水俣病被害者救済特別措置法に基づく救済策から漏れた128人全員を水俣病と認め、国や熊本県、原因企業のチッソ(東京都)に賠償を命じた大阪地裁判決を不服として国と熊本県が10日、大阪高裁に控訴したことを受け、大阪訴訟の原告と弁護団が10日、大阪市内で記者会見し「被害者と向き合い、早期救済に動いてほしかった」と訴えた。とメディアが伝えている。
10月10日の毎日新聞(鈴木拓也記者)によれば、原告らは判決後、環境省や県に控訴しないように要望していた。原告の前田芳枝さん(74)は「怒り心頭だ。被害者は高齢化しており、裁判の途中で亡くなった原告もいる。一刻の猶予もない」と憤った。徳井義幸弁護団長は「極めて残念で、抗議の意思を表明する」としたうえで、国などに早期解決に向けた協議に応じるよう求めた。
水俣病に関する報道に力が入っている読売は大阪地裁が128人全員を水俣病と認めた判決後、9月28日、「公害認定55年『やっと』「全員救済原告ら喜びの涙」という見出しで判決を評価するとともに被害者たちの喜びの声を伝えていた。
加えて総合の紙面「スキャナー」では「救済漏れ是正促す」「線引きのあり方 問題視」「他訴訟に影響か 原告総数1700人」という見出しで国が控訴するかもしれないことを予見している。
水俣病は1956年に公式確認されたが、実際はもっと前から、原因不明の奇病として現地では怖れられていた。
68年政府が水俣病を公害病と認定したことを受け、73年水俣病第1次訴訟で原告の患者側勝訴
77年国が水俣病の認定基準を改定
95年一時金を支払う救済策を実施
2004年関西水俣病訴訟の最高裁判決で国の認定基準より幅広い基準を採用
09年被害者救済法成立
12年救済法の申請期限
13年熊本地裁に集団提訴、大阪や東京でも
23年救済法を巡る集団訴訟で原告全員を水俣病と認定
以上が水俣病の経緯として読売が教えてくれている。
国と県の役人は自分たちに非があったことが明白であるにもかかわらず、大阪地裁の裁判官が認めた原告全員の水俣病認定に関して認めないと控訴した。ならば、水俣病患者と支援者、関心を持つものは国と県に対し、主導した岸田内閣の打倒を声を大にして訴えるように呼びかけたい。
水俣病に苦しむ患者に背を向けた自民党岸田内閣打倒。
公害認定から55年。不知火の海の魚を食していた人間で体の不調を訴える者はみな水俣病の可能性が高い。
55年も経って、魚を食していたかどうかなど証明できるわけがない。
原因者がいて、魚を食していて、体調が不良となっているなら、皆、患者として認定して救済する。これこそが政治の取るべき施策である。
国と県の役人は自分たちは安全な場所にいて、不知火の魚を食していない。
患者の気持ちが理解できないなら、今からでも有機水銀入りの魚を家族と一緒に食べ続けてみよ。
語り継ぐ戦争では、戦争を主導した軍人たちは自らは安全な場所にいて、戦後もおめおめと生き残っている。
末端の兵士や市民ばかりが犠牲になったのが戦争である。
水俣病に関していえば、原因企業チッソで働いていた人間はかなり早くから窒素に何らかの原因があったのではないかと知っていたはずである。
無論、国や県の役人も同じこと。
チッソで働いていた人の家族も水俣病にはなっているが、幹部たちはどうか。
控訴に関わった国や県の役人は魚を食べていないにちがいない。
自分たちは安全な場所にいたから、苦しむ患者に寄り添うことさえできないのだ。
2023年10月11日
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