2024年08月02日

引き揚げ者に体験を聞く意義

 2023年夏から1年間にわたって読売が証言を掲載した「引き揚げを語る」では引き揚げから何を学ぶのか。引き揚げの記憶をどう引き継いでいけばいいのか。8月1日の紙面では、引き揚げを研究している加藤聖文駒澤大学教授に(小野仁記者)が聞いている。

 引き揚げ者に今、体験を聞く意義は、体験者が語るそのリアリティだ。戦争を知らない世代は、体験者の話を聞くだけにとどまらず、体験者の語る体験談に想像力を働かせることが大切だ。

 引き揚げによる犠牲者は満州(現中国東北部)、朝鮮半島北部、樺太(現サハリン)。満洲では24万5000人ぐらいで、ヒロシマの原爆犠牲者や沖縄戦の民間人犠牲者、東京大空襲の犠牲者より多い。

 満州で犠牲者が多かったのは満州に1945年8月9日未明、ソ連軍が侵攻したことが一番大きな原因だ。
 戦争で民間人が巻き込まれれば、難民が発生する。そこから弱者がこぼれていく。引き揚げ者が語る体験は戦争の現実を生々しく伝えている。

 満州での体験は現代の問題と関連付けて考える必要がある。
 2022年2月24日、ロシアの侵略侵攻を受けたウクライナで起きていることは、かつて満洲で起きたことと同じだ。
 戦争で破壊された社会秩序が再建され、人間の倫理観が回復していく過程が占領期だが、その過程で殺人や性的暴行、略奪などあらゆることが起こってしまう。

 引き揚げ体験では、ソ連兵の暴行、略奪の話がよく出てきた。
 戦争はそもそも兵士の人間性を破壊するものだ。
 ソ連兵の軍紀は乱れていたが、原因は独ソ戦の影響だ。殺し合いでモラルが崩壊し、人間の凶暴性が表出した。その兵士たちが極東に転戦してきた。

 農業移民である満蒙開拓団の犠牲が目立ったのは、ソ連との国境周辺に配置され、軍隊に守られず、棄民とされたため満洲奥地から誰の助けもなく避難しないといけなかった。
 さらに、残留婦人・残留孤児の問題も重なった。中国残留の日本人は開拓団員だった人が多い。70年代以降孤児は帰国を果たすが言語的な壁によって、日本の社会に適応できない。孤児の子どもたちも条件のいい職業に就けないため経済的に苦労する。ということで今も終わっていない。戦争の影響は100年ぐらいは続く。

 引き揚げの記録をどう語り継いでいけばよいかは、戦後世代の語り部を育成する国の事業があり、私は「語り継ぎ部」と位置付けている。
 体験者は確実にいなくなるので、できるだけ多くの人から体験を聞き出し。少しでも多くの人に語り継いでいけるようにしていかなければならない。と、結ぶ。


 語り継ぐ戦争であるから、アジア太平洋戦争に強く関心を持つようになったのは何故なのか考えたことがある。
 明治45年生まれだと耳にしていた父親が召集され、南方の島スマトラ島に送られ、何とか生き延びて帰国し、姉や自分たち3姉弟が生まれたが、普通の家庭の父と息子という親子関係ではなかったため、戦争のことを聞いた覚えはない。
 父親はただ怖い存在で、親の顔色を窺いながら暮らしていた16歳になったばかりの夏休み、夜中に多量の血を吐いて、救急車で病院に運ばれ、手術ができないほどの病状ということで、そのまま、帰宅することなく、亡くなってしまった。53歳だった。

 やはり、一番の影響は父親が召集され、無事帰国したことだろうか。

 次いで、1962(昭和37)年10月、TVドラマとして放送された五味川純平『人間の條件』の影響は父親の召集よりももっと影響を受けたかもしれない。

 中学1年生だったので、思春期真っただ中だったから、主人公梶を演じた加藤剛、その妻美千子を演じた藤由紀子の愛を踏みにじる戦争。妻の幸せを願い、再会を夢見ながらも、戦争に押し流され、妻の元に戻れない梶の生き方には大いに影響を受けた。

 わが家の書棚に五味川純平の『人間の條件』(三一書房)があるのを見つけ、勉強せず、夢中で読んだものである。

 その後、学生のときだったか,卒業してからか思い出せないが、小林正樹監督、仲代達也、新玉三千代の全6部をオールナイトで上映してくれたことがあって、夢中で観た覚えがある。
 
 次いで、1962(昭和37)年10月、TVドラマとして放送された五味川純平『人間の條件』の影響は父親の召集よりももっと影響を受けた気がする。

 中学1年生だったので、思春期真っただ中だったから、主人公梶を演じた加藤剛、その妻藤由紀子の愛と平和を願い、戦争に反対しながらも、時代に流されていく梶の生き方には大いに影響を受けた。

 わが家の書棚に五味川純平の『人間の條件』(三一書房)があるのを見つけ、勉強せずに夢中で読んだものである。

 その後、学生のときだったか,卒業してからか思い出せないが、小林正樹監督、仲代達也、新玉三千代で上映された『人間の條件』全6部だったかをオールナイトで上映してくれたことがあり、それこそ夢中で観た覚えがある。

 ドラマでも、映画でも満蒙開拓団の人々が難民となって満洲の地を彷徨する様子が描かれていた記憶があり、1945年8月9日未明のソ連軍の満州侵攻と8月15日の敗戦後、シベリアと思しき地に抑留される梶の姿が鮮明に蘇るほど、満蒙開拓団とシベリア抑留のことを詳しく知りたいと思うようになった。
 語り継ぐ戦争として、後年、北は北海道稚内から南は沖縄の摩文仁まで全国の慰霊碑を周り、祈りを捧げることになるとは思いもよらないことだった。

 満州や朝鮮半島北部、樺太からの引き揚げ、シベリア抑留と引き揚げに関して、強い関心があるのは、『人間の條件』の影響に違いないのである。

 主人公梶のような良心が自分にあるかどうかわからないが、戦争に反対し、自分の連れ合いや家族が戦争に巻き込まれないように願っているのは明らかに梶の生き方から影響を受けているとしか思えない。