戦後最大の疑獄といわれるロッキード事件を捜査した元東京地検特捜部検事で、退官後は公益財団法人を設立して福祉活動に尽力した堀田力さんの訃報をメディアが伝えている。
12月4日の読売によれば、司法の世界で30年、福祉の世界で30年−−。「人生を2度生きた」といわれるが、「3度生きた」のではないか。評伝として日記などから紹介されている。
3度目の人生は、2022年暮れに脳梗塞を患い、左側の視野を失い、右目で文字を読んでも意味が認識できない症状に見舞われてから始まった。自分では何もできず、妻の姿が見えないと不安で仕方ない。
日記の一部によれば、戦争と神の話や、生きていても迷惑をかけるばかりと全身を押し潰す<黒い感情>、<絶望→自死直行の黒く強固なかたまり>のことも出てくる。
一方、黒い塊を不思議にとかす妻の抱擁や、抱擁から得られる生きる力こそ、赤ん坊や今の子どもたちに必要ではないかという考察もつづられている。
5回にわたる脳梗塞や持病の心臓病に苦しみながら、字を読む訓練を重ね、読書を楽しめるまでに回復した。リハビリへの努力と執念は周囲が驚くほど。
繰り返される冤罪事件、大阪の検察のトップによる女性検事に対する性的暴行事件で、名張の毒ぶどう酒事件で冤罪を訴え、再審開始請求を支援している立場から、司法、とりわけ警察と検事に対する心証は極めて悪い。
検事が正義の味方でなくなり、国家権力の代行者として、全く信用できなくなっている。
それでも、堀田さんが東京地検特捜部でロッキード事件の捜査に当たったことと、退官後、弁護士かつ福祉の世界で「時代をよくしたい」「社会の役に立ちたい」という生き方はそれは見事なもので称賛していた。
人生最後の大仕事ととして子育て支援の充実に乗り出したとき病魔に倒れた時のことは以前書いたことがあるが、これほどの人物でも自死を考えたと伝えられている。
その危機を救ったのが連れ合いの明子さんの抱擁だったそうな。
絶望し、自死直行の黒く強固なかたまりを不思議にとかす抱擁は生きる力が得られ、この生きる力こそ赤ん坊や子どもたちに必要ではないか。と考察しているところに非凡な人物像を垣間見た。
掲載されている堀田さんと明子さんの笑顔の写真には激しく心を揺さぶられた。
つくづく結婚って大事なことだと痛感した。佳き伴侶に恵まれたからこそ、社会の役に立つ仕事ができたのだと改めて連れ合いの持つ力を実感した。
後期高齢者になる前から、不調に悩まされるようになり、後期高齢者になった2024年は歯茎の痛みなどで、鬱状態、すなわち、自死ということが頭を過った。
死ということをこれほど真剣に考えたことはなかった。
乗り越えられたのは、やはり、連れ合いの持つ力、明るさに救われたからである。
畑の持つ力も大きかったこともある。
連れ合いが先に逝ってしまった西部邁さんが自死を選択したのも支えてくれる肝心な伴侶がいなかったからだとみている。
男は強がりを言っても、弱いのだ。
無論、高倉健みたいな強い男もいることはいる。
堀田さんが社会の役に立つ仕事で活躍できたのはご自身の努力は無論のこと、連れ合いの力が大きかったのだろうと勝手に推察している。
自分も改めて連れ合いに「これまでありがとう」と感謝したくなった。