。
 泊まったのは赤倉温泉だった。

 2017年8月に佐渡と語り継ぐ戦争で長岡を訪れた。
 佐渡では水金遊廓跡を訪れ、本興寺にある女郎柳川と虎吉の情死の墓にお参りした。
 長岡では戦災の犠牲者のお参りをし、河合継之助と山本五十六の記念館を訪れた。

 温泉には生憎興味も関心もないから、144か所もあるという新潟の温泉では赤倉温泉にしか泊まったことがないが、湯もいいし、鄙びた温泉の雰囲気があってよかった。

 というようなわけで、新潟に格別の思い入れがあるため、東京の表参道にある新潟のアンテナショップに数回行き、土産を買い求めたり、食事をしたこともある。

 興味と関心のある古民家暮らしを実践しているドイツ人カールベンクスさんの十日町竹所も新潟だった。

 新潟は芸能の面では瞽女さんが伝承してきた歌や三味線で知られているし、津軽三味線の2代目の高橋竹山さんも確か、新潟の柏崎だったかにお住まいだとか。

 スポーツの分野では詳しいことはわからないが、アルビレックス新潟という名前をよく目にする。
 
 阿賀野川流域での水俣病という問題があった事も忘れてはならない。

 新潟はその名が越後の時代から、雪という自然界が与えた魔物との戦いが続く。

 雪がなければ、住みやすい街だと断言できるが、雪があるから、雪解けの豊かな水でうまい米、美味い酒が造れるということで、雪といかに協調していくかが課題となっている。

 新幹線ができて便利になったから、もう一度新潟には行ってみたい。
 衰退するばかりの日本に必要なリーダーとして上杉謙信を見習った人物の登場を待ち望んでいる。
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2022年10月24日

古民家で暮らす 地方が日本を元気にする

 昨日、近くに住む親族が所用で東京に出かけ、手土産に九州は博多の銘菓「鈴懸」の鈴の最中とミニどら焼き鈴のえんもちの行李詰め合わせを買い求めてきてくれた。
 並んでまで手に入れてくれた由で、感謝である。
 新潟県産「こがね糯」で拵えたと書いてある鈴の最中の皮と餡子が実に美味で、嬉しくなってしまい、書いている。
 もともと甘いもの、特につぶ餡大好き人間だから、最中も大好きなのだ。

 さて、新潟県といえば、十日町の竹所に住む古民家の保存、復元、販売を手掛けるドイツ人カール・ベンクスさん夫妻。
 竹所で暮らす新旧の住人のコミュニティ、古民家での2022年の春から夏にかけての季節の移ろいと、カールさんご夫妻の故郷ドイツ訪問などを取材した「古民家村だより」が放送された由である。
 
 田舎に暮らすということであれば、未来貢献プロジェクトのオンラインシンポジウム「日本を元気にするまちづくりとはー都市と地方の両面から考えるー」が8月23日に開催された。と9月27日の読売がその概要を伝えている。

 基調講演をした日本総合研究所調査部主席研究員の藻谷浩介さんが脱一極集中強い社会へということで、地方の可能性に気づいてみてはどうかと地方がものをつくり、日本の輸出を支え、地方の総合力で稼いでいる。と地方の可能性について指摘している。


 銘菓に限らないが日本の地方にはそれぞれ、それと知られた名産品がある。
 伝統工芸品などその土地ならではの名品が先人たちの手で、拵えられ、今日に至る。

 古民家は、ドイツ人のカールベンクスさんがその良さ、柱と構造体を生かし、キッチンやトイレなどを最新の設備にし、断熱材や暖房器具などで冬の寒さ対策を工夫し販売して、TVでの放送もあって、多くの人に知られるようになった。

 古民家もまた先人の智慧であり、大都会東京には数少ない物件であるが、田舎にはまだまだ残されている。

 戦後、敗戦の焦土から復興を成し遂げた日本は、せっかくあった全国の鉄道を赤字だからという理由で次々と廃線にしてしまい、地方に人が住めないようにしてきた。

 東京一極集中の負の部分に目が向けられたとき、東京都は集積の利益ということで、一極集中こそが企業活動など大きな力になると言い出した。
 集積の利益があること自体間違っていないと思うが、人間らしい暮らしという視点に立てば、地価が高くて、分譲される住宅は駐車スペース2台を取るために庭木1本ない。
 これでは、神社仏閣、公園、街路樹以外の住宅地には緑がなくなり、ヒートアイランド現象で夏暑くてどうにもならない。

 視聴者からの依頼を受け、俳優火野正平が自転車で地方都市の目的地を訪ねる旅番組やタレントやスタッフが各地を訪ねる「昼めし旅」などで取り上げられる地方都市の住宅をみていると一軒一軒が明らかに東京より広い家が少なくない。
 
 これからの日本は農業の時代がやってくるはずで、地方が元気になれば、日本はまだまだ大丈夫だろう。
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2022年10月15日

祝! 鉄道開業150年

 1872(明治5)年10月14日、新橋・横浜間で、日本初の鉄道が開業して150年を迎えた。
 購読している読売は鉄道150年関連で特集記事を掲載するなど力を入れてこのことを伝えている。

 鉄道開業150年で、一番書きたいことはNHKが「10分で巡る日本の廃線」というタイトルだったと記憶するが、毎朝放送してくれたことがあり、赤字だからということで、廃線戦した日本政府のやり方に怒り心頭だということ。

 鉄道といえば、押さえておきたいこととして、日本国有鉄道所謂国鉄であるが、戦後の労働運動をリードした国鉄労働組合、動力車労働組合、所謂国労と動労の組合員がスト権を活用して、当局に物申した時代があったが、国労、動労をつぶしたい自民党政府は、国鉄の分割民営化を画策し、組合運動に熱心な職員は民営化後は採用されず、日本の労働運動は封じられたしまったことを忘れてはならない。

 その結果が派遣労働など非正規雇用の導入で、労働三法を形骸化し、労働者をいとも簡単に首切りできるようにしてしまった。
 ここから、日本社会の貧富の格差が拡大していき、食べられない子どもたちを救済するために心ある人が子ども食堂を開設し、その数、今日に至って全国で6000有余を数えるほどである。
 どう考えてもおかしくないか。子どもが食べられないで、拉致問題一つ解決できなかった元総理の国葬に多くの国民が反対しているにもかかわらず、多額の税金をつぎ込み強行した岸田内閣の支持率が下がる一方である。

 次いで、新幹線ができたことで、ビジネス客には明らかに利便性が向上した。
 旅行客に過ぎない自分にとって、首都圏の田舎町と京都、大阪が近くなり旅行を楽しむ機会が増えた。

 分割民営化でサービスが向上したトップに挙げられるのが、Suicaで、利用者が便利になった反面、500円を預かっているJRはこのカネの運用で大儲けしたことだろう。
 500円返せと言いたい。


 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で北海道の稚内、鹿児島、博多、長崎、熊本などのわ九州、沖縄に行ったときは飛行機をやむなく使ったが、徳山や青森には新幹線で行った。新幹線は便利だった。

 因みに、初めて旅行したのは、学生時代アルバイトで貯めたカネで京都に行った1972年2月末、連合赤軍があさま山荘で警官隊と銃撃戦を繰り広げているときだった。
 この時は、カネがなかったので、普通列車で大垣まで行き、乗り継いで京都にたどり着いた記憶がある。
 泊まったのが何と島原の遊廓があったところだというのはあとで知ったことだった。

 新幹線に初めて乗ったのは社会人になって、仕事で何回か利用したが、引率のような仕事だったので時刻表を持参し、旅館では金勘定ばかりで、全く楽しむことなどできなかった。
 仕事での引率は二度とご免、懲り懲りだ。

 個人的に旅行を楽しめるようになったのは、社会人になって、少しばかり、カネが自由になるようになってからのことで、当時の流行り歌ではないが、上野発の夜行列車、それも寝台車ではなく、4人掛けの座席で、終着駅青森で下車、青函連絡船に乗って函館に行き、知床、根室、釧路などを周った。
 次いで、やはり夜行列車で下北半島、津軽半島などを旅するようになった。
 当然、寝台車も使ったことがある。

 語り継ぐ戦争では、初期の頃はSuicaが全国共通に使えず、大阪ではICOCAで、九州は名前を失念したが、その後、私鉄のPASMOも含め、共通に使えるようになって利便性はさらに向上した。

 最後になってしまったが、どうしても書いておかなければならないのは、戦前、戦後、東北の寒村などでは貧しさに喘ぐ農民は娘を身売りし、その娘たちが忘八者の女衒に連れられ、吉原などの遊廓に列車で連れてこられた。
 戦後になると、金の卵などとおだてられ、田舎の子どもが集団就職列車で、上野に連れてこられた。 
 井沢八郎が歌った「ああ上野駅」にあるとおりだ。

 狭いようで広い日本列島。
 廃線で田舎に住めなくする政治が悪い。
 国の面積の7割が森林だから、廃線はそこに住むなと言っているのと同じこと。
 カネの問題ではない。
 田舎に住めなければ、日本の未来はない。
 鉄道開業150年、廃線をこれ以上増やしてどこへ行こうというのか鉄道事業者は。 
 鉄道はカネ儲けのためにあるのではない、
 住民の足を確保するためではないか。
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2022年10月06日

福島讃歌 伝えたいその魅力

 震災、原発事故からの復興の歩みを進める福島県の姿や食、観光などの魅力を伝える「チャレンジふくしまフォーラムin東京」が9月12日、よみうり大手町ホールで開かれた。
 首都圏のビジネスパーソンを中心に約180人が参加、福島という地域が持つ魅力を改めて見つめ直した。と10月1日の読売が広告の紙面で伝えている。

 福島県知事や日テレ「ザ!鉄腕DASH!!」のチーフプロデューサー島田総一郎さんの基調講演やトーク。福島を舞台に活躍する事業者らによるパネルディスカッションという内容である。

 日本経済研究所の蔵元賢士さんをコーディネーターに「モモがある」代表取締役齋藤由美子さん、「矢澤酒造店」代表取締役社長矢澤真裕さん、「陽と人」代表取締役小林味愛さん、6次産業化プロデューサー関東学園大学教授中村正明さんが福島との関わり、自分の立ち位置と福島の魅力を語っていて、当然応援したくなった。


 会津喜多方の大和川酒造から秋の新酒などの注文の案内が送られてきたので、酒と酒ケーキ、みそ漬けチーズなど、1万円くらいの注文をし、一昨日届いた。
 早速、昨日、近くのコンビニで支払いを済ませてきた。

 戊辰戦争のときから、長州が大嫌いで新選組の土方歳三を応援してきたこともあり、白虎隊まで戦った会津を今でも応援している。
 明治維新以降、長州の流れを汲む政治家が日本を悪くしたと考えているので、国葬の価値がない元首相の国葬にも反対の立場だった。
 戊辰戦争のことを考えれば、福島は原発をつくらせてはいけなかったにもかかわらず、建設を認めたから、こんなことになってしまったのが残念でならない。
 とはいうものの、原発事故から復興しようとする福島を戊辰戦争のことを考えれば、応援しないわけにいかない。
 
 福島には少し前に、総理の座を蹴った伊藤正義という優れた政治家がいたし、身内の汚職の嫌疑で失脚はしたが、佐藤栄佐久県知事というときの政権にも迎合しない政治家もいたが、安全神話がもろくも崩れた原発事故で酷い目に遭ってしまった。

 福島といえば、農業、コメ作りで知られ、当然、酒処でもある。 
 果樹栽培も盛んで、福島のモモといえば、山梨、岡山と並んでその美味いことでは定評がある。

 これら農作物や果樹などをいかに六次産業化と結びつけられるか、販売網など課題は少なくない。

 首都圏に住んでいる人にいかに応援してもらえるかということもまた福島の未来に関わってくる。

 福島を盛り立てるリーダーが一番求められていることで、リーダーたり得る若い人が熱く語っている姿を見てこれからも応援していくと決めた。
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2022年07月24日

地場産業 廃校舎活用で立て直す

 地場産業を立て直す拠点として、少子化などで閉校した学校を活用する試みが各地に広がっている。と6月17日の読売が夕刊で伝えている。
 山形県鶴岡市で蚕の飼育場に転用。岩手県紫波町は酒造りの担い手を育成するため、「酒の学校」に衣替えし、教室ごとに醸造施設を設ける案を検討している。 
 林業が基幹産業の群馬県中之条町は、廃校を「町木材活用センター」として23年度のオープンを目指し整備する。


 学校を建設するときはたぶん文科省からの補助金が使われているだろうが、当時の建物は古かった。
 団塊の世代としては、戦争から父親たちが帰国して、ベビーブーマーだったから、首都圏の田舎町に生まれ育った自分は小学校3年生まで近くの分校に行き、4年生から本校に通った。
 クラスは4クラスだったが1クラスに50人くらいいたような気がする。中学になると3地区の小学校から集まったので、AからG組まであったような気がする。
 その後、田舎町が開発され、人口が増えるとともに学校も建設されたが、第二次ベビーブームが終わると、少子化になり、相次いで学校が閉校になり、その後は教育センターだったか?解体して保育園になったかしたが、ここにきて、さらに、少子化で学校の統廃合を首長が企んでいるらしい。

 つまり、早い話が閉校した校舎が有効に活用されているとはとても思えないということだ。

 紙面で紹介されたのは自分が生まれ育った首都圏の田舎町とは異なり、いまでも明らかな田舎町のことだが、廃校舎の有効活用としては大変素晴らしい試みでエールを送りたい。

 養蚕も無論素晴らしいが、林業振興を折々、訴えている立場からすれば、群馬の中之条町が廃校を木材の活用センターにするというのは大賛成である。
 中之条町といえば、四万温泉があるところではないか。
 若い頃、職場旅行なるものがまだあった時代のことだが、行ったことがある。
 温泉など興味も関心もないけれど、山奥にあったように記憶する温泉は景色がいいところだった。
 
 岩手の紫波町の酒造りも将来有望である。
 酒を飲む人がいなくなることはないし、美味しい酒を造れば、売れることは間違いないからだ。

 ほかの街でも、廃校の有効活用を考えるべきである。
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2022年05月19日

弦楽器の職人 集う町に 加美町

 日本大好き人間の一人として、田舎に人が住めるようにということで、町おこしというか、地域おこしについても大いに関心がある。

 物心ついた時、それ以前からわが家では読売を購読していたが、その5月12日の紙面に「地域力」というタイトルで宮城県加美町が弦楽器職人の集う町を目指していると紹介されていた。

 「弦楽器の職人 集う町に」「学校誘致、若者呼び込む」という見出しで、惹き込まれた記事には、バイオリンの名器として知られるストラディバリウスを生み出したイタリア北部のクレモナを目標に「日本のクレモナ」を目指すというではないか。

 これは応援しないわけにはいかない。

 その核になるのが町が誘致した「国立音楽院宮城キャンパス」だ。
 3年制のバイオリン製作科やピアノ調律科、2年制の音楽療法科などのほか、高校卒業資格を取得できるコースを設けている。

 町内には、音響の良さで全国に知られる「中新田バッハホールがあり、街は音楽の街づくりを掲げてきた。


 TVのニュースで山口県阿武町で間違って振り込まれた貧しい家庭への給付金を返す意思なく、別の口座に移し、カネはネットカジノで使ったという24歳の屑男が警察に捕まったと伝えている。

 町にとって大変不名誉なことだが、よくよく聞いてみれば、24歳の屑男は転入者だから、こんなことができたのだろうと思えば、町民は、所詮流れ者だからと見ているかもしれない。

 脱線してしまったが、その阿武町は毎年、海外から演奏家を招いてジャズフェスを開催。町の知名度アップしてきたが、今回の一件で、知らない人がいないほど有名になったのは皮肉だ。

 神奈川県は川崎市も音楽の街を掲げている。

 尺八の仲間に聞いたところによれば、東京は町田市の田舎というかへき地(関係者がいたらご免)に小野路という街があり、ここにアーテイストというか手作り、もの作りをしている人が集まっていて、毎年、5月の大型連休の頃に作品展、たしか名称がやまいち祭りを開催しているそうな。

 知人がそこの陶芸工房で食器などを手作りしていると耳にしたことがあるから、間違いないだろう。

 コロナ禍で尺八の仲間、無論箏、三絃も含めて、演奏活動が厳しく、生活に影響を及ぼしているが、コロナが収束すれば、音楽活動はこれから大いに期待できる芸術分野ではある。

 ただし、楽器の職人といえば、友人の息子がギター工房を開いたということで、連絡をもらったことがあるが、食べていくとなるとかなり厳しいだろうと思う。

 しかし、手作りの楽器は世界に一つしかないといえばないから、価値があるといえばある。

 尺八でいえば、自分が使っている1尺8寸の竹は、今から、40年前に25万円支払って手に入れたものである。
 当時のこの金額はかなりの高額だった。最近は廉価で売っている製作者もいたりするが、気に入れば、金額では価値を評価できないものでもある。

 それだけに、加美町に弦楽器の職人が集まり、歴史に残る名器をつくってもらいたい。
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2022年03月30日

移住で人生のメークドラマ

 「人生のメークドラマ」「『疎』が程よい移住」という見出しで、3月20日の読売が「広角 多角」というタイトルをつけ、都会から故郷に帰った元プロ野球選手の川口和久さん(63)のことを紹介している。
 大阪本社文化部次長稲垣収という署名入りだった。

 野球に少しでも関心があった人なら、川口といえば、広島、巨人で投手として活躍したことで知っているはずだ。
 1996年に逆転優勝をし、「メークドラマ」の流行語を生んだ長嶋巨人優勝時の胴上げ投手でもある。

 川崎市に住んでいたが、母親の死を契機に連れ合いの意向もあり、故郷鳥取に移住することにしたということで、春からはコメ作りを始めるというではないか。

 田舎暮らしといえば、越後は十日町の竹所で古民家を再生しているドイツ人建築家カール・ベンクスさん夫妻と地域の人々との交流を描いたドキュメントがTVで折々の季節に流れている。

 近年、カールさんの手で再建された古民家を買い求め、東京から移住してきた熟年の女性が、生き生きと暮らし、すっかり地域に溶け込んでいる様子を知り、田舎暮らしが似合う人と、そうでない人がいるのだということが理解できた。

 田舎暮らしといえば、「ポツンと一軒家」や「人生の楽園」などの番組でも、田舎暮らしができる人と無理な人がいることがわかった。


 首都圏の田舎町に生まれ育ったから、移住することなど考えたこともない。
 大都会東京に行くことは滅多にないが、首都圏だから行く気になればそれほど遠くはない。
 かといって、田舎だから住んでいるところは結構樹木もあるし、第一、ご先祖から受け継いだ畑もあるということでラッキーこの上ない。

 放送があれば欠かさずといってもいいほど視聴している「ポツンと一軒家」であるが、視聴している人はおそらく60代から70代くらいと年齢層が限られているであろう。
 というのは、この世代がご先祖のことを一番考えている世代ではないかとみているからである。
 ご先祖の墓を守るというか、ご先祖が住んでいたポツンと一軒家で暮らしている住人の気持ちが同世代の自分には痛いほどわかるのだ。

 団塊の世代である自分は、お迎えのことも当然意識しながら日々暮らしているが、今の生活ができていることに対し、ご先祖に感謝することを忘れたことはない分、自分が同じような境遇なれば、同じように考えるような気がするのである。
 
 18歳まで生まれ育った鳥取に帰るということを人生の終盤に選択した判断は、連れ合いが背中を押したことが大きかったとしても、移住者を増やし、地域を活性化させるためには著名人が田舎暮らしをすることが大きな宣伝になることからもエールをおくりたくなる。

 その川口さんが春からコメ作りをやるというなら応援しないわけにはいかない。

 古民家など日本の文化大好き人間の一人である自分がたまたま首都圏の田舎町で生まれ育ったから移住することは考えたことがないが、仮に移住するとして、竹所に住むドイツ人のカールさんや地域に住んでいる人の声では雪の季節が一番の課題となることがわかった。

 この地に生を受け、暮らしてきたからか、住人は雪の大変さを嘆くわけではなく、共存共栄というか、雪を生活の一部として受け入れてきたことを知った。

 鳥取に移住した川口さんも、山陰地方は雪が多いことで知られているから、雪の季節、雪とどう付き合っていくかが課題となりそうだ。

 それでも、コメ作りをするというくらいだから、野菜も一緒に作ることになるだろうから、ぜひ、有機無農薬での栽培にチャレンジしてほしい。

 YOUTUBEで発信するということだから、期待している。
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2022年03月02日

陸前高田の種苗店主 ギター演奏で復興 希望と感謝

 「復興 希望と感謝奏でる」「陸前高田種苗店主」「スペインと縁 100曲投稿挑戦」という見出しで2月24日の読売が夕刊で陸前高田の種苗店主佐藤貞一さん(67)がギターを弾いている写真とともにあれから11年の3月11日を前に被災地で頑張る佐藤さんの様子を伝えている。

 震災の体験を世界に伝えるべく、辞書を片手に英語で37頁にまとめ、ボランティアの手も借りて自費出版をした。

 このことが縁となり、2016年3月スペインのバルセロナのグループから「講演してほしい」と招かれ、講演後、プレゼントされたのが、高校時代夢中になったクラッシックギターだった。
 趣味を問われたとき、ギターと応えたからだそうな。

 「感謝の思いを届けたい。」と演奏風景の動画をビデオレターにしようと毎日練習し、17年1月、イタリア映画『鉄道員』」の主題歌を初めて投稿した。1月末で目標の4分の3、75曲に達した。

 震災から11年、失ったものは大きいが人々とのつながりを手にしたことで、「生きてっからこんなこともできる」といのちの重みをかみしめている。

 
 佐藤さんのことは2017年2月に公開された小森はるか監督『息の跡』で紹介されていたので知っていた。
 英語で震災の体験談を綴ったことまでは映画で描かれていたが、その後、ギター演奏をビデオレターにしていた由で、映画を観て、独特な存在感がある人だなと思ったことが蘇ってきた。

 種苗店を営むということだったが、そういえば、種を蒔かなければ、花は咲かないし、野菜もできない。

 震災で外国人がやってきて質問されても、英語がよくわからず、思うように対応ができなかった佐藤さんが、英語で体験談を綴ったというのだから恐れ入る。

 そこから、スペインでの講演に招かれ、そこでスペインの国の楽器と呼んでもおかしくないギターをプレゼントされ、お返しにギター演奏を収録し、ビデオレターにしているというのだから縁は異なもの味なものというが、嬉しくなってしまう。
 
 さらに、そのギター演奏の最初の曲があの名作「鉄道員」とくれば、言うことなし。
 次いで、愛のロマンスとも呼ばれる「禁じられた遊び」だというから。わかっているな。この人はと思った。

 若い頃、NHKTVでギター教室が放送され、講師が阿部保夫先生だった。
 視聴して、何とか「禁じられた遊び」を弾けるようになったときの喜びは忘れもしない。

 震災から11年経とうかという時期を迎え、復興もそれなりに進んでいるとは思うが、原発事故だけは解決することなく人々を苦しめている。

 自然災害も時が解決するが、原発だけは例外で、収束の気配すらないから困ったものだ。 
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2022年02月14日

維新の大阪で“医療崩壊”東京と何が違うのか

 「大阪府“医療崩壊”で吉村知事は身動き取れず 西浦・京大教授の分析が示す東京との格差」というタイトルで2月13日のAERA,dotが維新の吉村行政、身を切る改革とは名ばかりで、保健所が機能しなくなっている現状を伝えている。

 新型コロナウイルス、オミクロン株の急激な感染拡大で、大阪府内の新規感染者数を厚生労働省の新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム「HER−SYS(ハーシス)」に入力できず、大幅な遅れが生じ、数を明確に把握できていないことが大阪で大きな問題になっている。

 入力の遅れは1月26日からはじまり、現在も混乱している。

 大阪は1月下旬以降、診断から入力までに「9日」もかかっているケースもあるという。

「この9日間、 陽性患者は保健所からの連絡もなく自宅にいることしかできない。これでは陽性患者を放置と言われても仕方がない」(厚労省関係者)

 「大阪は医師が保健所にファックスで新規感染者の報告を送信し、それを保健所のスタッフが手で打ってHER−SYSに入力するというアナログ方式が6割とのことです。東京は保健所ではなく、医師が直接、HER−SYSに登録する対応を徹底しているので遅れがあまり生じていないのだと思います」(東京都内の開業医)


 維新といえば、東京町田で市長、市議選が始まり、維新の公認候補が市長選に名乗りを上げているという。
 若い人だが、4年前に都議選に都民ファーストから出て、トップ当選したが、当選したら、都民ファーストから抜けて無所属という有権者からみれば裏切り者で、先般行われた都議選には出られず、市長選に維新から出るというのだから、一般的に考えるなら、無定見というかどうも信用ならない人間だとしか思えない。

 大阪の行政については、れいわ新選組大石晃子衆議院議員がNHKで厳しく批判していたことが的を得ていて府民、市民のための行政が行われていないことが今回のことで証明されたようなものだ。

 大阪では維新が強いかもしれないが、東京、それも市部では八王子に次いで人口が多い町田で維新の行政など嬉しくもない。

 首都圏は都民ファーストくらいならまだしも、維新が大阪でやっていることを再現してほしくない。

 大阪といえば、首都圏の田舎町で生まれ育った立場から、仕事で何回かお邪魔した時は別にして、個人的に大阪に旅行する前は距離があったが、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で訪れるうちに、親しくさせていただくようになった人々を含め温かい人が少なくないし、まず、何といっても食べ物が美味くて値段が廉価ということでだんだん好きになってきた。
 
 というわけで、コロナ禍で大阪の感染者が東京と較べて苦しんでいるとするなら、それは維新の行政がよくないからではないかと疑義を抱いた次第である。
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2022年01月18日

うきは市のばあちゃん食堂

 戦後間もない1947〜1949年に生まれ、社会に大きな影響を与えてきた所謂「団塊の世代」が2022年、後期高齢者とも呼ばれる75歳になり始める。

 1月4日の読売が社会保障の紙面に「安心の設計」というタイトルで年間連載「挑む」の第1部 「高齢社会の壁」と題し、福岡県うきは市で75歳以上の女性が働く場の創出や居場所作りなどに取り組む市内の会社「うきはの宝」の事業の一つとして展開されている「ばあちゃん食堂」を紹介している。

 「うきはの宝」は地元出身の大熊充さん(41)が2019年10月に設立した。きっかけは大熊さんが26歳の頃、バイクで事故を起こして大けがをし、入院生活は約4年にわたったとき、病室でふさぎ込んでいた大熊さんが同じ病院に入院していた「ばあちゃん」たちに励まされこと。

 退院後、「励ましてくれたばあちゃんに恩返しがしたい」とボランテイアで買い物や通院などの送迎サービスをした。
 送迎中のやり取りで高齢者がやることがない、年金だけの収入では生活が厳しいという思いを抱えていることを知り、高齢者の就労と孤立防止につながる事業を担う会社を企業した。

 うきはの宝ではおはぎやおにぎり、総菜を道の駅に出荷したり、調味料をネット販売したりもしている。


 うきはの宝のことを知り、すぐに高知の馬路村の柚子の六次産業化で村の高齢者が元気になった事や徳島の上勝町での葉っぱビジネスで高齢者が元気を取り戻した「彩」のことが頭に浮かんだ。

 一方で、いつも利用しているGSに朝、灯油を買い求めに行くと、隣にある「コメダ」では朝から駐車場がほぼいっぱいになるほど繁盛しているが、利用している人は年配者が多いようにみえた。

 隣を流れる川の畔を整備した散歩道を歩く高齢者も目に付く。

 このことは高齢者がやることがなくて困っていることを意味しているのではないか。

 同じ団塊の世代の一人としては、幸い、親ガチャではないが、ご先祖が残してくれた畑があるし、尺八や始めたばかりの津軽三味線もあるという事で暇を嘆く暇はない。

 介護ビジネスが盛んであるが、生産性ということでみれば、元気な高齢者に働いてもらった方がいいので、人手不足の業界では積極的に高齢者を雇用すべきであるし、高齢者の能力を活かした仕事に就いてもらえれば、介護を受ける人は減らせるはずだ。

 働ける人はいつまでも働いた方がぼけなくていいし、収入が増えればそれに越したことはないだろう。
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2021年11月24日

移住サポーター、移住先の調査はしっかりと

 またしても歯の具合がよくなくて恐怖の歯医者通いが先週から始まった。
 今日から、本格的な治療が始まると予告されたが、実は恥ずかしながら、古希を過ぎて入れ歯になってしまった。
 自分の人生でもう一度やり直せるチャンスを神様が与えてくれると言ったら、入れ歯を何とかして欲しいと願っている。
 歯の手入れがよくなかったのだ。磨き方を今でも歯医者に注意されるのだ。
 たかが歯ではない。ことは歯だけにはなしにならない。

 さて、生まれてから世話になっていた歯をダメにしてしまったから、入れ歯ということで、頭に浮かぶのが普段から関心が高い移住、田舎暮らしについて書いておきたい。

 「取材帳 田舎で新生活5」編集委員 阿部文彦と署名入りで「ふるさと回帰支援センター 私たち 移住サポーター」という見出しで、移住者への支援をしているサポーター3人が11月9日の読売夕刊で紹介されていた。

 さらに、同じ読売の11月16日の夕刊では山梨県北杜市が「人気移住地 産廃の悪臭」「業者が放置 撤去苦慮」というとんでもないことが起きていることを伝えている。

 興味を惹かれたのは3人の移住サポーターのうち、「青森にはまった東京人」という見出しで紹介されていた澤千絵さん(29)で、首都大学東京(現都立大)3年生の時、ゼミの教官が以前、弘前大学にいた縁で、仲間と青森で合宿したことと太宰治のファンだったことから、すっかり青森の魅力にはまったというわけ。

 「住んでいる人々の関係性が深くて親密。自分の暮らしがどのように成り立っているのかが実感できる。 
地方暮らしの佳さを感じた。」と青森にシンパシーが芽生えた。
 結果、移住に関わる仕事としてセンターの職員採用試験に臨み、青森のために役立ちたいと。


 「津軽海峡冬景色」という歌が流行ったことがある。
 上野発の夜行列車で訪ねた青森。
 四季それぞれの佳さがあるが、春は弘前の櫻、雪解けの十和田。
 夏は青森のねぶたと弘前のねぷた。五所川原にも。
 秋は弘前のもみじ祭り。十和田、八甲田も紅葉が。
 冬は浅虫の湯につかり、善知鳥神社への初詣。映画にもなった八甲田の雪景色。

 ということで、青森のねぶたで跳人として参加し、仮装行列に参加したりという事で自分も大いに親近感を抱いている。
 澤さんが見抜いたように関係性が深くて親密で、男女関係が緩いというか、極めて寛容だとみているので人間はいい人が多いような気がする。
だから、雪を除けば、住みやすいところではないか。
 
 男女関係が緩いことは、かつて、大相撲とバレーボールの世界で活躍した男が重婚騒動を起こしたくらいだし、民話などでも夜ばいの話があったりする。

 一次産業くらいしか仕事がないので、移住となると、覚悟していかないと大自然の厳しさに圧倒されてしまいそうだ。

 山梨の北杜市は以前書いたことがあるが、小学校の時からの幼馴染の女性が移住しているので、産廃など捨てられては困る。
 移住先の調査をしっかりやらないと行ってから困ってしまう。
 県にはしっかりしてもらいたい。

 国策で移住となると、かつての満蒙開拓団や北朝鮮への帰還で騙された例があるが、自分の自由意思であれば、今の生活を変えるという事でも、移住は悪いことではない。

 ただし、それなりのかっくごが必要だ。
posted by 遥か at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域おこし