5月2日のNHK「マイあさラジオ」で街路樹の剪定がおかしなことになっているということで取り上げていた。
大型連休の5月4日がみどりの日ということで、都市部における貴重なみどりである街路樹のあり方に一石を投げかけていた。
地球温暖化を防止するためにも脱炭素というキーワードが重要になっているはずにもかかわらず、明治神宮の樹木を伐採するなどやっていることが出鱈目な日本の東京についても指摘していた。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で北は北海道稚内から南は沖縄摩文仁まで慰霊碑を周って祈りを捧げてきたが、列車の車窓から眺めれば、日本は国土面積の7割が森林だというくらいだから、みどりが豊かなことはまちがいない。
首都圏の田舎町に生まれ育ったから、子どもの頃は確かにみどり豊かだった。
わが家でも、敷地に欅があって、庭木もたくさんあって夏はたくさんのセミが鳴いていた。
ところが、日本と同じように主が無能だから、わが家が没落し、庭木が次から次と枯れてしまい、欅もご近所から苦情があったりということで伐採してしまった。
それでも、今はまだ植木の手入れをお願いするくらいは庭木が残っているから、セミの鳴き声はほとんどなくなってしまっても、近所から較べればまだまだみどりはあるといってもいい。
首都圏の田舎町ではあるが、東京に出るにも、地方とは比較にならないくらいアクセスはいいので、住宅開発が盛んである。
特に、相続税の支払いのために土地を手放す家があれば、決まって30坪強くらいの面積に仕切られた土地に建売が建築され、駐車スペースが2台で、植木が1本もないという家ばかりになってしまう。
まとまったみどりがあるところは、公園と神社仏閣、学校、大きな屋敷くらいになってしまったから街路樹といえども貴重なみどりである。
その街路樹であるが、お役所には街路樹を剪定するとき造園業というのか植木屋にどういう指示を出しているのかわからないが、コンパクトというのか上に伸びないように形も枝が広がらないように強めの剪定が行われている。
その前に、街路樹に銀杏を選んだ愚か者がいて、秋になると落ち葉で近所の住人が往生していることも知っている。
銀杏は堆肥化するのも厄介で、雨に濡れると落ち葉が滑りやすくて困る。
欅なら、落ち葉が堆肥になるし、雨に濡れても落ち葉が銀杏みたいに滑りやすいことはない。
たかが街路樹ではない。
夏の暑いときには貴重な日陰になってくれるのが街路樹ではなかったか。
自動車から排ガスで二酸化炭素が排出されても街路樹が豊富であれば、いくらかなりとも、吸収してくれているような気がするではないか。
親と同じでみどりというのは失ってみて、その有難みがわかる。
街路樹を勝手に伐採している身勝手な人間がいるが、こんなバカは豆腐の角に頭をぶつけてくたばってしまえといいたくなる。
街路樹を伐採して、植え替えていた街があった。
お役人は何を考えて税金の無駄遣い、こんなばかなことをしているのか。
街路樹にもっと目を向けようではないか。
2023年05月02日
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