日本の伝統芸能、伝統工芸をこよなく愛する日本人の一人として、支援を呼びかける発信をしてきたが、8月25日の読売夕刊の「九谷焼支える土 復活」という見出しが目に留まった。
読売によれば、2月の大雪による被害で工場を閉鎖していた九谷焼生地の粘土業者「二股製土所」(石川県小松市)二股裕代表が今夏、5カ月ぶりに操業を再開したというもの。
一時は廃業も検討したが、産地でわずか2軒しかない粘土業者の復活を願う作家や職人から後押しされ、工場の再建にこぎつけたそうな。
今年の冬、北陸地方は金沢市の降雪量が313aに達したという大雪に見舞われ、二股さんの工場の屋根が雪の重みで崩落し、製土工場の廃止も考えたという。
県によると、九谷焼の売り上げは1990年度の165億円から、2014年度は46億円に激減。かつて10軒ほどあった粘土業者の閉鎖が相次ぎ、2軒にまで減り、かつて、最盛期には10人いた従業員も妻の慶子さんを残すのみとなってしまった。
九谷焼は地元小松市で採れる陶石を砕いて粘土状にした生地に色絵をつけて焼き上げる。
陶芸は好きで、作陶を習ったこともあるが、同じ土いじりの畑が忙しく、両立を諦めた。
教室に通っているとき、薪窯で焼いてもらった湯飲みを愛用しているくらいだし、若い頃、陶芸の全集、(平凡社だったか)を買い求めていたくらいだから、もっと、やりたかったが、あれもこれもというわけにもいかない。
今では、語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚で訪れた地で、焼き物を土産に買い求めて、自宅で眺めたリ、陶芸の好きな知人への土産に買い求めたりしている。
若い頃、仕事で松任市(今は白山市というのか)を訪れたことがあり、母親に九谷焼の湯飲み、(確か片手くらい)を買い求めたら、絵柄が美しいので喜ばれたが、寄る年波で割ってしまったことを思い出す。
色絵が美しいといえば、知覧を訪ねたとき、薩摩焼の沈壽官さんのところまで見学に行ったことがある。
薩摩焼も色絵が美しく、母親に湯呑を買い求めたら、これもまた大いに喜ばれた。
有田、伊万里、清水など色絵が美しい焼き物の産地があるが、九谷は色絵が美しいということでは、他の産地の製品と並ぶ。
記者が取り上げてくれたのが、九谷焼の縁の下の力持ちである粘土業者のことだったから、余計嬉しいではないか。
表で光り輝くものには、皆裏方がいて、それを支えているのである。
戦没者慰霊で、無縁仏の慰霊碑、遊女、女郎などの供養で墓で手を合わせてきたのも、お参りする人がほとんどいないからということに通じるのではないか。
2018年09月09日
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