2026年08月25日

浮島丸沈没事件から81年 追悼集会

 太平洋戦争終結直後、青森県から帰郷する朝鮮人労働者らを乗せた旧海軍の輸送船が、京都府の舞鶴港で爆発・沈没し500人以上が死亡した「浮島丸事件」から24日で81年となった。爆沈地点に近い同府舞鶴市の公園にある「殉難の碑」前で追悼集会があり、主催者は「追悼を続けることは戦争の過ちを繰り返さない決意も込めている」とあいさつした。と8月25日の共同通信が伝えている。

 集会は地元市民団体「浮島丸殉難者を追悼する会」が主催。地元住民や在日コリアンら約240人が黙とうをささげた。京都朝鮮中高級学校(京都市)の生徒らが追悼の歌を斉唱し、参加者らは海に花を投げ入れた。

 浮島丸事件は、資料が乏しく、乗船者数や犠牲者数、爆発原因などに多くの謎が残る。


 国によれば、乗組員255名と朝鮮人乗船者3,725名のうち、549名が死亡した。しかし、実際の乗船者数は6,000人から8,000人に達していた可能性があり、死者数については異なる証言がある。

 戦時中、朝鮮人労働者は下北で鉄道建設などの労働に従事させられていた。日本の敗戦後、浮島丸は労働者と家族を乗せ、 釜山港(韓国南部)に向けて出港したが、寄港先の舞鶴湾内で突然、爆沈した。

 浮島丸事件は報道によれば、敗戦の翌年の出来事で、乗船者の数が発表より多いはずだ。行き先が釜山ではなかった。爆発事故が米軍が敷設した機雷に触雷した、あるいは、乗船者が朝鮮半島出身者だから、無理やり労働させた事実を隠蔽するために爆沈させた。
 など、謎解きのように真実が明らかになる証拠がない。
 この事件は、1995年に『エイジアン・ブルー浮島丸サコン』として映画化されている。

 日韓併合で、韓国を植民地化した日本政府は朝鮮半島出身者を強制的に労働させた事実がある。
 浮島丸事件の死者も下北半島の鉄道建設に従事させられていたことは事実のようだから、敗戦で、国に送り帰す目的で乗船させたのであろう。

 仮に、米軍の機雷に触れて爆発したのではなく、日本側の何らかの手が加わって爆発したとするなら、損害賠償の対象になるから、事実関係を日本政府はこれ以上調査することはしないだろう。

 当時の風潮からして、朝鮮半島出身者に冷たい対応だったこともまた事実ではないのか。

 真の日韓友好を考えるなら、浮島事件のことを忘れず、舞鶴にある慰霊碑の前で供養を続け、事件の真実を究明することしかない。
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