昨日書いた追悼抄から、どうしても書いておかなければ気がすまないことがあった。
佐伯敏子さんと同じ紙面に江戸小紋染色家小宮康孝さんが10月24日に亡くなったということが伝えられている、享年91歳。
読売によれば、落ち着いた藍色や茜色に、一糸乱れずに並ぶ白抜きの幾何学文様。遠目に見ると無地に映るほどの細やかな模様が「江戸小紋の特徴」で、江戸時代の武士の裃に使われたのが始まりだといわれる。
東京葛飾の染め職人の家に生まれ、14歳から父の下で修業、1978年、父康助さんに次いで、52歳の若さで重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。
木の一枚板に反物を張り、細やかな穴が彫られた型紙の上から、へらで糊を均等に置いていく。模様のつなぎ目がずれないように糊付けを何度も繰り返す。
1人前になるのに10年かかった。
「伝統は改良を重ねて生き残る」が持論で。着物の色が変色しにくい合成染料を初めて取り入れ、糊にも改良を加えた。
空や海の青など自然界にあって、人間には作り出せない天然の色を求めて、様々な合成染料を試した。
「時代を超えて受け継がれる小紋とは何か」と考え抜く。
40歳を過ぎてからは、型紙にも改良にも取り組む。「伊勢型紙」の職人の許に足しげく通い、厳しい注文をつけた。精緻な文様には型紙を彫る職人の技が欠かせないからだ。
型を彫る技、染の技術が揃わないと一流の小紋は完成しない。
日本の伝統文化、伝統工芸の分野でまた一人達人が旅立ってしまった。
しかし、嬉しいことに後継者(長男康正さん61と孫)を育てていてくれたから一安心である。
伝統なんてものは、言葉のとおり一朝一夕でできるわけがなく、代々受け継がれて初めて、伝統が築かれるものだろう。
労働者の雇用の世界では、戦後、労働組合運動が盛んだった時代はまだよかったが、政府が派遣労働など労働者の非正規雇用を認めるため、労働三法をないがしろにし始めたときから、予想されたことだが、格差がどんどん広がり、長時間労働で労働者が自殺に追い込まれるようなブラック企業が跋扈するようになっていく。
一方、職人の世界では、技を身につけるのに最低10年といわれているように、年月がかかるが、その分、身につけた技は定年など関係なく、躰が続く限り、働けるけれど、技を身につける、修行に耐えられない人も少なくない。
伝統工芸では、一子相伝ではないが、親から子へということが一般的ではあるが、子どもがいない場合もあるし、子弟が後を受け継いでもらわないと技が絶えてしまう。
その師弟関係にしても、聞くところによれば、師匠のやり方を盗み見て覚えろと言われた時代から、細部まで師匠が教える時代へと時代と共に変わっている由。
小宮さんも「伝統は改良を重ねて生き残る」が持論だったそうな。
つまり、時代時代で、そのときの職人の工夫が必要だということ。それでも、受け継いできたものは、しっかり受け継いでいかなければ、伝統工芸ではなくなってしまうから、この辺の兼ね合いが難しい。
先日、伝統芸能の分野である自分たちの演奏会のとき、師匠が「伝承された曲を自分の演奏で自分なりに表現するのは許されるが、次世代に受け継ぐときは、伝承されたそのまま、教えてもらわないと困る」と伝承された重みについて語っていた。
伝統工芸でいつも気になっているのは、需要の喚起であり、販路がなくては困るということで、世界に一つの手作り品だから、もっと、必要としている人はいるはずで、この辺は国の力を借りないと作り手だけでは難しい。
2017年12月23日
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