2010年07月20日

ヒロシマ被爆体験記を10カ国語に翻訳

 7月下旬になって、本格的に厳しい暑さがやってきた。間もなく8月、原爆が投下された月がやってくる。

 産経によれば、被爆体験記を収集、公開している国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市中区)は、外国人来館者が母国語で体験記を読めるよう、従来の英語、中国語、朝鮮語に新たに6編の被爆体験記をフランス語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、タイ語など10カ国語に翻訳し、今月から公開を始めたという。

 同館は約13万編の被爆体験記や約千本の証言映像などを収蔵。これまで250編あまりの体験記を英語、中国語、朝鮮語に訳しているが、「他の言語にも対応してほしい」という要望が多く、昨秋から翻訳の拡充を進めてきた。

 被爆体験記はいずれも地下1階の体験記閲覧室で公開している。

 同館は「母国語で体験記を読むことで、被爆者がどんな思いでがれきの中を歩いたか、戦後を生きてきたかをより深く感じてほしい」と話しているそうな。

 語り継ぐ戦争ということで、戦没者の慰霊のため、全国を行脚する中で、一番衝撃を受けたのはナガサキだ。たまたま、ヒロシマより先に訪ねたからであろうが、資料館で、被爆体験者の話を聞くことができるようになっていて、聴いていると涙が止まらなくなってしまう。

 体験の重みとでもいえばいいのだろうか。被爆者なればこその辛さ、哀しみが聴く者のハートに届く。

 被爆体験といえば、職場の同期生が胎内被爆者だということから、話を聴くべく、手紙を書くということを以前ここで書いた。

 結果報告ということになる。手紙が届いたらすぐに、メモしておいた携帯に連絡をもらったので、少しだけ書いておきたい。

 同期生と言っても、自分よりかなり年長なうえに、人付き合いがよくない自分は親しく話した記憶とてなかったが、自分の戦没者慰霊のための行脚に理解をしてくれたうえに、退職後、自らの体験から、関係の分野で多くの人と関わり、活動をしていることを話された。「いずれ、資料を見せられるような機会がとれればいいね」とまで言ってくれた。

 さらに、自らの体験としては、胎内被爆だから覚えているわけはないが、黒い雨は浴びなかったらしいこと。兄弟姉妹がいたが、被爆の影響からか皆一様に体が丈夫でないとのこと。

 そういえば、この同期生は理知的な雰囲気を漂わせていたが、体はやせていて、丈夫そうではなかった。

 被爆体験記こそは歴史の証人が語る被爆の証言であり、人類にとって戦争を語るにこれほど貴重なものはない。

 ナガサキのようにテープで声が聞こえるものも効果的であるが、せっかくの被爆体験記であるから、多くの異国の人にも理解してもらえるようにすることが望ましい。翻訳できる母語を増やしたことにエールをおくる。
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