2026年08月23日

引き揚げ体験 「愛の歌」原点 加藤登紀子さん

 「百万本のバラ」で知られる歌手の加藤登紀子さん(82)は終戦翌年の1946年秋、母ときょうだいの計4人で満州(現中国東北部)から引き揚げた。終戦記念日を前に、兄の幹雄さん(88)とともに取材に応じた加藤さんは、ハルビンで生まれたことや引き揚げ体験が愛や平和を歌う活動につながっていると語った。と戦後81年 戦争特集「引き揚げ体験『愛の歌』原点」「加藤登紀子さん 兄と語る」という見出しで、8月14日の読売(浅野榛菜記者)が夕刊で伝えている。

 哈爾浜生まれの加藤さん。当時の哈爾浜には日本人に加え、政治の混乱や迫害から逃れてきたウクライナ出身者やユダヤ人ら多様な人たちが住んでいた。
 自分のルーツをどう紡いでいくか考えた時、「戦争や侵略ではない方法で世界の文化と触れ合い、人々深くつながる。そうした願いは私が生まれた時からテーマだと思っているのね」と語る。
 「戦争というのは、憎しみを生み出すように人の心を変えてしまう」という。
 歌の力を信じる加藤さんは「音楽にはそうした恐ろしさを超え、踏みとどまる力がある。戦争という方法では何も解決できない。歌の持つ力を信じ、ステージに立ち続けたい」とこれからも歌い続けてくれることを約束してくれた。


 加藤登紀子さんのCDがわが家にあってヒット曲「百万本のバラ」を何回となく聴いたことがある。

 加藤登紀子さんといえば、映画が好きな自分にとっては、1983年公開の降籏康男監督『居酒屋兆治』で高倉健が演じた兆治の女房役を演じたとき、あまりにもお似合いで忘れることができない。
 山口瞳の原作では、確か東京国立が舞台だったはずだが、映画では坂の街函館が舞台で、居酒屋の主兆治には心に秘めた女性大原麗子がいるのだが、居酒屋の女房加藤登紀子はそんなことに少しも動揺しないのだ。
 出演オファを受けた時、「私でいいんですか」と加藤さんが監督に確認した云々という話を耳にしたことがあるが、見事なキャスティングだった。
 高倉健の相手役といえば、赤提灯「桐子」の女将倍賞千恵子と決まっているが、女房としては加藤さんで、女将といえば、倍賞さんに軍配を上げたくなってしまう。

 加藤さんの父親は満鉄の社員だったとのことで、満蒙開拓団というわけではなかったが、満州にいた人たちは引き揚げるまでに大変な苦労をされている。
 だからなのか、反骨精神というのか、ご亭主は学生運動のリーダーだったし、後年、千葉で第一次産業の農業に従事されていたとのこと。

 TVなどでも権力に迎合しない発言で、物議を醸したりもしているが「戦争に反対する」気合の入った生き方は尊敬できる人だ。

 「ひとり寝の子守歌」を若い頃聴いた時は驚いた。
 「ひとりで寝るときは膝小僧が寒かろう。女子を抱くように温めておやりよ」
 ご亭主のことを歌ったのかと思ったが、想像力の豊かさが嬉しいではないか。

 同調圧力に負けてしまう人が少なくない中で、平和を愛し、戦争に反対することを表明することができなくされつつあるが、加藤さんは怖いものなしで、見倣いたいくらいだ。
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