晩秋(10月25日)の岩手県二戸市、漆掻きシーズンの最終盤、鮮やかな紅葉に彩られた山間の漆畑で泉山組合長の指導の下、漆を掻く清野華子さんが写った写真が新聞に大きく掲載されている11月13日の読売の「ズームアップ」。
「漆=伝統文化という固定観念から離れ、様々な人たちと漆の可能性を模索したい」と日々、研修に励んでいる清野さん。2017年6月宮城県多賀城市から移り住んだ。
読売によれば、生活スタイルの変化や安価な中国産漆の登場により、日本の漆畑と漆掻き職人が激減している。
国内最大の生産地である岩手県二戸市では、最盛期に約300人いた漆掻き職人が現在26人に落ち込んだという。2016年度、少しでも職人を増やそうと、「うるしびと」制度を導入し、職人候補を非常勤職員として採用し、最長3年の技術研修を行う。
清野さんの他に3人が研修中だ。
漆掻き職人と共に道具職人も減った。木に傷をつけて採取するときに使う「漆カンナ」を製作できる職人は全国に1人しかいないという。
漆カンナの製作技術伝承の教材づくりも鍛冶工房「小信」の斉藤和芳さんが進めている。
約90万本あった漆の木も約15万本に減った。
先般も書いたが、国内で年間に消費される漆約50dのうち、国産はわずか、1.2d(2016年度)だから、文化庁が国産漆の保護と修復技術の伝承のため、国宝、重要文化財建造物の保存・修理には、原則として国産漆を使用する方針を打ち出した。
来年度の国産化100%の目標達成のため、必要とされる漆は約2・2d。
20年にわたり国産漆への支援を続けるNPO法人「壱木呂の会」は、茨城県常陸大宮市で漆畑を増やすためにオーナー制度を取り入れ、生産組合と連携し、苗木づくり、植林も進める。
戦争に敗れた日本。進駐してきた米軍は、戦後72年経っても、日本で広大な面積の基地を占拠したまま、返還しようともしない。
団塊の世代だから、米国が陰で支配する施政下、学校給食で脱脂粉乳など米国型パンの食事にならされるようになり、その策略が見事に的中し、小麦を輸入しなければならないパン食が増え、コメの消費がどんどん減っていく。
伝統文化、芸能、工芸などとほとんど無縁な歴史のない米国は、日本人の文化を変えてしまおうと日本人を洗脳し続け、こちらもその策略が効を奏し、和紙や漆など日本が世界に誇る文化、伝統工芸などが衰退してきた。
ようやく、このことに気づいた心ある人々によって、文化庁というお上のご意向もあるが、国産漆の生産を増やそうという試みが始まっている。
漆畑家を所有する農家、漆掻き職人、その道具職人等関わる人に、目先のことにこだわらずに日本の文化伝承のため、がんばってくれていることに敬意を表し、エールをおくりたい。
日本の風土から生まれた漆を使った漆器が日本全国にあることは前回書いた。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚でお経の代わりに吹く尺八も漆を使っていると書いたが、漆はかぶれるからこそ、近づいてはいけないもので、それを木工品の劣化を防ぐために使用した先人の知恵に価値があるので、見方を変えれば、神が与えてくれたものだ。
漆の生産は国家プロジェクトでやるべきことだから、漆畑を昔みたいに天領にするなどして保護していくことも考えていく必要がある。