2019年09月10日

日本の美 庭園

 語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で、この10年、日本全国の慰霊碑を周り、追悼、供養のためにお参りしてきた。
 訪ねた街では、戦没者ばかりでなく、虐げられし民、遊女、女郎と呼ばれし女性たちの慰霊碑があれば、併せてお参りしている。

 ただ、自分はこれで、旅の目的を果たしたことになるが、一緒に歩いてくれている連れ合いへの慰労を兼ねて、温泉地に泊ったり、神社仏閣へのお参り、拝観、観光などもしてきた。

 神社仏閣では、仏像や文化財よりも庭園に興味関心を持っていて、庭園があれば必ず眺めさせてもらう。


 庭園といえば、9月1日の読売、文化の紙面、「本よみうり堂」で「涼を感じる庭編」と題し、枡野俊明さんが水野克比古さんの写真集『京都・禅寺の名庭』(光村推古書院)の書評を担当している。

 枡野さんは横浜市にある曹洞宗の禅寺建功寺の住職で、庭園のデザインをすることで知られた人物である。

 確か、NHKのEテレだったかで庭園を取り上げていたときに出演していて、この番組を視聴し、名前は知っていた。

 
 わが家は首都圏の田舎町にあって、旧家で、素封家として知られる本家からの分家で、昔のことだから、財産を分けてもらったわけがあったわけではなく、商売で成功した祖父が子どもがいない分の楽しみに庭に池を作り、鯉に餌をやっていたらしい。
 池の周囲に松や伽羅や紅葉、モチノキなどを植えていたので、さほど広くはないが、植木職人が毎年、刈込に来ていた。

 ところが、方丈記ではないが、没落というのか、件の池は自分が物心ついた時には壊れてしまい、土蔵は漆喰の壁に野球のボールをぶつけて壊してしまい、松、伽羅、紅葉みな枯れてしまい、今では見る影もない、情けない状態になっている。 

 ただし、昨日の台風15号の大雨がその壊れた池にたまり、雨水の排水池として役立ってはいる。
 しかし、子ども心にこの庭で育ったから、長じて庭園に関心を持ることになったのだろう。

 庭園の素人ではあるが、日本の庭園は池の周りを歩き、眺める池泉回遊式と呼ばれるものと、禅寺の庭にみられる砂利と石の枯山水と呼ばれるものがあり、枯山水の庭園は、「簡素の美 心の境地」だと枡野さん。

 水野さんの写真集では、大徳寺の塔頭大仙院、天竜寺の曹源池庭園、竜安寺の方丈庭園と日本の名園とされている庭園のことが書評で取り上げられていたが、この3カ所は若い頃、一度行ったことがあるが、死ぬまでにもう一度眺めておきたいと意欲がわいてきた。
 
 庭園は写真集で見るのも一興だが、現地に行き、ゆっくり何も考えずに眺めるというのは至福のときである。
posted by 遥か at 08:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統芸能、伝統工芸
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