2015年12月10日

孝行娘 絶望の河原 親子3人入水

 取り上げるのが遅くなってしまったが、11月29日の読売が社会面で「追う」というタイトルで埼玉であった親子3人入水事件をリポートし、「孝行娘 絶望の河原」「母の介護10年・父は病気退職・生活苦」という見出しでその情況を伝えていた。

 読売によれば、孝行娘は47歳、同居する父は74歳、母は81歳。
 事件が起きたのは、2015年11月21日から22日朝にかけてのことである。

 娘は両親を乗せ、埼玉、群馬県境の利根川の河原から川の中に軽乗用車を進めたが、「車が最後まで沈まず、車を降りて3人で川に入った」水深は約1bだった。

 娘は低体温症で病院に運ばれ、一人だけ助かるも、埼玉県警に逮捕される。「お金がなくて生活が苦しかった。私がやりました」と供述したそうな。

 取材していくと、3人は平屋の借家で暮らしていたが、大家によれば、「月3万3000円の家賃の滞納もなく、「2部屋あって介護に便利」と住み続けてたがっていたから、古い建物だけど壊さなかった」とのこと。

 近所の70歳代の女性によれば、「今時珍しい親孝行娘で、姉二人は家を出て、ずっと母親の面倒をみて、人生の大事な時期を過ごしちゃった。でも泣き言は聞いたことがない」
 「時々大声を上げる母親のことを近所に詫びて回っていた。本当はつらかったのだろう」と娘のことを「ちゃん」づけで呼びながら同情の気持ちを吐露する。

 父親が病気で新聞配達の仕事ができなくなり、年金もなかったことから、暮らしが立ち行かず、生活保護の申請中で、介護サービスも申請したところだったという。


 2015年も師走になったかと思えば、もう10日。何かと気忙しい日々で、どんどん、今年も残り少なくなっていく。

 11月の新聞の整理が遅れ、夕べ、親子3人入水の事件を追ったリポートを読む。

 事件の一報があったとき、当然のことながら書くつもりであったが、「孝行娘 絶望の河原」という見出しで目を覚まされた。

 生まれた家、親の財力などで、人の運命はこうも大きく異なるものか。

 若い頃から難病にはなったが、その他は恵まれている自分と較べ、孝行娘に降りかかった出来事は何とも悲惨で言葉もない。

 犯罪被害者支援を訴えてきたが、法律上は捜査当局の立場として、何もしないわけにいかないことはわかる。

 しかし、警察官も人の子、特に、自分の親の介護をしたことがある者なら、この娘が犯罪者とは違うことくらいわかるはずだから、犯罪者扱いしてほしくない。

 裁判員裁判で、自分が裁判員に選ばれたら、断固、この娘の無罪を主張する。

 娘は明らかに心を病んでしまった。だから、魔がさしたのであろう。娘がやらなければいけないことは、刑務所で罪の償いをすることではなく、両親の供養であるから、遍路に出て、これから先の人生を考えたらいい。

 安倍自公政権は格差社会を容認してきたが、主権者が選挙で交代させることができるのだから、介護疲れで親子3人入水事件のような哀しいニュースはもうたくさんだ。

 貧困故に起こる事件の報道を耳にするにつけ、日本の政治がよろしくないことを痛感する。
 昔は、孝行娘が身を売り、苦界で搾取されながら、働かされた。

 語り継ぐ戦争だから、集団自決のことはいくども取り上げてきたが、絶望すると人はこうなる。

 希望がないと生きていけないのが人間だ
この記事へのコメント
オーナー様。

2015年の記事「孝行娘 親子三人 絶望の入水」を読んで。

貴殿のサイトは初めて読ませて頂きましたが、この事件は私も新聞記事で読んで激しいショック、そして言いようのない悲しみに
襲われた事を鮮明に記憶しています。

故にもちろん、記事も切り抜きしたし、また、日本の格差社会に激しい怒りを感じずにはいられません。

金持ちはいくらでも金持ちになり、おまけに金持ちほど悪い事をする。

反対に貧困や虐待に苦しむ人々はどんどん
追い詰められてその結果、悲しい事件が起こってしまう。

今回こうして、貴殿の記事を目にする事が
出来て良かったと思っています。

Posted by ヒデキ at 2018年11月08日 11:12
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