2022年05月28日

イタイイタイ病 家族の辛苦を次代に

 日曜日の紙面で、時の人を紹介する読売の連載「顔SUNDAY」、5月22日はイタイイタイ病対策協議会の3代目会長小松雅子さん(66)だ。

 生まれ育った富山県婦中町の神通川流域で発生したイタイイタイ病は1968(昭和43)年5月8日国が認定した公害病だ。

 初代会長で2010年に死去した義久さんを父に持ち、「娘としての使命だ」と会長を引き受けた。

 イタイイタイ病の原因は鉱山から流出したカドミウム。カドミウムに汚染された農地、水田に実ったコメを食べた農民が、腎臓に障害が出て骨がもろくなる。

 子どもの頃、同居の祖母が体を動かすたび、痛みに顔をしかめる様子を目の当たりにし、「いたぁい」と言い残してこの世を去る場面にも立ち会ったそうな。

 父は祖母や近所の人が苦しむ姿に心を痛め、1966年に住民らと協議会を結成。鉱山の所有企業に損害賠償を求める訴訟の先頭に立った。

 今も腎臓の障害などに苦しむ人はいる。
 「原因企業と緊張感のある信頼関係を持って活動する。祖母の犠牲や父の苦労を次の時代にも伝えたい」と決意を語る。

 2012年から県立イタイイタイ病資料館の語り部として、小中学生ら1万2000人に祖母や父の体験を伝えてきた。


 小松さんのことを書きながら、そういえば、語り継ぐ戦争で、富山県はまだ訪れていなかった。イタイイタイ病の資料館が富山市にあるというからにはいずれの理由にしても、訪れなくてはならない。

 同じ公害病である水俣病に関しては2017年の6月に水俣病の資料館を訪れ、慰霊碑に手を合わせてきたことから、コロナ禍で意気消沈していた己に発奮する材料を頂いた。

 水俣病については何回も書いているが、チッソの工場から有機水銀を処理しないまま水俣湾に排出されたことが原因で、汚染された海で育った魚を食べた人間、猫にその症状が出た。

 イタイイタイ病は鉱山から処理しないまま神通川に排出したカドミウムに汚染された川の水、その汚染水で汚染された水田で収穫したコメを食した農民がイタイイタイと死ぬまで訴え続けた。

 水俣病では原田正純医師、イタイイタイ病では荻野昇医師、この二人の医師によって、治療、研究され広く世間に認知されることとなった化学物質による中毒である2大公害病。

 小松さんの父親が協議会で頑張っているとき、目先のことしか考えられない愚か者が、コメが売れなくなると父親を罵倒したとも。

 水俣でも、原因不明だった頃、村八分の差別を受けたという事実を杉本栄子さんが証言していた。

 水俣病とイタイイタイ病、共通点がある。

 原因物質が有機水銀とカドミウム、犠牲となったのが、汚染された魚、汚染されたコメを食べた生産者というか漁民と農民。

 犠牲者の死ぬまで続く苦しみ。

 同じ人間として、同時代に生きた人間として、何もできなかったことに対する贖罪の意識を抱く。

 足尾鉱山での鉱毒事件がわが国では最初の公害のように伝えられてきたが、イタイイタイ病でいえば、大正年代にすでに田んぼで稲の生育がよくないと気づいていた農民がいたらしい。

 戦時中の増産の時代にあっては、相手が軍部だから、田んぼがおかしくなっているなんて文句はいえなかったはず。
 
 水俣病に関しても、公式確認は1956年5月1日ということになっているが、現実は、もっと前から体調不良に悩まされてきた漁民がいた。

 いずれも、お上が企業寄りだったから、犠牲者が増えたことだけは間違いない。
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2022年05月22日

脱炭素に逆行 神宮外苑再開発で樹木約900本伐採

 NHK首都圏情報ネタドリ!「神宮外苑はどう変わる?再開発と都市の緑のゆくえ」を視聴した。

 番組の㏋によれば、「神宮外苑が再開発で大きく変貌しようとしている。神宮球場と秩父宮ラグビー場の建て替え、さらに高層ビルの建設など、工事は15年程度かかる計画とされているが、一部の近隣住民や都民からは戸惑いや情報公開の進め方に対して不満の声があがっている。
 また約900本の樹木の伐採や歴史的な景観の変貌などに慎重な意見も。貴重な緑が残り、スポーツの聖地としても親しまれてきた公共空間、その再開発に揺れる現場をネタドリ!」と㏚されていた。

 5月11日の読売が「脱炭素 地域特性生かす」「ビル屋上に太陽光」「牛排せつ物で発電」という見出しで気候変動対策に取り組む第一弾として環境省が選定したと伝えている。


 カーボンニュートラル、脱炭素、言葉はともかく、地球温暖化を防止するはずの時代に地球温暖化を防止してくれている明治神宮外苑の樹木約900本を伐採するというのだから、明治神宮の所有地だから、仕方ないではすまない。

 神社、寺というものは、住宅開発で街から樹木が消えていくとき、公園や街路樹とともに樹木の最後の拠り所だったはず。

 首都圏の田舎町に生まれ育ち70有余年。
 緑豊かだった田舎町も広い敷地に樹木が多数植えられていた屋敷で、相続が発生すると敷地全部あるいは敷地の一部が売却され、建売住宅が建築されてしまう。
 一軒あたりの敷地が40坪あるかないかという狭さだから、駐車スペース2台確保すると樹木を植える土地など全く残らない。

 わが家は地主たちの屋敷みたいに広くないが、それでも、植木屋に毎年、植木の刈込を依頼する程度の樹木があるので、夏、猛暑でも暑さがしのげて、エアコンを使わず扇風機だけで過ごしているのが自慢である。

 それでも自分が死ねば、どこか売らなければ相続税が納められないので、現状のままということは考えられず、そうなると樹木を伐採することになり、エアコンがなければ夏を越せなくなってしまうだろう。

 というくらい、樹木の果たす役割には脱炭素の時代に期待がかかるのである。
 しかも、約900本、それもそれなりの年数が経っている太さの樹木だ。

 何を考えているのか理解に苦しむ。

 自由主義社会だから、所有者がやることに口出しはできないが、価値観の問題として、樹木の重要性がわからない人間にわからせることは至難の業である。

 それでも敢えて言いたい。

 樹木900本伐採したら、少なくとも、植栽について考え直してもらいたい。 
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2022年05月13日

再エネ発電設備 導入と管理で検討会

 2050年カーボンニュートラルとエネルギー基本計画で掲げた2030年度に再生可能エネルギー36〜38%という目標の実現には、太陽光など再生エネルギーの主力電源化が必要である。
 しかし、災害や環境への影響や不法投棄への懸念を払拭するため、政府は地域と共生した再生可能エネルギー導入拡大を進めいくことが重要との考えで検討会を設置した。とJAcomと4月19日の読売などメディアが伝えている。

 2017年の固定価格買取制度(FIT)の開始で再エネは大幅に拡大した。とくに設置しやすい太陽光発電は2011年度0.4%から2020年度7.9%に増加している。

 2030年度にめざす電源構成では再エネは36〜38%となっており、太陽光発電は現在の2倍、風力発電は5倍にする必要がある。

 国際機関の分析では日本の再エネ導入量は世界第6位で太陽光発電は世界3位となっている。国土面積あたりの日本の太陽光導入容量は主要国で最大、平地面積ではドイツの2倍となっている。

 ただし、地域のトラブルが増加しており2016年10月から22年2月末までの850件の相談が経産省に寄せられている。

 再エネ導入による地域住民の懸念が顕在化し、実際に法令遵守できていない設備や地域で問題を抱えている設備が存在するという。

 林野庁によると林地でも開発行為が平成25年度から令和2年度までの累計で1万3000件、面積で約1万9000haになっているという。

 問題点として不浸透のパネルで地表の大部分が覆われるため雨水が地中に浸透しにくいことや、地表が長期にわたって裸地のままとなること、採光を優先するため森林は障害物となることなどが挙げられている。


 21世紀のヒトラー+スターリンこと悪魔殺人鬼のプーチンがウクライナに侵攻、侵略し、ウクライナ住民を虐殺していることに対し、ウクライナの自由と祖国を防衛するために、ウクライナの人々は西側からの武器の供与を受けて敢然と立ち向かっている。

 資源大国ロシアに対し、西側諸国は経済制裁で停戦を迫るも、天然ガスや石油の売却でEUに影響力を保持しているロシアは平然と、戦争を継続してきた。

 ウクライナからは遠く離れた日本でも、ロシアから天然ガスの掘削権利を買い求め、天然ガスを日本に運んでいるため、せっかく手に入れた権利を手放せず、経済制裁だと言葉だけは威勢がいいが、現実はエネルギーのロシア依存から脱却し、自給率を高める必要に迫られている。

 原発はロシアがウクライナの原発を攻撃したことから、日本も原発が北朝鮮やロシア、中国からの攻撃目標とされるため、これからは脱原発でいくよりない。

 脱原発、かつ再生可能エネルギーの導入では有望なのが地熱であるが、経産省調べで20年度実績が0・3%と極めて低調である。

 太陽光は蓄電池という課題があるが、何といっても、設置場所における土壌などへの負荷、土砂災害への影響が問題で、さらに、パネルの廃棄となれば産業廃棄物となり処分量が問題となる。

 とはいうものの、再生可能エネルギーをどんどん活用していくためには、検討会だろうが何だろうが、設置して、トラブルを減らす必要があることはまちがいない。 
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2022年05月10日

猛毒ダイオキシン含む除草剤46山林に

 15道県の計46か所の山林に、半世紀前から猛毒のダイオキシン類を含む除草剤が埋められたままになっている。と5月5日の読売が怖ろしいことを伝えている。

 当時は安全に焼却処理する技術が確立されていなかったためだ。除草剤にはベトナム戦争で、がんや先天性障害などの被害を引き起こしたとされる「枯れ葉剤」と同じ成分が含まれており、林野庁は撤去に向けて検討を始めた。(虎走亮介と署名入り)

 1971年12月、佐賀県吉野ヶ里町の国有林に猛毒のダイオキシン類を含む除草剤「2・4・5ーT系」の除草剤945`が埋められた。約1`離れた場所には福岡市民の水がめの「五か山ダム」がある。


 5月8日のNHK「マイあさラジオ」「今日は何の日」で1968(昭和43)年のこの日、富山県の神通川流域でのカドミウムによる公害病イタイイタイ病が公式確認されたことを伝えてくれた。
 その前、1956年5月1日には有機水銀による中毒水俣病が公式確認されている。
 もっと前、明治時代には栃木県の足尾鉱山での鉱毒事件が起きている。

 1960年代から70年代にかけてのヴェトナム戦争で、ダイオキシン入りのナパーム弾、枯葉剤が大量に撒かれたヴェトナムで多数の奇形児が誕生したし、撒いた側の米兵の家族にも奇形児症状の子どもが生まれたニュースが流れている。まく

 16歳になったばかりの頃、父親が病死したため、それまで、父親が休日にやっていた畑での野菜作りができなくなり、畑が荒れ放題で、樹木が延びてきたり、ごみを多量に捨てられてしまい、挙句、煙草の火で放火され、消防署から厳しく𠮟られたことがある。

 ちょうど、父親が亡くなってから10年くらい経っていただろうか。
 畑に捨てられたごみを片付け、開拓民のように開墾から始め、梅や栗の木を植えた。
 草刈まで手が回らず、やむを得ず、一度だけ除草剤を使ったところ、緑色だった草がすぐに黄色に変わったのを見て、恐ろしくなった。
 というのは、ヴェトナム戦争に反対する立場だったから、枯葉剤の怖ろしさをよく知っていたからである。

 以降は、除草剤を使わず、鎌で草刈し、やがて、周囲の地主と一緒に緑住ミニ区画整理事業が始まり、道路が整備され、水道なども敷設された。
 それから、本格的に有機無農薬での野菜作りを始めた。

 だから、除草剤の危険性については誰よりも詳しい。
 除草剤も農薬も全く同じもので、人体に危険であるが、化学肥料もミミズが死んでしまうことから、危険なものであることは農薬と大して変わらない。

 その危険な除草剤を地面に埋めるというのは容器を使ったとしてもバカがやることだ。
 土壌が汚染されてしまえば、取り返しがつかない。

 水俣では、海を浚渫して埋め立てたが、有機水銀が堆積した土をどこに捨てたかまでは調べていないから不明である。それでも恐ろしい。

 原発の使用済み核燃料の処分ができないため、原発はもう駄目だと訴えているのも似たような理由である。

 土には微生物がいて、有機物は土に帰るが、化学物質は微生物を殺してしまう。
 山に除草剤を埋めるという天に唾するようなことを考えたのはどこのバカだ。

 水源が汚染したらどうするのだ。

 公害病はすべて、有機水銀やカドミウム、ダイオキシンなど化学物質によるものではないか。
 自分で自分の首を絞めてどうするというのだ。

 回収を急ぎ、中和させるというか処理して、安全性を担保してから処分する必要がある。
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2022年05月02日

水俣病は解決していない。

 水俣病の公式確認から66年の1日、熊本県水俣市で二つの慰霊祭が営まれた。
 
 水俣湾不知火の海に面した公園というか広場にある慰霊碑の前で市が主催した一方で、鹿児島県境近くの「乙女塚」では、患者や家族らでつくる「水俣病互助会」の慰霊祭が営まれた。遺族や患者、支援者ら約70人が被害の歴史をかみしめ、犠牲者に鎮魂の祈りをささげた。
 
 乙女塚は1981年に建立。21歳で亡くなった胎児性患者の上村智子さんの遺品などが納められている。上村さんの父で互助会会長の好男さん(87)は体調不良で欠席したが、事務局長の伊東紀美代さん(80)や胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんも参加している。


 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚ではあるが、自由のために書き続けてきた立場から、遊女、女郎と呼ばれし女性や水俣病の犠牲者など自由を奪われた民の慰霊碑にも手を合わせる旅をしてきた。

 水俣を訪れたのは2017年の6月のことだった。
 駅からタクシーで資料館に連れて行ってほしいと頼んだら、運転手氏が気を利かせてくれ、チッソが工場廃液を流した場所に案内してくれた。
 日常生活では車があるので、ほとんどタクシーを使うことはないが、旅に出た時は、タクシーのお世話になることが少なくない。
 旅先でタクシーのお世話になると短い会話の中で、いろいろなことが聞けるのでありがたい。
 水俣でも、車中で慰霊碑にお参りするために訪ねてきたことを明かし、お参りが住んだら、迎えに来てほしいと頼む。

 資料館に行ったときに感じたのは、理由は不明ながら、施設が患者寄りでないということ。職員の応対なのか、雰囲気なのかわからないが、そんなことを第一印象として感じた。

 ヘドロというか海底を浚い、汚染した土を処分したという海はあくまでも波静かだったが、浚渫して埋め立てという公園というか広場を散策し、慰霊碑を見つけたので手を合わせた。
 若い頃、水俣病のことを知りながら、日常の生活に追われ、ようやく訪れることができた水俣。

 迎えに来てくれたタクシーの運転手氏が教えてくれたのが、慰霊碑がもう1か所あるということ。
 運転手氏も場所はわからないみたいで、漁村らしき集落を抜けるとき、一軒の家に立ち寄り、場所を確認してくれた。
 車窓から見た漁村は豊かでないことが一目でわかる建物が目につくばかりだった。

 たどり着いた場所が乙女塚だったのである。
 乙女塚のことはすでに書いた覚えがあるので省略するが、車いすの坂本しのぶさんがいつも慰霊祭に参加している由であるが、舗装もしてない上り坂は介助の手がなければ上れないはずだし、ご本人も大変だと思うが今年もTVに映った坂本さんの様子をみて、胎児性の水俣病患者のつらさを再認識させられた次第である。

 コロナ禍で月に一度は出かけていた映画館に行かれなくなって久しいが、2021年9月28日に久しぶりに観たのが『MINAMATA』で、再び、水俣病のことを常に考えるようになった。

 古稀を過ぎて、心身の衰えが目立ち、記憶力の低下で自分のレベルが年々落ちていくことに恐怖を覚えているが、それでも、水俣病の慰霊祭を観て勇気をもらった気がしている。

 あんなに大変な思いをしている人がいるのだから、自分も発信を続けていかなければならないということである。
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2022年03月13日

環境を守ることが幸せの連鎖に

 2011年3月11日の東日本大震災から11年を前に、原発事故が起きた福島など5県からの食品輸入を停止していた台湾が21日付で禁輸を解除した。と2月27日の読売が伝えている。

 福島にとって、台湾は農産物輸出量の8割近くを占めたこともある主要な取引先だった。
 キノコ類などを除く取引が11年ぶりに再開され、以前のように売れるかは未知数だとしながらもコメ農家などが声を弾ませているという。

 原発事故で改めて環境問題が問われているが、「この世に生きるマナー」というテーマで読売が夕刊で登山家服部文祥さんのやや過激な環境保全派だと自任する立場からのエッセイに「環境を守ることで幸せの連鎖になれば」ということが3月9日の紙面で発信されていた。

 「人類は地球にとっての腫瘍だと考えるとしっくりくる」と気づいたという服部文祥さん、せめて良性の腫瘍でありたい。というところに環境保全派の矜持が垣間見えてくる。


 炎症性腸疾患クローン病のため、長く通院し、医師や薬剤師など医療関係者にお世話になってきた。
 当然、酒を飲むということはないが、福島の会津喜多方の大和川酒造から春夏秋冬注文のためのチラシが送られてくる。
 震災復興のため、一度バス旅行で福島を訪れた連れ合いが、土産に買ったことが縁だった。

 先日も、春号が届いたばかりであるが、以前、福島の復興のために観光する、土産を買う、農産物を買う。なんでもいいから福島にカネが落ちるようにしてほしいと耳にしてから、何か支援したいということで、ここのところ、酒や酒ケーキ、酒かす、つまみのチーズなどを注文している。
 酒は新しく増えた家族が酒好きであることから、プレゼントしている。
 そういえば、先日はJAの旬鮮倶楽部の福島産の牛肉も申し込み、昨日届いたからプレゼントしたばかりだ。
 
 服部文祥さんは環境問題と幸せの連鎖をつなげ、自分の幸せだけでなく、次世代の幸せを考えると地球を健全に保つべく自分の生き方を考えることだとメッセージをくれた。
 
 今、21世紀のヒトラー+スターリンこと悪魔プーチンがウクライナに侵攻し、女子どもを虐殺している。
 ところが、エネルギーをロシアに頼ってきた欧州は見て見ぬふりで誰も自由とウクライナ国民の尊厳を守るために命懸けで戦うウクライナのゼレンスキー大統領を助けようとはしない。

 日本もエネルギーの一部を頼っているから、ロシアに強い態度に出られないということで、またぞろ、原発推進派が元気を取り戻しそうだ。

 果たして、あれほどの事故が起きた原発に頼っていてもいいのだろうか。

 せっかく台湾が福島などの食品を輸入することを再開してくれたが、汚染水を海洋投棄することが決まり、実際に投棄が始まれば、またしても、風評被害が起きないとは限らない。

 あれから11年経っても、実は原発事故現場ではまだまだ廃炉への道は茨の道で、果てしなく遠い。

 産官学ということで、エネルギー、特に再生可能な自然エネルギーである地熱利用を進めていくときがやってきている。
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2022年03月03日

アップサイクル 廃棄の作物 意外な変身

 少し前のことになるが、捨てられる作物を幅広く活用し、新たな商品を作る「アップサイクル」と呼ばれる取り組みが広がっている。と1月18日の読売が伝えていた。

 サトウキビの搾りかすを素材にしたデニム、バナナの皮を煮詰めたジャムなど様々で、環境に配慮した新しいブランドとして、消費者の関心も高まりそうだという。

 沖縄県の基幹作物であるサトウキビ。搾りかすを乾燥粉砕し、岐阜県美濃市で和紙を作った後、デニム産地の広島県福山市で綿と織り合わせ、沖縄県内の職人らが縫い上げる。
 ジーンズは1本2万7500円〜3万6300円(税込み)。沖縄県浦添市の専門店やインターネットなどで販売している。

 愛媛県八幡浜市の農業生産法人「ミヤモトオレンジガーデン」は廃棄していたみかんを加工した調味料「塩みかん」を16年から販売。

 東京品川区の食品宅配「オイシックス・ラ・大地」は昨夏から農家が捨てていたブロッコリの茎や大根の皮、ナスのヘタを揚げた菓子、輸入したバナナの皮のジャムを手がける。


 カタカナ語が増えてしまい、ついていけなくなってしまったが、資源を有効に活用しようとする動きだけみても思いつくままに並べてみると、リサイクル、リユース、リターナブル、アップサイクル、フードロスとある。

 意味はネットの時代だからカタカナ語辞典を開かなくとも簡単に調べられるから便利になったことは確かだ。

 アップサイクルという言葉は知らなかったが、サイクルをアップさせると考えれば、なんとなく捨てるものに手を加えて製品化することだろうと推測はできる。

 紙面では限定されていたが、実際は着物をほどいて洋服にするということもまたアップサイクルになるのではないかと思う。

 沖縄のサトウキビを見てみると、面白いことに気づく。

 「ざわわざわわ」と大好きなちあきなおみが歌っていた寺島尚彦作詞 作曲の「サトウキビ畑」が森山良子の澄んだ声が流れるようになって反戦歌という意識が芽生えてきた。
 沖縄に行けば、あの歌が聞こえてくるかと思えるほど、サトウキビ畑がたくさんある。

 サトウキビの搾りかすは燃料にするくらいでほとんど廃棄していたらしいが、ここから様々の工程を経て、ジーンズが生まれるとのことだが、沖縄は芭蕉布など、もともと織物が盛んな土地だから、サトウキビが生まれ変わって、衣類になるというのは沖縄ならではのアップサイクルだと言っても過言ではない。

 製品化されたものはフードロスとして、少しでも有効活用するために子ども食堂などでの活用が社会の課題となっているが、生産現場、つまり畑でそのまま朽ちる野菜などはたくさんある。

 わが家ではわずかばかりの面積の畑で有機無農薬での野菜作りを続けているが、所謂生ごみと呼ばれている類のものはすべて畑に埋めて堆肥化させているので、ごみ収集に出すのはもったいないと思うようになった。

 お役所も農協もやる気がないから、所謂生ごみの堆肥化が一向に進まないが、もったいない話だ。

 特に、農協は肥料会社と結託し、肥料と農薬を売ることばかり考え、有機無農薬に取り組む人を応援する気持ちが全くない。

 まだまだ、あちこちでアップサイクルの余地があると強く訴えたい。
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2022年02月23日

脱炭素社会とエネルギー

 三菱商事社員とともに、高校生が社会的課題について考える「プロジェクト探検隊」(主催 読売新聞社,特別協賛 三菱商事)が2021年8月から12月にかけて4日間行われた。18回は「私たちの未来のために〜脱炭素社会とエネルギー〜」をテーマに9都県から26人の高校生がオンラインで参加。その様子を2月18日の広告の紙面で伝えている。

 紙面で目を惹いたのは「高さ137b並ぶ巨大風車」現地視察 秋田という写真で、キャプションには秋田潟上市の潟上ウインドファームを視察した秋田高校の生徒たちと説明があった。

 巨大風車群は海岸線に沿って、秋田市から潟上市に延びる県道56号線沿いにある。
 三菱商事エナジーソリューションズとウェンティ・ジャパン、シーテックの3社が出資した合同会社が設置した。
 高さ137b、ローター部分の直径は103bある風車が22基。設備容量は年間で約6万6000㌗あり、一般家庭2万7000世帯の電力をまかなえる。

 
 古稀を過ぎた団塊の世代はもう終わった世代で、高校生はこれからの時代の主役になるべき人たちだ。
 2月4日の立春の日に3回目のワクチン接種をモデルナ製で済ませたが、3回とも自分で予約できず、30代の若い人にやってもらった。 
 同じ団塊の世代の姉は自分の子どもに頼めなくて、電話予約だったから大変だったらしい。
 ワクチン接種一つで、退場していくのは誰か、もう答えはでているのだ。

 それでも生きていく以上、死ぬまでエネルギー問題を放っておき、知らん顔はできない。
 ということで、脱炭素のことも日々考えているというわけ。

 脱炭素だから、化石燃料がダメなら、やっぱり原発だという向きが声を大きくし始めた。
 使用済み核燃料の処分場がないにもかかわらず、無責任この上ない。

 再生可能な自然エネルギーをフルに活用することもせず、すぐに原発だという勢力に対峙するには、地熱発電が一番だと思っているが、洋上風力発電も次いで役立つのではないか。

 風が強い所としては海沿いがあるが、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で稚内からレンタカーで留萌に行く途中の海沿いに風力発電群があったが、音がかなり気になった。
 音の問題は洋上なら解決できるし、洋上といえば、日本は周囲が海だから将来性有望株だといってもいいだろう。

 秋田はその昔寒風山に行ったくらいで、詳しいことはわからないが、潟上市といえば、八郎潟の干拓と関係があるかどうかわからないが、埋め立てを連想する。
 だとするなら、風力発電用地として向いている土地かもしれない。

 自分が知る限り、あの「津軽海峡冬景色」で歌われた竜飛岬、『夢千代日記』で夢千代こと永井左千子が白血病の治療に通うとき、列車で渡った余部鉄橋、さらに、山形にも風が強いところがあるし、群馬も風が強いことで知られているくらい。日本全国で風が強い街は少なくない。

 百聞は一見に如かずだから、高校生が現地を見学することはとても良いことだ。
 紙面には彼らの妙案が書いてあるので、機会があれば紹介したい。
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2022年02月16日

プラごみ焼却 日本が支援 東南アジアに施設建設

 プラスチックごみによる海洋汚染が深刻化している東南アジアで、プラごみを焼却処理できる施設の建設が日本の支援で進んでいる。焼却処理を定着させることで屋外での野積みを減らし、環境の改善を促す構えだ。
と2021年12月29日の読売が伝えていた。

 ベトナムでは来年1月、北部バクニン省で国内最大規模の廃棄物発電施設の建設工事が始まる予定だ。2024年1月の完成を目指す。日本のプラント大手「JFEエンジニアリング」が、家庭ごみと産業廃棄物を同時に効率良く燃焼させる技術を用いた施設の設計・建設を手がけ、完成後の操業も担う。
 日本政府は建設費の一部を援助する。

 施設では、ごみ焼却時の熱を利用して発電も行う。ベトナムでは、ごみを1日500トン焼却することで年間約9万2000メガ・ワット時の発電を想定し、電力公社への売電も計画している。


 少し前のニュースだが、環境問題の中でもプラごみの処理は極めて重要な問題だから書いておく。

 恥ずかしながら、プラスチックごみに関して自分の知識の浅薄さを披歴してしまう。
 化学的な知識を得るための勉強が足りなかったことを反省しながら、思いつくままに。

 行政が資源として回収している紙類を除き、生ごみと呼ばれている有機物はすべて畑に埋めるから、残ったものを燃えるごみと燃えないごみに分けている。
 プラスチック系のものはほとんどのものが燃えるのだが、水俣病に関心を持つようになってから、枯葉剤に入っていた有毒なダイオキシンによる奇形児誕生のニュースなども頭にこびりついて、プラスチックを燃やすとダイオキシンが発生することを知り、それまでは、プラスチックなど紙類以外のものはすべてもえるごみとして出していたものを、燃えないごみとして出すものが増えてしまった。

 プラスチックといっても、どれを燃やすと有害であるかわかっていなかったので、これを書くためにネットで調べてみると。
「知っておきたい危ない化学物質」によれば、

 ポリ塩化ビニル、通称塩ビ管と呼ばれているものではないかと思われるが、これがダイオキシンを発生するというではないか。
 アクリル樹脂 CDや電気、自動車部品
 ポリカーボネート ドライヤーなどの電気製品や耐熱食器

 ということで、自分がやってきたことはほぼ間違っていなかったが、危険だからと燃えないごみとしていたものも実はそれほど危険ではないことがわかったが、ペットボトルの表示みたいにプラスチック系には燃やしていいかどうか表示を義務付ける必要がある。

 燃やせばダイオキシンを発生させるものを燃えるごみとして出すことは環境汚染に関する犯罪だということになってしまうからだ。

 日本は江戸時代のことを考えれば、リサイクルの先進都市だったが、米国との戦争に敗れたため、プラスチックがあふれかえってしまった。
 そろそろ、便利さを享受してきたプラスチックは一方で危険なものがあるのだということを広く知らせる必要がある。
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2022年02月10日

日本一きれいに 奥多摩トイレ清掃「オピト」

 民度という言葉がある。
 米中対立の一方の雄とまでなった中国ではあるが、一昔前までトイレが汚くて民度の低さが問われていた。  
 当時、中国を訪れたことがある連れ合いが仲間の女性たちとトイレに行くとき、ガイド氏が注意してくれた程だった。
 経済的に豊かになったといっても、トイレが汚くて先進国から民度が低いと侮蔑されていたことに危機感を抱いた習近平指導部がトイレをきれいにするように躍起となって指示したという事がニュースで流れてからどうなっていることか。

 同じことが日本であるとは思いもよらなかった。
 1月24日の読売によれば、登山客や観光客で賑わう東京奥多摩では観光客用の駅前などにある公衆トイレがきれいでなく評判がよくなかったが、現在きれいなトイレが実現しているという。

 トイレの汚さに危機感を抱いた町の観光産業課が2015年観光トイレの新設や改修に乗り出した。
 清掃を担うのが「OPTオピト」「オクタマ・ピカピカ・トイレの略」のメンバーである。
 町内22か所の観光トイレを清掃する「奥多摩総合開発」の社員の愛称で、現在のメンバーは4人。
 現在は「日本一かっこいい清掃員」を目標に掲げ、日本一きれいなトイレを目指す。
 ただし、日本一きれいなトイレは客と一緒に作るのだ」そうな。
 驚くなかれ、トイレをきれいに保つため、観光シーズンには一日に5、6回清掃に行くこともあるという。

  
 炎症性腸疾患クローン病で長いこと苦しんでいる。
 腸の病気ということは書くまでもなく、トイレとは近い間柄になってしまった。
 出口も手術ミスで具合がよろしくないため、和式など使えず、洋式、それもシャワートイレでないと困るのだ。
 自宅のトイレはほぼ専用に使っているから、いつでもOKだが、出かけるときは、まず、途中でトイレに行きたくなったらどうするか考えてから家を出る。

 退職後、通教で学んだ時、科目試験を受験するために論文審査で合格する必要があったが、これが難しく、スクーリングを受講すれば論文免除で科目試験の受験資格が得られたから、スクーリングを活用した。
 この時、病気の関係でトイレに行きたくなることがあったが、大学だからトイレは数あれど、シャワートイレの数に限りがあったので、空いてないときは仕方ないので、誰でもトイレというか障がい者用トイレを利用したこともある。

 病気が一番の理由だが、トイレには大いに関心があり、東京五輪の関係か、東京都内は総じて、トイレがきれいになったばかりか、シャワートイレも普及してきたのは喜ばしい。

 観光地といえば、トイレがきれいでない印象が強いが、奥多摩のトイレのように「手でピカピカ『寝ても平気』」だと言って、オピトのメンバーが清掃後、実際に寝転がって見せてくれたという話には恐れ入った。

 「イエローハット」の創業者鍵山秀三郎さんは、創業以来、毎日のトイレ清掃で常にトイレを清潔にしていることで著名である。

 接客業の一番大事なところはトイレをきれいにしているかどうかだと言っても過言ではない。
 客を大事に思っているかどうか、トイレのきれいさでわかるということだ。

 奥多摩が観光客を大事に思っていることがわかる話ではないか。
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2022年01月17日

都営住宅や交番、消防署2000施設に太陽光発電

 東京都が温室効果ガスの排出削減に向け、2022年度から30年度まで9年をかけ、都営住宅や交番、消防署など2000か所以上の都有施設に、太陽光パネルを設置する方針であることがわかった。初年度だけで約100億円の予算を見込む。
 都が率先してパネル設置に取り組み、家庭や企業での設置を促す。と元旦の読売が伝えている。

 都の主要施設の19年度の太陽光発電出力は計7860キロ・ワット。都は24年度までに、これを1万2000キロ・ワットへと引き上げ、温室効果ガスを00年度比で約30万トン削減することを目指しており、達成に向けて削減の加速化も図る。

 温室効果ガスの削減を巡っては、政府が50年までに実質排出ゼロとする目標を掲げている。都はさらに、都内の温室効果ガス排出量を、30年までに00年比で半減させるとの独自目標を打ち出しているが、19年度は6211万トンで、00年度とほぼ変わっていない。

 5月に成立した改正地球温暖化対策推進法で政府は地域主導の取り組みを重視する方針を打ち出した。
 このことについて、12月29日の読売が「再エネ拡大 地域の利益カギ」「売電収入の還元 課題」「太陽光設置トラブルも」という見出しで、自治体主導を重視する政府の姿勢について解説していた。


 1月17日といえば、1995(平成7)年のこの日、阪神淡路大震災が起きた日で、あれから27年になる。
 西宮で下宿中、震災の直撃を受け、寝ていたとき倒れてきた家具で圧死するところをベッドの柵が防ぎ、助かったと言っていた甥も学校を卒業し、首都圏に戻って病院で働いている。
 自分は結婚10年の記念に志摩のスペイン村に家族で行き、帰宅した翌日のことで、難を逃れた。

 2011年3月11日の東日本大震災からは11年になる。いずれにしても、当事者はともかく類を見ない原発事故だったにもかかわらず、脱炭素だからという事で、またぞろ、原発推進派が息を吹き返してきそうだから、東京都知事小池さんの英断にエールを送りたい。
 
 そういえば、小池さんは環境大臣の時、クールビズという事で、日本の蒸し暑い夏にネクタイで苦しめられてきた男たちに清涼な風を送り込んだ実績があった。
 
 わが家では太陽光パネル設置よりカネがかからないと勧められ、エネファームを設置したが、できれば太陽光パネルを屋根に設置したいと考えている。
 難点はカネがかかりすぎることで、もう少し価格が下がるまで模様眺めというところだ。

 とりあえず、公共的なところから太陽光パネルを設置し、価格が下がるようにしてもらいたい。
 元が太陽だから、いくらパネル設置しても全く支障がないから、活用しないのは愚かというよりない。
posted by 遥か at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2022年01月15日

酒かすでジン 廃棄物活用で環境に配慮

 「廃棄物 おいしく活用」」「『倫理的』環境・社会に配慮」という1月5日の読売の見出しに興味を惹かれよく見たら、タイトルが「新しい消費のワケ」その2 酒かすとジンとなっていた。

 東京台東区蔵前に新興企業「エシカル・スピリッツ」が手掛ける酒かすや賞味期限間近のビールといった廃棄素材を主な材料としたジンの蒸留所がある。

 環境・社会に配慮した企業を経営する山本祐也さん(36)。石川県出身で、幼い頃に輪島塗や九谷焼という日本の伝統産業に親しんだことから、日本の伝統産業を大きなビジネスに発展させたいと2014年に日本酒業界に飛び込んだ。

 すると、日本酒の製造過程で出来上がる酒の半分程度が酒かすとなるが、この酒かすの大半を廃棄していることを知り、違和感があった事から、新商品につながるかもしれないとビジネスチャンスと捉えた。
 経営を学ぶために18年から20年まで英国に留学し、ジンの製造が閃いた。

 酒かすジンは21年春の国際的品評会で日本勢として最高賞獲得。

 紙面では廃棄物の活用としては、食品関係だけでなくフリーマーケットアプリの普及で中古品市場が活発になっていることも取り上げている。

 
 廃棄物といえば、「ごみは分別すれば資源」という標語というかキャッチコピーがある。
 江戸時代に倣えば、なんでも活用できる。
 
 わが家で見れば、キッチンから出る所謂生ごみは、すべて畑に埋めて土づくりに役立てているし、庭木を剪定した枝や落ち葉は庭の端に捨て、堆肥化というより土になるように山にしている。新聞と折り込み広告は新聞回収に出す。連れ合いが毎日飲むビールのアルミ缶、ダンボール、古着などは町会の資源回収に出す。その他、ビン、スチールカン、ペットボトル、雑紙、電池、蛍光灯などは自治体の資源回収。
 牛乳パックと発泡スチロール容器の行き先はスーパーの回収ボックスだ。
 それでも、紙以外のプラスチック類は残るので、燃えるゴミか、燃やすとダイオキシンが出そうなプラスチックは燃えないゴミに出す。

 因みに、畑ではプラスチック系材質のマルチは使用せず、化学肥料も使わない。 
 割りばしや串、かまぼこの板なども畑で土になるまで置いてある。
 
 強いて言えば、中古品を買い求めることは本以外では全くないので、ブックオフやリサイクルショップには縁がないのが、課題といえばいえなくもないかも。

 酒かすやおから、コーヒー豆の残ったカスなどは家畜の餌になるはずだし、畑の肥料にも役立つ。
 活用してジンをつくるのは結構な試みであるが、酒かすやおからなど栄養価の高いものを捨てるなどは天に唾するの喩えのとおり罰当たりな所業だと言っても過言ではない。
 牛や豚、鶏の糞は貴重な有機肥料になることから、廃棄物に見えても、見方を変えれば、役に立たないものは少ない

 要は意識の問題だから、リーダー次第で廃棄物は有効活用することで、まだまだいくらでも減らせるはずだ。
posted by 遥か at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年12月01日

全く反省しない建材メーカー アスベスト解決は遠のく

 建材用のアスベスト(石綿)で健康被害を受けた元建設労働者らが全国各地で起こした「建設アスベスト集団訴訟」は、原告側と国が和解合意書に調印してから半年が経過した。
 調印後、各地の訴訟では国との間で和解が相次ぐが、ともに被告となった建材メーカーは争う姿勢を崩していない。
 最初の提訴から13年余り、全面的な解決への道のりは遠い。と11月25日の読売が夕刊で伝えている。

 建設アスベスト集団訴訟を巡る動きも書いてあるので参考までに書いておく。

 1955年頃 輸入された石綿を使った建材の製造が本格化
  72年  国際労働機関(ILO)などが石綿の発がん性を指摘
  75年  建設現場での石綿吹きつけ作業を原則禁止
 2004年  石綿含有建材の使用禁止
  08年  首都圏の元建設労働者らが「建設アスベスト集団訴訟」を東京地裁に起こす。その後、同種訴  
     訟が全国に拡大
2021年5月  最高裁が集団訴訟の上告審で国とメーカーの責任を認める判決
   6月  提訴していない元労働者らを救済する「給付金制度」の新法が成立。


 国とメーカーの対応が分かれている原因に建設労働者らが様々な現場を渡り歩き、どの現場でどの建材の粉塵を吸ったのか、特定が難しいという事情があるという。
 さらに、メーカー側は責任の所在など、すべて同一の条件で和解するのは難しい。と考えているのだろうという見方もある。
 しかし、最高裁は2021年5月17日の判決で国が防塵マスクの着用徹底などの対策を怠ったと認定し、建材を製造・販売したメーカーも連帯して賠償責任を負うとする初めての統一判断を示した。
 基本合意書には提訴していない元労働者を救済する「給付金制度」の新設も盛り込まれ、6月には新法が成立。1人に最大1300万円が支払われることとなっている。
 厚労省は対象者は計3万1000人に上ると推計。2022年にも支給が始まる見通しだ。

 原一男監督『ニッポン国VS泉南石綿村』で石綿の後遺症に苦しむ労働者や、工場付近の住民たちの姿をドキュメントした映画を観て、勉強させてもらった。

 原監督は現在、『水俣曼荼羅』とい水俣病に苦しむ患者の姿をドキュメントした6時間を超える映画を渋谷で上映していて、観なければいけないとは思いつつ、6時間を超える映画を観る、体力、気力がどうかなと思案しているところである。
 若い頃は小林正樹監督『人間の條件』全作品ををオールナイトで観たことがあるが、老いるというのは実に嫌なものだ。

 話を戻す。

 企業には社会的責任がある。
 ネットの時代だから、これを有効に使って、反社会的な企業に対しては、不買運動というか、企業の責任を果たすように促しいていくこともまた必要なのかもしれない。
posted by 遥か at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年11月26日

プラごみ規制 分別義務化 来春から

 「WATCHERS」というタイトルで読売が経済面に時の課題について取り上げている。その11月10日は、「プラごみ規制 技術生かす好機」「分別義務化 来春から」「脱炭素への対応 課題」「バイオマスなど活用を」という見出しで三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員植田洋行さんにプラごみの先行きについて訊いている。

 2000年4月に「容器包装リサイクル法」が施行された。2021年6月になってプラスチック資源循環促進法が成立し、11月7日まで政省令案などの意見募集が行われた。2022年4月から分別が義務化され、プラごみをできるだけ回収して、再資源化しようということになった。

 プラスチックの削減で日本は出遅れたが、ペットボトルの回収率が9割超と欧米より高く、ごみの分別もしっかりできる民度が高い国民性である。

 喫緊の課題として海洋プラスチックごみ問題があり、50年には魚の量を上回るという推計もあるくらいだ。
 特に、マイクロプラスチックが問題で生態系に悪影響がでてしまう。

 プラごみを減らすためには、回収したプラスチックを再使用、原料に戻して新しいプラスチックをつくったり、リサイクル可能なものを増やしていくこと。

 もう一つは、トウモロコシや廃食油など植物由来の原料を使ったバイオマスプラスチック、微生物によって分解される生分解性プラスチックの活用をすることだ。
 水に流されて海に流出する可能性があるものは「海洋生分解性プラスチック」の導入も求められる。

 プラスチックとともに豊かな暮らしを続けるためにも、付き合い方を変えていくしかない。


 ご先祖から受け継いだわずかばかりの農地で有機無農薬の野菜作りをしている。
 ゴルフをやるより飲みに行くより、最高の贅沢だと知人から揶揄されながらも、こだわりの農作業に毎日勤しむ。
 ついでに言いたいのは、ほとんど100%の農地でマルチングシート、通称マルチと呼ばれる黒いビニールシートを使い、保温と除草の手間を省いている。

 自分の自慢は脱プラスチックという事で、このマルチを使わずに野菜を育てているため、手間がかかる。
 というのも、11月に植え付けたタマネギなどは、霜が降りると、当然苗の根が浮いてしまい、だめになってしまうのだ。

 脱プラスチックに目覚めたのは公式確認60年で、東京大学安田講堂で開催された水俣病フォーラムに参加した時、事務局長があいさつで、水俣病はチッソという会社がプラスチックの原料となるアセトアルデヒドを生産した時、有機水銀ができて、それを処理しないまま、工場廃液として海に流したからだ。
 プラスチックを便利に使っているあなた、あなたも共犯だ!と言われたことだ。

 チッソという名前の会社だから、当然、チッソ、リン酸、カリという肥料を生産する会社だと思っていた自分の不明を恥じるとともに衝撃を受けた。

 今や、便利過ぎて暮らしに不可欠となっているプラスチック製品であるが、ここのところ環境問題では目の敵にされている。
 しかし、循環型社会というなら、プラスチックだって、原料を植物由来にすればいいし、リサイクルして使えばいいわけでやってできないことはないはずだ。

 江戸時代や戦前の日本のことを思えば、プラスチックなんぞなかったわけだし、米国との戦争に敗れたことで、暮らしは便利になった分、失われたものも大きいということか。
posted by 遥か at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年11月16日

生ごみ堆肥化で有効活用

 生ごみ削減への意識が高まっているようだ。という嬉しいニュースを伝えているのは11月9日の読売だ。   
 くらしの紙面に「関心アリ!」というタイトルで、「生ごみ削減 若い世代も熱心」「コンポストで堆肥に 家庭菜園で利用」という見出しで生ごみ削減への取り組みが紹介されている。

 家庭から出る生ごみの減量は差し迫った課題だ。
 ドイツや韓国のように分別収集して資源化している国は多いが、日本はほとんどの自治体が可燃ごみとして燃やしてきた。
 環境省の調査では2019年度のごみの総排出量は4274万dの約8割が焼却処分されている。
 生ごみは多くの自治体でその3〜5割を占めるとされている。

 地域で生ごみ削減に取り組む例として、東京港区では10月、地元の出版社オレンジページが中心となり、区立桜田公園に「コミュニティ・コンポスト」を設置、半径約2キロを生活圏とする人が家庭や事業所で出た生ごみを堆肥化して持ち寄り、共同で管理して熟成させる。完成した堆肥で花の植え替えイベントを計画している。
 
 川崎市では6月から、「できた堆肥の使い道がない」との声に家庭の生ごみから作った堆肥を市内の農園などで使う取り組みを始めた。
 提供者にできた野菜を配ったりすることで地産地消を進めている。


 生ごみの堆肥化については、以前、東京日野市での取り組みを紹介した覚えがある。

 首都圏の田舎町に生まれ育ち、偶々、ご先祖から引き継いだわずかばかりの農地があるため、有機無農薬で野菜ををつくってきた。

 当然、生ごみはもう20年くらい可燃ごみに出したことはなく、堆肥化している。
 初めの10年くらいはコンポストと呼ばれる大きなバケツをひっくり返したような緑色の入れ物に生ごみを入れていたのだが、虫がわいて困ってしまい、パラゾールを入れてしまった。
 しかし、これでは無農薬とはならないことに気づき、その後は畑にスコップで穴を掘って埋めている。
 土の中の微生物のお陰だが、夏場と冬場では異なるものの意外と簡単に土になってしまう。
 今では、もったいなくて生ごみを捨てられない。
 実際に20年くらい取り組んでいるから、説得力があるはずだ。

 しかし、農地がない人はどうする?
 という質問には、自治体が川崎市のようにやればいいことで、ごみの減量のことを考えれば、自治体にとって大いにメリットがあるはずだ。

 なんでもそうだが、要はやる気と指導者というかリーダーの存在である。
posted by 遥か at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年11月02日

水俣病患者団体がチッソに工場排水を流すなと抗議

 ここのところ、朝の日課で洗濯物を干すとき、NHKマイあさラジオを流している。
 ラジオ体操の少し前「今日は何の日」で過去どんなことがあったのか思い出させてくれることになっている。

 1959(昭和34)年の11月2日、熊本県は水俣で日本窒素肥料株式会社(現チッソ)に対し、水俣病で苦しむ患者団体が会社に工場の排水が原因だから、排水を止めろと申し入れかつ、謝罪しようともしないことに抗議したところ、会社側のガードマンよろしく国家権力を代行する警察が患者団体の抗議活動を阻止しようとしたところに水俣病に対する政府の企業寄りの姿勢が表れていて、患者無視の態度が後の世からも批判されることになるだろう。


 自分に課していた月に一度の映画館行きがコロナ禍でできなくなって久しかったが、どうしてもこの映画は観なくてはという気持ちで映画館に行ったのが「MINAMATAミナマタ」を観るためだった。

 ジョニー・デップというハリウッドスターが水俣病を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスを演じたのだが、水俣病の原因企業であるチッソに抗議活動をする患者団体の代表というかリーダーヤマザキを演じたのが日本を代表する映画俳優真田広之で、水俣病患者の魂が乗り移った素晴らしさで、心を激しく揺さぶられた。

 そのヤマザキは実在ではなく、モデルがいるということで、患者団体のリーダーだった川本輝夫さんか、川本さんも含め何人かから出来上がった人物だとも解説されていた。

 2020年2月17日の朝日のデジタルによれば、水俣病の原因企業チッソとの自主交渉の先頭に立ち、被害者救済に力を尽くした故・川本輝夫さん(享年67)をしのぶ「咆哮忌」が16日、熊本県水俣市内であった。死去(1999年2月18日)から18日で21年。群を抜く行動力と発想で患者運動を率いた「闘士」を知る人たちや親族が集い、功績を振り返った。

 川本さんは父親の死をきっかけに、当時「奇病」と差別され、沈黙を強いられていた人たちを自転車で訪ねて病状を聞き、潜在患者の掘り起こしに奔走。自主交渉では「闘士」と呼ばれ、東京の本社での座り込みは1年7カ月に及んだ。

 水俣病の患者救済に目覚めたのは、語り部杉本栄子さんがラジオで、水俣病がまだ、はっきりとした原因がわからなかった頃、村八分の差別を受けたが、父親から仕返しをするなと教育されていたことと、「のさり」だからということで、恨むという気持ちにはならなかったと話されたことで、心がけの佳い人だと感心したときからである。

 患者団体リーダー川本輝夫さんが亡くなったのが1999(平成11)年で、東京本社での座り込み抗議が1年7か月にも及んだということで、ニュースが流れて知っていたはずだが、まだ、当時は水俣病のことを考える余裕がなく、恥ずかしながら他人事だったのかもしれない。

 犯罪被害者支援を訴える一番の理由は、『衝動殺人息子よ』を読み、映画を観たからで、息子を通り魔に殺害された父親市瀬朝一さんが立ち上がり、犯罪被害者救済を訴えたからで、市瀬さんは犯罪被害者救済のトップランナーだったと言っても過言ではない。

 水俣病患者に限らないが、弱いものは声を上げることがなかなかできない。
 だから、声を吸い上げ、リーダーシップをとってもらえる人が必要だ。

 水俣病ではその役回りを引き受けてくれたのが川本輝夫さんであり、映画いえば、ヤマザキで、鬼気迫る迫力だった真田広之さんはまさにはまり役だった。
posted by 遥か at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年10月20日

太陽光新築に義務化 都が検討

 脱原発、脱炭素は地球環境のことを考えた時、どうしても取り組まなければならない課題である。
 ために、再生可能エネルギーの活用ということが非常に大きなウエイトを占めて来る。
 中でも太陽光はまさにお天道様の恵みと言っても過言ではないほど有り難いお宝で、これを使わない手はないといってもいいくらいだ。

 その太陽光の活用に関して、読売が取り上げていたので書いておく。
 
 9月3日には「太陽光パネル 広がる無料」「新築戸建て向け 普及期待」という見出しで住宅用太陽光パネルの導入件数は固定価格買取制度が導入された12年度は42万件に上ったが、15〜20年度は15万件前後と伸び悩んでいることから、初期費用が無料となれば家主の負担軽減につながる一方、事業者側にとっても自社製品の販売拡大や顧客の囲い込みができる。政府が太陽光パネルの設置の後押しをしている。

 続いて9月14日に「公立小中34%に太陽光発電」「10年で倍増、脱炭素へ加速」という見出しで、文科省調査によれば、2021年5月1日時点で、2018年度より、3.1㌽上昇した。

 さらに、10月5日の夕刊で「新築に太陽光 都義務化検討」「戸建ても対象」「住宅『脱炭素』狙う 負担増懸念も」という見出しで、マンションなどの集合住宅だけでなく一定規模の戸建て住宅も対象に含める
というもので、衆議院議員だった時に環境大臣を務めたこともある小池知事が9月議会の所信表明演説で打ち出した。

 都は住宅への太陽光パネル設置費の助成や、設置の適否が一目でわかる地図作成などを進めてきたので、脱炭素のためにも、遅れている家庭でのCO2削減のためにも一般家庭に再生可能エネルギーの導入を薦めたい意向である。


 わが家では太陽光パネルの導入を検討したことがあるが、初期投資に車1台くらいの費用が掛かることから実現に至らず、その代わりといっては何だが、都市ガスが敷設されていたことから、エネファームを導入した。
 7年前のことである。
 軽トラック1台分くらいの費用が掛かったが、補助金が出たので、導入することにした。
 脱原発を主張しているので、太陽光パネルを導入しなければいけないことはわかっていたが、固定価格買取制度も当初と変わってしまったようなことを耳にするし、まとまったカネがいるしで、まだ実現の見通しは立たない。

 経済的に困っているわけではないが、車1台分というと、なかなかすぐに用意できない。
 もっと普及し、費用が軽トラ1台分くらいになれば、当然、わが家でも脱原発のためにも太陽光発電を導入しなければいけないとは考えている。

 まあ、理想と現実ということになろうか。

 誰しもわかっていることだが、背中を押してくれる何かがあれば、もっと増えることは間違いない。
 東京都がやろうとしている新築に太陽光を義務化というような思い切ったことをやれば、わが家でも、肩身が狭くなるから、一歩前に踏み出せるかもしれない。

 太陽光の活用をしなければならないことはわかっちゃいるが。 
posted by 遥か at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年10月10日

私にも伝える使命 ユージン・スミスと共に

 起きている出来事を写真で伝える読売夕刊の「ズームアップ」。
 
 その10月4日は水俣病を世界に伝えた写真家ユージン・スミスをジョニーデップが演じ、共演した真田広之などと共にメデイアでも大きく取り上げられている映画『MINAMATA ミナマタ』が上映され、水俣病が再び脚光を浴びている。
 
 ということで、ユージン・スミスが当時の妻アイリーン・美緒子・スミスと一緒に来日し、水俣に移り住み写真撮影に明け暮れた年月を一緒に過ごし、助手として協力しながらも、自らも写真家として、水俣病患者を撮り、写真展「ユージン・スミスへのオマージュ」を開催することとなった石川武志さん(71)もまた写真で水俣病を伝えている。

 開催場所は東京西新宿のリコーイメージングスクエア東京で、10月7日から25日まで。


 写真を文章で表現することは難しいので、石川武志さんの写真は写真展で観てもらいたい。
 ただし、1972年に撮った胎児性水俣病の諌山孝子さんが母親に抱かれて海を見に行くという写真に激しく心を揺さぶられた。
 諌山孝子さんの顔はまるで妖精のように美しいのだが、水俣病という背負いきれない重荷を背負わされて生きていかなければならないわけだから。

 あれから、50年近くの歳月が流れて、今、どうしていることやら。
 72年に10代だったとのことだから、現在は60歳くらいになるだろうか。
 
 調べてみると、2011年2月に父親が80歳で母親は軽い脳梗塞を患って、寝たきりの孝子さんの面倒を看ることの大変さが「泉友庭(せんゆうてー) 『ふるさと公民館』 熊本情報館のニュース裏おもて:「水俣病特区」構想 福祉の担い手不足、背景に 2011年2月26日付で記されていた。

 酷すぎる話ではないか。
 普通、親が先に逝くだろう。
 その後、どうしろというのだ。

 チッソ、国、県、市と責任を負うべきところが責任をしっかりとってもらいたい。
 胎児性水俣病の患者にとって、親が唯一の頼りだが、その親が逝ってしまえば、介護保険制度でいうなら、ヘルパーに面倒を持てもらうしかない。
 ところが肝心なヘルパーの人手不足だというんだから話にならない 

 水俣病は終わっていないということを強く訴えたい。 
posted by 遥か at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年10月02日

『MINAMATAミナマタ』を観て教えられたこと

 『INAMATA ミナマタ』を観て、感想や水俣病患者に対する自分の思いについて書いたが、映画館でいつものように買い求めたプログラムを読み、これまで自分が知らなかったことを教えられたので書いておく。

 水俣で起きていることを写真で世界に伝えようと頑張っていたユージン・スミス。
 チッソに対し、きちんとした補償を求める患者団体と会社側従業員とのせめぎあいを取材、撮影中に彼は負傷させられた。と映画の内容紹介で書いた。
 
 実は、後年彼が59歳の若さで亡くなる原因となったのはこの時の負傷がもとだったことと、場所はチッソの水俣工場ではなく千葉県市原市にある五井工場での事件だったことがわかった。
 
 調べてみると。、映画では真田広之が演じた患者団体のリーダーヤマザキのモデルともなっているとされる患者団体のリーダーだった川本輝夫さんの子息愛一郎さんがネットで伝えている記録に詳しいことが記されていたので、紹介させていただく。

 2019、12.12「水俣病事件 ー人間の尊厳を取り戻す闘いー 〜父川本輝夫と家族の物語〜」
水俣病過激派患者家族 自主交渉派患者家族 水俣病資料館 語り部
有限会社 リハシップ あい代表取締役社長 川本愛一郎
 
 1971年(S46)1月7日、父とユージン夫妻(妻アイリーン)、報道記者らは、チッソ五井工場(千葉県)労働組合を訪れ、父たちの座り込みに理解と支援を求めた際、ユージン夫妻と父たちは、チッソ従業員約200名に囲まれ、五井工場の事務所内で暴行を受け負傷した。ユージンは、全身打撲、脊椎骨折、左眼失明、口蓋裂傷、カメラも破壊された。妻アイリーンも負傷した。
 父も、右足指骨折、全身打撲を負った。
 ユージンは、負傷した傷が悪化し暴行を受けた数日後に一時入院した。その後体調がすぐれず、1978年に59歳で死亡した。
※父たちに暴行したチッソ従業員は、チッソ水俣工場からも動員されていた。
 チッソは、負傷したユージンに対し「自分で転んでケガをした」と嘘をついた。

 
 語り継ぐ戦争ではあるが、自由のために毎日書いてきたので、チッソ水俣工場が垂れ流した有機水銀に汚染された魚を食した人が有機水銀中毒になって、自由を奪われたことを知り、亡くなられた人々への慰霊のために水俣を訪れ、発信もしてきた。

 患者たちを徹底的に苦しめぬいたチッソの経営者は同じく自由を奪われ、死ねば投げ込み寺に捨てられた遊女や女郎から徹底的に搾取し、忘八と蔑まれた廓の主にそっくりだ。

 因みに、忘八とは仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 の八つの徳目のすべてを失った者のことで、『子連れ狼』では女衒のことも忘八と呼んでいたやに記憶する。

 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚の傍ら、遊女や女郎と呼ばれし女性たちの供養の旅もしてきたからこそわかる世の中の非道な人間の存在である。

 チッソの経営者が世界に水俣病が広められるのを恐れたにしても、写真を撮る人に過ぎないユージン・スミスさんアイリーンさんに暴力で瀕死の重傷を負わせ、カメラを壊しフィルムも奪ったと知ってはチッソの経営者が死んだら、中陰の世界で、閻魔様のところにあいさつに行くようにしてもらい、地獄に堕ちることは間違いない。

 映画のプログラムにはエンドロールで紹介された世界で起きた人為的な環境汚染が詳しく書いてあった。

 このことも機会があったら、取り上げたい。
posted by 遥か at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2021年09月29日

『MINAMATA ミナマタ』を観たぞ!

 月に一度の映画館行きがコロナ禍で取りやめになってもうすでに1年半くらい経つだろうか。
 その間乗らなかった電車に乗り、比較的近場の映画館に行き、先般、予告しておいた映画『MINAMATA ミナマタ』を昨日観てきた。

 ジョニー・デップ製作・主演、アンドリュー・レヴィタス監督、真田広之共演で、水俣病の存在を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスの写真集「MINAMATA」を題材に史実に基づいたドラマ。

 1971年、ニューヨーク。
 優れた写真家ユージン・スミスは、酒に溺れる日々を送っているが、アイリーンと名乗る女性から、熊本県水俣市のチッソ工場が海に流す有害物質によって苦しんでいる人々を撮影してほしいと頼まれる。

 ライフのトップと相談し水俣を訪れたユージンとアイリーンは、水銀に冒され歩くことも話すこともできない子どもたちの姿や、抗議運動に立ち上がった水俣病患者、その患者団体を力づくで押さえ込もうとする工場側という光景を目撃し、カメラを向け続ける。
 
 患者団体の抗議行動と会社側とのせめぎ合いの中、自らも危険にさらされてしまうユージン。
 写す側の魂が奪われる写真を求めるユージンは、水俣病患者の家族の写真を撮らせてくれと提案するのだ。
 水俣病の患者とともに会社側とのせめぎあいで傷つけられたユーユージンが本気で水俣病を世界に伝えたいと願っていることに気づいた患者たちは一様に撮影への協力を申し出る。

 そして、撮影されたのが「入浴する智子と母親」という世界に水俣病の悲劇を発信する原動力となったあの写真である。
 

 水俣病が公式確認されて2021年5月1日で、65年になる。
 連れ合いが生きてきた年数と同じだから、患者たちの苦しみの長さがわかるが、実際は、もっと早くから患者たちは発症している。
 
 そして、2021年9月29日は全国初の本格的公害裁判となった新潟水俣病第1次訴訟で、原告側が勝訴してから50年となる。

 若い頃、宇井純さんが水俣病を告発した頃から、水俣病に関心はあった。

 しかし、目覚めたのは、水俣病の語り部杉本栄子さんの講話をラジオで聴いてからである。
 水俣病が公式確認されて60年の節目の年に、東京大学安田講堂で水俣病にシンポジュウムというか集まりがあったとき、東大のあの安田講堂に入ることなど考えられなかったので、参加してみたら、石牟礼道子さんの『苦界浄土』を読んでいないことに気づかされ、文庫本を買い求めて読んだら、水俣に行き慰霊碑にお参りしなくてはということで熊本に行こうとしたら、大地震で延期となり、ついに2017年水俣を訪れることができた。

 水俣駅に降り立ち、タクシーで資料館まで行こうと行き先を告げ、お参りの旅だと話したら、運転手さんが連れ合いも水俣病患者の一人だと告白され、チッソが工場廃液を流した場所に連れて行ってくれた。

 資料館行けばわかるが水俣市は患者寄りではないことがすぐにわかるが、水俣湾を埋め立てた場所にある慰霊碑前で毎年行われる慰霊祭に患者で参加しない人達がいることを知った。

 お参りを済ませ、帰りも迎えに来てくれると約束していた運転手さんが、上述のことを説明し、もう一つの慰霊の場所,乙女塚に連れて行ってくれると言い、途中で民家に立ち寄り、場所を確認したうえで、連れて行ってくれた。

 そう、乙女塚こそ、ユージン・スミスが撮影し、世界に水俣病の悲劇を伝えてくれたあの「入浴する智子と母親」の被写体になった上村智子さんのことを祀っているのである。

 語り継ぐ戦争ということで、被爆を筆頭にシベリア抑留のような戦争犯罪が起きた戦争はご免だということで書いているが、水俣病で公害病のあまりにも酷い患者の体、特に胎児性水俣病の患者が生まれてこの方背負いきれないほどの重荷を背負わされ、家族ともども生き、逝ったことを語り継がなければならないと決めたというわけだ。

 杉本栄子さんが語ってくれた水俣病の原因がまだよくわからないときは村八分にされるほどの差別に遭ったが、父親の教えでやり返してはならないと言われて我慢していた。

 この映画だけで、水俣病のことがすべてわかるわけではないが、国も県も市も会社寄りで患者の味方は少なく、ユージンとアイリーン、原田医師や映画で真田広之が演じた水俣病患者のリーダーたち数少ない人しか味方はいなかった。
 今もその構図は変わっていないことは、国や会社からの補償が不十分で相変わらず患者たちは苦しみ抜いているという事実を忘れてはならない。
posted by 遥か at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題