2024年03月24日

『かづゑ的』

 月に一度の映画館行き、3月は東京東中野で熊谷博子監督『かづゑ的』を観てきた。
 コロナ禍が始まった2020年から出かけられなかった東中野の映画館に実に4年ぶりに行ったことになる。

 瀬戸内海にある国立ハンセン病療養所「長島愛生園」に10歳で入所してから約80年という宮崎かづゑさんの人生に8年間寄り添った熊谷博子監督のドキュメンタリー作品である。

 「長島愛生園」といえば、どこかで耳にしたことがあると思ったら、小川正子『小島の春』(長崎書店)1939(昭和14)年改版第12刷がわが家にあったことから、若い頃途中まで読んだが残念ながら挫折した時、記憶された国立ハンセン病療養所のことだった。
 
 施設内でいじめに遭い、死のうと思ったこともあったというが、訪ねてくる母親のことを思って耐え、読書することで別の人生を知り、乗り越えてきた。
 軽症だっ夫の孝行さんと施設で出会い結婚。二人で支え合って生きてきた。

 病気の影響で手の指や足を切断、視力も極度に低下しているが、助けを借りながら、買い物や料理など自分で取り組み、78歳でパソコンを覚え、文章を書くことにチャレンジし、84歳で『長い道』(みすず書房)を出版する。
 
 ハンセン病と言い換えられているが、らいでも構わないと言うかづゑさんは「できるんよ、やろうと思えば」と差別にも病気に負けていないのだ。


 印象的なシーンは母親が眠るご先祖の墓にお参りし、墓石を抱きしめるときと、先年亡くなった夫の遺骨が納められた納骨堂にお参りした時、骨壺を抱きしめた時は、涙が流れてしまった。

 東京東村山市にある国立ハンセン病療養所多磨全生園を訪れたのは2016年6月のことだった。
 納骨堂前で経を読む代わりに尺八を吹いたが、納骨堂の前というのは慰霊碑とは異なり、例が宿るというか、とても一人では行かれない場所である。
 多磨全生園を訪れていたので、長島愛生園も身近に感じられた。
 樹木は多いが街の景色に溶け込んでいる多磨全生園と海に面し、小豆島が見える風光明媚な長島愛生園とでは趣が異なっているだろうが、療養所ということでは同じだからだ。

 『典子は今』で知られるサリドマイドの辻典子さんや日本刀で腕を切り落とされた大石順教尼、そして、かづゑさんと自分の置かれた立場を受容というか、そこから生き抜いていく姿にはただ恐れ入る。
 意気地なしの自分にはない強さには感心するばかりだった。

 患者を支えているスタッフの皆さんの活動にも頭が下がる思いで観ていた。

 「生きる」「家族」を描いた作品を好んで観ているが、まさに生きることと、夫婦の愛というものを考えるときの参考になる優れた映画だった。
 観ていない人にぜひ、お薦めしたい。
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