社会の様々な事象から有識者がその見識を披露してくれる読売の優れた連載「あすへの考」、その12月22日は「民主主義と世論」をテーマに関西学院大学善教将大教授(42)が世間を賑わす社会の分断現象について、「他者への理解が必要だ」と訴えていて、大いに参考になったので書いておく。
世論調査がメディアでよく実施されている。
例えば、「支持政党は」というように。ところが、読売が2022年に行った全国世論調査で「絶対に支持したくない政党」を尋ねた結果、NHK党(当時)の52%、次いで共産党35%という順で、一番低かったのが国民民主党だった。
否定的党派性が大きな意味を持つようになったきっかけは、1990年代の米国政治の変化で、支持するという感情に他党が嫌いという感情が混ざることで、感情的な分極化と呼ばれる現象が起きる。
国際的にみて、分断化の度合いが弱い日本でも、2024年11月の兵庫県知事選では集団極性化現象が起きた。
異なる「集団」を嫌悪している実態が二人の争いの構図の中で鮮明に見てとれた。
異なる考えの政党が連携することで、互いの支持層への拒否感和らぐ可能性がある。
日本人の意識が変わったことを実感させられるのは、家庭には神棚と仏壇が同居しているのが当たり前のことだったのが、核家族になるや、両方ともない家が増えているときだ。
神仏が同居するくらい、神棚の主は、神仏習合というか、神仏混淆というのか神様は懐が広かったが、新興宗教は皆排他的である。
宥恕の精神がなくなりつつあるなと意識するのもこの時のことだ。
2020年にコロナ禍が始まり、自粛警察などと呼ばれる現象が起きた。
これも、他者の行動が許せなくなっている人が増えている印象である。
米国がトランプ大統領になってから、分断という言葉が目立つようになった、
他人を滅茶苦茶に攻撃するのがこの人の特色である。
総じて、他者のことを許せない人が増えている印象である。
さて、支持政党と絶対に支持したくない政党の中で、興味深かったのは、嫌われ政党のトップがNHK党で、次いで日本共産党、その次がれいわ新選組だったこと。
トップとその次が独善的だから嫌われるだろうとは思ったが、次いで、れいわ新選組の名前が出てくるとは思いもよらないことだった。
確かに、テーブルの下で手を握っているかのような自民と立憲、さらにその他自民の補完勢力に対し、国会で全く妥協しないから好かれないだろうとは思ったが、こういう存在がいなければ世のなかはよくならないこともまた事実である。
極端な好き嫌いと同様に他者のことを許す宥恕の精神をなくしてしまうと住みにくい世の中になってしまうことだけは確かなことだ。