難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する嘱託殺人罪や、共謀したとされる元医師の父親への殺人罪などに問われた医師の被告(45)の裁判員裁判で、京都地裁は5日、懲役18年(求刑・懲役23年)の判決を言い渡した。川上宏裁判長は「被告の生命軽視の姿勢は顕著で、強い非難に値する」と述べた。と3月6日の読売が伝えている。
患者は当時51歳の女性。弁護側は「被告の行為を刑法で処罰すると、女性は国家によって『望まない生』を強いられる結果となり、自己決定権を保障する憲法に反する」と無罪を求めていた。
川上裁判長は判決で、「自己決定権は個人の生存が前提で、命を絶つために他者の援助を求める権利は導き出せない」と指摘した。
女性のような境遇の患者に対する嘱託殺人で、罪に問われない要件として、〈1〉死期が迫り、苦痛を除去・緩和する他の手段がない〈2〉近親者の意見も参考に、患者の意思を慎重に見極める〈3〉苦痛の少ない方法を用いる〈4〉事後に検証できるよう記録する――を提示。「女性の主治医ではない被告は近親者に知らせることもなく秘密裏に、その日会ったばかりの女性を、軽々しく殺害しており、社会的相当性は到底認められない」とし、嘱託殺人罪の成立を認めた。
嘱託殺人所謂安楽死を扱った森鴎外『高瀬舟』(新潮文庫)を10代の頃、読んで激しく心を揺さぶられた。
一方で、山本周五郎『五辨の椿』(新潮文庫)を読んだときは、母親が夫である娘の父親をないがしろにし、男と遊んでいたことに憤りを禁じえなかった娘が母親を誘惑した男たちに復讐するという話にも激しく心を揺さぶられた。
『高瀬舟』は、江戸時代、罪人を輸送する高瀬舟の船頭が、弟を殺した罪人の喜助がおよそ罪人らしくないことに気づき、喜助の話に耳を傾けるという作品である。
この作品のテーマは「知足」と「安楽死」だとされているが、未熟だった自分は安楽死にばかり目が向き、知足のことにまでは留意することができなかった。
船頭庄兵衛が罪人として護送される喜助の様子が達観しているというかあまりにも晴れやかなことに気づいていることからして、古希を過ぎた今なら、いつお迎えが来てもという年代になっている割に、達観できていない自分からみても、喜助の人間としての凄さに感嘆する。
高瀬舟の喜助を例にするなら、嘱託殺人で起訴されている被告が医師であり、死亡した女性から明らかな依頼があったとしても、責任を問われたことは理解できる。
ただし、依頼者からの願いに応えたことからして、一般の殺人事件とは全く事情が異なっていることから懲役18年ということは明らかに厳罰すぎるのではないか。
西部邁さんが連れ合いに先立たれ、後を追おうと弟子にお願いした嘱託殺人事件でも、検察は厳しい態度で起訴したが、師弟関係では師匠の言うことは絶対ということもあり、裁く対象とはならないと考えていたら、裁判で有罪となったことは許せない。
自分がALSになったと想像しただけで生き抜く自信は全くないが、自死するだけの決断ができなければ、誰かの手を借りなければならない。
生命倫理とか言っても、苦しいから死にたいと言っている人間は静かに希望を叶えてやる必要があるはずだ。
自らが病気の苦しみを知らない人は患者の気持ちが理解できない。
裁判官はこれが仕事ではあるが、患者の気持ちをもっと考えてもいいのではないか。
2024年03月08日
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