水俣病の公式確認から5月1日で69年となるのを前に、熊本、鹿児島両県の水俣病被害者らでつくる「水俣病被害者・支援者連絡会」は29日、熊本県水俣市で水俣病問題の教訓や課題について考える集会を開いた。登壇者は症状の悪化による体の痛みや、未認定患者の救済などを訴えた。と5月1日の読売が伝えている。
被害者や支援者ら約70人が集まり、新潟水俣病の関係者もオンラインで参加。七つの患者、未認定患者団体が現状を報告した。
被害者救済法の対象から漏れた人たちの集団訴訟で、原告団長を務める未認定患者団体「水俣病不知火患者会」の森正直さん(74)は、2024年3月に熊本地裁が請求を棄却したことに触れ、「すべての被害者の救済を目指してやってきた。訴訟は長くなるが、『頑張ってこそ国を動かせる』と肝に銘じて闘う」と力を込めた。
集会では、水俣病の診療や研究を続けてきた医師の高岡滋さん(64)も講演。環境省が脳磁計(MEG)と磁気共鳴画像装置(MRI)を組み合わせた手法で住民の健康調査を行うことに対し、「周辺地域の被害全体を見るという疫学的な知見が欠けている」と指摘した。
水俣病公式確認から69年になる。
69年といえば、1956年から数えてで、この年に生まれた連れ合いと同い年であるから、とても他人事とは思えず、2017年6月、水俣に行き、犠牲者の慰霊碑にお参りし、実情を知ることができた。
というのは、偶々お世話になったタクシーの運転手氏の連れ合いが水俣病だということもあってか、東京から犠牲者の慰霊碑にお参りにやってきたと告げると、大変親切にしてくれたのである。
水俣の海から有機水銀混じりのヘドロを取り除き、埋め立て後、公園になっている場所に慰霊碑があり、一般的には、ここで開催される慰霊祭の様子がメディアから伝えられる。
ところが、現地には市主催の慰霊祭には背を向け、乙女塚という小高い場所で開催される患者会主催の慰霊祭が開催されているということで、運転手氏が途中の民家で場所を確認して案内してくれたのである。
胎児性水俣病で知られる坂本しのぶさんがここの慰霊祭に参加している様子をメディアで視聴したことがあった。
国と県、市は遠方の首都圏から見ると、明らかに原因者の企業チッソ寄りであった。
患者であることを訴える症状のある人たちがまだ1700人以上はいるというのが患者会の訴えで、胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんも「水俣病は終わっていない」「すべての患者が救済されるように」と訴えている。
政府の姿勢は、2024年の環境省のお役人と患者会の懇談会途中でのマイク切りに表れている。
ガス抜きくらいの軽い気持ちで、真剣に患者の訴えに耳を貸そうとはしていないことが明らかになったのだ。
国、県、市とお役人は、自分の家族が患者だったらという気持が欠けている。
言葉では患者に寄り添うと言っても、現実はちっとも患者の立場を理解していない。
症状を訴えている人は全員救済すべきである。
それが、世界に知られた水俣病から患者を救えなかった国の責任だからだ。
公式確認からだけで69年。実はもっと早くから水俣病は原因不明の奇病として現地で恐れられていたのである。
早くに症状が出た家庭では、村八分同然の差別に遭い、いじめを受けていたことは、語り部の杉本栄子さんがラジオで話していたのを聴いたことがある。
そんなことも原因しているのか、患者会がいくつに分かれているが、被団協のように一つにまとまった方が力が強くなると思うのだが・・・。
公式には69年ということになり、犠牲者がどんどん亡くなっている。
救済は急がなければならぬ。