先の大戦では310万人(軍人・軍属が約230万人、民間人80万人)の同胞の命が失われた――終戦の日に開催される政府主催の全国戦没者追悼式では毎年、この310万人という数字が語られてきた。しかし、「これはおよその数で、軍人の年次別、年齢別、階級別の戦没者数はわからないままです」と近現代の軍事史を研究する一橋大学名誉教授、吉田裕さん(71)は語る。一人ひとりの命には概数はないのに、なぜ「約」としか言えないのか。8月28日読売夕刊「ああ言えばこう聞く」(鵜飼哲夫編集委員)が「戦没310万人 隠れた事実と悲劇」をテーマに為になる内容だったので書いておく。
追悼式が8月15日に政府主催で行われるようになった1963年から310万人が使われるようになった。
民間人の死者は、数そのものがあいまいで、国立社会保障・人口問題研究所は2025年、全戦没者を約376万人と推計する結果を発表している。
研究の結果、戦没者の6割以上がマラリアなどに感染した病死、栄養失調の深刻化に伴う餓死と推定している。重い荷物を背負う過酷な行軍による体力の消耗、食料不足などにより極度に痩せ、頑固な下痢に苦しみ、死んでいった。無念だったのではないか。
戦病死が大半になったのは、太平洋の島々まで戦線を拡大した無理な作戦、最前線で戦う兵隊を、後方から支える食糧、武器、弾薬、燃料などの補給を行う 兵站の軽視、兵士の医療、衛生を軽んじる人間軽視の体質がある。
戦後と呼ばれ続けているのは戦没者の遺骨収集は終わっておらず、現在も計112万人分の遺骨が世界各地にのこされたままです。戦没者数の調査も、政府は責任をもってやり直すべきである。
B29は無差別爆撃をしたが、一方で、墜落したB29の搭乗員に対し、日本の軍人や民間人による加害のケースもあり、在日朝鮮人の空襲被害の問題もある。被害と加害を二項対立的に捉えるのではなく、その絡み合いに目を向けると、歴史の奥行きが見えてくるはずだ。
流石歴史学者だから、吉田裕さんの話は頷くばかりであるが、早乙女勝元さんの後任で東京大空襲・戦災資料センターの館長に就任されていたとは知らなかった。
戦後81年の語り継ぐ戦争で、総括するような優れた内容で、平和が危機に瀕している今だからこそ、真剣に過去の歴史を検証しなければならない。
とかく日本では被害者としての面が強調されてきたきらいがある。しかし、侵略戦争だったことを考えれば加害者としての面をしっかり反省しなければならないが、高市首相は自分が生きていた時代のことではないから、反省南下するつもりがないというようなことを過去に発言していたとのことで、こういう人物がトップのときは日本は危ないと思わざるをえない。
戦没者の数が376万人という見方がある一方で、310万人と少なめに発表していることが気分を害するし、遺骨収集が112万人分残されているにもかかわらず、A級戦犯が合祀されている靖国神社にばかりお参りしたがる政治家の欺瞞性が不愉快この上ない。
始めてしまった戦争は終わらせるのがつくづく困難だということ。
絶対国防圏のサイパン島の守備隊が玉砕してから、8月15日までの戦没者が多いことで証明されているが、敗北すると戦争責任を問われるからと軍人たちが戦争を止めようとしなかったことが大きい。
吉田さんの話で、満蒙開拓団、シベリア抑留のことが取り上げられていなかったので、もう一度、登場してもらう必要がある。
2026年09月05日
2026年09月04日
旧統一教会解散 韓国でも現実味 韓総裁に懲役2年
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の 韓鶴子総裁(83)に対し、ソウル中央地裁が31日、懲役2年の実刑判決を言い渡したことで 李在明政権が検討する教団の解散が現実味を帯び始めた。韓国に多額の送金をしていた日本の教団の解散も相まって教団は、存続の危機に直面している。と9月1日の読売(藤原聖大記者)が伝えている。
検察などの合同捜査本部は8月27日、幹部らと共謀し、献金など教団の資金を不正に会計処理し、計約105億ウォン(約12億円)を個人金庫に隠匿して横領したとして韓総裁を追起訴した。韓総裁の個人金庫から現金約260億ウォン(約30億円)を押収したという。
日本の教団解散を命じた東京高裁の決定によると、18〜22年度の海外送金額は年間約83億〜179億円で、9割超を韓国が占めた。
旧統一教会と自民党安倍派の議員を主とする交友関係が白日の下にさらされたのは、旧統一教会に母親が洗脳され、多額の献金で家庭を崩壊させられた息子が安倍元首相を銃撃。旧統一教会とズブズブの関係だった安倍首相が倒れたことで、それまで報道しなかったメディアが一斉に事実関係を明らかにするようになったからだ。
自民党とその補完勢力維新や参政党は旧統一教会と結びつきがあることから、反日、反社の旧統一教会のことを批判することが全くなかった。
これに対し、衆議院選挙で敗北はしたが、れいわ新選組(現いのちの党)と日本共産党は、一貫して旧統一教会の反日、反社の活動を批判してきた。
元外務省職員だったれいわ新選組の衆議院議員選挙候補者三好りょうさんは、現在、無職であるが、YouTubeで旧統一教会への批判をアップしていて、旧統一教会と自民党とその補完勢力など日本の政界とのつながりを厳しく糾弾している。
70年代頃から、旧統一教会の信者への洗脳と入会したメンバーを脱会させるべく家族が取り戻そうとする活動のことを知っていたので、その後、メディアが旧統一教会のことを報道しなくなったことと安倍元首相の権力が強化されたことと一致する。と今振り返れば、権力者に旧統一教会が取り入ろうとしたことが理解できるのだ。
日本人女性信者が韓国で集団結婚し、貧しい韓国の青年と結婚させられた女性がパスポートを取り上げられ帰国できなくなっていることに怒りを覚えていたが、反日、反社のカルト教団と通じた政界の売国奴たちは日本人女性を救う気持ちが全くなかった。
旧統一教会の擁護者岸信介元首相、その孫である安倍元首相と旧統一教会は擁護者が倒れて、ついに、日本では教団の解散命令が確定した。
ここまで、長い道のりだったが、韓国でも教団のトップが実刑判決を受け、教団に命令が出るかもしれないということで、旧統一教会のことを批判してきた自分としては、大いに気分をよくしている。
でも、したたかなカルト教団のことだから、油断は禁物である。
検察などの合同捜査本部は8月27日、幹部らと共謀し、献金など教団の資金を不正に会計処理し、計約105億ウォン(約12億円)を個人金庫に隠匿して横領したとして韓総裁を追起訴した。韓総裁の個人金庫から現金約260億ウォン(約30億円)を押収したという。
日本の教団解散を命じた東京高裁の決定によると、18〜22年度の海外送金額は年間約83億〜179億円で、9割超を韓国が占めた。
旧統一教会と自民党安倍派の議員を主とする交友関係が白日の下にさらされたのは、旧統一教会に母親が洗脳され、多額の献金で家庭を崩壊させられた息子が安倍元首相を銃撃。旧統一教会とズブズブの関係だった安倍首相が倒れたことで、それまで報道しなかったメディアが一斉に事実関係を明らかにするようになったからだ。
自民党とその補完勢力維新や参政党は旧統一教会と結びつきがあることから、反日、反社の旧統一教会のことを批判することが全くなかった。
これに対し、衆議院選挙で敗北はしたが、れいわ新選組(現いのちの党)と日本共産党は、一貫して旧統一教会の反日、反社の活動を批判してきた。
元外務省職員だったれいわ新選組の衆議院議員選挙候補者三好りょうさんは、現在、無職であるが、YouTubeで旧統一教会への批判をアップしていて、旧統一教会と自民党とその補完勢力など日本の政界とのつながりを厳しく糾弾している。
70年代頃から、旧統一教会の信者への洗脳と入会したメンバーを脱会させるべく家族が取り戻そうとする活動のことを知っていたので、その後、メディアが旧統一教会のことを報道しなくなったことと安倍元首相の権力が強化されたことと一致する。と今振り返れば、権力者に旧統一教会が取り入ろうとしたことが理解できるのだ。
日本人女性信者が韓国で集団結婚し、貧しい韓国の青年と結婚させられた女性がパスポートを取り上げられ帰国できなくなっていることに怒りを覚えていたが、反日、反社のカルト教団と通じた政界の売国奴たちは日本人女性を救う気持ちが全くなかった。
旧統一教会の擁護者岸信介元首相、その孫である安倍元首相と旧統一教会は擁護者が倒れて、ついに、日本では教団の解散命令が確定した。
ここまで、長い道のりだったが、韓国でも教団のトップが実刑判決を受け、教団に命令が出るかもしれないということで、旧統一教会のことを批判してきた自分としては、大いに気分をよくしている。
でも、したたかなカルト教団のことだから、油断は禁物である。
2026年09月03日
中流クライシス 非正規雇用が原因だ
NHKクローズアップ現代で「中流クライシス”普通の暮らし”はどこへ」を放送していた。怖ろしい内容の話だった。
その前に、自由のために発信し続けてもう15年以上になるが、9月1日から、さくらインターネットが不正アクセスで、ブログが開かなくなり、こういう時、いつもお世話になっているパソコンに強い知り合いのご支援で、今朝から、復旧したので書くことができるようになった。
団塊の世代の一員であるが、夫婦で正規で働き、ご先祖のお陰で住む家もあるという今の世の中では恵まれた暮らしができているラッキーを絵に描いたような暮らしぶりだから、自分だけ、恵まれていては申し訳ないと恵まれた暮らしができていない人の声を代弁する形で発信してきた。
NHKの担当が交代したが、NHKだから、待遇は悪くないに決まっているから、そういう点では、自分と同じ恵まれた暮らしをしているであろうキャスターだからこそ、困っている人たちに寄り添いたいと願って放送してくれていると信じたい。
一番気になったことをまず、書いておきたい。
シングルマザーが生活が厳しいのは、母親が非正規労働者が多いからで、正規労働、それも公務員や看護師など収入が安定していれば、何とか頑張れるであろうが、困窮しているシングルマザーが生活が苦しいと声高に訴えるとバッシングされるというのだ。
「生活が苦しいというと、じゃあ離婚しなければよかったじゃないか」と。
そう非難する人もまた非正規労働者で生活が苦しい人たちだから嫌になってしまう。
連帯しなければならない、アンダークラスの人同士で傷をなめ合っても問題は解決しない。
1億総中流などと言葉がもてあそばれた時代があったが、中流クライシスの原因ははっきりしている。
派遣労働の導入で、正規雇用の労働者が非正規雇用化されたからだ。
人件費をカットしたい経営側が政治献金に物言わせ自民党に派遣労働の導入を認めさせ、労働者の非正規雇用化に成功し、人件費削減に成功した大企業が儲けを内部留保している間に、経済が疲弊し、失われた30年で日本経済が低迷してしまった。
政策の失敗である。
世の中を冷静に見ると、中流クライシスにみるように生きるだけで精一杯という人たちの方が圧倒的に多いにも関わらず、この人たちが自分たちの味方であるれいわ新選組、現在のいのちの党を応援せず自分たちの生活を苦しめてきた自民党とその補完勢力に選挙で投票するか、あるいは諦めて、選挙に行かないからである。
働く人たちの手取りを増やすように賃金をアップさせ、消費が活発になれば、経済の循環は良くなることはよく知られたことだ。
趣味のスキューバダイビングを生きがいに自炊で頑張る青年が偶には「牛丼を腹いっぱい食べたい」という本心を明かしたとき、牛丼すら食べるのを躊躇ってしまう世の中っておかしくないかと言いたくなった。
二人が非正規で働くカップルが子ども持つことを諦めたと言ったとき、日本の少子化はまだまだ続くと悲観的になった。
番組では、自分が書いたようなことを立場上明らかにするわけにはいかないだろうが、この問題を取り上げただけ、よくやったとエールをおくる。
その前に、自由のために発信し続けてもう15年以上になるが、9月1日から、さくらインターネットが不正アクセスで、ブログが開かなくなり、こういう時、いつもお世話になっているパソコンに強い知り合いのご支援で、今朝から、復旧したので書くことができるようになった。
団塊の世代の一員であるが、夫婦で正規で働き、ご先祖のお陰で住む家もあるという今の世の中では恵まれた暮らしができているラッキーを絵に描いたような暮らしぶりだから、自分だけ、恵まれていては申し訳ないと恵まれた暮らしができていない人の声を代弁する形で発信してきた。
NHKの担当が交代したが、NHKだから、待遇は悪くないに決まっているから、そういう点では、自分と同じ恵まれた暮らしをしているであろうキャスターだからこそ、困っている人たちに寄り添いたいと願って放送してくれていると信じたい。
一番気になったことをまず、書いておきたい。
シングルマザーが生活が厳しいのは、母親が非正規労働者が多いからで、正規労働、それも公務員や看護師など収入が安定していれば、何とか頑張れるであろうが、困窮しているシングルマザーが生活が苦しいと声高に訴えるとバッシングされるというのだ。
「生活が苦しいというと、じゃあ離婚しなければよかったじゃないか」と。
そう非難する人もまた非正規労働者で生活が苦しい人たちだから嫌になってしまう。
連帯しなければならない、アンダークラスの人同士で傷をなめ合っても問題は解決しない。
1億総中流などと言葉がもてあそばれた時代があったが、中流クライシスの原因ははっきりしている。
派遣労働の導入で、正規雇用の労働者が非正規雇用化されたからだ。
人件費をカットしたい経営側が政治献金に物言わせ自民党に派遣労働の導入を認めさせ、労働者の非正規雇用化に成功し、人件費削減に成功した大企業が儲けを内部留保している間に、経済が疲弊し、失われた30年で日本経済が低迷してしまった。
政策の失敗である。
世の中を冷静に見ると、中流クライシスにみるように生きるだけで精一杯という人たちの方が圧倒的に多いにも関わらず、この人たちが自分たちの味方であるれいわ新選組、現在のいのちの党を応援せず自分たちの生活を苦しめてきた自民党とその補完勢力に選挙で投票するか、あるいは諦めて、選挙に行かないからである。
働く人たちの手取りを増やすように賃金をアップさせ、消費が活発になれば、経済の循環は良くなることはよく知られたことだ。
趣味のスキューバダイビングを生きがいに自炊で頑張る青年が偶には「牛丼を腹いっぱい食べたい」という本心を明かしたとき、牛丼すら食べるのを躊躇ってしまう世の中っておかしくないかと言いたくなった。
二人が非正規で働くカップルが子ども持つことを諦めたと言ったとき、日本の少子化はまだまだ続くと悲観的になった。
番組では、自分が書いたようなことを立場上明らかにするわけにはいかないだろうが、この問題を取り上げただけ、よくやったとエールをおくる。
2026年08月31日
モンゴル抑留の惨状
元読売の記者井手裕彦さんが上梓した『モンゴル抑留 見捨てられた死者たち』(角川新書)を8月9日の文春オンラインが取り上げ、内容を紹介してくれている。
すっかり衰えてしまい、未読の自分にとっては学習のチャンスなので書いておく。
シベリア抑留は関心のある向きにはよく知られているが、モンゴルでの抑留のことは知っている人は多くないはずである。
まず、抑留者の日本兵が収容された施設、収容所についての説明では、東京西新宿にある平和祈念展示資料館にシベリア収容所の模型があるが、モンゴルには所謂収容所をイメージするような建物はなく、ソ連から日本人捕虜約14000人の労役の提供の連絡からわずか2か月で第1陣が到着したことから、収容所を用意できなかったというのだ。
応急的に建物を収容所に転用しても、まにあわず、窮余の策として、深さ4メートルくらいの穴を掘り、柱を立てて屋根を葺いた穴倉収容所まであったというのだ。
11月中旬に移送されてきた井上賢は、「穴倉宿舎は冷蔵庫に生活している様なもの」「中にはペチカもあったが、水筒の水は室内なのに凍った。就寝の際は防寒帽に防寒靴まで履いた完全防寒態勢で床に就いた。」と手記を残している。
モンゴルの寒さは内陸性気候かつ高地にあることから零下30度、40度という日がしばしばあるほどでコップの中のウオッカが凍るというほどで、生きていくだけで容易なことではない。
友弘正雄は凍傷の手術で両足の膝の上から下を切断されることになる。麻酔薬が足りず、4、5人の衛生兵から体を押さえこまれる。口に布で猿ぐつわをかまされ、のこぎりで骨を切断された。当時のモンゴルに義足をつくる技術はない。友弘は両足の切断部に毛布をあててもらい、帰国まで四つんばいで移動する生活を強いられた。
モンゴル抑留の死亡率がソ連地域より高くなった要因の一つに「チョモランマのふもとのレベル」とも評される気候条件があったと、井手さんは考えている。
8月11日の読売「編集手帳」で、モンゴルには戦後、約1万4000人の日本人が抑留され、そのうち約1700人が命を落とした。作家の司馬遼太郎は、首都にある国立中央オペラ劇場だけはまともに見る気になれなかった。と「街道をゆく」に書いている。日本人の労役で建設されたからである。
戦没者の遺骨を集計した厚生労働省の統計は、抑留による犠牲者について、「旧ソ連邦(モンゴルを含む)とまとめている。
別の国で最期を迎えた人々をカッコに閉じ込めたまま合算しては、事実が正しく伝わらない。と井手さんの著作を紹介していた。
モンゴルでの抑留といえば、胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』(文藝春秋)を直木賞受賞作品として読んでいるが、本は買い求めて読むのが自分の流儀にしては、手許で見つからないので、探してみることにする。
タイトルの黒パンが頭に残り、ロシア製法の黒パンを大館のサンドリヨンから取り寄せ、毎朝、食しているのはシベリア抑留を忘れないためだ。
モンゴルの抑留がシベリアでの抑留より酷かったことを、この本で知った。
著者の別名は、清水正二郎で多感な思春期に名前を知ったほどのそちら方面の大家である。
自分が関心を持っていたシベリア抑留それもモンゴル抑留記で巡り合ったことに驚いた。
井手さんのことは読売の記者だった頃、シベリア抑留のことを担当していたかして、名前は知っていた。
シベリア抑留のことを調べている知人がいて、参考にと史料を恵与していただいている。
日々の忙しさにかまけて、学習がちっとも進んでいないのは情けないことだが、井手さんの著書といい、知人の史料といい、自分が進歩するためにも活用しなければと反省しきりである。
モンゴルといえば、9月には大相撲がまた始まる。
モンゴル出身の力士では朝青龍と白鳳というビッグネームの横綱がいたが、性格の悪さから好かれていないみたいだが、鶴竜のように人柄が佳いからか、目立たなくとも頑張っていた横綱も致し、膝を痛めて幕下の方まで陥落した照ノ富士が復活して、見事な横綱相撲を見せてくれた。
日本とモンゴル間に抑留問題があったことはNHKで大相撲中継では取り上げない。
この問題を多くの日本人が意識をしていく必要があると痛感した次第である。
すっかり衰えてしまい、未読の自分にとっては学習のチャンスなので書いておく。
シベリア抑留は関心のある向きにはよく知られているが、モンゴルでの抑留のことは知っている人は多くないはずである。
まず、抑留者の日本兵が収容された施設、収容所についての説明では、東京西新宿にある平和祈念展示資料館にシベリア収容所の模型があるが、モンゴルには所謂収容所をイメージするような建物はなく、ソ連から日本人捕虜約14000人の労役の提供の連絡からわずか2か月で第1陣が到着したことから、収容所を用意できなかったというのだ。
応急的に建物を収容所に転用しても、まにあわず、窮余の策として、深さ4メートルくらいの穴を掘り、柱を立てて屋根を葺いた穴倉収容所まであったというのだ。
11月中旬に移送されてきた井上賢は、「穴倉宿舎は冷蔵庫に生活している様なもの」「中にはペチカもあったが、水筒の水は室内なのに凍った。就寝の際は防寒帽に防寒靴まで履いた完全防寒態勢で床に就いた。」と手記を残している。
モンゴルの寒さは内陸性気候かつ高地にあることから零下30度、40度という日がしばしばあるほどでコップの中のウオッカが凍るというほどで、生きていくだけで容易なことではない。
友弘正雄は凍傷の手術で両足の膝の上から下を切断されることになる。麻酔薬が足りず、4、5人の衛生兵から体を押さえこまれる。口に布で猿ぐつわをかまされ、のこぎりで骨を切断された。当時のモンゴルに義足をつくる技術はない。友弘は両足の切断部に毛布をあててもらい、帰国まで四つんばいで移動する生活を強いられた。
モンゴル抑留の死亡率がソ連地域より高くなった要因の一つに「チョモランマのふもとのレベル」とも評される気候条件があったと、井手さんは考えている。
8月11日の読売「編集手帳」で、モンゴルには戦後、約1万4000人の日本人が抑留され、そのうち約1700人が命を落とした。作家の司馬遼太郎は、首都にある国立中央オペラ劇場だけはまともに見る気になれなかった。と「街道をゆく」に書いている。日本人の労役で建設されたからである。
戦没者の遺骨を集計した厚生労働省の統計は、抑留による犠牲者について、「旧ソ連邦(モンゴルを含む)とまとめている。
別の国で最期を迎えた人々をカッコに閉じ込めたまま合算しては、事実が正しく伝わらない。と井手さんの著作を紹介していた。
モンゴルでの抑留といえば、胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』(文藝春秋)を直木賞受賞作品として読んでいるが、本は買い求めて読むのが自分の流儀にしては、手許で見つからないので、探してみることにする。
タイトルの黒パンが頭に残り、ロシア製法の黒パンを大館のサンドリヨンから取り寄せ、毎朝、食しているのはシベリア抑留を忘れないためだ。
モンゴルの抑留がシベリアでの抑留より酷かったことを、この本で知った。
著者の別名は、清水正二郎で多感な思春期に名前を知ったほどのそちら方面の大家である。
自分が関心を持っていたシベリア抑留それもモンゴル抑留記で巡り合ったことに驚いた。
井手さんのことは読売の記者だった頃、シベリア抑留のことを担当していたかして、名前は知っていた。
シベリア抑留のことを調べている知人がいて、参考にと史料を恵与していただいている。
日々の忙しさにかまけて、学習がちっとも進んでいないのは情けないことだが、井手さんの著書といい、知人の史料といい、自分が進歩するためにも活用しなければと反省しきりである。
モンゴルといえば、9月には大相撲がまた始まる。
モンゴル出身の力士では朝青龍と白鳳というビッグネームの横綱がいたが、性格の悪さから好かれていないみたいだが、鶴竜のように人柄が佳いからか、目立たなくとも頑張っていた横綱も致し、膝を痛めて幕下の方まで陥落した照ノ富士が復活して、見事な横綱相撲を見せてくれた。
日本とモンゴル間に抑留問題があったことはNHKで大相撲中継では取り上げない。
この問題を多くの日本人が意識をしていく必要があると痛感した次第である。
2026年08月30日
わざとあふれさせる治水 信玄堤、霞堤
3000メートル級の 急峻な山々に囲まれた山梨県は、日本一のミネラルウォーター生産地であるなど豊かな水源を持つ。一方で、水害対策は古くから地域の重要課題だった。戦国武将・武田信玄(1521〜73年)の統治時代に完成したとされる「 信玄堤」を中心とした治水システムは、人々の暮らしを支えてきた。地球温暖化で水害が激甚化する中、研究者は「注目すべき先人の知恵」と再評価している。と8月13日の読売(村岡拓弥記者)が夕刊で伝えている。
甲府盆地発展の礎の舞台は富士川の源流にあたる釜無川と御勅使川が交わることで氾濫が常態化していた。
ここに1542年から約20年かけて築かれたとされる治水システムだ。
将棋駒の先端のような形に石を積み上げた「将棋頭」で水流を二つに分けたり、川の合流地点を「高岩」と呼ばれる崖で受け止めたりしながら水流を弱め、「信玄堤」(本堤)や下流の「霞堤」に流す仕組みだ。この霞堤こそ、「わざと水をあふれさせる」設計になっているのだ。
あふれた水は水田などに一時的に溜まり、川の水位が下がった段階で自然に排水される。
治水システムが整備され、甲府盆地の水害がある。減少した結果、付近では新田開発が進んだ。
私事で恐縮であるが、古希を過ぎてから、わが家に津軽三味線がケースに納められたまま届いた。親族の形見ということで、連れ合いが箏、三絃を嗜んでいるからということで、処分を任されたのである。
自分は、若い頃、津軽を旅したことがあり、津軽三味線に関心を持っていたことから、せっかくだから、師匠を探して、覚えようということになった。
「光陰矢の如し」で、この秋で5年になるが、偶々。現在武田節を弾き語りで習っている。
その武田節には、「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵、仇は敵」というフレーズがある。
信玄堤のことは耳にしたことがあったが、武田信玄が治水に力を入れていたことを読売の記事で知り、有能な武将だったということを武田節のフレーズと相俟って、学ばせて貰った。
海がない甲斐の国の盟主が海のある越後の上杉謙信と雌雄を決すべく川中島の戦いをしていた時、織田信長が台頭していることから、両者が手を結んでいたらと考えると歴史は俄然面白くなる。
個人的には、上杉謙信ファンであるが、武田節と信玄堤、霞堤のことを知り、武田信玄にも親しみがわいた。
この夏、先般、千葉で大雨、埼玉と東京で、石川と富山、そして福井と大雨が続く。
治水の大事さを嫌でも思い知らされた。
甲府盆地発展の礎の舞台は富士川の源流にあたる釜無川と御勅使川が交わることで氾濫が常態化していた。
ここに1542年から約20年かけて築かれたとされる治水システムだ。
将棋駒の先端のような形に石を積み上げた「将棋頭」で水流を二つに分けたり、川の合流地点を「高岩」と呼ばれる崖で受け止めたりしながら水流を弱め、「信玄堤」(本堤)や下流の「霞堤」に流す仕組みだ。この霞堤こそ、「わざと水をあふれさせる」設計になっているのだ。
あふれた水は水田などに一時的に溜まり、川の水位が下がった段階で自然に排水される。
治水システムが整備され、甲府盆地の水害がある。減少した結果、付近では新田開発が進んだ。
私事で恐縮であるが、古希を過ぎてから、わが家に津軽三味線がケースに納められたまま届いた。親族の形見ということで、連れ合いが箏、三絃を嗜んでいるからということで、処分を任されたのである。
自分は、若い頃、津軽を旅したことがあり、津軽三味線に関心を持っていたことから、せっかくだから、師匠を探して、覚えようということになった。
「光陰矢の如し」で、この秋で5年になるが、偶々。現在武田節を弾き語りで習っている。
その武田節には、「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵、仇は敵」というフレーズがある。
信玄堤のことは耳にしたことがあったが、武田信玄が治水に力を入れていたことを読売の記事で知り、有能な武将だったということを武田節のフレーズと相俟って、学ばせて貰った。
海がない甲斐の国の盟主が海のある越後の上杉謙信と雌雄を決すべく川中島の戦いをしていた時、織田信長が台頭していることから、両者が手を結んでいたらと考えると歴史は俄然面白くなる。
個人的には、上杉謙信ファンであるが、武田節と信玄堤、霞堤のことを知り、武田信玄にも親しみがわいた。
この夏、先般、千葉で大雨、埼玉と東京で、石川と富山、そして福井と大雨が続く。
治水の大事さを嫌でも思い知らされた。
2026年08月29日
燃えたはずの文書米国に 極秘記録など2400点確認
戦後81年の戦争特集「伝承 上」8月11日の読売が伝えてくれたのは戦地で部隊が焼却処分したはずの極秘記録や兵士配置 2400点を防衛省防衛研究所主任研究官松原治吉郎さん(49)らが米国の国立公文書館と戦争関連史料の所蔵で知られるスタンフォード大フーバー研究所で確認したというものだった。
米軍は、日本側の文書を組織的に収集し、専門機関に翻訳させて作戦に生かしていた。日本は情報戦でも後れを取り、負けるべくして負けたのである。
この日の特別面では、米軍が収集した日本軍の資料や兵士の日記というタイトルに「作戦 米に筒抜け」「焼却処分の規則 守られず」という見出しで、米軍は手に入れた日本軍の兵士の日記を翻訳させ、作戦に活用していたことを伝えてくれた。
防衛省防衛研究所では膨大な所蔵史料を人工知能(AI)を用いてテキストデータ化する事業を2025年度に始めた。米国で見つかった日本軍に関する史料も、将来的にテキストデータとなる方向だ。
情報戦で日本が後れを取ったことは日本の暗号電文などがことごとく見破られていたことで明らかになっている。
史料の保存に関しても、森友事件で財務省内で公文書の改竄が行われていたことから、公文書に関する信頼性も揺らいでいる一方、米国の国立公文書館やロシアの国立公文書館の史料の保存がかなりきちんとされていることに驚かされた。
シベリア抑留者のことを調べるにロシアの公文書館が役立っていることを耳にしたことがある。
焼却処分の規則が守られなかったから、日本軍の史料が米国に渡ったということらしいが、焼却しなければ、後の世になって、研究者がその史料を使って調べることができることを考えると、あながち、批判できないのではないか。
情報戦だから、敵に渡しても構わないというわけではないにしてもだ。
史料が大事だとは思っていたが、勝敗を決することに影響する場合もありそうだということで、大いに学習させてもらった。
米軍は、日本側の文書を組織的に収集し、専門機関に翻訳させて作戦に生かしていた。日本は情報戦でも後れを取り、負けるべくして負けたのである。
この日の特別面では、米軍が収集した日本軍の資料や兵士の日記というタイトルに「作戦 米に筒抜け」「焼却処分の規則 守られず」という見出しで、米軍は手に入れた日本軍の兵士の日記を翻訳させ、作戦に活用していたことを伝えてくれた。
防衛省防衛研究所では膨大な所蔵史料を人工知能(AI)を用いてテキストデータ化する事業を2025年度に始めた。米国で見つかった日本軍に関する史料も、将来的にテキストデータとなる方向だ。
情報戦で日本が後れを取ったことは日本の暗号電文などがことごとく見破られていたことで明らかになっている。
史料の保存に関しても、森友事件で財務省内で公文書の改竄が行われていたことから、公文書に関する信頼性も揺らいでいる一方、米国の国立公文書館やロシアの国立公文書館の史料の保存がかなりきちんとされていることに驚かされた。
シベリア抑留者のことを調べるにロシアの公文書館が役立っていることを耳にしたことがある。
焼却処分の規則が守られなかったから、日本軍の史料が米国に渡ったということらしいが、焼却しなければ、後の世になって、研究者がその史料を使って調べることができることを考えると、あながち、批判できないのではないか。
情報戦だから、敵に渡しても構わないというわけではないにしてもだ。
史料が大事だとは思っていたが、勝敗を決することに影響する場合もありそうだということで、大いに学習させてもらった。
2026年08月28日
「旧陸軍被服支廠」「第二の平和資料館に」
「伝承 戦後81年」読売(荒川紘太記者)の戦争特集、その8月14日は、被爆者が守った広島の「声なき証言者」、「旧陸軍被服支廠」は国の重要文化財に…「第二の平和資料館にしたい」について書いておく。
被爆者らの活動で解体を免れ、保存が決まった戦争遺跡が広島県にある。軍服などの製造工場だった旧広島陸軍被服支廠(広島市南区)。1945年8月6日の原爆投下後、大勢のけが人を受け入れる臨時救護所にもなったこの建物を被爆者らは「声なき証言者」と呼び、次代に受け継いでいくつもりだ。
保存活動で中心的な役割を担ってきた内藤達郎さん(84)。活動のきっかけとなったのは2008年、船で世界を一周して平和を訴える「ピースボート」に参加した際、同じ被爆者の中西巌さん(23年死去)との出会いである。
被服支廠で勤労動員中被爆した中西さんが目撃した被爆の惨状に「被服支廠は多くの人の墓標であり、声なき証言者だ」というその言葉に心を打たれたからだ。
14年、中西さんらと10人ほどで「旧被服支廠の保全を願う懇談会をつくった。
建物に資料を並べ、第二の平和記念資料館にするのが中西さんの悲願だった。
軍事施設や大きな被害を受けた建物など、所謂戦争遺跡が国内にどれだけあるかはあきらかになっていない。
民間の遺跡保存団体でつくる「戦争遺跡保存全国ネットワークによると、国や自治体の文化財に指定・登録されている戦争遺跡は2025年8月現在で390件あった。
文化庁は2024年、軍事関連を含めた近代遺跡の所在と価値の把握に努めるよう都道府県に通知した。
同ネットワークの出原恵三共同代表(70)は「人やカネや時間がかかるため、遺跡調査に及び腰の自治体は多い。把握が進まないうちに消滅する遺跡が出てくるのではないか」と懸念している。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚でヒロシマを訪れるまで、知識はあっても、原爆投下に関して、自分はまだまだ学習が足りなかったことを痛感させられた。
直近ではドキュメンタリー映画『原爆資料館 語り継ぐものたち』その前に『はだしのゲンはまだ怒っている』を観て、まだ読んでいなかったことに気づかされ、『はだしのゲン』全10巻を買い求めて読んでいる。
『教誨師』を読んで堀川惠子さんのことを知り、未読ではあるが、宇品港が果たした役割を教わり、軍都だった広島が狙われ、米軍に原爆投下されたことを知った。
胎内被爆者である知人から、被爆死した父親の事を書いた文章を読ませてもらう機会があった。
その知人が被団協の事務局で活躍し、被団協がノーベル平和賞を受賞した時は驚いた。
自分の知っている人がメディアに取り上げられ、核兵器廃絶を訴えている様子を知るに自分も自分の立ち位置でできることをやらなければならないと大いに影響を受けた。
堀川惠子さんは被爆の証言者が退場していくことから、被爆だけではないが、史料の重要性について、読売の取材に訴えていた。
史料といえば、原爆資料館であり、遺跡といえば原爆ドームや陸軍被服支廠である。
原爆資料館は現地で見学した時より、解説がある映画で観たときの方が説得力があった。
安倍政権、高市政権と戦争の足音が近づき、台湾有事には中国と戦争するとまで国会答弁で言明している高市首相は、戦争の反省を全くするつもりがないという。
戦後81年の夏も終わろうとしているが、どうしたら平和を守り、戦争に巻き込まれないようにできるか真剣に考えるときではないか。
被爆者らの活動で解体を免れ、保存が決まった戦争遺跡が広島県にある。軍服などの製造工場だった旧広島陸軍被服支廠(広島市南区)。1945年8月6日の原爆投下後、大勢のけが人を受け入れる臨時救護所にもなったこの建物を被爆者らは「声なき証言者」と呼び、次代に受け継いでいくつもりだ。
保存活動で中心的な役割を担ってきた内藤達郎さん(84)。活動のきっかけとなったのは2008年、船で世界を一周して平和を訴える「ピースボート」に参加した際、同じ被爆者の中西巌さん(23年死去)との出会いである。
被服支廠で勤労動員中被爆した中西さんが目撃した被爆の惨状に「被服支廠は多くの人の墓標であり、声なき証言者だ」というその言葉に心を打たれたからだ。
14年、中西さんらと10人ほどで「旧被服支廠の保全を願う懇談会をつくった。
建物に資料を並べ、第二の平和記念資料館にするのが中西さんの悲願だった。
軍事施設や大きな被害を受けた建物など、所謂戦争遺跡が国内にどれだけあるかはあきらかになっていない。
民間の遺跡保存団体でつくる「戦争遺跡保存全国ネットワークによると、国や自治体の文化財に指定・登録されている戦争遺跡は2025年8月現在で390件あった。
文化庁は2024年、軍事関連を含めた近代遺跡の所在と価値の把握に努めるよう都道府県に通知した。
同ネットワークの出原恵三共同代表(70)は「人やカネや時間がかかるため、遺跡調査に及び腰の自治体は多い。把握が進まないうちに消滅する遺跡が出てくるのではないか」と懸念している。
語り継ぐ戦争、戦没者慰霊のための行脚でヒロシマを訪れるまで、知識はあっても、原爆投下に関して、自分はまだまだ学習が足りなかったことを痛感させられた。
直近ではドキュメンタリー映画『原爆資料館 語り継ぐものたち』その前に『はだしのゲンはまだ怒っている』を観て、まだ読んでいなかったことに気づかされ、『はだしのゲン』全10巻を買い求めて読んでいる。
『教誨師』を読んで堀川惠子さんのことを知り、未読ではあるが、宇品港が果たした役割を教わり、軍都だった広島が狙われ、米軍に原爆投下されたことを知った。
胎内被爆者である知人から、被爆死した父親の事を書いた文章を読ませてもらう機会があった。
その知人が被団協の事務局で活躍し、被団協がノーベル平和賞を受賞した時は驚いた。
自分の知っている人がメディアに取り上げられ、核兵器廃絶を訴えている様子を知るに自分も自分の立ち位置でできることをやらなければならないと大いに影響を受けた。
堀川惠子さんは被爆の証言者が退場していくことから、被爆だけではないが、史料の重要性について、読売の取材に訴えていた。
史料といえば、原爆資料館であり、遺跡といえば原爆ドームや陸軍被服支廠である。
原爆資料館は現地で見学した時より、解説がある映画で観たときの方が説得力があった。
安倍政権、高市政権と戦争の足音が近づき、台湾有事には中国と戦争するとまで国会答弁で言明している高市首相は、戦争の反省を全くするつもりがないという。
戦後81年の夏も終わろうとしているが、どうしたら平和を守り、戦争に巻き込まれないようにできるか真剣に考えるときではないか。
2026年08月27日
捕虜殺害の露兵 後悔も詫びる感情もない。
「ウクライナ侵略4年半」読売(倉茂由美子記者)の連載、8月24日はウクライナの法廷で、露軍兵士らによる戦争犯罪の裁判が次々と行われている。
ウクライナ兵捕虜の処刑を巡って露軍の組織的な関与が明らかになる一方、当事者それぞれの「正義」が交錯している。
捕虜殺害で終身刑の露兵に取材したところ、「命じられたから撃った それだけだ」「後悔も詫びる気持ちもない。戦場は生と死しかない。」と眼光鋭く、取材に応じたという。
捕虜となって殺害された兄の遺体が戻らず、ウクライナ軍に不信感を抱く自身も従軍して左腕を失くした弟が兄は「英雄」として埋葬されるべきだと訴えている。
担当検事は「難しい事件。罪を犯した者は償わせる」戦時下だからこそと強調する。
国選弁護人は「公平な裁判は民主主義の尺度だ」と憎しみではなく、裁判における公平さを追求する。
「射殺せよ」無線を傍受。響いた銃声を裁判で証言する証言者。
取材する記者は「過酷な体験聞き取り 手がかりに」事件を追及する。
以上がそれぞれの「正義」として、伝えられる。
トランプ米国大統領が国際刑事裁判所(ICC)の赤根所長に制裁を科し、ICCの解体を企図する。
自らと手下のイスラエルネタニヤフ首相の戦争犯罪を裁かれないようにという姑息な人間の屑がやりそうなことである。
語り継ぐ戦争で、学んだことは、いかに戦争といえども、なんでもありで、特に勝者なら何をやっても許されるということにはならないということだ。
ために、国際刑事裁判所が必要なのだ。
力が正義とばかりに強いものがやりたい放題では社会は成立しない。
警察が取り締まらなければ、暴力団が世の中を支配してしまう。
いかに戦場では生か死しかないとしても、捕虜を殺害するということは、立場が逆転すれば、自分が殺されてしまうことになりかねない。
捕虜になるな、玉砕しろという日本軍の軍人の考え方はどう考えても自らは安全地帯にいる幹部の身勝手である。
アジア太平洋戦争における日本軍の最大の戦争犯罪は関東軍731石井部隊による中国人捕虜などをマルタと呼び、人体実験したことで、この戦争犯罪が米軍との司法取引で責任追及がなされなかったことである。
高市首相は若かりし頃、戦時中に自分が関わったわけではないから、戦争への反省などあるわけがないし、するつもりもない。と明言している。
自分は父親が戦地から帰国してから生まれているが、日本の侵略戦争を大いに反省しているし、被害者の人たちに申し訳ないことをしたと思っている。
反省しない人間だから、台湾有事に中国と戦争すると明言している高市首相は国のリーダーとしてふさわしくないので、早く辞めてもらいたい。
ウクライナ兵捕虜の処刑を巡って露軍の組織的な関与が明らかになる一方、当事者それぞれの「正義」が交錯している。
捕虜殺害で終身刑の露兵に取材したところ、「命じられたから撃った それだけだ」「後悔も詫びる気持ちもない。戦場は生と死しかない。」と眼光鋭く、取材に応じたという。
捕虜となって殺害された兄の遺体が戻らず、ウクライナ軍に不信感を抱く自身も従軍して左腕を失くした弟が兄は「英雄」として埋葬されるべきだと訴えている。
担当検事は「難しい事件。罪を犯した者は償わせる」戦時下だからこそと強調する。
国選弁護人は「公平な裁判は民主主義の尺度だ」と憎しみではなく、裁判における公平さを追求する。
「射殺せよ」無線を傍受。響いた銃声を裁判で証言する証言者。
取材する記者は「過酷な体験聞き取り 手がかりに」事件を追及する。
以上がそれぞれの「正義」として、伝えられる。
トランプ米国大統領が国際刑事裁判所(ICC)の赤根所長に制裁を科し、ICCの解体を企図する。
自らと手下のイスラエルネタニヤフ首相の戦争犯罪を裁かれないようにという姑息な人間の屑がやりそうなことである。
語り継ぐ戦争で、学んだことは、いかに戦争といえども、なんでもありで、特に勝者なら何をやっても許されるということにはならないということだ。
ために、国際刑事裁判所が必要なのだ。
力が正義とばかりに強いものがやりたい放題では社会は成立しない。
警察が取り締まらなければ、暴力団が世の中を支配してしまう。
いかに戦場では生か死しかないとしても、捕虜を殺害するということは、立場が逆転すれば、自分が殺されてしまうことになりかねない。
捕虜になるな、玉砕しろという日本軍の軍人の考え方はどう考えても自らは安全地帯にいる幹部の身勝手である。
アジア太平洋戦争における日本軍の最大の戦争犯罪は関東軍731石井部隊による中国人捕虜などをマルタと呼び、人体実験したことで、この戦争犯罪が米軍との司法取引で責任追及がなされなかったことである。
高市首相は若かりし頃、戦時中に自分が関わったわけではないから、戦争への反省などあるわけがないし、するつもりもない。と明言している。
自分は父親が戦地から帰国してから生まれているが、日本の侵略戦争を大いに反省しているし、被害者の人たちに申し訳ないことをしたと思っている。
反省しない人間だから、台湾有事に中国と戦争すると明言している高市首相は国のリーダーとしてふさわしくないので、早く辞めてもらいたい。
2026年08月26日
凄惨な前線 薬物浸食 ロシアの侵略4年半のウクライナ
ロシアによるウクライナ侵略は4年半に及び、前線の兵士たちは心身の疲弊を回復できないまま戦い続けている。戦場での 凄惨せいさん な体験や極度の緊張状態を乗り越えるため、薬物に手を出す兵士は少なくない。軍内部で広がる薬物乱用の実態を、兵士たちが証言した。と8月22日の読売(倉茂由美子記者)が伝えている。
「2年間、一度も休暇がなく、敵と対峙し、仲間が撃ち抜かれ、犬に食われる遺体を見続けていたら、薬を手にしない人はいるのか」と証言するのは、キーウ郊外にある薬物依存からの回復を支援するリハビリ施設における41歳のウクライナ軍兵士だ。最初に薬に手を染めたのは「初めて人を殺した後」。兵士になる前は工場で働く労働者だった。
戦いはいつか終わりがやってくるとして、薬物中毒患者の戦いには終わりがない。
軍所属の臨床心理士イーホル・アルフォロフは、「民間人の寄せ集めで長期間戦い続けていることにある」と薬物依存に多くの兵士が陥った要因を指摘している。
兵士は交代できないまま疲弊し、戦いがいつまで続くのか見通せない不安が薬物の使用につながっているというのだ。
2014年の東部紛争では、当時戦いに加わった兵士の大半は志願兵で、戦う意志も強固だった。しかし、2022年のロシアの侵略以降は動員された兵士が多い。戦う意欲が低い者を前線に送りこんでいるのに軍は何のサポートもなかった。
「薬物問題の真の全体像は戦争が終わり、トラウマを負った兵士らの帰還で見えてくる」と深刻さを増すのはこれからだと警鐘を鳴らす。
団塊の世代の一員である自分の学生時代、ベトナム戦争中で、大麻や覚せい剤、LSDなどの中毒になったベトナム帰還兵の話が伝えられていた。
ベトナム戦争を描いた『ディア・ハンター』で兵士がロシアンルーレットをさせられるシーンを観たとき、戦争の怖さ、捕虜の大変さを知った。
薬物中毒に陥る兵士には同情する。
悪いのは戦争を始めた独裁者であり、これから戦争をやろうとしている高市首相である。
薬物中毒になるにはそれなりの理由がある。
戦地に行かない政治家、軍幹部など安全地帯にいて、好き勝手なことができる立場にあれば薬物に頼る必然性がないが、兵士など市民であれば、殺し合いで頭がおかしくなってしまうことだってあるだろう。
自衛隊と米軍が戦ってくれるなどと愚かにも思い込んでいる若者がいるが、戦争になったら、戦地に送られるの自分たち若者であることを自覚しなければダメだ。
米軍が日本のために戦うはずがない。
「2年間、一度も休暇がなく、敵と対峙し、仲間が撃ち抜かれ、犬に食われる遺体を見続けていたら、薬を手にしない人はいるのか」と証言するのは、キーウ郊外にある薬物依存からの回復を支援するリハビリ施設における41歳のウクライナ軍兵士だ。最初に薬に手を染めたのは「初めて人を殺した後」。兵士になる前は工場で働く労働者だった。
戦いはいつか終わりがやってくるとして、薬物中毒患者の戦いには終わりがない。
軍所属の臨床心理士イーホル・アルフォロフは、「民間人の寄せ集めで長期間戦い続けていることにある」と薬物依存に多くの兵士が陥った要因を指摘している。
兵士は交代できないまま疲弊し、戦いがいつまで続くのか見通せない不安が薬物の使用につながっているというのだ。
2014年の東部紛争では、当時戦いに加わった兵士の大半は志願兵で、戦う意志も強固だった。しかし、2022年のロシアの侵略以降は動員された兵士が多い。戦う意欲が低い者を前線に送りこんでいるのに軍は何のサポートもなかった。
「薬物問題の真の全体像は戦争が終わり、トラウマを負った兵士らの帰還で見えてくる」と深刻さを増すのはこれからだと警鐘を鳴らす。
団塊の世代の一員である自分の学生時代、ベトナム戦争中で、大麻や覚せい剤、LSDなどの中毒になったベトナム帰還兵の話が伝えられていた。
ベトナム戦争を描いた『ディア・ハンター』で兵士がロシアンルーレットをさせられるシーンを観たとき、戦争の怖さ、捕虜の大変さを知った。
薬物中毒に陥る兵士には同情する。
悪いのは戦争を始めた独裁者であり、これから戦争をやろうとしている高市首相である。
薬物中毒になるにはそれなりの理由がある。
戦地に行かない政治家、軍幹部など安全地帯にいて、好き勝手なことができる立場にあれば薬物に頼る必然性がないが、兵士など市民であれば、殺し合いで頭がおかしくなってしまうことだってあるだろう。
自衛隊と米軍が戦ってくれるなどと愚かにも思い込んでいる若者がいるが、戦争になったら、戦地に送られるの自分たち若者であることを自覚しなければダメだ。
米軍が日本のために戦うはずがない。
2026年08月25日
浮島丸沈没事件から81年 追悼集会
太平洋戦争終結直後、青森県から帰郷する朝鮮人労働者らを乗せた旧海軍の輸送船が、京都府の舞鶴港で爆発・沈没し500人以上が死亡した「浮島丸事件」から24日で81年となった。爆沈地点に近い同府舞鶴市の公園にある「殉難の碑」前で追悼集会があり、主催者は「追悼を続けることは戦争の過ちを繰り返さない決意も込めている」とあいさつした。と8月25日の共同通信が伝えている。
集会は地元市民団体「浮島丸殉難者を追悼する会」が主催。地元住民や在日コリアンら約240人が黙とうをささげた。京都朝鮮中高級学校(京都市)の生徒らが追悼の歌を斉唱し、参加者らは海に花を投げ入れた。
浮島丸事件は、資料が乏しく、乗船者数や犠牲者数、爆発原因などに多くの謎が残る。
国によれば、乗組員255名と朝鮮人乗船者3,725名のうち、549名が死亡した。しかし、実際の乗船者数は6,000人から8,000人に達していた可能性があり、死者数については異なる証言がある。
戦時中、朝鮮人労働者は下北で鉄道建設などの労働に従事させられていた。日本の敗戦後、浮島丸は労働者と家族を乗せ、 釜山港(韓国南部)に向けて出港したが、寄港先の舞鶴湾内で突然、爆沈した。
浮島丸事件は報道によれば、敗戦の翌年の出来事で、乗船者の数が発表より多いはずだ。行き先が釜山ではなかった。爆発事故が米軍が敷設した機雷に触雷した、あるいは、乗船者が朝鮮半島出身者だから、無理やり労働させた事実を隠蔽するために爆沈させた。
など、謎解きのように真実が明らかになる証拠がない。
この事件は、1995年に『エイジアン・ブルー浮島丸サコン』として映画化されている。
日韓併合で、韓国を植民地化した日本政府は朝鮮半島出身者を強制的に労働させた事実がある。
浮島丸事件の死者も下北半島の鉄道建設に従事させられていたことは事実のようだから、敗戦で、国に送り帰す目的で乗船させたのであろう。
仮に、米軍の機雷に触れて爆発したのではなく、日本側の何らかの手が加わって爆発したとするなら、損害賠償の対象になるから、事実関係を日本政府はこれ以上調査することはしないだろう。
当時の風潮からして、朝鮮半島出身者に冷たい対応だったこともまた事実ではないのか。
真の日韓友好を考えるなら、浮島事件のことを忘れず、舞鶴にある慰霊碑の前で供養を続け、事件の真実を究明することしかない。
集会は地元市民団体「浮島丸殉難者を追悼する会」が主催。地元住民や在日コリアンら約240人が黙とうをささげた。京都朝鮮中高級学校(京都市)の生徒らが追悼の歌を斉唱し、参加者らは海に花を投げ入れた。
浮島丸事件は、資料が乏しく、乗船者数や犠牲者数、爆発原因などに多くの謎が残る。
国によれば、乗組員255名と朝鮮人乗船者3,725名のうち、549名が死亡した。しかし、実際の乗船者数は6,000人から8,000人に達していた可能性があり、死者数については異なる証言がある。
戦時中、朝鮮人労働者は下北で鉄道建設などの労働に従事させられていた。日本の敗戦後、浮島丸は労働者と家族を乗せ、 釜山港(韓国南部)に向けて出港したが、寄港先の舞鶴湾内で突然、爆沈した。
浮島丸事件は報道によれば、敗戦の翌年の出来事で、乗船者の数が発表より多いはずだ。行き先が釜山ではなかった。爆発事故が米軍が敷設した機雷に触雷した、あるいは、乗船者が朝鮮半島出身者だから、無理やり労働させた事実を隠蔽するために爆沈させた。
など、謎解きのように真実が明らかになる証拠がない。
この事件は、1995年に『エイジアン・ブルー浮島丸サコン』として映画化されている。
日韓併合で、韓国を植民地化した日本政府は朝鮮半島出身者を強制的に労働させた事実がある。
浮島丸事件の死者も下北半島の鉄道建設に従事させられていたことは事実のようだから、敗戦で、国に送り帰す目的で乗船させたのであろう。
仮に、米軍の機雷に触れて爆発したのではなく、日本側の何らかの手が加わって爆発したとするなら、損害賠償の対象になるから、事実関係を日本政府はこれ以上調査することはしないだろう。
当時の風潮からして、朝鮮半島出身者に冷たい対応だったこともまた事実ではないのか。
真の日韓友好を考えるなら、浮島事件のことを忘れず、舞鶴にある慰霊碑の前で供養を続け、事件の真実を究明することしかない。