2025年10月04日

1000人超の死をもたらした治安維持法

 戦前と戦時中、言論や思想の自由を奪った治安維持法は10万人以上の拘束と拷問死93人、虐待や病気、釈放後の自殺を含めると1000人以上の死をもたらしたとされる。1925年5月の施行から100年を迎える中、弾圧が厳しかった京都での歴史を解説する書籍「レジスタントの京都 治安維持法下の青春」(日本機関紙出版センター、1980円)が7月に出版された。同法犠牲者国家賠償要求同盟京都府本部が作成した京都関連の被害者約1000人の名簿も添付。戦後の民主主義も改めて見つめ直し、再び戦争への道を進まぬよう警鐘を鳴らす。と9月下旬の毎日新聞のWEBで伝えている。

 同盟は全国組織が1968年、府本部は88年に設立。同法下の国家弾圧の歴史を掘り起こすと共に、被害者の人権回復と国の謝罪・賠償を求めてきた。
 
 全国各地で被害者の名簿作りが始まり、京都でも10年ほど前から着手していた。取り組みを進めるため、2019年から府本部会長を務める元共産党府議、原田完さん(75)が21年に井口和起・府立大名誉教授や勝村誠・立命館大教授ら近現代史の研究者と京都治安維持法研究会を設立。法施行100年の節目に名簿を作成し、幅広く被害者の活動を伝える書籍の刊行につなげた。

 共産主義者や労働運動の関係者を標的に制定された治安維持法は28年に結社の「目的遂行罪」が追加され、自由主義的な研究・言論や宗教団体の教義・信条も含めて国民全体が弾圧対象となり、最高刑も死刑に引き上げられる。これに反対した当時の労農党の京都選出衆院議員、山本宣治は右翼男性に暗殺された。その葬儀に集まった多くの労働者が一斉検挙された中に原田さんの19歳だった母もいた。


 自分が知る限り治安維持法ほどの悪法はない。
 何故なら、「自由のために」毎日、発信している立場からみれば、治安維持とは名ばかりで、市民の自由を奪うためにできたのが治安維持法だからだ。

 敗戦後80年経って、日本国憲法に緊急事態条項を加えようとする勢力が治安維持法と同じことをやろうとしている。
 1925年5月に治安維持法が制定されてから百年。ということは昭和と同じ年数になる。
 戦争が終わって80年間は何とか平和に暮らすことができたのは、日本国憲法のお陰である。
 ところが、ここにきて、参政党のような極右勢力が台頭し、台湾有事には自衛隊を米軍の代わりに派兵させようと目論む米国に乗せられてしまいそうで怖くてならない。

 自由をこよなく愛する自由主義者の自分としては、トランプ大統領が登場してからの米国に自由はなくなりつつあるし、中国、ロシア、北朝鮮には全く自由がなく、市民は独裁政権の奴隷状態である。
 
 治安維持法下の日本がそっくりではないか。
 治安維持法は共産党や労働運動を抑え込むためにできたというのは間違いではないが、現実は市民から言論を筆頭にすべての自由を奪い、権力者の奴隷化しようと企んだものである。

 信じられないことだが、治安維持法を盾に取り締まり側で跋扈したのが特高警察で、彼らには変態というか、性的異常者が少なからずいたことである。
 先般書いたTBSが放送した治安維持法に関して、捕まった女性が素っ裸にされ、後ろ手に縛られ、陰部を焼かれたと告白している。
 今回の原田さんの母親も同じことをされている。

 こんなことをする権力側の人間は明らかに性的異常である。
 治安維持法のような法律を二度と制定させてはならない。
 同時に特高警察のような組織をつくらせてはだめだ。
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