2018年07月21日

戦禍乗り越えた沖縄文化を後世に

 1980年代に始まった首里城復元プロジェクトに当初から携わってきた高良倉吉琉球大学名誉教授が7月11日の読売「論点」に登場し、「戦禍を乗り越え、発展してきた沖縄の文化を後世に受け継いでいくことが求められている」と沖縄戦に関心を持つ立場として興味深いことを述べられていた。

 高良名誉教授によれば、「2017年春、沖縄県教育委員会が研究者を動員して、沖縄県史の各論として沖縄戦を刊行している。
 沖縄では、立場や主義主張はともかく、沖縄を語る原点に共有すべき歴史的事実として沖縄戦が厳然と横たわる。

 沖縄戦では住民の4人に1人が命を失った。生き延びた4人に3人が戦後の沖縄、米軍統治や「基地オキナワ」という現実に生活者として向き合った。

 沖縄芸能の担い手たち、沖縄空手の継承者たち、染織や陶芸、漆器など伝統工芸の担い手たちも戦後、それぞれ活動を始めたのである。
 技芸や記憶としての無形文化遺産はそれを担う人材が生き続けるかぎり、過酷な沖縄戦でも絶やすことはできなかった。
 沖縄芸能の担い手たちが見せたのは、したたかで、しなやかな文化的応対だった。
 芸能や工芸の担い手たちは、自分という存在を工夫しながら発揮できるソフトパワーを堅持していたが、その原点は450年に渡って存続した琉球王国であった。

 その拠り所が首里城であり、だから、首里城の復元が価値があり、沖縄の文化を後世に受け継いでいくことが求められる」と結ぶ。


 自分と沖縄との関わりの原点は、やはり、沖縄戦である。

 父親が遺してくれたのであろう、石野徑一郎『ひめゆりの塔』(河出書房市民文庫)、昭和26年に初版で、28年に7版とある。たぶん、中学生の時に読んで心を揺さぶられたからだ。

 1953年に今井正監督で映画化された『ひめゆりの塔』の原作だから香川京子と津島恵子の美しい女学生姿の写真が表紙にある。
 この映画はTVで放送したときに観ている。

 その後、1995年に神山征二郎監督で映画されたときの原作は仲宗根政善の『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』であるが、こちらは映画館で観た。

 沖縄に都合4回行っているので、復元した首里城にも運転手兼ガイド氏の案内で行ったことがあるが、やはり、かつて450年も琉球王国があったというくらいだから、日本とは異なる文化が伝承されているので、この文化をぜひとも、きちんと伝承してほしいと願う。

 先だって、「軍隊は女性を守らないin沖縄」のパネル展を観てきたが、沖縄は、戦争中は日本軍に酷い目に遭わされ、戦後は、進駐してきた米兵に多くの女性たちが性的暴行されてきた。
 鬼畜米兵は、沖縄の女児に襲いかかるという本国でも絶対許されない卑劣な性犯罪を多発させてもいる。

 しかし、沖縄の市民は、米国の統治下においても、辺野古の美しい海を米国によって、無理やり性的暴行されるかのように埋め立てられてしまう2018年の今も、いかに理不尽な目に遭っても、沖縄戦を生き延び、伝統芸能や工芸に向かってきたしたたかさ、しなやかさで自分たちが先祖から受け継いできた文化を大事にしてきた。

 先祖供養の芸能エイサー、武道の世界でその名が轟く沖縄空手、芭蕉布、紅型染め、壺屋焼などの伝統工芸品、どれをとっても、沖縄の風土とそこで生きてきた人々が育んできた琉球魂が伝わってくる芸能、武道、逸品ばかりである。

 沖縄が戦時中から、戦後の今日まで、本土の犠牲にされ、満蒙開拓団員の如く、棄民とされてきたが、県民はよくぞこらえてくれたものである。

 沖縄に自然の力そのままに光が当たり、米軍基地のない沖縄、青い海の沖縄を取り戻せるように神に祈りたい。
posted by 遥か at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝統芸能、伝統工芸
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