昨日、知人の奥方が友人と二人で陶芸と布の作品展を開いているということで行ってきた。
知人は自分よりやや先輩ながら、団塊の世代で、奥方の詳しい年齢は知らなかったが、60代だろうか、見目麗しく、おしとかやという今や、死語ではないかという言葉を思い出してしまったほどである。
容姿はともかく、驚いたのは、並べられている作品の繊細さで、陶芸教室に通い、抹茶碗だけ作り続けたが、落伍してしまった自分から見れば、わずか7年のキャリアだというから、これまた信じられず、よほど、適性があったのだろうとみた。
せっかくだからと、土産に作品を買い求めたが、今も、続けられたと仮定しても、自分にはとてもできないし、やろうとも思わないオリジナルな技なのである。
陶芸は、土と火の芸術である。
土を練り、成形し、素焼き、灰でつくった釉薬をかけ、1000度を超すような高温で長時間焼くわけだが、成形した土にどんな意匠を凝らすかは腕のみせどころで、その意匠が細かい作業で、こつこつと仕上げた様子が伝わってきたから、ただただ、感心するばかりだった。
ギャラリ―内の壁面には、もう一人の女性がつくったという大きなパッチワークキルト、話を訊いてみれば、NHKで放送したテキストで独習したということ。
こちらもびっくりで、はじめは気づかなかったが、反対側の壁面には自分で糸を撚り合わせた布を壁掛けのように飾り、着物をほどいて作ったというバッグが並べられていたのである。
知人の奥方は、友人が来られていた由で、作品を仕上げるときのことを少しばかり、聞いただけだったが、布の作者にはいろいろ質問し、実に興味深いことを訊きだしてしまった。
手に職、自立ということもあったのだろうか、教員をしていた由で、体調を崩してしまい、定年前、50代になって仕事を辞めたが、その後、連れ合いを亡くし、元気をなくした。
このとき、出会ったのが布製品だったというのである。
実は、結城の出身で自宅に織り機があり、子どもの頃から母親手作りの洋服を身に着けていて、姉もその方面に進み、自分も大学を出てから、そちら方面に進みたくなったが、親から反対され、実現しなかったそうな。
今の自分の作品は生活の糧とするにはまだまだ未熟であるが、今や、これが私の生きがいになっている。
伝統工芸というか、親が受け継いできたものを何とか受け継いでいきたいし、日本全国にある伝統工芸すべてに共通していると思うが、皆、継承していってほしいと願っているという。
このことは、毎日、書き続けている中で、時折、自分が伝統工芸、伝統芸能のことを取り上げていることにつながるわけで、趣味とはいえ、実践している人にこんな形で巡り合え、嬉しくなってしまったというわけ。
ただし、加齢で視力が低下ということが大きな問題で、大きなルーペが必要みたいだから、自分が身近にいれば、プレゼントするところだが、何とかこの素晴らしい手工芸を続けてほしいものだと願うばかりである。
シニア世代の生き方を考えるときの一つの参考になることではないか。
2018年10月04日
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