医療事故の原因を探る医療事故調査制度が始まって10年が経った。患者の予期しない死亡事例について3000件以上が調査されたが、院長の判断に左右され、医療機関間で件数に大きな差がある。
厚生労働省の有識者検討会は、調査が進むよう、全死亡事例を検証する仕組みづくりなど医療機関に求める報告書案をまとめた。と11月12日の読売(草竹敦紀、影本菜穂子記者)がスキャナーで伝えている。
アジア太平洋戦争で召集され、南方のスマトラ島から無事、宇品港に帰ってきた明治生まれの父親が60年前の夏、夜中に突然、血を吐き、救急車で病院に運ばれた。
それでも入院した時はまだ話ができたから、長男の自分だけ病室に呼ばれ、「おまえは長男だから――」と、特別に何か具体的に言われた記憶はないが、今思えば、覚悟していたのか、あのときのことはその後の自分の人生に大きな影響を与えた。
手術をしたら、もう口がきけなくなってしまった父親。その時はどうすることもできなくて、意識不明のまま、心臓が止まるまで入院していた。
病名は動脈瘤破裂となっていたように記憶するが、その後、あれは絶対手術ミスだと思うようになってしまった。
昨日まで元気だったといえば、歌舞伎俳優の中村勘三郎も、同様で、確か、前日ゴルフを楽しんだとか伝えられていたので、こちらは明らかな手術ミスだった疑いがある。
大腸がんの手術を国立がんセンターで受けた親族の女性が手術は上手くいったらしいが、術後の薬が強すぎたかして、後遺症でしゃべれなくなり、長く病床で苦しみ抜き、「死にたい」とまで訴えるほどだった。
明らかな医療事故であるが、どうすることもできなかった。
群馬大学の医療事故が大きく伝えられたことがあるが、不器用で未熟な外科医が手術ミスを繰り返した話もあった。
かく言う自分も、40代早々、寺の坊主がなりやすいとか俗にいう尻の病気で手術した時、2回もやり直すという藪医者にあたってしまい、往生したことがある。
親族の医師が炎症性腸疾患クローン病だと診たててくれたが、この病院の医師はそれすらもわからなかった。
医療事故は思っているより、多く発生しているのではないか。
全死亡事例を検証するなんてことは当たり前のことである。
患者の立場からすれば、同意書を提出している手前、文句を言うこともできない。
病気で死ぬなら諦めもつくが、医療事故で死ぬのでは納得がいかない。
2025年11月16日
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