2026年08月13日

転落事故 家族が支えに

 「時代の証言者」という長く続く連載が読売にある。
 著名人が語る人生録と解釈しているが、興味のある人物や興味のあることが書かれている時は読んできた。 
 その8月11日、「柔の道を生きる」 山下泰裕 28 を読んで激しく心を揺さぶられた。

 柔道の世界で、その名を知らない人はいないというほどのビッグネームで、五輪の金メダリスト、全日本柔道連盟と日本オリンピック委員会(JOC)会長を務めていた山下さんが箱根の露天風呂で、2bくらい転落する事故で首の骨を折り、頚髄損傷で車いす生活を余儀なくされるようになった顛末を告白していたのだ。
 
 IPS細胞の治験にも参加するなど現代の医学最前線の治療を受けても、思うようにはならず、左手が少し動くだけで、首から下は動かない。苦しくてこのまま終わるのかな、それも人生と考えたこともあるという。

 山下さんを励ましてくれたのは家族だ。「生かされたのは何かやるやるべきことがあるからだ。役割りを果たすためにも社会復帰を目指そう」病院に来て懸命にそう語りかけてくれたのは妻と娘だった。
 自分より重度になると自発呼吸ができなくなる。今の形で生かされたことに、何かの意味があるのではないか。運不運や挫折は誰もが体験する。違いは起きたことをどう受け止めるかだ。そう考え前を向けるようになったというのだ。
 人生を振り返り、妻への配慮やいたわりが少なすぎた。人生で一番の反省点だという。
 次男が自閉症で、彼の存在は強者の論理ばかりで物事を進めてきたかつての自分の見方を見事に崩してくれた。人間らしさとは何かを教えてくれた。
 体が動かなくなって、それなのにほんのりとした温かみを感じる。自分がもっと大切にしなければいけなかった妻や家族の温かみである。
 自分は幸せなのかもしれない。
 生きていて佳かった。
 両手両足は動かずとも、生かされている有難みを感じるのは間違いなく今の方が多い。と結ぶ。


 語り継ぐ戦争だから、戦没、死没した人たち。負傷はしつつも傷痍軍人として何とか帰国を果たした人達。そして、戦争で精神が壊れてしまった人たちがいることを彼らに代わって発信するようにしてきた。

 山下さんといえば、柔道界においては勝者というか、強者の論理で物事を進めてきたとご本人が明かしている。
 その山下さんが事故で車いす生活を余儀なくされるようになって、支えてくれる家族に過去の至らなさと感謝の気持ちを公の場で表明している。

 れいわ新選組の山本太郎代表は政界引退とれいわ新選組の党名変更を仲間に託した。
 山本太郎代表は「生きているだけで価値がある」社会を作るということをスローガンに新しい政治を切り開いてきた。
 跡を継いだ「いのち」の山本ジョージ代表は党名に生きていることをそのままに「いのち」を党名にした。
 山本太郎代表は重度障害のある舩後さん、木村さん、天畠さんを特定枠を使い、国会に送り込むことに成功し、重度の障がい者でも、国会で活躍できることを証明してくれた。

 今、重度の障がい者になった山下さんにはれいわ新選組の精神を受け継ぐ「いのち」の山本ジョージさんとタッグを組み、「生きているだけで価値がある」そんな社会を作るための礎になってもらいたい。

 障がい者になる前の山下さんは選挙なら当然、強者の論理を進める自民党だったはずだが、今の山下さんは弱者のために頑張るように柔の神様が新しい命を与えてくれたのではなかったか。

 山下さんは「運不運や挫折は誰もが体験する。違いは起きたことをどう受け止めるかだ」と前を向けるようになったのは家族のお陰だと語っている。

 強者としての山下さんではなく、弱者としての山下さんと支える家族にこそエールをおくりたい。

 人は誰しも佳いときは長く続かない。
 アクシデントも当然起きるだろう。
 アクシデントが起きて、その人の真価が試されるのだろう。
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