2025年11月05日

激戦地 摩文仁に立つ「静岡の塔」で追悼式

 静岡県は6日、沖縄県糸満市の摩文仁(まぶに)の丘にある「静岡の塔」で追悼式を開く。戦後80年にあたる2025年、鈴木康友知事が知事として20年ぶりに出席する予定だ。と11月5日の朝日新聞(長橋亮文記者)がWEBで伝えている。

 静岡の塔は1966年、アジア・太平洋戦争の際に沖縄や南方地域で戦没した県出身者約4万人の霊を慰めるため、県民らの寄付で建立された。県は毎年、現地で追悼式を開催している。

 2025年は約200人が参列する見込みで、2024年の91人から増える。参列する遺族100人のうち、孫・ひ孫世代が31人を占めるという。

 県は若い世代の参列を促すため、今年度は遺族への助成を拡充。従来の1人あたり2万円に加え、戦没者の孫に3万円、ひ孫に6万円を上乗せする。

 鈴木知事は記者会見で「戦争体験の継承は一刻の猶予もない」と強調。「80年前に激戦が繰り広げられた摩文仁の丘に実際に立ち、戦争の悲惨さや平和の大切さを感じ、次の世代へ語り継いでもらうことを期待している」と述べた。5日には富士山静岡空港で遺族らが参加する出発式が開かれる。


 ふだんの暮らしで静岡県はほとんど縁がないが、2010年3月、熱海にある興亜観音にお参りし、2018年の5月に唐人お吉さんの供養のため下田に行ったことがある。
 語り継ぐ戦争では東海道新幹線で京都大阪方面に行くとき、車窓から眺める景色で確認するくらいだが、リニア新幹線の建設に反対していたことくらいは承知している。

 さて、沖縄の南部戦跡、糸満市摩文仁には平和の礎を筆頭に数多くの慰霊碑がある。
 その慰霊碑には都道府県ごとに慰霊碑があったが、全都道府県の慰霊碑があるかは確認したわけではない。

 平和の礎のごとく、沖縄県民に限らず、敵味方、国籍の区別なく沖縄戦の犠牲者の名前がすべて刻まれていることにいつも沖縄県民の懐の深さというか、心の豊かさを思い、敬意を表してきた。

 摩文仁に都道府県別の慰霊碑があるように、兵庫県の姫路市の手柄山中央公園には太平洋戦争全国都市空襲慰霊碑がある。
 2010年11月に手柄山中央公園に行き、お参りしてきたが、訪ねて来る人はいないようだった。
 階段状に慰霊碑があった。全部確認したわけではないがかなりの数になる。

 せっかくだから姫路城を見学したいという連れ合いの願いで、訪れたら、なんと修復工事中だったことは忘れられない。

 慰霊碑の数は断トツ沖縄が多いと思うが、慰霊碑というものは、建立して終わりではなく、「忘れてはいないよ」と声をかけながら、今を生きるものたちがお参りしなければ意味がない。

 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚を続けて来たのは誰かから頼まれたわけでもなく、全くの個人的な戦没者への思いである。

 そう、戦没された「あなたのことは忘れていないよ」と声をかけながら、死者の無念の声に耳を澄ますというか思いを察するのだ。

 こうすることで、戦争を起こさないように、戦争に巻き込まれないように気持ちを新たに、戦争を語り継いでいくのである。
 静岡県以外のことは不明ながら、静岡県の戦争を語り継いでいく姿勢は高く評価できる。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/191536508
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック