2025年12月12日

遺族の元へ トラック諸島 遺骨収集

 厚生労働省がトラック諸島(現・ミクロネシア連邦チューク州)で実施した遺骨収集では、太平洋戦争で撃沈された駆逐艦「追風」の艦長室付近でも遺骨が発見された。艦長の長女荒本雅子さん(85)は「父が帰ってきたかもしれない」と語り、DNA鑑定で身元が特定されることに期待を寄せる。と戦後80年 昭和百年 語り継ぐ戦争特集で12月1日の読売(波多江一郎、加藤学記者)が伝えている。

 駆逐艦「追風」は1944年2月15日頃、トラック諸島から内地に向かう巡洋艦「阿賀野」を護衛する任務に就き、16日、阿賀野が米軍の魚雷攻撃で航行不能に陥り、乗組員約500人を救助するも、18日朝、米空母機動部隊の攻撃で轟沈し、約640人が犠牲となった。

 トラック諸島では、1944年2月、米機動部隊の攻撃で追風など艦船40隻が撃沈された。この戦いは、太平洋戦争の戦局の転換点の一つとなった。

 厚労省によると、先の大戦では、240万人が海外(沖縄と硫黄島を含む)で亡くなり、うち半数となる112万3000柱が帰っていない。中国東北部(旧満州)や中部太平洋、フィリピンなどで収集が進んでいない。


 戦争では、海軍に限らず、陸軍だって兵士は輸送船に乗って運ばれることから、船が撃沈され、遺骨になるか、「九死に一生」ということでわずかな生存のチャンスをつかむかは紙一重である。
 艦船からの遺骨収集のことを書かなければいけないが、その紙一重で遺骨にならずにすんだ人物がいたということを知り、奇跡の生を生きた人のことを書いておきたい。

 沈没艦船から九死に一生で救出された著名人として俳優池部良がいる。
 1944年に南方戦線への異動で、竹一船団の輸送船「天津山丸」に乗船するが、5月12日に敵潜水艦に撃沈され、セレベス海に投げ出されて10時間泳いだ後、海軍の艦船に救出され、インドネシア北東部のハルマヘラ島のジャングルで米軍の攻撃に対峙して終戦まで戦う。
 1945年11月には進駐してきたオーストラリア海軍との交渉役を任され、単身で豪海軍駆逐艦に乗り込んでいる。1946年6月まで抑留され、引き揚げ船に乗り込む。他の隊の将校は海に放り込まれたりしたが、池部隊では部下が円陣を作って隊長を守ってくれたとは「Wikipedia」で知った。

 70年代、山田太一が鶴田浩二と水谷豊の主演で『男たちの旅路』というNHKの土曜ドラマでガードマンとして働く吉岡司令補と若いガードマンとの世代のギャップを描いたことで話題となった作品があった。
 吉岡司令補が鶴田浩二だから、その上司は誰だと思いきや池部良だった。
 このキャスティングは見事だった。
 アジア太平洋戦争でトラック諸島で10時間も海を漂流し、死線をさまよいながらも九死に一生で生き残った池辺良と特攻隊を見送った整備兵だったと伝えられる鶴田浩二となれば、これ以上の人選はないだろう。

 池辺良は『男たちの旅路』を見届けたくなるほど素晴らしい俳優で、男からみても惚れ惚れする。

 さて、九死に一生ということは滅多にあることではないので、遺骨になってしまうも、海底ということで、収集されることもできなかった遺骨が見つかり、DNA鑑定で身元が特定すれば遺族はさぞや、ほっとするにちがいない。
 いかに戦争とはいいながら、死んでほしくなかったことが遺族の一番の願いであったことは間違いないが、遺骨がないと、いつまで経っても死んだとは思えないし、思いたくもないだろうから。

 遺骨収集の話を取り上げることで、平和を維持していくために台湾有事の国会答弁で中国との関係が冷え込んでしまった高市首相では、日中の関係が改善される見込みが果たしてあるだろうか。

 近隣と上手く付き合っていく意思がない国のリーダーには一日も早く退陣してもらいたい。

2025年12月11日

差別乗り越え清掃員のリーダーに 中国残留孤児2世

 戦後80年 昭和百年特集でアジア太平洋戦争を語り継ぐ読売の社会部(広瀬航太郎記者)が12月5日に中国残留孤児2世が「日中が祖国」だと懸命に生きている姿を伝えている。

 高市首相の台湾有事を巡る国会答弁で恣意的に中国を怒らせ、両国の関係が冷え込む一方という時、「差別超え「両方の良さ分かる」という見出しで中国残留孤児にスポットを当てたのはタイムリーだった。

 紙面で紹介されていたのは「世界で最も清潔な空港」として評価の高い羽田空港で、約500人の清掃員を束ねる新津春子さん(55)。
 アジア太平洋戦争で満州(現中国東北部)で置き去りにされた日本人の父親と中国人の母親の子どもとして生まれた。
 中国で嫌われていた日本人。その子どもということで差別され、父親と一緒に帰国してからは日本で差別されるも25歳で清掃員の仕事に就いた。ビル清掃員の仕事を競う競技会で全国の予選を勝ち抜いた約20人のトップになった。
 ここで、あれ?、この人のことをどこかで耳にしたことがあったと記憶を辿ったら、NHK「プロッフェッショナル 仕事の流儀」に出演されたとき、書いたことを思い出し、調べたら2019年の7月のことだった。
 あの日、番組を少ししか視聴できずに書いたため、中国残留孤児の2世であることにはふれていなかった。

 社会というものは、清掃員とかごみ収集の係員とか底辺で働く人たちの支えで成り立っているが、普通、そのことに気づく人は少なくて、とかく、彼らの仕事を下に見る愚か者が少なくない。

 自分は学生時代、中小のスーパーでアルバイトをした時、人手が足りなかったからかして、定期清掃を手伝わされたことがあり、清掃の仕事の大変さをよく理解していた。
 さらに、米軍基地というかキャンプでのアルバイトの時、基地内の草むしりの仕事をしたことがある。そのとき、米軍住宅の庭の草むしりも上司に言われてやったことがある。いずれにしても、底辺の仕事だと言っても過言ではない。

 清掃の仕事といえば、ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演『PERFECT DAYS』を観ているが、主人公の平山がトイレ掃除の仕事をしていることから、トイレ清掃をしてくれているすべての清掃員に感謝の気持ちを抱いていた自分としては、トイレ清掃に着目したことで、トイレ清掃員の仕事に目が向くようになって嬉しくてならなかった。

 中国残留孤児と呼ばれていても、2世、3世ともなれば、もはや孤児ではないが、出自から、帰国後、差別やいじめに遭って道を踏み外し、怒羅権と呼ばれるチャイニーズマフィアとして活動している2世も少なくない。
 中に、出所後、「ほんにかえるプロジェクト」という受刑者更生のための活動をしていた汪楠さんが強盗容疑で捕まり、裁判で有罪の判決が出ているが、せっかく更生し、受刑者を更生させるために、刑務所に本を送っていたのに落胆した。
 事実関係に誤りがあるような気がしてならない。
 どうも、警察が信用できない自分としてはそんな気がする。

 それだけに、新津春子さんのような存在は価値がある。
 出自と差別やいじめを理由にまじめに働かず、半ぐれというか反社の構成員となり下がってしまうことと較べたら見上げたものである。

 しかし、国の政策で満蒙開拓団として満州に送られるも、戦況が不利となるや、その国から見捨てられ、棄民とされ、帰国できず、残留孤児となった人たちに救いの手を差し伸べようとはしない政府に怒りをぶつけたくなる気持ちは理解できなくはない。

 さらに、今の中国は独裁国家となり、覇権主義で他国を武力で威嚇しているが、中国人そのものは、日本人の孤児をたとえ労働力とするためにしろ育ててくれたことに関してはお礼を言わないわけにはいかない。

 立場が逆だったら、日本人で中国人の子どもをどれだけの人が育てられるというのだろうか。
 ほとんどいないのではないか。

 高市首相のように親米右寄り、中国大嫌いという人が国のリーダーとしての器でないことが証明されたのが台湾有事答弁である。

 日本に中国と友好的にやらない選択肢はない。
 戦後80年、いつまで米国にしっぽを振り続けるのか日本の政治家は。

2025年12月10日

『琉球ノワール1945〜1972』

 フランス映画を思わせる洒落たタイトルに誘われるかのように視聴してしまったNHKETV特集『琉球ノワール1945〜1972』は予想通り、敗戦後に米軍が駐留し、統治された琉球が米兵によって、やりたい放題の目に遭ったことを糾弾するかのように、親米政権かつ右寄り、総務大臣の時、NHKの番組にさんざんいちゃもんを付けた首相の時に放送してくれるなんて、NHKのスタッフには、自分と同じ愛国というか民族主義の血が流れているのかな?と嬉しくなって書いている。

 「ノワール」といえば、フランス映画でお目にかかるが、意味は暗黒というようなことらしいが、自分は勝手に犯罪と捉えて解釈していた。あながち誤りではないと思っている。

 米軍兵士による琉球の女性への性暴力の酷さは、同じ犯罪を米国でやったら大きな社会問題になるはずだが、悲しいかな地上戦を戦い、敗北し、本島に嘉手納など広大な基地をいくつも設置され、常に武装している米兵の前では琉球の人たちは泣き寝入りするしかなかった。
 1945年8月9日未明、満州や朝鮮半島、樺太などに侵攻したソ連軍兵士による邦人女性に対する性暴力と変わりはしないほどの酷さである。
 大きく異なるのは、ソ連兵とは異なり、米兵は全員が琉球の女性を襲ったわけではなく、一握りの犯罪だということだ。
 ただし、重大な問題として語り継いでいかなければならないのは米兵の行動が人種差別に基づいた行動であることだ。
 米国で差別されてきたアフリカ系米国人、即ち、黒人兵や貧しき白人がジャップとバカにして琉球の女性を人間として扱わなかったことは忘れてはならない。

 1945〜1972とサブタイトルがついているのは、1972年5月15日、沖縄の施政権が米国から返還され、琉球政府が沖縄県政になり、パスポートがなくなり、道路交通がクルマは左になったという大きな社会の変革が起きたことで世の中が明るくなるかと思っていたからであろう。

 ところが、保守派の親米政権が続く日本政府は、不平等条約の日米地位協定を改定することを米国に申し入れることをしようともせず、今日に至るため、相変わらず、沖縄では米兵による県民女性に対する性暴力が一向になくなるどころか、あろうことか小学生の女児が米兵など3人に性的暴行されることまで起きている。
 その原因が人種差別だと見抜いている自分と異なり、米国の泣き所である人種差別に関しては親米派の自民党政権は絶対ふれないようにしてきたからだ。
 米国で小学生の女児に米兵3人が性的暴行をしたらどうなるか、米国の女性たちは黙っていないはずだ。

 自由と女性の尊厳を守ることを訴えてきた立場であるから、わかりやすい例として性暴力犯罪をよく取り上げてきたが、人身に関わるものとしては米兵による殺人、暴力、傷害事件も滅茶苦茶多く発生している。琉球ノワールの時代から続いていることとして、米軍基地があることから、米軍ヘリや機材などの墜落事故に巻き込まれて県民に犠牲者が出ていることはすでに何回となく書いている。
 さらに、近年では米軍基地の周辺で、基地内で使用された消火剤など有機フッ素化合物(PFAS)による水質汚染の問題まで起きている。
 米軍は沖縄をゴミ捨て場のように扱っていることは明白だ。

 番組では、1945〜1972ということで、もう50年以上前のことだから、大概のことは時効ということで、勇気を振り絞ったスタッフが番組を告発という形ではないようにして放送してくれた。

 しかし、反米ということを明らかにしている語り継ぐ戦争の立場から、放送の趣旨は十分汲み取ったので、生活を基地に依存せざるを得ない立場の沖縄県民はともかく、本土にいる我々は他人事であってはならない。

 女性が米兵による性暴力の被害者になるのは本土でもよくある事件ではないか。

 日米地位協定を見直し、日米の関係を真に友好的な関係にしていくのが今を生きる我々の務めであるはずだ。

2025年12月09日

『ペリリュー 楽園のゲルニカ』

 月に一度の映画館行き、2025年の師走に観たのは第46回日本漫画家協会優秀賞を受賞した武田一義の戦争漫画を原作とした久慈悟郎監督、アニメーション作品『ペリリュー楽園のゲルニカ』である。

 読書家とは程遠いが、読書はそれなりにしていて原則買い求めて読むのが自分の流儀だから、蔵書は市井に生きる団塊の世代の一員として少なくはないであろう。

 漫画は数少なくて、西岸良平『三丁目の夕日』、『鎌倉ものがたり』くらいしか読んでいなかったが、語り継ぐ戦争だから『ペリリュ―楽園のゲルニカ』は当然のことながら、買い求めて全11巻読んでいる。
 さらに、ドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』を観るにあたり、原作を読んでいなければ話にならないので、全10巻買い求めて読んでいる最中である。

 アジア太平洋戦争末期の1944(昭和19)年、パラオ諸島ペリリュー島では、米軍の上陸を迎え撃つ日本軍守備隊の一員として21歳の日本兵田丸がいた。漫画家志望の田丸はその才を買われ、亡くなった仲間の最期の雄姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という任務を命ぜられる。
 やがて米軍の猛攻が始まり、日本軍は追い詰められていく。死と隣り合わせの日々、恐怖、飢えや渇きという極限状態に追い込まれていく中で、田丸は、仲間の死を記録していく。
 田丸の支えとなったのは、同期生で勇敢な上等兵吉敷だった。
 二人は何としても生き延びようとするが・・・。

 物語の紹介はこのくらいにしておく。

 親米右寄りの高市首相が恣意的に米国の威を借りた国会答弁で中国を刺激し、軍備を増強するように仕向けている。
 アジア太平洋戦争の時と同じようにメディア、新聞TVが高市首相を持ち上げ、世論調査で高い支持率を操作して持ち上げている。

 鬼畜米英といって戦っていたのが、戦争に敗れたら奴隷同然に主権を奪われ、日米地位協定の不平等も改正できないで、米国にしっぽを振っている親米右翼の政治家はペリリュー島などで戦没した人たちのことをどう考えているのか。
 語り継ぐ戦争で、反米になったことを明らかにしている自分の方が死者の気持ちに寄り添っていると断言できる。
 親米の保守派、右寄りといわれている勢力は、米国に原爆を落とされて死んだ人、被爆者の苦しみを考えないのか。
 空襲空爆で焼け死んだ人たちのことを忘れてしまったのか。
 飢餓で南方などの島で餓死した人たちのことを考えないのか。
 シベリア抑留された人たちのことを学校教育でなぜ、次世代に教育しないのか。 
 保守派がしきりに戦争をやりたがっているが、断固反対しなければならない。

 戦没者のことを伝えてくれるこの映画を一人でも多くの人にお薦めしたい。

2025年12月08日

飼料用米不足 畜産農家にダメージ

 コメの価格高騰を受け、2025年産飼料用米が主食用への作付け転換などで不足している。飼料用の作付けは大幅に減少し、畜産農家などでは、別の餌に変えたり、餌への配合率を下げたりするなどの対応に追われている。と12月4日の読売(加藤亮記者)が伝えている。

 首都圏を中心に食品の宅配などを行う「パルシステム生活協同組合連合会」が提供する「日本のこめ豚」は、餌に飼料用米を配合しており、07年から取り組みを始めた。
 配合率を順次引き上げてきたが、確保が難しくなったため、2025年10月に配合率を10パーセントに引き下げた。

 飼料用米の活用は耕作放棄地に飼料用米を作ることで、水田機能の維持や国産飼料の確保を図る狙いがあった。


 政府の減反政策はやがて、コメ不足がやってくるだろうとみていたら、予想通りの結果となった。
 経営者が企業の利益のため、愚かにも人件費を目の敵、ターゲットにしたため、働く人たちは給料が上がるどころか、非正規雇用化で首切りの対象者が増えたため、経済的に苦しい労働者は、節約で消費が伸びず、30年間の経済低迷を余儀なくされたこととよく似ている。

 米価を減反政策で調整するなんて馬鹿げている。
 補助金は一所懸命にコメを作る(飼料米も当然含む)世帯に出すのが当たり前のことだ。

 コメは人間の食料になるだけでなく、酒米、輸入に頼る小麦の代わりになる米粉、そして牛や豚、鶏などの飼料になる。
 飼料はトウモロコシなど輸入に頼ることなく、国産のコメを配合率を高めて需要を増やせばよい。
 人間の食料が余るなら、輸出したり、貧しい国に援助として、コメをおくってやればいい。
 食料の自給でいえば、コメは優等生だったはずである。
 それが、いつの間にか令和の米騒動である。

 それまで、わが家では近所のスーパーで10`の袋単位で食料品や日用品の買い物ついでに買い求めていた。
 令和の米騒動以降、現在は、おにぎりなどを販売する店で取り扱うコメを5`5000円余りで買い求め、その場で精米し、米糠を所望して、自分の買った分の米糠は持って帰って畑の肥料にしている。

 コメを豚や鶏などの飼料にする試みは素晴らしい。
 人間が食べて旨いわけだから、豚や鶏だって喜んで食べるに決まっている。
 耕作放棄地では飼料米をどんどん生産し、極力飼料の輸入をやめることである。
posted by 遥か at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 農業、林業振興

2025年12月07日

ミカン栽培に地球温暖化の影響

 地球温暖化が加速した場合、30年後には国内のミカン産地の6割が消滅する可能性があるという試算を国の農業研究機関がまとめた。静岡県内の農家の間では、亜熱帯果実のアボカド作りに活路を見いだそうという動きも出ている。と12月1日の読売(渡辺星太、佐藤彩音記者)が夕刊で伝えている。

 県農業戦略課の担当者は「農作物は全国的に温暖化の影響を受けており、対策を講じる必要がある」とし、「耕作放棄地をアボカドの生産に活用していきたい」と話す。

 農林水産省によると、アボカドはミカンの生産地に多い傾斜地でも作ることができる。松山市では、ブランド化に向けて苗の配布や技術指導を市が率先して行う。

 国立研究開発法人の「農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)」(茨城県)は2025年、ミカンとアボカドの栽培適地に関する試算を発表。それによると、温室効果ガスの排出が抑制されず、今世紀半ば(2040〜59年)の年平均気温が現在より1・8度上昇した場合、日焼けや傷みを招いて現在のミカン栽培適地の3割が失われるという。排出量を「非常に多い」と仮定すると、2・3度の上昇で適地の6割がなくなってしまうことになる。


 一昔前のわが家では冬の茶の間にはこたつにミカンという光景がみられた。
 加齢による足腰の衰えで、座ってしまうと立ち上がるのが大変になり、椅子の生活と共に、こたつを使うこともなくなってしまった。
 そのミカンであるが、わが家では5〜6年前から、愛媛県は宇和島の吉田町から取り寄せて食べている。生産農家から連絡があり、極早生から早生、河内晩柑に、ミカンジュースなど連絡があれば、お願いしている。
 他に、尺八の仲間が愛知県の出身で実家で生産しているミカンを運んできてくれた時はお願いしている。
 連れ合いの親しい友人の親戚が静岡にあるということで、ミカンの注文はどうかという話があったが、1回2箱縛りで吉田町の方に注文するから、意に沿えないと話したくらい、ミカンを切らしたことがない。

 根拠のない素人の感覚では、ミカンといえば、紀州有田、伊予宇和島、静岡三ヶ日、肥後あたりが大きな生産地かつ知名度が高いというのが印象である。
 当然、他県の土地でも生産できるだろうが、すぐに頭に浮かぶ生産地といえば、上述した地域が知られていることは間違いないだろう。

 地球温暖化という気候変動は、自分の好きなリンゴの産地も影響を受けていて、モモに切り替えているところもあると同じ紙面で伝えている。

 ミカン=温暖な土地、リンゴ=寒いところというイメージであるが、生産者は気候変動がもたらす果実の栽培に敏感にならざるをえない。

 朝は秋田の大館から取り寄せているロシア製法の黒パン、リンゴとミカンにヨーグルトにキウイフルーツは毎日欠かさず、野菜を主とした食生活である。
 ついでに書くなら肉は全くといってほど食さず、魚も滅多に食べない。

 地球温暖化の影響といえば、ミカンが栽培できなくなって、アボガドを代わりに生産するのは結構なれど、なんだか、佳くないことが起こりそうで怖い。
posted by 遥か at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 環境問題・公害問題

2025年12月06日

親族の軍歴 公開拡大 非戦に役立つ

 太平洋戦争などに出征した陸軍将兵らの「軍歴資料」について、24道県が戦後75年の2020年度以降、公開する親族の範囲を拡大したことが読売新聞の調査でわかった。遺族の世代交代が進む中、父祖の戦争体験を知りたいという要望に応えるためだ。と11月30日の読売(南佳子、芦原夕奈記者)が戦後80年 昭和百年の戦争特集で伝えている。

 解説によれば、所属部隊や階級を記録した陸軍の「兵籍」や海軍の「履歴原表」、死没者名簿などの個人記録が軍歴資料ということらしい。
 先の大戦では、出征地を伝えられないまま戦死した軍人も多く、足跡をたどる端緒になる。47都道府県には2024年度計約4300件の開示申請があった。

 読売新聞が7〜8月、47都道府県に公開状況を尋ね、回答を得た。東京都や大分県など40都道府県が、将兵の血族では6代下の世代にあたる6親等まで(将兵の配偶者の家系は3親等まで)を公開対象にしていた。

 海軍将兵の軍歴資料を所管する厚生労働省は、民法の親族規定に基づき、03年から公開の範囲を6親等までにしている。


 古希を過ぎたかと思っていたら、いつのまにか後期高齢者を迎え、年が明ければ喜寿なんて想像もしなかった齢を迎えることになるかもしれない。

 語り継ぐ戦争で軍歴資料といえば、召集されて、南方のスマトラ島に連れて行かれ、何とか無事に宇品港に帰ってきたわが父の軍歴を知りたくなったことがある。
 軍歴の照会先が陸軍が都道府県で、海軍は厚生労働省だということが今回、わかったのはよかった。

 語り継ぐ戦争であるから、当然、父親の軍歴に興味、関心を持つようになり、、とりあえず、厚生労働省に問い合わせしたところ、宇品港に帰ってきたことだけ教えてもらったことがある。
 その時の返信に、軍歴資料は陸軍の場合、都道府県が照会先になることが書いてあったかどうか、定かではない。
 コロナ渦で心身に大きなダメージを受けてしまい、自分もいよいよお迎えが近いかなと思っていたが、やり残したことの一つが父親の軍歴を照会し、次世代に語り継いでいきたいとの願いである。

 軍歴はある日、国家権力が一方的に拒否権はなく、召集令状1枚で軍隊に入隊させられ、生命の保障など全くなしに戦地に送られてしまうことを後に、家族が確認できる証拠みたいなものである。

 北朝鮮に拉致され、日本に帰国できない人たちがいるということは、市民の命を守ってくれない国家がどうして、戦争になると召集令状1枚で市民の自由を奪えるのかということだ。
 アジア太平洋戦争で戦没、死没した人たちの遺骨の収集さえ、やらない国のために、戦い、死ぬことを余儀なくされてたまるかという気持ちになる。

 戦後80年、何とか平和な時代に生きられたのは日本国憲法とその9条があったおかげであるが、今、緊急事態条項を憲法に加え、またしても、市民の自由を奪おうとしている国家権力を握っている勢力に断固反対の意思表示をしておく。

 軍歴を調べることで、戦争になったら、ある日突然、召集され、自由を奪われ、殺されてしまうことになることが理解できるはずだ。

 二度と戦争に巻き込まれないようにするため、家族が軍歴を照会しておこうではないか。

2025年12月05日

中村哲医師凶弾に斃れてから6年、ハンセン病治療始まる

 アフガニスタンの人道支援に力を尽くした中村哲医師(享年73)が凶弾に倒れてから4日で6年。命日を前に、その活動の「原点」といえるハンセン病診療が現地で再開された。「中村先生の事業は全て継続し、希望は全て引き継ぐ」を合言葉に支援を続ける仲間たちが、15年ぶりの診療に動き出した。とメディアが伝えている。

 12月4日の朝日や読売によれば、11月1日、アフガン東部のジャララバード市に「中村哲記念ハンセン病センター」が開所した。3階建ての大型の民家を改装し、男女5床ずつの病室や治療室を設けた。

 運営するのは、NGO「ペシャワール会」(福岡市)と、中村医師が創設した現地の担い手組織「平和医療団・日本」(PMS)。医師2人、看護師3人ら現地の職員計19人が診療に当たる。センターの名前は、職員の総意で決まった。

 中村医師は1984年、福岡県の病院からパキスタン北西部のペシャワルの病院に赴任。最初に担当したのが、ハンセン病棟だった。やがて治療に加わった藤田さんらによると、当時、医師のいないアフガンの山岳地域から、ハンセン病患者が次々に国境を越えてやって来た。見かねた中村医師は90年代、山岳地域に診療所を相次いで開設。だが治安悪化などでハンセン病診療は2010年に途絶えた。


 労働者協同組合法成立記念『医師 中村哲の仕事・働くということ』というドキュメンタリーが公開されたのは2023年5月のことで、生憎見逃している。
 「人は人のために働いて支えあい人のために死ぬ。結局はそれ以上でもそれ以下でもない。これは人間の仕事である。」映画の宣伝で見つけた中村哲医師の言葉の要旨だ。

 2024年9月谷津賢二監督『荒野に希望の灯をともす医師・中村哲 現地活動35年の軌跡』は観ることができた。

 人の生きる道は様々なれど、「人は人のために働いて支えあい人のために死ぬ」をまさに実践された中村哲医師こそは現代のヒーローだと言っても過言ではない。
 驚くべきは医師でありながら、病気と栄養について考察し、栄養を摂ることの重要性に気づけば、食料を手に入れられるようにと灌漑用水事業に取り組み、わが国のかつての灌漑用水事業の施工例を参考に成功させてしまうのだ。

 そんな中村哲医師が6年前の12月4日アフガンでテロリストの凶弾に斃れた。
 爾来、アフガンそのものが大嫌いになった。恩知らずにもほどがある。

 しかし、世の中の常で、アフガンの人たちがすべて悪いわけではないことから、中村哲医師没後、かつて、中村哲医師が取り組み、2010年に治安が理由で治療が中断していたハンセン病治療が開始されることになったのはよかった。

 ハンセン病といえば、2016年6月、東京東村山市にある国立療養所多磨全生園に行き、納骨堂前でお参りしたことがあり、最近では『かづゑ的』を観て、ハンセン病と闘い、生き抜いてきた宮崎かづゑさんの人生を知り、大いに学習させていただいた立場としても、治療をきちんとすることで、完治する病気だということを知ったからにはぜひ、治療がこのまま続けられように祈っている。
 いずこでも、患者が一番気にする差別についても、かづゑさんは負けなかったことを伝えてあげたいくらいだ。

 キリスト教を代表する奉仕者マザーテレサの生き方も素晴らしいが、6年前に凶弾に倒れた中村哲医師の成し遂げたこともまた見事である。
 「今だけ、カネだけ、自分だけ」という人間が増えてしまった感があるが、どっこい、人のために生き、支えあいつつも、志半ばで凶弾に斃れた中村哲医師の生き方には頭が下がる。

2025年12月04日

前政権と癒着疑惑 旧統一教会総裁罪認めず 

 旧統一教会を巡って、安倍元首相への殺人罪などに問われた被告(45)の裁判員裁判が奈良地裁で進んでいる。
 その世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の不正疑惑を巡り、韓国では、尹錫悦前政権側に金品を渡したとして、請託禁止法違反などに問われた 韓鶴子 総裁(82)の初公判が1日午前、ソウル中央地裁で始まった。
 韓氏の弁護側は「(教団の)元幹部の政治的野心による独断的な行為だ」と主張し、起訴事実を否認した。と12月2日の読売(藤原聖大記者)が伝えている。

 その読売が釜山長神大学卓志一教授(宗教学)のコメントを「政界への接近 教団の本質「という見出しで紹介していて興味深く読んだので書いておく。

 「旧統一教会は、各国の保守政治家と親密な関係を築き上げることで成長してきた。政界への接近は教団の本質でであり、DNAに刻み込まれている。
 1954年に誕生したキリスト教系の「異端」の新興宗教であり、「反共」を旗印に近づいたのが韓国では軍事独裁の朴正熙元大統領であり、日本では岸信介元首相だった。
 資金源の柱となったのが日本で、大口の献金や霊感商法で集めた多額の金を韓国の教団本部へ送った。

 「韓国を苦しめた日本には罪があり、金銭的な償いが必要だ」という教団の考えが影響しただろう。
 教団は日本で解散命令を請求されたことで資金難を抱えている。」
 というのが要旨である。


 韓国の大学の宗教学の卓志一教授が明確に指摘しているのは、旧統一教会と岸信介元首相の関わりで、70年代自分が知っていることとして、首都圏自治体における議会の自民党や保守系無所属議員に近づき、勝共連合の名前で協賛金というか、寄付金を集めていた事実がある。
 首都圏の自治体の自民党、保守系無所属の議員という人たちははっきり言って善人が多く、共産党は嫌いという人がほとんどだから勝つ共産党すなわち勝共連合という名前だけで判断し、旧統一教会の仮面をかぶった反日カルト教団のことなど何も知らない人が多かった。

 まあ、自民党員の人が多かった保守系無所属の人たちは、仮に旧統一教会が仮面をかぶっていたことを知っていたとしても、岸元首相に取り入っていた教団だからと彼らが日本の家庭を壊し、若い娘を韓国に渡らせ、貧しき朝鮮半島の若者と集団結婚させるようなことには関心を示さなかったのではないか。

 その岸元首相を岳父とする安倍元首相のことだから、当然、旧統一教会を擁護するわけで、旧統一教会からの献金で家庭を崩壊させられた被告が恨みを晴らそうとしたところまでは結果論であるが、想像はできる。
 しかし、被告を踏みとどまらせる温かい家庭も壊され、母親は洗脳状態が溶けずということだったから犯行に踏み出してしまったと推測すると、被告は加害者ではあるものの、旧統一教会の被害者であることは言を俟たない。

 この被害者と加害者の関係はアジア太平洋戦争における満蒙開拓団とよく似ている。
 国策に騙され、満州に渡った人たちは、開拓とは名ばかりで、中国人が開拓した土地を事実上取り上げたも同然で手に入れ、多くの人たちが中国人を馬鹿にし、顎で使っていた事実がある。
 ところが、1945年8月9日未明、ソ連軍が満州に侵攻して来るや、現地の中国人たちも武装し、ソ連兵と一緒になって、威張っていた日本人に復讐を始めたのである。

 冷静に考えてみれば、満州における中国人に対する侵略国家の一員である満蒙開拓団の人たちは加害者である面を持ちながら、ソ連軍の侵攻で形勢が逆転した後は、集団自決に追い込まれたり、助けを乞うあまり、ソ連軍将校たちに開拓団の娘たちを性接待、性奴隷として差し出す始末だった。

 旧統一教会が反日であることは明白であるが、その反日の旧統一教会に保守派とされてきた自民党の人たちが選挙で応援してもらうからとは言いながら、いくら何でも節操がなさすぎる。

 メディアは安倍元首相が擁護していた時は、全く報道すらできなかった旧統一教会。
 事件後の報道で旧統一教会の悪事がさらけ出され、宗教2世の日本人が未だに苦しめられていることからして、事件の裁判における被告には情状酌量できる余地がある。

 オウムの事件の真相を明らかにした医師は、減軽の対象となっていることから、当然減軽の対象にならなければ法の下の平等に反する。

 反日、反社の旧統一教会をこれ以上、日本で跋扈させてはいけない。
posted by 遥か at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教

2025年12月03日

信用できるはずのDNA鑑定 佐賀県警の不正で信用できず

 佐賀県警の科学捜査研究所の元職員がDNA型鑑定で不正を繰り返していた問題で、警察庁は27日、容疑者の取り違えなど捜査への影響は現時点で確認されていないとする特別監察の中間報告を公表した。外部有識者の意見も聞き、元職員が2013年5月以降、1人で担当した全643件の鑑定を確認する方針。だと11月27日の読売が夕刊で伝えている。

 中間報告によると、不適切とされた130件の鑑定が関係する捜査などでは、容疑者の取り違えや事件性の判断の誤りは生じていなかった。別の証拠に基づいて適切な判断がされたという。一方、このうち34件は未解決事件の鑑定で、警察庁は容疑者が特定できた可能性がなかったかも調べる。


 DNA鑑定といえば、犯罪捜査における重要な証拠となりうる可能性が高いもので、この鑑定において佐賀県警の科学捜査研究所(科捜研)で不正が繰り返されていた問題は、犯罪被害者支援を訴えている立場からすれば、絶対許されない暴挙である。
 冤罪を訴え、再審請求を求めている人たちからみてもとんでもないことだ。

 DNA鑑定といえば、1990年5月に起きた足利事件で冤罪を訴えつつも無期懲役の判決で服役を余儀なくされた菅谷利和さんさんは当時の古いDNA鑑定で有罪の根拠にされたが、科学の進歩というか、新しいDNA鑑定で冤罪を晴らしたことで知られる。

 一方で2001年2月、福山市で主婦が自宅で殺害された未解決事件(コールドケース)が2021年10月、DNA鑑定の見直して20年経って容疑者が捕まった。

  さらに、1999年11月、名古屋市で主婦が殺害された事件が2025年10月、DNA鑑定の見直しで26年経って容疑者が逮捕された。
 両事件共に、公訴時効が撤廃されたことが大きいが、逮捕の根拠となった証拠は、DNA鑑定である。

 上述した事件におけるDNA鑑定で、冤罪を晴らし、お宮さん、コールドケースと呼ばれる未解決事件が解決し、鑑定の果たす役割がいかに重要であるかを物語っている。

 当事者や関係者でないと、とかく他人事に思われてしまう事件であるが、これほど重要な役割を果たすDNA鑑定がインチキだったなんて絶対許されない。
 佐賀県警は本部長が責任を取って、自決しなければいけないと覚悟するくらいの不祥事だという認識を持つ必要がある。
 給料をもらっている職員が、きちんと仕事をしなかった理由が不明であるが、単なるサボタージュとは思えない。
 再び起こしてはならない事件として、警察庁は肝に銘じて調査を進めるべきだ。