2024年12月15日

独裁者の逃亡先は独裁国家ロシア

 内戦が続くシリアで反政府勢力が8日、首都ダマスカスを制圧し、アサド大統領は後ろ盾となってきたロシアに亡命したと伝えられ、政権は崩壊した。とメディアが伝えている。

 12月9日のNHKによれば、シリアでは反政府勢力を主導した組織の指導者が演説し、「この勝利は歴史の新たな1ページで、地域にとっての転換点だ」と述べた。

 アサド政権の崩壊から一夜が明けたが、これまでのところ大きな混乱は伝えられておらず、国外に避難していたシリア人が帰国する動きも広がっている。

 シリアのジャラリ首相は早期に政権移譲を行う考えを示したが、反政府勢力を主導した組織がテロ組織に指定されていることなどから、平和的な政権の移譲が実現するかが今後の焦点となっている。

 
 2010年から2012年にかけ、中東アラブのチュニジアで起きた反政府運動ジャスミン革命がアラブ諸国に伝播してアラブの春と呼ばれ、自由と民主化を求める多くの市民が独裁政権など抑圧する側に抗議するため立ち上がった。
 エジプトのムバラク政権、中東アラブの暴れん坊こと独裁者リビアのカダフィー大佐が倒された。

 アサド父子による独裁政権が続いていたシリアでも反政府運動が起きたが、ロシアの独裁者プーチンの支援を受けたアサド政権と反政府組織との間で内戦状態になったのである。
 ところが、シリアが頼みとするロシアのプーチンはウクライナへの侵略戦争で支援どころではなくなり、同じく支援していたイランやイスラム武装組織ヒズボラがパレスチナにおけるイスラエルとハマスとの戦争で支援の力が弱まったことでアサド政権の崩壊は時間の問題だった。
 反政府組織の勝利で独裁者アサドは家族を連れ、ロシアへ逃亡し、プーチンは亡命を受け入れたと伝えられている。
 独裁者の最期としては、処刑される前に逃げ出したアサドと家族は命だけは助かったように見えるが、プーチンにとって役に立たなくなったアサドがロシアに居場所が与えられるだろうか大いに疑問である。

 ロシアの独裁者プーチンが国民の富を独り占めし、宮殿に住んでいることが伝えられているが、独裁者アサドもフェラーリなど高級車がずらりと贅沢な暮らしぶりだったことが伝えられている。

 毎日、発信してきたのは「自由」のためにである。
 自分にとって、食べること、生きることすなわち自由でなけれならず、自由を奪う独裁者が大嫌いである。
 北朝鮮の独裁者金一族だけはまだ倒されていないが祖父の代から3代目で、このまま独裁政権が永遠に続くはずがない。

 日本の戦後を政治の世界で見てみると、小泉内閣が独裁的傾向が強くて大嫌いだった。
 「自民党をぶっ壊す」と威勢のいい言葉を発し、郵政民営化に反対する人たちを守旧派だと選挙で公認せず、刺客まで送り込む念の入れようだった。
 自由と民主主義を標榜する自民党政権とはとても思えない暴挙だった。
 結果、郵政民営化で何か佳いことがあったかといえば、何もなかった。

 国鉄民営化では、労働運動の核となる国労、動労をつぶし、派遣労働を導入し、非正規雇用が増えて貧富の格差が拡大した。
 それでも、500円預けたまま返してもらえないが、SUICAという便利なものが使えるようになった点だけは高く評価できる。
 とにかく、独裁者が一人倒されて喜んでいるが、独裁者の雰囲気が漂うトランプが米国大統領に復帰することになり、世界はよろしくない方向に進みそうで危惧するばかりだ。