1993年に来日し、大阪市立大学(当時)で理学の博士号を取得。2008年に優れた科学者に贈られる科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞した郭方准さん(55)が「激戦の歴史、平和の願い 後世に」と、中国は旅順に「日露戦争史料収蔵館」を開設した。と11月9日の読売(出光翔太朗記者)が「顔 Sunday」というコラムで紹介している。
「長年生活した日本が関わり、世界史に大きな影響を与えた日露戦争の資料を集め、後世に残したい」と思うようになったのが開設した理由だそうな。
日露戦争の終結から、2025年で120年。将来的には各国の研究者が集う拠点になることを願っているという郭さん。「日露戦争がアジアと世界に与えた影響を考え、平和を議論する場所となれば本望」だと語っている。
語り継ぐ戦争では、アジア太平洋戦争をメインに発信してきたが、日露戦争はアジア太平洋戦争に大きな影響を及ぼしたので書いておく。
アジア太平洋戦争での大きな関心事であるシベリア抑留は、ソ連の独裁者スターリンが日露戦争の復讐だと言っている事実からも日本人を酷い目に遭わせた意図が証明されている。
日露戦争となると、団塊の世代の一員である自分としては遠い昔の出来事であったが、横須賀に戦艦三笠の記念館があり、若い頃、見学したことがあるので、日露戦争がやや身近になった。
日本とロシア、ソ連との関係といえば、やはり、若い頃、五木寛之『さらばモスクワ愚連隊』(新潮文庫)を読んだこと、NHKで同じ作家の『朱鷺の墓』(新潮文庫)をドラマ化して放送したのを視聴したことを覚えているくらいである。
日露戦争の頃、美貌の芸妓・染乃と捕虜として収容されたロシア貴族出身の青年将校イワーノフとの運命的な恋を金沢をシチュエーションに描いたもので、花街のことや芸妓、女郎と呼ばれた女性たちのことに関心を持っていた自分としては、大きな影響を受けている。
司馬遼太郎『坂の上の雲』のあらすじは知っていたが、TVドラマ化されても視聴することはなかった。
幕末の新選組の土方歳三と戊辰戦争での会津藩の戦いを応援してきたアンチ薩長の立場であるから、明治維新と帝国主義化に距離をおいていたからである。
1939年5月からモンゴル国境をめぐり、日本軍とソ連軍が戦い、日本が敗北したノモンハン事件で日露戦争後、再び、両者は戦った。
アジア太平洋戦争にソ連が参戦してきたのは1945年8月9日未明のことで、スターリンは不凍港を求めて、北海道の半分を強奪するつもりであったことがわかっている。
後年、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で、満州(現中国東北部)や朝鮮半島、樺太、千島列島などでのソ連兵の日本人女性への性暴力の酷さ、シベリア抑留で、抑留者の約1割は死亡というよりは殺害されたも同然のソ連、ロシアに憎悪を抱くようになり、2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略とその前のクリミア強奪事件で嫌悪感をロシアに抱くようになってしまった。
というわけで、ソ連のスターリンとロシアのプーチンが大嫌いではあるけれど、中国同様に隣国の大国だから、戦争にならないように、友好関係を築いていく必要があるだろう。
旅順ではあるけれど、日露戦争を検証するためには大いに役立ちそうな史料の収蔵館を開設していただいた事を郭さんに感謝申し上げる。
2025年11月13日
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