2025年09月26日

元特攻隊員 茶道前家元が「一碗から平和」を願う

 亡くなった著名人を紹介する読売(木須井麻子編集委員)の追悼抄、9月25日は元特攻隊員で茶道裏千家前家元千玄室さん。 
 日本の伝統文化である茶道裏千家の十五代家元で、家元を長男の千宗室さんに譲ってからも「一碗からピースフルネス(平和)の理念を唱え、茶の海外伝道を続けた。
 「お先に」と「どうぞ」人を思いやる心が平和につながると説いた。
 同志社大在学中の1943年に学徒出陣で海軍に入隊した。配属先の航空隊では訓練の合間に、やかんの湯で茶会を開いた。一緒だったのが親友で水戸黄門を演じた俳優西村晃さん(97年死去)。
 千さんは出撃しないまま終戦を迎え、西村さんは悪天候のため生還したが、海軍飛行予備学生の同期411人は戦死した。
 生き残った負い目を抱え、茶を広める傍ら、毎年のように戦跡で海軍同期生らを弔った。
 「一碗のお茶で二度と戦争を起こしてはならないと伝えていく」と戦友たちと誓う。


 死線を潜り抜けるという言葉があるし、死を覚悟という言葉もある。
 特攻隊員になった以上、出撃はしなかったとしても当然のことながら死を覚悟しているはずだし、まして、出撃するも悪天候で生還したとなれば、なおさらで、千さんと西村さんは特攻で散華した戦友たちには後ろめたさを抱きながらも、死なないでよかったと語り合える親友だという。
 二人に共通するのは、眼光である。一度死を覚悟した目をしていることは自分だけが感じていることかどうかわからない。
 ほかに、俳優池辺良と歌い手三島敏夫も同じような目をしている。
 聞くところによれば、池辺良は乗っていた船が沈没させられ、海の上を漂流していた時助けられた九死に一生の経験をしたというし、三島敏夫は特攻艇「震洋」の乗組員だった元特攻隊員だという。

 茶道といえば、裏千家の先生だという年配の女性に少しばかりお点前を教えてもらったことがあり、その後、陶芸教室に連れ合いと一緒に通い抹茶碗づくりにチャレンジしたことがあるが、畑仕事が忙しくなり、続かなかった。

 茶道で教えてもらったことは「一期一会」と「和敬清寂」である。
 「お先に」「どうぞ」というやり取りで思い出したことがある。

 読売の看板「人生案内」の回答者に作家いしいしんじさんが加わってから、回答に登場するのが待ち遠しくてならない。
 他の回答者とまるで違うスタイルの文体で思いがけないことを書いてくれるのだ。
 そのいしいしんじさんが相談者への回答で、茶道のお点前で、正客が「お先に」とあいさつすると隣の客は「どうぞ」と応じる、他者への思いやりのことを取り上げていた。
 いしいしんじさんは、千玄室さんと面識があると書いていた。
 道路で他者の邪魔をする心が捻じ曲がってしまった輩が煽り運転をして事故を誘発したりしていることに対し、真逆の対応である「お先に」と「どうぞ」。

 「一碗から平和」を希求し、世界中でお点前をしている原動力が戦争で亡くなった特攻隊員の仲間たちへの供養のように受け止めている自分もまた、なんとしても戦争にならないように願っている。